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020 毒矢

 シマンは山賊と切り結んだ。


「うわっ!」


 俺の足下にケンタウロスの矢が飛んでくる。

 人の心配をしている余裕はないようだ。俺はケンタウロスを倒さなければならない。


 ケンタウロスは移動しながら俺に矢を放つ。

 俺はその矢を躱しつつ接近を試みるつもりだった。

 とにかく近づかないことには、遠距離攻撃の術がない俺に勝機はないからだ。


 最初こそ、飛び道具を使う相手に接近できずに一方的に攻撃されるかもしれないと思ったが、そうでもなかったのだ。矢が放たれるタイミングで左右どちらかに体を動かせば、この距離だと十分躱せる。

 問題はこれ以上どうやって近づくかだ。さすがに十メートルを切ると、迂闊には近づけない。今までと同じタイミングで避けても間に合わないだろう。


 ケンタウロスの背負っている矢筒にはまだ十本ほどの矢が残っている。

 この距離を維持して、矢を全て消費させるか……。というか矢がなくなったらケンタウロスはどうやって攻撃してくるんだ?

 どう見てもケンタウロスは弓以外の武器を所持していない。だとしたら素手で殴りかかるぐらいしか攻撃手段はないだろう。ケンタウロスが俺と同レベル帯なら武器を持つ俺が圧倒的に有利だ。

 よし、その展開に持ち込もう。


「どうした? 俺に矢を当てて見ろよ!」


 そうと決まれば、俺は矢を消費させるべくケンタウロスを挑発した。モンスターに言葉が通じるのかわからないが、もし考える脳みそがあるなら俺の動きや表情から意図はくみ取れるはずだ。


 飛んできた矢を俺ははらりと躱す。

 ケンタウロスはもう少し距離を詰めて命中精度を上げたいようだが、距離は常に十メートル以上をキープしている。ケンタウロスの前進に合わせバックステップを踏み、それ以上の接近は許さない。


「さっさと無駄打ちしてくれ! さぁ、あと三本だ!」


 ケンタウロスは険しい表情で矢を放つ。悲しいかな、その矢は俺にとってすでに脅威ではなかった。

 最後の一本が俺の右脇を通り過ぎた。俺は左手の拳を握り小さくガッツポーズをすると、右手の剣を大きく振り上げながらケンタウロスに向かって駆け出した。


「こっからは接近戦だあああぁあぁぁッ!」


 威嚇の意味も込めて大声を張り上げながら、俺は彼我の距離を詰めていく。

 八メートル、六メートル……。

 ケンタウロスの矢は尽きた。そう思っての特攻だったのだが――――


 直後、ケンタウロスの右手付近の空間がグニャリと歪んだ。


「なっ……!?」


 まさか……!

 俺も見慣れたソレにケンタウロスは右手を突っ込んで、中から新たな矢を調達した。

 プレイヤーだけでなくモンスターにもあったのか!?


「アイテムストレージ……!」


 まさしく俺も毎日使っている、アイテムストレージそのものだった。


 ケンタウロスとの距離は二メートル。

 俺は剣を振り下ろし始めているが、ケンタウロスも素早く矢をつがえた。

 矢が当たるかもしれない。だが、俺も《クラッシュ》でダメージを与えるッ!


「おおおおおおおっ! 《クラッシュ》ッ!」


 俺のクラッシュはケンタウロスの胸を斬り裂いた。その胸から鮮血が迸る。

 ケンタウロスのHPバーは一割ほど減少した。

 こいつにも一割しかダメージを与えられないのか!


 俺の右肩には矢が刺さっている。だが痛覚遮断のおかげで痛みは感じないし、それほどのダメージでもないだろう。


 俺は舌打ちしつつ、続けて《クラッシュ》を叩き込む。

 いくら矢が補充されようと、この距離は完全に剣が有利だ。今のうちにできるだけHPを削るッ!


「《クラッシュ》!」


 三連続の《クラッシュ》を受けて、ケンタウロスのHPバーは三割以上減らしているように見える。

 ようやく俺の間合いから逃れたケンタウロスは、矢をつがえた姿勢で静止した。

 現在、俺とケンタウロスの距離は八メートルぐらいだろうか。

 

 ふと思い出したように、右肩に刺さった矢に目をやる。もちろん、ケンタウロスを警戒したままだ。


 矢が刺さった肩から血が流れている。その矢を抜いて地面に放って、剣を構え直す。

 HPを確認するがダメージは40。大した傷じゃない。さっきのハーピー戦のあと、シマンの《ヒール》で俺のHPは全快していたから全然余裕だ。

 このダメージ量からすると、間違いなくこのケンタウロスはハーピーよりレベルは下だろう。


「続けて食らうかよッ!」


 俺は続けて放たれた矢を左腕で顔を覆うようにしながら躱した。この距離では確実に避けられるかわからなかったので、万が一に備えてだった。

 結果は上手く躱せた。

 しかし、一瞬俺の視界が赤く点滅した。


「え……!?」


 点滅は一度だけだったが、俺のHPが13減少していた。それは俺の最大HPの1%に相当する値だった。

 おい、まさか……!?

