文化祭2日目 ⑧
パレードの終着点である校門をくぐると俺たちは大きな歓声に迎えられた。
俺は涼香を近くのベンチに座らせて靴を脱がせる。
涼香の足には赤い筋が残っているがケガまでしている様子はない。救護班の生徒からシップと包帯を持ってきてもらい彼女の細い足に巻いていく。サッカーをしていた
時からケガは多かったので足のテーピングは手慣れたものだ。
「……ありがとうございます」
足首を固定すると立ち上がることもでき、歩くことにも問題はなさそうだった。
「気にしないで」
正直、疲れなかったといえば嘘になる。
涼香もそのことが分かっているので、その点については触れないでいてくれた。聞かれても返答に困るだけだし。
「とりあえず、着替えて片付けに参加するか」
「あの、私も」
「なら涼香は備品の数の確認を頼むよ」」
問題はなさそうだといっても、重い物を持たせて足に負荷を咥えない方がいい。座ってでも行える作業に回す。休ませてあげたいが涼香の場合色々と無理をしそうなので楽な仕事を回し手伝ってもらったほうがいいと考えた。
もうじき閉会式が始まる、それまでにはグラウンドに人が集まれるだけの空間を作っておきたい。だが、いつまでのこの格好でいるわけにはいかないので着替える必要がある。そう着替える必要があるんだ!!
俺はパレードで乾いたのどを潤すために売れ残りのコーヒーをもらい、着替えに向かった。
ようやくこの王子服から解放される!!!
……
………
…………
「……先生、もしかして制服の格好気に入ってます?」
着替えてグラウンドに戻り片付けを手伝いをしていると生徒にそんなことを言われる。
「ちげえよ、コーヒーをスーツにこぼしちまったんだよ……」
最悪だ。
まさか机の上に置いておいたコーヒーが倒れてスーツの入った袋の中にダイブすることになるとは。着替えのない俺は午前中に着ていた静蘭の制服に袖を通すしかなかったのだ。
「とか何とか言ってー」
「歩波、これをグラウンドの端にある倉庫にしまってこい」
俺は歩波に重量のある備品を一番遠い倉庫にもっていくように指示する。
「女の子にこんなのを持たせるなんて!」
「いっちょ前に女を自称するな」
「自称ってどういう意味!? こんな重いの一人じゃ無理!」
「お前の半分くらいじゃないか?」
「このくそ兄貴……」
掴みかかってくるかと思いきや、その手は止まる。
「なら歩波ちゃん。一緒に行こうか。そっちの段ボールをお願い」
さりげなく歩波の横から備品を持ち上げる透。歩波にはロープの入った軽い段ボールを運ばせる。
片付けには一般の人も手伝いを名乗り出てくれており、透もわざわざ手伝いを希望して残ってくれている。大桐や百瀬もここにはいないが手伝いをしてくれているらしい。
「さすが透くんです。どっかの愚兄とは大違い」
「歩は子供だからねー」
「とっとと行け!!」
歩波は透の言葉に目に見えて機嫌をよくし、透と備品を運んでいく。
その後の作業も順調で予定よりも早く終わることができた。
◆
片付けが終わり拓いたグラウンドに生徒たちとボランティアで片付けに参加してくれていた人たちが集まる。生徒たちはクラスの順番に並び、一般参加者の人たちはその後方にいる。俺は片付けで少し遅れ、ボランティアに参加していた人のところにいた。
閉会式が始まればようやく静蘭の文化祭も終わりとなる。
終わりとなるのだが……
『……そもそも日本最古の文化祭は、1921年に催された「創作展覧会」にあります。生徒の創作意欲を掻き立て、作品展示の機会をつくることが目的でした。当時としては全国初の取り組みであったために、新聞紙上でも大きく取り上げられたそうです。今回の文化祭は創作展覧会以上の熱気があったと思われます。ええ、ええ、素晴らしかったですとも! 特に3年生が勉学に励みながら作り出した芸術は………饒舌に尽くしがたい! それもこの文化祭で終わると思うとなんとも切なく、甘く、寂しい物です。私が高校生の頃の文化祭を思い出します。何が言いたいのかといいますと……私が過ごした青春の日々はまさしく――』
佐久間教頭の話が長い。
もうかれこれ30分ほど話し続けている。すでに文化祭で疲労困憊となっている生徒たちにはかなり酷だ。
「歩、この話まだ続くの?」
透は佐久間教頭の長話に呆れはじめた。
教頭が高校時代を思い出を話し始めたからあと1時間は続くだろうな。
「何が言いたいのか全く分からんぞ」
大桐は話の内容についていけず俺を見る。
安心しろ、みんな何を言っているのわかってないから。
「ふあぁ……」
百瀬は眠いのか欠伸をしている。
「でもさ、高校の時にこういう話の長い先生いたよね」
透は佐久間教頭の話で、高校の時の先生を思い出したようだった。
「……ゆーきゅん先生だっけ?」
