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022 不穏な動き

 <コンリスの町>でリスポーンした男は町の出口に向かって走っていた。

 今しがた<ハリザラ山>でのPKに失敗し返り討ちに遭ったのだ。その怒りと興奮は少しも冷めていないようだった。


「あの野郎、ぶっ殺してやる!」


 男の出で立ちは軽装で、顎には髭を蓄えた極めた凶悪な面構えをしている。

 町の人々は関わり合いになるまいと、急いで男の進路から避難していた。


「ちっ、三度目のデスペナでステータスダウンだ……クソが!」


 男のステータスはデスペナによって二十四時間の全ステータス-10%の制約を受けていた。

 にも関わらず、男は<ハリザラ山>を目指していた。

 さっきは相手の実力を見誤って遅れを取ったが、勝てない相手ではないと感じていたからに他ならない。



 三十分後、<ハリザラ山>の麓に辿り着いた男は、建ち並ぶ店の前を素通りすると、躊躇なく山道に足を踏み入れる。

 先ほど自身が殺された場所は<ハリザラ山>の向こう側で、ここからだと三時間以上はかかる。その時間が非常にもどかしく思ったのか、足早に山道を進んで行く。

 途中に現れたモンスターを臆することなく、まるで邪魔だと言わんばかりに斬り伏せる。

 レベル34になる男の敵ではなかった。


 <ハリザラ山>のこちら側は、山賊注意の警告が出ているせいかプレイヤーは見かけなかった。


「俺たちの噂もだいぶ広まっているみたいだな。そろそろ狩り場を変えるか」


 仮に命知らずのプレイヤーがいたとしても、男は憂さ晴らしに斬り捨てたかもしれない。



 だが一つ目の休憩地点を過ぎたところで、異変が起きた。

 目の前にプレイヤーかNPCか、とにかく獣人が立ち塞がったのだ。

 しかも装備から【侍】のジョブをメインにしていることは窺えた。くしくもさっき返り討ちに遭い、今から復讐しようしている相手と同じ種族とジョブである。

 さっきの【侍】はヒョウだったが、今対峙している獣人はライオンだ。モチーフとする獣は違ったが、男の神経を逆なでするには十分だった。


「殺されたくなかったら大人しくそこをどけッ! 俺は今苛立ってるんだ、素直に従ったほうが身のためだぞ!」


 男に怒号を浴びせられた獣人は、少しも動じることなく薄く笑うのみだった。


「何がおかしい! てめぇ、舐めてんのか? 俺はこの<ハリザラ山>を根城にしているPK集団の一人だぞ? 噂ぐらいは知ってるだろ!」


 獣人は臆するどころか、不用心に男に近づいて行く。


「お、おい! 聞いてんのかッ!」


「耳障りな声は聞こえてるぜ。お前もPKか。じゃあ、俺様と同じ穴のムジナってわけだ」


「あぁ?」


 獣人は即座に抜刀すると、刀を振り下ろした。

 男はまったく反応できなかった。


「おわっ!」


 男のHPバーが二割近く減った。


「いきなり何するんだ! てめぇはよッ!」


 男は剣を振るって反撃に転じるが、獣人に容易く躱された。


「《峰打ち》じゃ仕留められなかったか。お前、そこそこレベルあるんじゃねぇの? でも俺様に出会ったのが運の尽きだ。死ねや」


「あぁ? ざけんなぁあああぁッ!」


 男は剣を輝かせて振るった。すなわち何かしらのスキルを使ったのだが、獣人は皮一枚で見事に躱すと、男の頭に刀を振り下ろした。


「ぎゃああああああああッ!」


 痛覚遮断をしていないのか、それとも恐怖からか、男は断末魔を上げてその場に倒れた。

 男のHPバーは0。

 つまり即死であった。


「なんだ一撃か。こいつのジョブが何か知らねぇが【見切り】で躱せたし、【剣豪】もなかなか使えるな。前の【暗黒騎士】のほうがスキルが強力だが、もう少し試してみるか」


 獣人はアイテムストレージから虹色に輝く玉を取り出すと、たった今殺した男に翳した。

 すると、死んだはずの男が復活する。

 獣人の使ったアイテムは死者を蘇生する貴重なアイテム【生命の宝珠】であった。

 

