文化祭2日目
文化祭2日目――今日は一般の方も加わり昨日より、一層賑やかになる。
その分トラブルも増えるというものだ。
静蘭学園の文化祭に参加するには招待チケットの持ち込みが必要となる。
申し訳ないがチケットを持っていない人の来客はお断りすることになっている。
なので客層は保護者の方やパレードの時に協力してくれる商店街の方や学園の宣伝ということで近隣の小中学生だ。
朝、俺が通勤すると俺よりも先に来ていた七宮が何やら悩ましい顔をしていた。
――というより、なんでここに七宮が居るんだ?
すでに教育実習は終了していて、昨日挨拶も済ませていた。
「おはよう。どうしたんだ?」
「せ、先輩! なんや昨日、小杉先生から連絡があって来るように言われて来たんですけど」
またあの人かっ!
実習が終わった七宮を呼びだすとは……昨日、江上先生に叱られたことが効いていないようだ。
「そしたら、さっき小杉先生から今日は来れへんって連絡が」
ため息を吐きたくなるのをぐっとこらえる。
もしかしたら体調でも崩したのかもしれない。
俺だって、事故に遭って去年は忙しい学年末を2か月も休んだじゃないか。
誰も文句言わず……一部には嫌味を言われたが、それを理由に何もしないというわけにはいかない。
それに、予期せぬトラブルの連続で七宮はただでさえ不安なんだ。俺がマイナスな空気を出してどうする。
「とりあえず、江上先生への連絡は俺がしておく。七宮、小杉先生の今日の仕事って何かわかるか?」
「えっと、今日のゲストの方のお出迎えと接待だったはずですが」
「うあぁ~……」
そうだよ、結構重要な役を任されていたはずだ。
確かあの人、「芸能人に知り合いがいる」と息巻いて自分で立候補してこの役に付いたはずなのだが。
「先方の連絡先とかはわかるか?」
「すいません。ちょっとそこまでは……」
俺は小杉先生のデスクに近づくと書類を取り出して今日の資料を探すのだが、見つからない。神経質な人なのでこういうところはきちんとしているはずなんだが。
ゲストの方は今日まで秘匿ということで誰にも詳細は教えてもらっていない。
知っているのは担当の小杉先生だけなのだ。あの人は誰でも知っている有名人だといっていたが……どんな有名人を呼んだのか見当がつかない。
――どうすればいいんだよ。
とりあえず、来客用玄関の守衛さんに有名人らしき人を見かけたら俺に連絡するように通達しておこう。
「七宮。申し訳ないが今日5組の出店を見てもらってもいいか?」
「それはもちろん!」
七宮は嫌な顔をすること一つせずに快く引き受けてくれた。明日にでも何かおごろう。
早速トラブルが起きたが文化祭2日目が始まった。
◆
涼香
朝の登校中、文化祭2日目ということで静蘭の学生以外にも出店を出す人やその手伝いの人でいつもより校門には人だかりができている。
「~~♪~~」
ああ、本当に気分がいい。
気が付けばお気に入りの曲の歌を口ずさんでいる。
昨日の出来事がまるで夢みたい。
『……魅力的な女性だと思ってる』
昨日の先生の言葉を思い返すたびに顔が赤くなって頬が緩むんで耳が幸せになる。
――もしかして私のこと女性として意識してくれるのかな。
いやいやいや、あまり期待しちゃダメだよ。
私のことを励ますために行ってくれた言葉かもしれない。かもしれないけれど……
「フフッ」
「おはよ、涼香!」
「きゃあ!」
観月に挨拶をされて私は驚いて声を挙げてしまった。
「どしたの?」
「え、ううん! なんでもないよ!」
自分の世界にトリップしていたなんて言えるわけがない。私は笑って誤魔化した。
「あ、そういえば、ミスコン2連覇おめでとう」
「あはは、ありがとう」
嫌味に聞こえない当たり、本当にそう思っていってくれるから素直に嬉しい。
「今日からきっと大変だね」
確かに今日の文化祭には一般の人も参加するから忙しさは昨日の比じゃないだろうな。学校行事で見学しに来た中学生の子たちを案内したり、一般のお客さんを誘導したりとやることは山積みだ。
「そうね。昨日より忙しいと思うし」
「うーん……そういう意味じゃないんだけどなぁ」
