文化祭2日目 ⑦
パレードのルートは学園を出てから近くの幼稚園などを数か所を周り、道中に会った子供たちにお菓子を配るのが主な内容だ。
商店街ではダンス部の子たちが踊りを披露したり、マーチングバンド部の子たちが演奏を披露する。そこから折り返して再び学園にまで戻ってくるので結構な長距離コースとなる。
校門まで出る間はマーチングバンド部の子たちが演奏を始める。
さすがに移動中演奏し続けるのは酷であり近隣住民の迷惑になりかねないので、演奏する場所は校内敷地や商店街、幼稚園にいる間だけだというが、それでも結構な時間だ。
管楽器、打楽器を中心とした軽やかな音楽が鳴り始める。
体育館の扉が開くと女生徒たちの黄色い悲鳴で迎えられた。
もちろん、注目はパレードの中心付近にいる渉の所為だ。パレードの並び順は伝えておいたのだが参加者が、徐々に徐々に渉に近づいているのが後方にいるよ俺にはよく見えた。
校門を出る間まで渉への歓声は続く。さすがにパレードに参加していない生徒を連れていくわけにはいかない。
移動間は吹奏楽部の子たちの演奏もいったん休止となり、目的地である商店街に向かって歩きはじめる。
道中に子供ではなく渉のファンだという人が押し寄せるが、渉の事務所の人たちが助っ人として間に入ってくれていたので事なきを得た。お菓子をもらいに来た子供たちにはお菓子を渡していく。
――それにしても、渉のファンか……。
やはりというか圧倒的に女性が多い。
目の色を変えて渉の元へ行こうとする姿は尋常じゃない。
渉が歩くだけでみんなの視線は奪われる。こいつに演劇を指導した景士さんの影響もあるのだろうけれど、渉は本当に役者なんだと実感させられる。
「やっぱ、人気だねー」
俺の隣を歩いている観月が見たままの感想を言った。
ちなみに涼香、夕葵、カレンは俺の傍から離れようとはしない。陽太は友達と一緒にお菓子を配っている。
このパレードに参加していれば渉の近くを歩くことができる。テレビの向こうにいる人間と触れ合うことができるということで女子の関心は渉に集まっている。
「あれあれー? もしかして嫉妬しちゃってる?」
観月がからかうように言ってくる。
「してねーよ。暴走したファンとかが心配だ」
「あー、ありえそう」
「一応、言われたとおりに商店街や幼稚園には連絡は入れておきました」
涼香には渉の控室前で別れたときに商店街のお店に今日の変更のことを伝えてもらっていた。今日は例年以上に迷惑をかけてしまうだろう。また今度お詫びをしに行かないと。
文化祭が終わってからのことを考えながら道を歩いていく。
「あれ? 渉はあっちだよね。そっくりさん?」
「でも、あの人もカッコいい~」
渉と似ている俺にもおこぼれで視線が集まる。
「うわーあのお姫様、可愛い」
「あの銀髪の子もお人形さんみたい」
「あの背の高い子ってモデル? すげえな……」
「茶髪の子も快活な感じで可愛いよな」
俺に注目が集まるということは俺の周りにいる子たちにも視線が集まる。
歩くだけで人目を引くのはこの子たちも一緒で男女問わずだ。
渉のファンの突撃などもあったが、パレードは順調に進み陽太が通っていた幼稚園までやってきた。
去年まで陽太が通っていた幼稚園には紙やビニールシートで作られた仮装衣装を着ている子どもたちが俺たちを待っていた。
俺たち周りを走り回りながら、舌足らずな声でお菓子をねだる姿は何ともかわいらしい。
渉がパレードに参加していると言噂を聞きつけたのか園児のお母さん方も集まっており、お菓子を配り始めるとあっという間に渉はお母さん方と先生たちに囲まれて見えなくなった。渉の笑顔がひきつっていたように見えたのは気のせいだろう。
「おねえちゃーん」
「かわいい……」
「ひらひら~」
「あ、服を引っ張っちゃだめです」
「これあげる」
「私に? ありがとう」
「観月ちゃん、綺麗になったわねー。陽太くんも大きくなって」
「そう? 先生もお久しぶりですー」
夕葵は子供たちに囲まれて頬を緩め、カレンは衣装に興味を持った女の子たちに囲まれ、涼香は花を差し出してきた男の子たちに微笑む。観月と陽太は顔見知りの先生たちと話し込んでいた。
「……」
「『さっきまで俺と一緒にいたのに』」
「妙なアテレコすんな」
