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025 家庭訪問

「ん、ん、ん? 大河(たいが)の彼女?」


「えっ……ええっ!?」


「姉貴ッ!」


 やはり警戒すべきは姉貴だった。

 まさか初対面の陽菜(ひな)に対してこうもストレートにぶっ込んでくるとは……全く予想の斜め上をいく。

 突拍子もないことを言われた陽菜は、顔を紅潮させてしどろもどろになってしまう。


 <ヌオン平原>でステゴサウルスと初めて戦ってからこの一週間、俺はひたすら【菫の剣】を求めて戦闘を繰り返した。ヒナとそしてシマンに手伝ってもらってだ。結局、俺は【菫の剣】を入手することはできなかった。

 俺に付き合ったシマンが【菫の剣】をドロップしたときは、本当になんとも言えない気持ちになった。

 だが、<ヌオン平原>に通い詰めただけあって、俺のレベルは目標の35になんとか届くことができた。


 いよいよ今日は山賊と戦う日だ。なんと今日、ヒナは俺の家からログインする。一週間前にヒナからその提案を受けたときは戸惑ったが、理由を聞くと納得できた。

 ヒナはお兄さんの失踪により両親から<DO>のプレイを快く思われていない。なので、自宅からは長時間ログインできないのだ。だから今日、山賊と戦うことを決意した俺に最後まで付き合うために、ここへ来てくれた。


 一つ想定外のことがあった。姉貴の存在だ。

 いつもなら大学が休みの週末、姉貴はバイトに勤しんでいるのだが、この日は家にいた。

 鉢合わせになるのは必然だった。


 俺は姉貴の突き刺すような視線を感じながらも、ヒナを自室へと案内した。


「えっと、適当に座って」


 俺は机に備え付けられた椅子を示した。


「ええ、ありがとう。大河くん、お姉さんがいたのね」


「ああ、三つ上の大学生なんだ。いつもならバイトなんだけど、今日は何故か休みみたいで家にいたんだ。ごめんな、なんか姉貴が変なこと言って」


「三つ……。そう……私の兄と同じ歳なのね……」


 ヒナのお兄さんは俺の姉貴と同じ歳だったようだ。お兄さんを思い出したのか、ヒナの表情が曇る。


「あ……、ジュースか何か飲む?」


 俺は咄嗟に話題を変えた。


「ありがとう。いただくわ」


「わかった。ちょっと待ってて」


 俺は部屋を出て足早にダイニングに向かった。

 冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し二つのグラスに注いでいると、姉貴が近づいてくる。


「ねぇ、大河。あの竜胆(りんどう)陽菜(ひな)って子がヒナちゃん? ふふん、なかなかかわいい子じゃない。付き合ってるの?」


「え、あ、はあぁあっ!?」


 くそ。

 前に俺が口走ってしまった名前をまだ憶えていたのかよ……。

 玄関で陽菜は姉貴に自己紹介をしていた。以前、俺が寝ぼけて陽菜の名前を漏らしたことを憶えていて、名前の一致から同一人物だと結びつけたのだろう。


「……別に。どうだっていいだろ」


「ふぅん。今から<DO(ディーオー)>するの?」


「姉貴には関係ない」


「あーっ! そんなこと言うんだ? 私のあげたヘッドギアなのにぃ。私も今からログインしよっかなぁ」


 俺はトレイにグラスを乗せて自室に向かう。その背後から姉貴のつぶやく声が聞こえたがあえて無視した。

 俺と陽菜のアバターを見られたらすぐに露見する危険はあったが、仮に同じ町にいたとしてても、あれだけ広い世界で姉貴と遭遇する可能性は低いだろう。しかも俺は今日町には寄らず<ハリザラ山>の奥へと踏み入るつもりなのだから。


 部屋に戻った俺はヒナと一緒にログインする。

 が…………。


「ええと、そのベッドを使っていいのかしら?」


「あ、えっ!? そ、そうだな! 陽菜はベッドを使って。俺は床に寝そべるから」


 そうだった。ソファやリクライニング式の椅子ならまだしも、背もたれが機能しない普通の椅子じゃとてもじゃないがログインなんてできない。


「え、それは悪いわよ。こうすれば二人並んで横になることができるわ」


 陽菜が壁のギリギリまで寄って十分なスペースを空けてくれる。

 い、いいのか? 俺がその隣に寝て……。


 俺の返事を待たず、すでに陽菜は持参したヘッドギアを被っている。


「大河くん? さっそくログインしましょ」


「あ……ああ! そ、そうだな!」


 俺は慌ててベッドの端に仰向けに寝た。

 胸の高鳴りがヤバかった。

 なんだこのシチュエーションは……!