「うっ……! 俺を蘇生した…………? な、なんだお前は!」


 生き返った男の顔には明らかな怯えが見てとれた。


「せっかく超貴重な【生命の宝珠】を使ったんだ。俺の新ジョブの練習台になってくれや?」


 獣人は【剣豪】のジョブを取って間もないようだ。そして、目の前の男を使ってスキルの試し斬りをするつもりらしかった。


「ま、ままま待ってくれ! 俺は今ので四度死んだ! だから、もう次はないんだ! 金なら出す! 見逃してくれ……!」


 男は命乞いした。

 その言葉が真実ならば、四度目のデスペナを受けた男は大幅な経験値減少の罰を受けている。おそらくレベルは1まで下がっているだろう。


「知るか。死が怖くてPKやってられるかよ。お前は何を言っているんだ?」


「あ……! そんな! い、嫌だ! 死にたくない! 頼む、殺さないで!」


「安心しろ、ちゃんと《峰打ち》使ってやるから。それからHPが減ったら【ポーション】も使ってやる。【生命の宝珠】ぶんは遊ばせろや」


 獣人は牙を剥き出しにして楽しそうに笑う。


「あ、もうそんなにビビってるから、あんまし意味ねぇがコレ見せといてやるよ」


 獣人は自らの頭上を指した。

 そこには獣人の簡易ステータスが表示されている。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 【殺戮者】ザックス

 獣人

 レベル:45

 職業:剣豪

 職業レベル:219

 HP(生命力):7,381

 MP(魔力):474

 SP(技力):304


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「あ……ザ、ザックス!? あんた、あのザックスか!」


「おう。知ってんのか?」


「攻略サイトにも載っている最凶PKの一人じゃないかッ! 俺が太刀打ちできる相手じゃない……! すまなかった……頼むから命だけは勘弁してください……!」


 男の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「ちっ。泣くんじゃねぇよ、男のくせに。白けるぜ、マジで」


 ザックスの悪名を攻略サイトで知っていたのか、男は無様に土下座すると命だけは助けて欲しいとと必死に懇願した。


「そうだ! も、もしザックスさんがよければ、うちの山賊団に入ってくれませんか? ザックスさんなら即幹部待遇間違いなしですし、なんなら今から根城まで案内します!」


 男は助かろうと必死だったため、思わぬことを口走ってしまった。


「山賊団か。俺はソロ専門だったんだが、何人ぐらいいるんだ?」


 ザックスが興味を示したと思ったのか、男はベラベラと語り出した。


「は、はい! 人数は二十人ほどです! 俺たちの根城にしている小屋は、<ハリザラ山>のハオリオ地方側の中腹から東に十五キロほどの場所にあります! 俺はまだ下っ端ですが仲間の半分以上はレベル30台後半から40台。ボスに至ってはレベル50カンストしてます! きっとザックスさんを快く迎え入れてくれることでしょう!」


「ほう。結構高レベルの集団じゃねぇか」


「でしょう? へへ……」


 男は褒められたと思ったのか、おどおどしながらも卑屈な笑みを浮かべた。


「だが、趣味じゃねぇ」


「え……?」


「さっきも言ったが俺はソロ専門だ。徒党を組んでPKするなんざ、半端者のすることだ。というわけで、早速試し斬りさせてもらうぞ」


「え、嘘でしょ……!? 冗談ですよね! ま、待ってください……!」


「喚くな」


 ザックスは刀を豪快に振るった。


「ぎゃああああああああぁぁぁあああぁあッ!」


 男の胸から鮮血が派手に飛び散った。


「い、嫌……だ! し、死にたく……!」


 無念の言葉を吐きながら男の体は光の粒子となって消えた。

 ザックスにとっては何度も見た光景だったのだろう。四度目までの死なら蘇生時間の四分は死体は残るが、男の亡骸は完全に消失していた。つまり、男は五度目の死、すなわち<DO(ディーオー)>からの永久退場を受けたのだ。


「しまった……。確かこいつ四度目のデスペナって言ってたな。ということはレベルは1まで下がってたか。むう……《峰打ち》でダメージを最小限に抑えたが、余裕でオーバーキルしちまったな」


 ザックスは独りごちると、反省したように頭を掻いた。


「ったく大損だ。【生命の宝珠】の価値に見合わねぇぞ。待てよ……山賊団か。面白れぇ。そいつらに【生命の宝珠】ぶん、たっぷり遊ばせてもらうか」


 PK千人以上の称号を持つ【殺戮者】ザックスは、次の標的を決めたようだった。

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