024 タダで手に入る、その名は苦行
ヒナに案内されるがまま<パームの町>から西に五キロ。そこに<ヌオン平原>はあった。
<ヌオン平原>は序盤のハオリオ地方で唯一、装備品をドロップするモンスターが出現する場所らしい。
そこは果てしなく広がる草原で、多くのプレイヤーで賑わっていた。
「きょ……恐竜!?」
俺の目の前でパーティーとおぼしき一団が戦っているのは、まさしく恐竜だった。
「ステゴサウルスよ」
「あ、なんか聞いたことあるかも……。というか、こんなのに勝てるのか?」
「レベルは40ぐらいよ。安心して、私も一緒に戦うから」
ヒナが加勢してくれるということは、俺一人では絶対に勝てない相手なのだろう。レベル40だものな。
それにしても高さで四メートル、頭から尻尾の先までだと十メートルぐらいはあるんじゃないか……?
今戦っているパーティーは四人だ。それに加えて俺とヒナで六人。四人で戦っていたんだ。一人ぐらい俺みたいに分不相応なヤツがいても大丈夫に違いない。
今までにない強敵だが、そう思うと少し気が楽になった。
「……よし!」
ステゴサウルスと戦っているパーティーに混ざろうと、俺は剣を抜いた。
「あ、タイガくん待って!」
「え……! なんだよ、今から戦おうと思ってたのに」
「このステゴサウルスは彼らの獲物よ。下手に手を出すとトラブルになるから、私たちは別のステゴサウルスを探しましょ」
「あ……ああ。……そうなのか?」
意味がわからず戸惑っている俺に、ヒナが詳しく説明してくれる。
こういった装備品や貴重なアイテムをドロップするモンスターは大概が高レベルなので、パーティーを組んで戦うことが推奨されている。
そのドロップ率だが基本0.1%とされていて、戦闘に参加かつ経験値が発生する行為をとった者すべてがその対象となる。つまり四人で倒して全員がドロップ品を入手することも可能なのだ。
中には他者の戦闘に割り込んで一撃だけ攻撃をして、ドロップ品の抽選に参加するといったマナーの悪いプレイヤーもいるという。そういった行為は通称ワンパンと呼ばれ嫌われるらしい。
「危なかった……危うくワンパン扱いされるところだった」
「ごめんなさい。先に教えておくべきだったわ」
<ヌオン平原>にはステゴサウルスとイグアノドンの二種類の恐竜……もといモンスターが出現するようだ。俺たちの目的は前者のほうで、狙うドロップ品は【菫の剣】という武器だ。
ハオリオ地方で買える一番強力な武器である【真銀の剣】には攻撃力では劣るが、【菫の剣】の利点は必要STRが低いことだ。【真銀の剣】は攻撃力+500で必要STR300に対し、【菫の剣】は攻撃力+300で必要STRは100だ。
【菫の剣】は花シリーズと呼ばれ、他にも花の名を冠した装備品があるらしい。一方、イグアノドンは【星辰刀】という【侍】系のジョブが装備可能な刀をドロップする。これは星シリーズと呼ばれている。
ようやく理解が追いついたところで、俺たちはまだ誰も相手にしていないステゴサウルスを探す。
「序盤で唯一の場所だけあって、ドロップ目当てのプレイヤーが多いんだな。あちこちで戦闘してるし」
「ええ、そうね。【菫の剣】は有用だから、ここは人気があるのよ。必要STRが低いのがいいわね。そのおかげで防具もちゃんと装備できるし」
「あ、そうか。STRが300越えたからって【真銀の剣】を装備してしまったら、防具やアクセを装備できないんだからな」
剣だけを装備した素っ裸の自分を想像してゲンナリする。
俺はヒナに説明を受けなければ、きっとやらかしていたに違いないと苦笑した。
少し歩くと草を食べているステゴサウルスを見つけたので、それを標的と定める。
「ヒナ、あれは戦っていいんだよな?」
「ええ、周りに誰もいないから大丈夫よ。戦闘を始めましょ」
「わかった」
俺たちは剣を抜いてステゴサウルスに近づいていく。
「タイガくん、尻尾に気をつけてね」
「尻尾……? あ、なんだあれ!?」
さっきは気づかなかったが、尻尾の先に鋭いトゲがある。それも四つも付いている。あれに貫かれたら大ダメージ必至だろう。
ヒナがざっと計算してくれると、二回食らったら俺は死ぬらしい。
マジか……。
「とりあえず、尻尾に気をつければいいんだな?」
「そうよ。それ以外の攻撃は頭突きや体当たりだけれど、尻尾攻撃ほどの脅威ではないわ」
でも俺にとっては中ダメージぐらいはあるんだろうな。攻撃したら下がるヒットアンドアウェイでいくしかないか。
「ファーストアタックはタイガくんに譲るわ」
「そりゃどうも」
俺は走ってステゴサウルスの側面に回り込んだ。
ステゴサウルスが首をこちらに向けたがもう遅い!