観月はちょっと困ったような目で私を見る。
観月とは昨日会うことはなかった。
昨日は何をしていたのかを尋ねると、個人の友達と一緒に演劇部の講演やバンド演奏などを観ていたそうだ。
観月もこの文化祭を楽しんでいるみたい。準備をした側からすれば今までの苦労が報われる笑顔だった。
今日は食堂で料理部の出し物があるからそっちも楽しみなんだろうな。
「そういえばさ、ちょっと小耳にはさんだんだけど」
「なに?」
「涼香って昨日、歩ちゃんと一緒に文化祭見て回ったんだってね?」
観月の笑っていない笑顔は怖い。
隠す気なんてなかったんだけど、聞かれなかったから何も言わなかっただけだから。
「わ、私の見回りに付き合ってもらっただけだから」
事実を隠さずに伝える。うん、私は嘘は言っていない。
「ふーん、昨日アタシが誘った時は仕事って断ったのに。あの仕事人間め」
「……誘ってたの?」
「そりゃあね、やっぱり一緒に文化祭を回りたいじゃん。今日は料理部の食券は渡してあるからアタシの料理食べてきてくれるって約束してるし」
今日は先生忙しいかな。
また昨日みたいな時間を過ごしたくて私はそんなことを考えた。
◆
小杉先生が急遽の不在となったため見回り分、ゲストの受付・5組の兼任という引継ぎ作業を行っていると朝のHRに少し遅れてしまった。
ゲストの方とはいまだ連絡はなく、誰かもわからない完全に手をこまねいている状態だった。
すでにほかの教室ではHRが始まっており、遅れて参加すべく小走りで教室へと向かっていった。今日の連絡事項は先に教室へ向かった水沢先生に任せてあるので問題はないと思う。
窓から校門を見る。
すでに気の早い一般客が文化祭の始まりと今か今かと待ち受けている様子が伺えた。
ハロウィンが近く、ハロウィンパレードに参加するため子どもたちが魔女やお化けに仮装しているのが目に入った。
吸血鬼のようなマントにジャックオーランタンやレースマスクなどの仮面をつけている人もいる。
――あんな風に顔を隠していたら誰が誰だかわからないよな。
集団というものは数が増えれば増えるほど気が大きくなり、羽目を外しやすくなる。その時に何が起きるかわからない。
少しこの文化祭に不安を覚えた。
……
………
…………
「……なあ、やっぱり俺は裏方に回ってもいいか?」
俺は教室に入るとすぐさま拘束され、改めて静蘭のブレザーを渡され着替えさせられていた。またこんな格好をさせられるなんて。
「ダメです! 先生が私たちの用意した衣装が嫌だっていうから。これが最大の譲歩です」
「そりゃあ、制服か刀剣が人の形したゲームのコスプレかって言われたらな」
あんなひらひらして重そうな服を着るより、こっちの方がマシだと思ったからだ。
生徒の保護者たちのこの格好を見られるのはかなり恥ずかしいが、手伝うと約束したのは俺だ。今日1日の我慢だ我慢。
「やっぱ、いい……先生の制服」
「こんな男子が実在するなんて」
「この前の試着を見逃した人がもう行列作ってるよ」
教室の外では昨日と同じように学生たちの列ができているらしい。
俺の制服姿のいったい何がいいんだか、昨日のメイド服着た夕葵とは違うんだぞ。
まだ一般客は入ることはできていないが通常よりも早く並ぶことのできるのはここに通っている学生の利点だ。
今日は和服姿の涼香、メイド服の歩波、カレンが午前中の当番となっている。
多分、涼香目当て学生の方が多いだろう。夕葵と観月は今日は部活動での出店を優先して行ってもらっている。
やがて開場の時間となり、各クラスの企画がスタートする。
「「「いらっしゃいませー」」」
まず現れたのは静蘭の学生たちだった。
席に着くのを確認すると涼香がメニューを尋ねに行く。
その後に続いて皆が接客を始める。
俺は注文された品をテーブルへと運んでいく。
「あのー、高城先生……」
「ん? どうかした?」
注文した品をもっていったテーブルに座っている1人の女生徒が伺うように俺に尋ねてくる。なんとなく覚えのある生徒だ、確か3年生だったはずだ。
「写真撮らせてもらってもいいですか?」