「違う違う、ザピエル先生だよ。説教の時に何を言ってるのか滑舌悪くてわかんなかったけど」
「説教の長さなら大学の桂井教授もだろ」
「それはお前が馬鹿なことばっかりやってるからだろ」
「いいや、何かと俺を目の敵にしてたぞ!」
「それはきっと桂井教授のズラを大桐が暴いたからだ。それから「河童教授」って陰で呼ばれるようになったんだろ。教授も開き直ってズラやめてスキンヘッドにしてたし」
「そのせいで授業が遅れて何度単位を落としかけたことか! つーか「河童みてえ」って言ったのは高城だろうが!」
「それを大桐がポロっと言っちゃったんだよね」
「人のせいにするのはよくないな」
「お前らも結構バカやってたよな!」
「それを言うなら透の方だ。裏で何人殺られたと思ってるんだよ」
「人聞きの悪いことを。シルビアから情報からの情報を有効活用して口を閉じてもらっただけだよ」
「やっぱ諸悪の根源にはあいつがいるのか」
「あー、大学の思い出話はズルいなー。ボクだけ違う学校だし」
やんややんやと昔の話をしていると妙な違和感に気が付く。
周囲が異様に静かなのだ。
さっきま気持ちよさそうに話していた佐久間教頭の声も聞こえない。
というより、佐久間教頭は何か言いたそうな目でこちらを見ていた。具体的には「またお前か」っている目をしている。
周囲の人たちも同様だ。
生徒や一般参加者の人たちは俺たちを見てクスクスと笑い、他の先生たちは「懲りないやつ」と呆れた笑みを浮かべている。
『えー、話の途中ですが、ここで終わります』
佐久間教頭の冷めた声が俺たちのもとに届いた。
冷たい汗が滝のように流れてるのがわかる。
そして、いつの間にか俺から距離を取り退避している透たち。
『では……続いて、表彰を行いたいと思います!』
司会の子が気まずい空気を無視して次のプログラムに移る。
静蘭の文化祭では模擬店部門、ステージ部門、展示部門などでそれぞれ優秀な成績を収めたクラスや部活に対して賞が授与される。
『では、まずはステージ部門から発表します! 今年ステージ部門栄冠に輝いたのは―――演劇部です!!』
コンクールでも入賞するレベルの部活動ということもあり、集客率からわかり切っていたことだった。今回の演劇部の公演には何か目を引くものがあったというが、おそらく景士さんが何かしたんだろうな。すでに景士さんと成恵さんは帰宅している。
そのあと、展示部門などが発表されるが、そのへんは特に盛り上がることもなくおざなりに。
メインはやはり模擬店部門だろう。
多くのクラスや部活動が模擬店を開き売り上げを競ってきた。
そのため、毎年売り上げ3位までのクラスが表彰されることになっている。ちなみに料理部は数年ほど前までトップを独占し続け殿堂入りしたので呼ばれることはない。
三位は3年の出し物であるレインボー綿菓子店が選ばれた。おしゃれなカフェのようなグラデーションのレインボー綿菓子を実際に作れるというところがポイントが高かったようだ。3年生は受験のためということで参加はボランティアなのだがよくやってくれたと思う。
『続いて、第二位は!! 2年5組のコーヒーハウスです。こだわりの水炊きコーヒーは絶品だったと多くの好評を得ておりました! どうしようもない担任のしょうもないトラブルがあったようですが、手伝いに来てくれた七宮先生の協力もあり完売したそうです!! もしも完売でなかったら1位を狙えたかもしれません!!』
実際、5組のコーヒーを飲ませてもらったが並みの喫茶店よりは美味しかったと思う。責任者である担任が不在で規制が厳しくなった状況で本当によくできた結果だと思う。
「やったー!!」
「七宮先生! ありがとうございました!」
5組の生徒たちは手放しで喜びあい、手伝いに来た七宮に手を振っている。先生方からも七宮に温かい拍手が送られる。
『では、第一位の発表です!! 第一位はぁああ!! 2年1組のコスプレ喫茶でした!! 文化祭以前から噂されていたコスプレ喫茶はやはり強かった! ミスコン上位が3人もいたといたということで好評を得ていました。ぼったくりといってもいい値段の食べ物に、一体いくら課金した人たちがいるのでしょうか。男子たちのスケベ心が目に見えます! また担任の身体を張った広告は校内でも話題となり、女性たちからも大きな集客を得ることができたようです』
司会の説明にはいろいろ言いたいこともあるが、1組の列から大きな歓声が挙がる。
やはりといっては何だが、他のクラスと比較しても圧倒的に集客率はよかった。ほかにもちょっとしたハロウィンメイクなども手掛けるなどのさり気ないサービスも人を集めたのだろう。
『それでは、このままミス静蘭の表彰に移りたいと思います』
今も歓声が続く俺のクラスからさらに声が挙がる。
壇上に涼香が上がっていく。
◆
涼香
――はあ……気が重い。
