026 山賊と女の子
そこで見た光景は、山賊とおぼしき男三人に囲まれている魔法使いふうの女の子だった。
すでに戦闘中らしく、男たちの怒号が響く。ただ、三対一という状況もあってか、女の子のほうが劣勢だった。しかも、あれだけ接近されては魔法職系のジョブの特性を活かすことなど到底無理な話だ。
「ヒナ、助けに行こう!」
「タイガくんなら、そう言うと思ったわ」
ヒナの頷きを確認してから俺は剣の柄に手をかけた。
同時に、俺の視界にメッセージウィンドウが出現した。
『ヒナ さんから【菫の剣+2】譲渡の申請が届きました』
「タイガくん、何も言わずに受け取って」
「え?」
『【菫の剣+2】を受け取りますか? Yes/No』
「これは……【菫の剣】! しかも2凸されてる!?」
「タイガくんが【菫の剣】を入手できない場合を想定して、実は私の所持している【菫の剣】を強化していたの。タイガくんのこだわりはわかっているつもりだけれど、ここは私の言うとおりにしてちょうだい」
「で、でも……」
「相手が大した装備じゃなければ、私もこんなことはしなかったわ。だけど相手の武器を見て。紫色の剣を装備しているの見える? あれは【菫の剣】だわ。今のタイガくんの武器じゃ、厳しい戦いになるわ。せめて同じ武器を装備して」
ヒナがそう言うからには、俺の【鋼の剣】では心許ないのだろう。【鋼の剣】の攻撃力は+30だ。【菫の剣】なら無凸でも+300、2凸なら+360にもなる。単純に十二倍だ。
「あの子を助けるなら早く受け取って。あまり時間はないわよ?」
譲渡申請は俺が返答するか、ヒナが取り消すまで消えることはない。差し迫っているのは、女の子を助けるための時間のことだ。悩んでいる時間はなかった。
「わかった! 今だけ、借りる!」
俺は『Yes』を押下して。装備を入れ替える。
装備の入れ替えが完了するまでに十秒ほどかかる。今、走って戦闘に参加して相手の間合いに入ったところで、素手で戦うことになる。俺は深く息を吐いて心の中で五つ数える。
【職石】を使用しメインジョブを【狂戦士】に変更しようか迷ったが、ヒナが動くのが見えたので思考を中断する。
「先行するわ。相手の実力がわからない以上、タイガくんは無理しちゃ駄目よ」
そう言ってヒナは駆け出した。俺はヒナの背中を黙って見つめる。
メインジョブを変更するなら今しかない。一旦戦闘に参加すれば、もうジョブの変更はできないからだ。
だけど今はヒナもいるし、数の上でも同数だ。ならば温存しておくか。
俺の装備していた【鋼の剣】が腰から消える。アイテムストレージに収納されたのだ。数秒後、俺の腰には【菫の剣+2】が実体化するだろう。
それを待たずに俺は地面を蹴った。
予想どおり、俺が山賊に接近したときには、装備変更が完了していた。
俺は素早く剣を抜く。
山賊は女の子を警戒しつつ、俺たちに視線を移動した。
「なんだ、新手か?」
三人の中で一人、背の低いドワーフが左手で髭をしごきながら言った。
「最近、この<ハリザラ山>で山賊行為をしているのはお前たちだな?」
「それがどうした? おい、お前らはそっちの女を始末しろ。新手の二人は俺がやる」
ドワーフがリーダー格らしく、二人の山賊に指示を飛ばした。よほど自信があるのか、ヒナと俺の相手を一人でするようだ。
だが、二対一という劣勢が変わらない女の子が心配だ。俺はそちらに目をやった。
自然と女の子と目が合った。
「あ!」
女の子が驚いたような声をあげた。
なんだ……?
それに女の子の顔には見覚えがある。すぐには思い出せないが、記憶には残っていた。
う~ん……誰だったっけ?
いや、今はそんなことより!