 そして簡易ステータスの変化に気づく。名前の上に見慣れない紫色のマークが点滅している。


「これは毒状態か……!」


 どうやら、さっき肩に受けた矢が毒矢だったようだ。たった一発避け損ねたのが毒矢だったなんて、俺も運が悪い。だが、今さら悔やんでも何も始まらない。


 ケンタウロスの攻撃は俺にとってそれほど危険ではないことが判明している。俺のHPが尽きる前に倒しきる計算はできていた。


 それから何度か矢の攻撃を食らったが、九度目の《クラッシュ》で斬りつけたとき、ケンタウロスは光の粒子となって爆散した。


 俺のHPは946。最大値は1,278なので、まだ七割以上を残している。依然、毒ダメージは受け続けているが、すぐに死ぬことはないし【ポーション】もある。だが俺に治す手段はないので、あとでシマンに治療してもらうしかないだろう。

 そのシマンはというと……。


「《断骨斬》ッ!」


 山賊がシマンの【侍】スキル、《断骨斬》で一刀両断にされていた。

 斬られた山賊は地面に仰向けに倒れ白目を剥いているが、モンスターのように粒子となって消えることはなかった。


「よお! ケンタウロスを一人で倒したんだな! やるじゃん!」


「ああ、なんとかな。それよりなんでこの山賊は消えないんだ?」


 俺は地面に倒れている山賊を指して、シマンに訊いた。


「ああ……こいつはプレイヤーだったってことだ。つまりPKだったんだ。おっと、タイガ毒受けたのか? これ使えよ」


 俺はシマンに渡された【解毒ポーション】を飲んで、毒状態から回復した。

 ついでに《ヒール》もかけてもらう。


「プレイヤー……だったのか」


「ちょっと後味悪いけどな。しかも、こいつレベルが高い」


「そうなのか?」


「全力じゃないとはいえ、俺の《断骨斬》一撃では落ちなかったからな。少なくともレベル30は越えているんじゃないか?」


「え、そんな高レベルだったのか? というかシマンが全力じゃないってのはどういう……あ、もしかして《峰打ち》スキルを使ったのか?」


「いや、単純に装備の問題だ。俺は強敵と戦うとき以外の普段は、ナマクラを装備しているからな。単純に攻撃力が足りなかった。今装備しているのは【無銘】っていう、刀系武器の中ではおそらく最弱の武器なんだ」


「どうしてそんな弱い武器を?」


「保険だよ。万が一PKに不意打ちされて殺されでもしたら、装備している武器はその場にドロップしちまうからな。この山賊を見ればわかる」


 シマンが言うように山賊の傍らには、彼が装備していた剣が落ちている。

 この剣を拾って自分のものにすることもできるが、俺たちはそうしなかった。


 プレイヤーが死ぬと四分間の蘇生時間というものがあり、この時間内なら蘇生魔法やアイテムで蘇生可能なのだそうだ。しかし仮に蘇生が成功したとしても、死んだことに変わりはないのでデスペナはカウントされる。

 そして、四分経過すると死体は消え、最後に訪れた町の<ゲート>にリスポーンされるそうだ。


「それにしても妙だな……」


 シマンが神妙な顔でつぶやいた。


「何がだ? この<ハリザラ山>には山賊が出るというのは聞いていたけど、それともPKがか?」


「ん……俺はここで山賊と遭遇したのは始めてなんだが、それがプレイヤーだとは思わなかったんだ。山賊というからには他にも仲間がいるはずだ。それが皆プレイヤーだとしたら、ちょっと厄介だぞ。なんせレベル30越えのやつらだ。だいたい、<ハリザラ山>の適正レベルは25前後だから、この山を越えようとするプレイヤーにとっては脅威だな」


 シマンが言うには<ハリザラ山>の適正レベルは25ぐらいらしい。つまりここに入ったときレベル19だった俺は、本来なら危険な領域に足を踏み入れたことになる。

 確かにシマンがいなければ、ハーピーに殺されていただろう。


 そして山賊がプレイヤーの集団かもしれないとわかった今、その適正レベルはさらに上がるのが想像できる。

 シマンやヒナぐらいの強さがあれば別だが、俺なんかがソロで山賊に出くわした場合、待っているのは死のみだ。


 俺はヒナと一緒に<ウルカタイの迷宮>を目指す。その気持ちに嘘や揺らぎはないが、この<ハリザラ山>に足を踏み入れたのは時期尚早だったのではないかと思った。

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