「……ああ、どうぞ」
正直に言えばかなり抵抗がある。
だが、3年生からすれば最後の文化祭。それがわかっているからこそ、俺は拒否することはできなかった。
「はいはいはい! 私も私も」
「私もできればツーショットで!」
「こっちに目線をお願いします!」
予想外だったのは3年生の女子を皮切りと次々と俺の写真を強請ってきたことだ。
席を倒さんばかりに立ち上がり、だんだんと距離も近くなり机にもぶつかり始める。
このままでは店が機能しなくなると思っていた時だ。
「はいはーい、撮影は順番でーす」
「こちらに予約をお願いしますねー」
「1ポーズ100円でーす!」
「過度な接触は双方のためになりませんのでご遠慮くださーい」
和久井さんと皆口さんがなんともスムーズにこの場を仕切り始める。
君らこうなることもしかしてわかってました? たかが俺との写真に100円払うのもどうかと思うけど。
校内は基本的に無断撮影は禁止となっている。
「じゃ、じゃあ私から! 肩に手を回して、顔を寄せてもらってもいいですか!?」
「……はいはい」
あまり触れるわけにはいかないんだけど、頼みであれば仕方がない。
3年生の女子の肩に手をまわし、プリクラを撮るように顔を寄せる。
「きゃ……」と小さな声を挙げるが、早く終わらせたかったので聞かないことにした。
和久井さんはスマホのカメラのピントを俺たちに合わせると手早く写真を撮る。さすがJKだ、スマホの撮影は手慣れている。
その後も女子たちのリクエストに応えていくと結構な時間が経っていた。
そのころには店の中には一般客の姿も見られるようになり、中にはコスプレまでしている客もいた。開店から1時間は経過したが行列は途切れることはない。みんな忙しそうに動き回っている。
客がいなくなったテーブルを拭き、次の客を通そうとする
「次、4名様でーす!」
「いらっしゃいま、せー………」
俺が入り口の方を振り返ると固まる。
「ふむ。学生コスですか。なかなか……」
シルビア、なぜおまえがここにいる!?
「シルビアさん!」
「お嬢様、今日はご招待いただきありがとうございます」
「ハイ!」
ああ、そうか、カレンが招待したのか。
外国人の来店に接客していた生徒が固まっていたが、カレンとの会話で流暢な日本語を話すシルビアに言葉が通じることが分かり安心した様子だ。
だが、この金髪碧眼極貧乳美女メイドは言葉は通じても話は通じない。
しかもこの場に来たのはシルビアだけではなかった。
「今日は愉快な格好だね」
「おじゃまします」
「ぶっははははは!!! お前、生徒におもちゃにされてんのか!?」
透、百瀬、大桐までもが来ている。みんな俺を見て吹き出しそうな顔をしてるよ。
「何でお前らが来てんだよ……」
一番見られたくない連中にこの格好を見られるとは……。
俺は頭を押さえながら客として席に座ったあいつらのもとに水をもっていく。
「ご注文は?」
「スマイル1つ」
「立て込んでますのでふざけるのはやめていただけますか?」
自分は営業スマイルも知らないくせに。半分キレ気味で水を配る。
「では、当店で一番かわいらしい女の子を」
「当店、ご指名のあるお店ではありませんので」
「なんですかもう」
こっちのセリフだよ。
さっきからメニューにない事を要求する後輩。冷やかしなら帰ってほしい。
「透、こんなところにいてもいいのかよ。名門サッカー部の監督さんだろ、練習しろ、練習」
「『数少ない女子とのふれあえる機会を! 何卒宜しくお願い致します!』って部員全員に土下座までされたらさすがに……羽目を外し過ぎないようにその見張り」
男子校、女子に飢え過ぎだろ。
「透くん! お久しぶりです!」
俺の横からメイド服を着た歩波が透に挨拶をする。相変わらず、透の前では猫被ってる。
「久しぶり、歩波ちゃん。今日は可愛い服を着ているね」
「そうですか? ありがとうございます!」
透に褒められて心底嬉しそうな顔をしながら頬に手を当てる。
「ふむ、いい出来ですね」
歩波が着ているメイド服を見て満足そうにうなずく。
「お前が作ったんだろ」