「一撃目ッ! 《ヘヴィクラッシュ》!」
《クラッシュ》より一際眩しく輝いて俺の新スキル《ヘヴィクラッシュ》が決まった。
ステゴサウルスのHPバーが一割ほど減少した。
「よし! レベル40相手でも俺の攻撃は通じるぞ!」
「7,000ものHPを持つステゴサウルスに700以上のダメージが出ているわ! その調子よ! でも油断しちゃ駄目だからねっ!」
「ああ、わかってるッ!」
ステゴサウルスは大型トラックが幅寄せするみたいに、その巨体で俺を押しやった。俺はバックステップを踏んで躱す。そこへ右側から件の尻尾攻撃が迫る。
「危ないっ! 《エレメンタルソード・ノーム》ッ!」
「わっと……えっ!? うわっ!」
俺の肉薄していたステゴサウルスの尻尾の先端が、ヒナのスキルによって爆発したように見えた。俺は無意識の内に頭を庇うような姿勢をとっていた。
視界に端に捉えたステゴサウルスのHPバーは、一瞬にして一ミリほどになっている。
マジかよ……!
「残りHPは2%を切っているわ! タイガくんトドメをお願い!」
「お、おう! わかった! おおおおおおおッ! 《ヘヴィクラッシュ》!」
冷静に考えれば2%を切っているということは、もう140ほどしかHPが残ってない相手に《ヘヴィクラッシュ》は勿体なかったが、俺は既にスキルの発動モーションに入っていた。
俺の放った《ヘヴィクラッシュ》はステゴサウルスのHPバーを全損させることに成功した。
『【ステゴサウルスの棘】を入手しました』
経験値とともにアイテムを入手する。
「なんかアイテムもらったぞ。【ステゴサウルスの棘】だって」
「ドンマイ。外れだったみたいね」
なるほど。【菫の剣】が当たりで【ステゴサウルスの棘】がハズレね。
ドロップ率0.1%か。これは骨が折れるな。
「でも【重戦士】を取得してよかったよ。《ヘヴィクラッシュ》ならステゴサウルスにも効きそうだ」
俺は<パームの町>でクラス1ジョブの【戦士】からクラス2ジョブの【重戦士】に転職していたのだ。
「そうね。【狂戦士】を取得したときはびっくりしたわよ。前にも説明したのに選択するんだから」
ヒナが呆れたように言う。
そうなのだ。俺は先日ヒナから不人気ジョブの【狂戦士】の説明を受けたにも関わらず取得した。
レベル30になった俺のコスト上限は7まで増えている。俺は【狂戦士】と【重戦士】のクラス2ジョブ、そして新たに【狩人】というクラス1ジョブを取得していた。代わりに【戦士】を外してコスト上限の7にしてある。
現在メインジョブは【重戦士】だ。【狂戦士】のスキル《底力》はメインでないと効果はないが、今はサブにしてレベルだけ上げておく。
「よし、次のステゴサウルスを探すか」
「ええ、そうしましょ!」
そうして俺たちは次の獲物を求めて<ヌオン平原>を進んだ。
<DO>内時間で二時間後。
ステゴサウルスに《ヘヴィクラッシュ》を放ち倒した俺は、精神的に疲労していた。
ひたすら同じことの繰り返し。
正直、もう何体倒したか数えるのも嫌になっていた。最初のほうは強敵を倒す快感で数えていたのだが、途中からあとでアイテムストレージ内の【ステゴサウルスの棘】を確認すればいいやとなった。
一方、ヒナは全然元気だ。俺とは対照的に生き生きとしている。
「その調子よっ、タイガくん! ここのモンスターは無限に湧くから、どんどん行きましょ!」
それもそのはず、ヒナはドロップ率0.1%の【菫の剣】を一本入手していたのだ。
さすがに俺がハズレである【ステゴサウルスの棘】を引いたと知ると気まずそうにしていたが、内心テンションは上がっていただろう。
しかしヒナは【菫の剣】より上位の【精霊の剣】を持っているので、彼女にとってそれはアイテムストレージを圧迫する不要なものなのだ。俺に譲ってくれると言ってくれたが、俺は丁重に断った。
「ねぇ、見て! あそこにたくさんいるわ! 他のパーティーに取られる前に急ぎましょ!」
「うへぇ……!」
その後、もう二時間奮闘するも、俺は【菫の剣】を手に入れることができなかった。
一旦、《パームの町》に戻って休憩することにした帰り道。
「狙ってる時ってなかなか落ちないのよねぇ。忘れたころにドロップすることが多いかしら」
「ああ……いわゆる物欲センサーってやつか」
こればっかりは完全に運だ。レベル上げも兼ねてしばらく通ってみよう。
ヒナのためにもいつまでもここで停滞しているわけにはいかない。あと十日……いや、一週間でレベル35まで上げてやる。
「ヒナ。一週間後、俺は<ハリザラ山>の山賊を倒して山を越える。そのとき俺がレベル35に到達していなかったら…………ヒナは俺を置いて先へ進んでくれ」
「……え? タイガ……くん?」
自分自身にプレッシャーを与える。一週間後レベル35に達していなかったら俺はヒナと<DO>を一緒にできなくなる。そうでもして自分を追い込まないと、レベル35という壁は越えられそうになかったからだ。
ヒナは神妙な顔つきで俺を見つめている。そして、しばらくして口を開いた。
「ねぇ、タイガくん。来週の日曜日なんだけれど、もしよければタイガくんのお家にお邪魔してもいいかしら?」
「…………へ?」
あまりにも唐突なヒナの発言に、俺はなんとも間抜けな声を漏らした。