私は億劫な気持ちで壇上に上がる。
先生に花束をもらって、事前の打ち合わせされてたように私へのインタビューが始まる。
『やはりといいますか、おめでとうございます!』
「ありがとうございます」
『いやー、静蘭で知らぬ人はおらぬという、まさに才色兼備、秀外恵中を絵にかいた通りのお人ですが……』
みんなから向けられる視線は好意的なものもあればそうでないものもある。むしろ、嫉妬や侮蔑とかした仄暗い視線はいくつも感じられる。私だって好きでなったんじゃないのに。
そこからは私を褒めちぎるような美辞麗句を司会の人は話続ける。
私に投げかけられる質問も段取りしたとおりに応えていくはずだったのに途中からアドリブが加わり始める。
『先ほどのパレードでは王子様にお姫様抱っこをながらの終着となりましたが、あの時の心境は?』
「あ、あれは、私が靴擦れを起こしたので助けてもらったんです」
高城先生の話題になるとさっきのことを思い出して恥ずかしくなる。私の恥かしそうな顔を見て司会の子は期待通りの反応をしたからかちょっと満足そうな顔をする。
『……では、最後にお聞きしたいのですが、ズバリ! 桜咲さんは今好きな人はいらっしゃいますか!?』
この問いかけに会場の空気がわずかに変わるのを感じる。
私も段取りの中になかった質問に驚いた。
多分、会場を盛り上げるための質問かテンションが上がってきた故の質問なんだろうけれど、司会の人のおふざけを少し憎らしく思った。
『い、いやー……や、やはりミス静蘭の好きな人というのは、みさなん気になるところでして……』
私の雰囲気が伝わったのかちょっと怖気づいたのかどもりながら私の顔を見る。
私は視線だけを高城先生の方へ向ける。
観月や夕葵、カレンも先生に気持ちを伝えている。
私も恋手紙を書いたけれど気付いてもらっていない。
もしも今日のことで少しでも意識してもらえるのなら――、もう少しだけ……頑張ってみよう。
「……好きな人なら、います」
◆
『え!?』
涼香が真面目に応えたのが意外だったのか司会の驚いた声が会場に響き渡った。
その声に会場もざわめきだす。
涼香の好きな人――。
俺は涼香から恋手紙をもらっている。
だが、女心と秋の空ともいうように彼女が心変わりしている可能性だってある。
「おい、一体誰だよ!?」
「しらねえよ!」
「はっ、もしや俺のことか!?」
「そういえば、先日同じ委員会の先輩が告ったってきいた……」
様々な憶測が生徒たちの中で飛び交う。
特に男子たちのざわめきが大きいのは彼らが彼女に好意を寄せているからなのだろう。高嶺の花と呼べる彼女の言葉は青天の霹靂だったはずだ。
女子たちは驚きながらもどこか安堵したような反応をする。
おそらく、女子にとって最大のライバルのような存在である涼香が好きな人の存在を明らかにしたことによっての安堵だろう。
『も、もしかして静蘭の男子生徒でしょうか?』
司会はちょっと踏み込んだ質問をすると男子たちは話をやめて彼女の返答を聞く。
「いえ、静蘭の生徒じゃないです」
涼香の答えに一気に落胆した声が響き渡った。
まあ、この瞬間静蘭の男子が全員フラれたということだからな。
『じゃ、じゃあ! いったいどんな人でしょうか?』
「いえ、恋手紙を書いて渡したんですけれど、気が付いてもらえてなくて……」
『もう告ってんですかー!!??』
「はい、今は完全に私の片思いです。全然相手にしてもらえてませんし」
『へーっ!!』
司会の子は完全に仕事を忘れて素のリアクションをしだした。それだけ彼女の告白は意外だったのだろう。
『いやー、意外や意外! 静蘭の誇る美少女に今まで想いを寄せる人や告白した人は星の数ほどいるかと思いますが、その逆とは思いもしませんでした……一体どんな人なんですか?』
「それは……秘密です。多分、その人が私に告白してくれることはないと思いますので、想いを伝えるなら私からまた伝えることになると思います」
その時、彼女の視線がわずかにこちらを向いた気がした。
『まさかの告白宣言!! これは相手がどんな人なのかますます気になります!!』
◆
涼香
私はインタビューに答え終わるとクラスの列へと戻ってきた。その間にも好機の視線が寄せられるのが分かる。
「桜咲さん! 好きな人って誰!?」
「秘密よ」
「いつ? 次はいつ告んの!?」
「まだ当分先」
クラスメイトの女の子たちが代わる代わる私に問いかけてくる。
好きな人が同じ夕葵や観月、カレンは視線だけを合うけれど何も話さない。
多分、これから先みんなが私を見る目は変わると思う。
それはいい方向に傾くのか悪い方向へ傾くのは私にもわからない。
読んでくださりありがとうございます!
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