「コスプレというものは中身があって初めて完成するものです。素人ですか?」
少なくとも玄人ではないな。
「ねえ、歩くんちょっといい?」
くだらないやり取りをしているとメニューを見ていた百瀬が俺の袖を軽くつまみ尋ねる。
「この特別レクリエーションって何をするの?」
百瀬の見ているメニューには片隅にそんなことが小さく書かれている。
「ああ、それはな……」
「それでは! お時間となりましたので、ただいまよりレクリエーションを開催させていただきまーす!」
百瀬に説明しようかと思った時にちょうどレクリエーションの時間となった。
メイド服をきた皆口さんがくじの入った箱をもってシルビアたちの座っている席にそれを置く。
「この席に座っておられるお客様と高城先生が簡単なゲームをしていただきます。見事勝利されますと高城先生にお好きな衣装を着させることができます!」
ダレトク何だろうなこの企画。
離れた席で女子たちが何やら羨ましそうに見ている。
「負けた場合はどうなるのでしょうか?」
シルビアが参加する気満々でルールを確認する。
「特に何も設けておりません。お客様に楽しんでいただくのが第一ですから」
せめてルールくらいは五分五分にしようよ。
場合によっては俺は今日、大切な何かを失うかもしれないんだから。
「フフッ」
この目の前で邪悪な笑みを浮かべているメイドの手によって……。
「ではくじを引いてください。くじに書いてあるゲームを行ってもらいます」
透たちはそれぞれ1枚ずつくじを引いていく。
ゲームが始まる直前までどんな内容ゲームが行われるかはわからない。
「最初は俺だな」
最初に出てきたのは大桐《筋肉バカ》だった。
俺に恥をかかせられると知ってとても楽しそうです。
「ゲーム内容は……〇×ゲームです!」
学生のころ、短い休み時間などによくやったゲームだ。
4本の線を縦横交互に引き、先の間にマル印とバツ印を書くタテ・ヨコ・ナナメのどれかがそろえばその人の勝利だ。
……
………
…………
結果から言えば俺の勝ちだった。
こういう頭を使うゲームは相手が透やシルビアだったら正直勝ち目はなかったのだが、相手がこの大桐でよかった。
「ふん! 負けても俺は痛くもかゆくもないわ!」
客側はたしかにノーリスクだ、腹が立つな。
「待ってください」
だが、ここで待ったをかける声が挙がる。
声の主はシルビアだった。
「それでは条件が五分五分ではありません。私たちが負けた場合もコスプレをさせてもらいます」
「「「はあ!?」」」
突然の提案に驚く3人。
条件を五分五分にするため? まっとうなことを言うな。
俺にはわかる。
――大方、自分がコスプレをしたいからだろ……。
「だ、だが待て! 俺が着れる服がここにあるとは思えない!」
確かにそうだ。
大桐は身長2m2cmの巨漢、しかもやたらと体幹に厚みのあり肩幅の広い人間が着れる服があるわけが……。
「ありますよ」
そう言って、和久井さんが持ってきたのは1着のメイド服だった。
なんでだよ、なんでそんなLLLサイズのメイド服が存在するんだよ。
「ふ、ふざけんな! なんでそんなものを」
「スポーツマンがルールを破るのですか? おとなしく着替えてきてください」
「嫌だ!」
この場から離れようとする大桐。
「……あの事ばらしますよ」
「……………………」
シルビアがそういうと嘘のようにおとなしくなり、とぼとぼと更衣室へと入っていく。いったいどんな弱みを握られているのか。
着替えている音が教室の中に響く。
しばらくするとなんとも気力のない声が聞こえてきた。
「……………………着替えたぞ」
みんなの心の声が聞こえてくる。
『出てこなくていい。汚いものを見たくはない』
多分、ここに居るみんな一緒の想いだからだ。
そんな空気の中出てくる女装をした化け物。
筋肉とフリルの怪物。みんなのリアクションは言葉に表現することはできない。
フリルのたくさんついた服の隙間から覗く隆起した筋肉。
動くたびに悲鳴を挙げる服。
ご丁寧にニーソックスまで履き、絶対領域から覗く極太の足。