シルビアが俺の物真似をする。つーか、どうやってさっきの声出した、俺とそっくりだったぞ。
シルビアはボランティア参加ということでこのパレードに参加している。ちなみにシルビアは渉が俺の弟だということを知っている。特に大きなリアクションをしなかったは三次元には興味がないからだろうか。
「教え子たちを取られて寂しいのでしょうか」
「目の前に芸能人がいれば嬉しくもなるだろう。ハメを外し過ぎないかは心配だけどな。というより、お前本当にシルビアか?」
多分、引っ張ってぶつけるスマホゲームのキャラなんだろうけれど、声しか面影が残ってない。仮装っていうか変身っていうレベルだぞ。
「今はルシファーです。本物のファンならきちんと礼儀はわきまえているものですよ、私のように」
「外歩いただけでこれだと飯も落ち着いて食えなさそうだ」
シルビアのセリフは無視だ無視。
「サングラスだけでも結構バレないものですよ。気が付いても日本人はシャイですからなかなか話しかけませんから」
外国人からすればそうなのかもしれないけれど、過去の経験で言えばああいう集団は群れると積極的になるからな。
……
………
…………
順々に幼稚園などの子供のいる施設を回って、目的地である商店街へとたどり着く。
涼香が事前に渉が来ることを伝えておいてくれたおかげで、店の方にも迷惑がかからないように、店の人たちが人通りの整理などに参加してくれた。
「きゃぁあああああああ!! 渉ぅううううううううう!!」
「こっち向いてぇええええええええ!!!!」
「好きやでぇえええええええええええええええええ!!」
怖っ!!
年齢を問わず女性たちが半ば狂気じみた奇声を挙げながら渉の元へ近づこうとする。
商店街の人たちは例年通り一時的に店を閉めて、ファンの人たちが店の中になだれ込まないようにしてある。
「連絡しててくれて助かったよ」
俺は涼香に礼を言う。
「いえ、むしろ商店街の人たちも乗り気だったみたいですよ。ファンの中に商店街のおばさんたちもいますから」
渉を囲む集団を見て苦笑いを向ける涼香。
商店街の人たちの迷惑になっていなければいいんだけれど。
大型ショッピングモールなどができてから商店街の需要は減りつつあるらしい。俺も日用品や食料品を大量に購入するときはショッピングモールやスーパーを利用してしまうが、この商店街の人たちにとっては痛手だろう。
「だから、このパレードはお祭りの時と一緒で一番商店街が活気づくってみんな楽しみにしています」
「文化祭には商店街の人たちが協力的だったのはそういうことか」
文化祭の事前説明をしているときに嫌な顔1つせずにいてくれたのは学園と商店街の長年の信頼間ということもあるのだろう。
吹奏楽部の演奏が始まる。
その間に手の空いている俺たちは見に来ている子どもたちにお菓子を配っていく。事前説明の時に顔見知りになった人たちに声をかけられ、今日のことを伝えると感謝までされた。涼香の言うとおりだったようだ。
俺だけではとても手が回らなかったが、涼香の協力があって今日はここまですんなりと事が進んだんだろう。
時計で時間を確認する。
吹奏楽部やダンス部の出し物が終われば、あとは商店街から引き返して学園に戻るだけだ。渉だけはこの商店街を回り終えたらタクシーで宿泊先にまで送る手はずになっている。
「あら、高城先生。今日はお疲れ様です」
「店長さん。今日はご協力ありがとうございました」
吹奏楽部の演奏を見ていた俺に声をかけてきたのは涼香の母親である店長だった。今日は文化祭には顔を出していないと聞いている。店長には涼香から連絡をもらってこの商店街の人たちに今日のことを広めてもらった。
「いえいえ。私たちも好きでご協力させていただいているので。それにしてもすごい方を連れてきましたね」
そう言って視線の先にいるのは渉だった。
「ええ、ちょっとした伝手で」
「そうですか、あまりにもそっくりなんでてっきり弟さんかと思ったのですけれど」
鋭いな。
まあ、この人なら俺と渉の関係がわかってもそこまで騒ぎ立てることはないだろう。
「ご察しの通りです」
「あらまあ、私の勘も以外に当たるものですね」
「できれば今は内緒でお願いします」
「“今は”ですか。ふふふ、わかりました」
話すタイミングは渉や歩波に任せるさ。せめて事前に説明は欲しいけれど。