「よ、よし! ログインするぞ」


「ええ」


 それを誤魔化すように俺はログインしたのだった。




 ***




 現在地は<ハリザラ山>の休憩地点。


 攻略サイトの掲示板にも書かれていたが、ここ最近山賊による被害がめっきり減ったそうだ。と言っても全くなくなったわけではない。掲示板での書き込みによると、山賊の数自体が減ったのではないかという話だった。十分稼いだので別の場所へ拠点を移したのではないかとも書かれていたが、被害が完全になくなったわけではないのでそれはないだろうとも言われていた。


 そしてつい三日前のことだが、山賊に遭遇した五人パーティーが戦闘になりそれを退けたらしい。その際、逃げ遅れた山賊の一人を締め上げて根城にしている場所を聞き出したそうだ。

 山賊を壊滅させるべく<ハリザラ山>の奥へと踏み入ったそのパーティーだが、二日経過した今も帰ってきていないという。


「ここの人たちの話によるとパーティーの平均レベルは40だったそうよ。仮に返り討ちに遭ったのだとしても、リスポーンしてから報せに来てくれそうなものだけれど……何かあったのかしら?」


「そうだよな。もしかして道に迷ったとか?」


 事前に俺は装備を万全にしていた。

 武器は【菫の剣】が入手できなかったので、【鋼の剣】のままだ。防具は【鋼の鎧】に変更し、アクセサリは【自制心の指輪】【守りの指輪】【中和の指輪】を装備している。

 【自制心の指輪】は状態異常の混乱に対する対抗力を上げるアクセサリで、五日連続ログインボーナスの特典アイテムだ。【中和の指輪】は毒への抵抗力を上げることができる。<パームの町>に売っているアクセサリだ。


 そして【職石(しょくいし)】というアイテムを買った。

 これは戦闘中以外ならいつでも一度だけメインジョブとサブジョブを入れ替えることができるアイテムだ。ただし教会や冒険者ギルドでのように新たなジョブを取得することや、現在設定しているジョブを他のものと入れ替えることはできない。あくまで今手持の中での入れ替えとなる。

 その俺のジョブだが、メインに【重戦士】サブに【騎士】【薬師】【狩人】【狂戦士】だ。


 【職石】はあくまで保険だ。

 山賊がレベル35の俺で太刀打ちできない相手だった場合、最終手段としてメインの【重戦士】とサブの【狂戦士】を入れ替える。

 もちろん死のリスクは高まるが、スキル《底力》を使うためだ。


「シマンくんは、今日はどうしているのかしら?」


「ああ、あいつは今日も【侍】のレベル上げをするとか言っていたな。もう少しでクラス3ジョブの【剣豪】に手が届くらしい」


「そうなのね。じゃあ、私達が長時間ログインしていても、彼と遭遇することはないわね」


 ヒナはシマンがレベル上げをしている場所に心当たりがあるようだった。


 ステータスを底上げするレベルアップに必要な経験値と、ジョブのレベルアップに必要な習熟度は、モンスターによって配分が様々だ。

 一番多いのは経験値と習熟度をほぼ同じだけ得られるモンスターだ。序盤のハオリオ地方に出現するモンスターは全部これに当てはまる。あと多いのが、経験値が多く習熟度が少ないモンスター、経験値が少なく習熟度が多いパターン、経験値と習熟度がやや少なくレアな装備品やアイテムをドロップするモンスターなどがいる。

 俺がこの一週間通い詰めていた<ヌオン平原>のステゴサウルスは、最後のパターンの典型だ。


 現在のシマンがレベルよりも習熟度を優先していることから、ヒナは彼の狩り場に当たりをつけたのである。

 そこからだと<ハリザラ山>はかなり離れているようなので、心配ないらしい。


「例の平均レベル40のパーティーが向かった道ってのは、こっちで合っているのか?」


 俺たちは山道から外れた傾斜を木々の隙間を縫うように進んでいる。膝の高さまで草が生えていて、どう見ても人が通るような場所ではない。


「最初の休憩地点から山頂の休憩地点に向かうには、まず東に向かい途中から南に進路をとって頂上を目指すの。その山道を無視して、南に向かわず、ずっと東に進むと山賊が拠点にしている小屋があるそうよ」


 これは、消息を絶ったパーティーが残してくれた情報だった。もちろん、俺も記憶していたが、俺が何度も道を訊ねるので忘れているとでも思ったのだろう。


「さっきから同じ景色をぐるぐる回っているような……」


「勘違いよ。マップを見れば、ちゃんと東に進んでいるのがわかるわ」


「だよな……。でも、最初こそモンスターと遭遇したけど、奥に進むほど何も出てこなくなったな」


「そうね。私もこんなところまで踏み入ったことはないから、なんだか不思議だわ」


 しばらく歩くと、俺たちは開けた場所に出た。

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