「もう大丈夫だ! 俺たちが加勢する!」
俺は安心させるために声をかけた。しかし、女の子は呆れたようにため息を吐いた。
「はぁ……。別に助けてもらわなくても、三人ぐらいなら問題なかったんですが」
「えっ……?」
「タイガくん」
女の子の予想外の返答に俺が目を白黒させていると、ヒナが何かに気づいたようだ。
「彼女は虚勢を張っているわけではないみたいよ」
「え、なんでわかるんだ?」
「理由は二つあるわ。まず彼女の身なりからジョブは想像つくわよね? 普通、あのジョブで近接タイプの戦士職に囲まれたら、数秒も保たないわ。なのに、彼女はあれだけ落ち着いている」
「確かにそうだな。同じ近接タイプの俺でも三人に囲まれたら焦るし……。で、もう一つの理由は?」
「あのドワーフの山賊の指示よ。新たに現れた私たちに対しては一人で相手するのに、彼女に対しては二人がかりで戦う指示を出したわ。それっておかしくないかしら?」
「……だよな。二人現れたんだから、こっちに二人割くのが普通だよな」
「ええ、いつから戦闘していたのかわからないけれど、あのドワーフは彼女が手強いとわかっていたのよ。だから、彼女には二人で戦う指示を出した」
「なるほど」
逆に言えば、加勢に駆けつけた俺たち二人を、大したことないと読んだふうにも思える。
俺はともかく、ヒナを雑魚扱いするとは……このドワーフも見る目がない。
「ニャーン」
緊迫した空気を破るように、不意に猫の鳴き声が聞こえた。
「あ、猫だ! なんで、こんなところに!?」
鳴き声がしたほうに目をやると、女の子の肩から金髪を掻き分けて黒猫が顔を覗かせた。
「おい、さっさとかかれッ! そいつに魔法を使わせるなッ!」
ドワーフが俺たちを見据えたまま、背後の山賊を怒鳴った。
「お、おう!」
「あの使い魔が厄介なことは承知してる! だが、迂闊に動けねぇ!」
使い魔?
あの黒猫のことなのか?
山賊二人と女の子は対峙したまま膠着状態だ。
「あ、あの子!? そうだ! あの時の!」
「タイガくん、知ってるの?」
「今、思い出した。<ハオリオの町>で初めて武器や鎧を装備したときに、俺の姿を見て笑った子だ」
金髪碧眼で魔法使いっぽい服装に三角帽子という出で立ち。左手には杖を持っている。
間違いない。あのときの女の子だ。
年齢は俺やヒナより三つぐらい下だろうか。
「ちょっと待ってろ。こいつらを倒してすぐに加勢してやる。それから、マルたちに連絡しろ、近くにいるはずだ」
「もうメッセージは飛ばしてる! 返事はないが既読になってるから、伝わっているはずだ!」
マル……? 山賊の仲間か?
向こうは援軍を要請しているらしい。何人来るかわからないが、数が増えるのを指をくわえて待っているわけにはいかない。
しかし俺が動く前に、ドワーフが剣を振り上げた。
「オラァッ! 《ヘヴィクラッシュ》ッ!」
「《エレメンタルソード・ノーム》ッ!」
ドワーフの放ったスキルを、ヒナがスキルで相殺した。
「ちっ! お前、【精霊騎士】か!? クラス3ジョブたぁ、そっちの女と同じく厄介な存在だな」
ドワーフは忌々しそうに唾を吐いた。
「だったら、これはどうだッ!」
「なっ……!?」
瞬間、俺の体は硬直した。
「なんだ……!? 動けないッ!」
隣からヒナの手が伸びて、俺の胸を突き飛ばした。意外と力強く、俺は尻餅をついてしまう。
「な、何すんだよ!? ……あ、あれ? 動ける?」
ヒナは俺を庇うように、ドワーフとの間に割って入った。
「今のは【忍者】のスキル《影縛り》よ。相手のジョブが読めない以上、どんなスキルを使ってくるかわからないから気をつけて」
「お、おう」
「誰かに強い力で押してもらうと解除できるのだけれど、ソロのときには絶対に受けたくないスキルね」
なるほど。今のはヒナがいたから助かったのか。それにしてもヒナも同じ間合いにいたはずなのに、《影縛り》を受けなかったんだな。防いだのか、それとも《影縛り》自体が単体対象のスキルだったか。
あと、ヒナの言うように相手のジョブ編成がわからない以上、常に警戒しておくべきだな。
今わかっているのは【忍者】と《ヘヴィクラッシュ》を使ったことから【重戦士】のジョブを設定しているってことだ。
「やっぱり、《影縛り》が効かねぇか。おい、マル手を貸してくれ」
俺は立ち上がりつつ振り返る。
二十メートルほど離れたところに三人の男が立っていた。
山賊の援軍が到着したのだ。