「娘さんにも色々無理を言ってしまいましたし」
今回のことだけではないし、文化祭の間も彼女の手を借りっぱなしだった。
「それくらいあの子は喜んですると思います。この文化祭をずっと楽しみにしてましたから」
「ありがとうございます。でも、しばらくはゆっくりしてもらうつもりです」
「気を使っていただいてありがとうございます」
……
………
…………
「えー、渉帰っちゃったんですかー」
「もっと一緒にいたかったのにー」
渉とは商店街で別れてもらう旨を伝えると、疲れて座り込んでいる生徒たちからブーイングを聞かされる。今は休憩中で商店街の方からもらったアイスを食べている。
渉は商店街での出し物が終わると同時にタクシーに乗せて宿泊先にまで帰ってもらった。時間をかければかけるほど渉のファンの数は増えていくし、より収拾がつかなくなるからここで終了だ。
「ほら、学園に帰るまでがパレードだ。だらけた姿を見せないように」
渉が帰ったと伝えた途端にだらけだす生徒たちに俺は学園に帰ることを話す。
「あー、これが終わったら片付けかー」
「めんどいよー」
俺たちは学園に向かって歩き出す。
渉がいなくなってもまだ静蘭本来のパレードを見に来る人たちもいるのだ。みんなものそのことに気が付いたのか、立ち上がり学園までの帰路を歩いていく。
もうお菓子は持っていないが大きく手を振る子どもたちやOBやOGらしき人もパレードを見に来る。
そんな人たちに手を振りながら歩いていく。
だが、歩いていると徐々に距離が離れていく生徒を見つける。最初は動きにくい服をしているからかと思っていたが――、
「すまん、先に行っててくれ」
生徒たちを先行させ最後尾を歩いている生徒に声をかけた。
「涼香、大丈夫か?」
「すいません、ちょっと疲れちゃったみたいで……」
無理をした笑顔だというのは俺でもわかる。といより、そんな顔を今まで何度も見てきた。
疲れもあると思うが、どうにもそれだけじゃない様子だ。
ロングスカートの中で動いている足の動きが妙におかしい。
「……涼香、足痛めてないか?」
「一応、予防はしてみたんですけど……靴が痛くて……」
「靴擦れか」
どうやら当たりのようだ。
靴擦れというのは、歩くことによって靴と足が擦れて出来てしまう傷だ。サイズのフィットしない靴を履き続けると、靴擦れだけではなく、たこが出来てしまったり、足の形が変形してしまう。
俺は涼香を適当な場所に座らせると、足を見せてもらう。
自分の膝の上に涼香の足を乗せて具合を診る。
ガラスでできた透明な靴には涼香の足首あたりにくっきりと赤い痕を残していた。いったい、いつから痛みを感じていたんだろうか。
「……こういう時はもっと早く言うように、我慢しなくてもいいから」
「すいません」
この子は結構自分の中にため込むことがある。
透に言ったら「それは歩もだ」って言われそうだ。
学園はもう視界に入るところまで来ている。
だからといって、このまま歩かせるわけにもいかない。
花火大会の時のように背負っていくのもいいが、そうなると足を持ち上げるためにスカートをかなりたくし上げなくてはならなくなる。
肩を貸すにも俺と涼香では身長差がある。
米俵のように担ぎ上げるのはもう人としてアウトだ。
となると、残された選択肢は1つない。
――むしろ、身体の密着範囲も少なくなるからこの方がいいか。
残る問題は俺の体力と彼女の羞恥心だな。
「涼香。ちょっといいか?」
「はい?」
涼香はかわいらしく首を傾けた。
◆
慣れない靴で歩き回っていたせいで靴擦れを起こしてしまった。もう学園も目の前だというのに。
締め付けられるような痛みで少しずつペースが落ちて後ろへと下がってしまう。私に付き合わせるわけにはいかないので靴擦れのことは伏せて、夕葵たちには先に進んでもらった。
「涼香、大丈夫か?」
私のペースが送れていることに気が付いた高城先生が私の元へとやってきて尋ねる。
「あ、先生。すいません、ちょっと疲れちゃったみたいで……」
なんだか申し訳なくて嘘をついてしまった。
「……涼香、足痛めてないか?」
バレてる。うそを重ねるのが恥ずかしくて、正直に答えた。
「い、一応、予防はしてみたんですけど……靴が痛くて……」
「靴擦れか……」
そのまま先生は私を座れそうな場所に連れていく。私に了解を取るとスカートの端をわずかに持ち上げて足を確認をする。
自らそこに膝をついて、私の足の具合を診る。
「……こういう時はもっと早く言うように、我慢しなくてもいいから」
「すいません」
怒るというより諭すような言い方に先生に心配をかけてしまったのが分かって、申し訳なかった。
学園までの距離はもうそれほどない。
もうちょっとなら頑張れどうかな。
「涼香。ちょっといいか?」
「はい?」
私にもう一度靴を履かせながら先生は1つの提案を私にした。
「このまま歩かせると余計に足を痛めてしまうから……」
一度先生はそこで言葉を区切る。
先生の顔が少し赤みを帯びているのは気のせいかな。
「俺に涼香を運ばせてくれないか?」
「え?」
先生が何を言っているのかが分からなかった。
けれどもすぐに思考を戻して先生の言葉の意味を考える。
ああ、前の花火大会の時みたいに私を背負って歩いてくれるんだ。またあのたくましい背中を抱えることができるかと思うと嬉しく思う。ちょっと恥ずかしいけれど、先生の好意を無駄にはできない。うん、断るのも失礼だよね。
「では……お願いします」
先生が後ろをを向くのかと思ったけれど、先生は私の前でわずかに腕を広げる。
「なら、抱えるから」
「ふえ……?」
次の瞬間には私の身体は先生の腕によって抱き上げられていた。
初めての浮遊感と先生の顔がぐっと近づく。
――これって、お姫様抱っこ!?
「よっと、背負うとそのスカートがだいぶ捲りあがりそうだったから。こっちで」
「そ、そそそそそそうですね!?」
先生どころか、誰かにこうやって抱きかかえられるのは初めての経験だ。
私の身体に先生の腕が当たる。先生の腕はおしりや胸などのデリケートな部分には触れていないのだけれど、近くにある。それを意識すると恥ずかしさが押し寄せてくる。
私を抱えたまま先生は歩きはじめる。
「お、重くないでしょうか?」
花火大会の時にも似たようなことを聞いたことがあった。
けれど、その時と今じゃ状況が違ってくる。
「うーん……」
先生はゆっさゆっさと私を腕の中で私をわずかに揺らす。
その行為を意味が分かって私は思わず声を出した。
「ちょ! 先生!」
重さを確かめる仕草をする先生を咎める。
「ハハハ、涼香くらいなら大丈夫だ。それより怖くないか?」
「そ、それは大丈夫ですけれど……」
「もし怖かったら、首に手をまわして、そっちの方がお互い助け合えて楽になるから」
「て、手をですか……」
そうなると私が先生にまるで抱き着くような体勢になる。いいのかな。
まだパレードの途中、当然私たちを見ている人もいるわけで……当然、注目を浴びる。
「うわ、お姫様抱っこなんてリアルで初めて見た」
「パレードの演出?」
「それでも羨ましい」
「美男美女かー……爆死しろ」
パレードを見に来ていた人たちの声が私の元に聞こえてくる。
商店街からはだいぶ離れてたから近所の人に見られることはもうないと思うのだけれど、見知らぬ人に見られても十分恥ずかしい。
――けれど、それ以上に嬉しいんだよね……。
好きな人の腕の中には安心と緊張が入り混じった複雑な心がある。2人っきりなら思う存分堪能することができるのに。
私と先生の間には何の会話もない。
何か話そうかと思ったけれど、私を運ぶ先生の顔があまりにも素敵で何も言うことができなかった。ちょっと視線を動かせば先生の顔が近くに来るから目に毒だ。首に回している手を伸ばせば先生の顔にも触られる距離だ。
学園へ続く坂を上り始めるとパレードを出迎えに来てくれていた生徒も姿を見せ始まる。
最初は私たちの姿を見て驚いたけれど、パレードの演出だと思ったのか何も言わなかった。空気の読めない先生方は拙いと思ったのか高城先生に声をかける。「この子、足を痛めてまして」といえば先生たちも何も言えずに口をつぐむしかなかった。
私は校門をくぐるまでずっと先生と一緒にいられた。
――やっぱり、私はこの人のことが大好き。
分かり切っている気持だけれど、もっともっととそれを望んでしまう。
今は。
今だけは。
この人の温かい腕の中を独り占めさせてもらおう。
私の気持ちは今にもあふれ出しそうだった。
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