客から食事が喉を通らなくなるという苦情が発生したためすぐに着替えさせた。汚いものを見せて本当に申し訳ありません。
次のゲームの相手は透だった。
ゲーム内容はコイントスで運よく透に勝利した。昔から運だけのゲームなら透相手に意外と勝てる。
勝利した俺は歩波に透が着てほしい服を選ばせ、歩波は嬉々として透に俺と同じ静蘭の制服を着させる。制服を着て出てきた透と写真を撮り始めた。
「よくない? 先生の友達だって」
「イケメンにはイケメンが寄ってくるのってマジだったんだ」
ほか女子たちも透に見惚れている。
透も十分高校生として通用するよ。
だからしばらくその恰好のままで居させよう。俺と一緒に恥をかこう。
「3人目は私ですね」
ついに本命がきやがった。
頭を使うゲームであれば俺に勝ち目はない。
だが、さっきのコイントスのような運のゲームならまだ勝ち目はある。
シルビアが渡したゲーム内容が書かれた紙。
皆口さんがそこに書かれたゲームを伝える。
「3つ目のゲームは“愛してるゲーム”です!」
――終わった………。
もうすでに敗北する未来が決まったようなものだ。
誰でも知っている単に「愛してるよ」と交互に言い合うだけの簡単なゲーム。
言われて照れてしまっり、笑ってしまったりしたほうが負けとなる。
――俺が? シルビアに? 愛してるって?
無理! 絶対無理っ!!
シルビアが照れたり、笑ったりする未来が全く想像できない。
ただ永遠とこいつに愛してるを言い続けるだけの機械と化すかこいつに一方的に思いを寄せている痛い奴に成り下がる。
こいつを照れさせたり笑わせるなんて人気声優のドラマCDくらいじゃないだろうか。
あ、意外に簡単だ。けど俺には絶っ対無理!
「えぇーいいなぁ」
「変わってほしいー」
「せんせーい、私にも愛してるって言ってくださーい」
変われるなら変わってほしいよ。
「ふむ……」
シルビアが何やら考え込むと、手を挙げて1つの提案をする。
「申し訳ありませんが、私には心に決めた人がいるのです。その方以外に“愛してる”といわれると怒られてしまいますので……」
ちょっと照れたようにゲームに断りを入れる。
どうせ、その方ってゲームのキャラだろう。だが、このままゲームが流れてくれるのなら助かる。
「申し訳ありませんが、お嬢様代わりにこのゲームをしていただいてもよろしいですか?」
「エエッ!?」
「なっ……」
カレンにこのゲームを任せるだとっ!?
「もちろん、負けたときの罰ゲームは私が引き受けますので」
従者の鏡のような発言だが、自分が堂々とコスプレしたいだけだろ!
「は、はい。分かりました!」
やる気満々のカレン。
おい、マジか。俺がカレンとゲームをするのか?
俺に告白、あまつさえキスまでしてきた子だぞ。そんな子とこんなゲームをやることになるとは……。
「では、先行はお客様側――カレンからです。どうぞ!」
皆口さんの合図でゲームが始まる。
生徒が教師に告白する。
読み物ではありがちなシチュエーションだが、それが実際目の前で行われるとなると、教室の中にいる全員がカレンに注目しだす。
「あ……ア……い……」
必死に言葉を紡ごうとしているのが伝わってくる。だが、次の言葉が続かないのか何度も口をパクパクさせている。顔も白い肌に赤みが差している。
やがて、息を大きく吸うと意を決したように、いつかの合宿の時のようにその言葉を伝えようとする。
「―-っ――大好きです!!」
と大きな声で俺に伝える。
「愛してる」の言い方に変化をつけて伝えるのもOKだ。教室内でおおっと何やら感心したような声が挙がる。
――これはゲーム……これはゲーム……。
心の中で念仏のように唱え自分に言い聞かせる。カレンの言葉が本心っぽく聞こえたのも気のせいだ。
立場上、照れなど顔に出すわけにもいかないので、ポーカーフェイスを必死に貫く。
「………」
「……ムゥ」
必死に勇気を振り絞ったのに俺からの反応がなかったからかカレンは不服そうだ。判定時間を過ぎたので今度は攻守交代だ。
「愛してる」と言おうとした瞬間に教室の外で俺たちのやり取りを見ていた保護者らしきご婦人方が何やらひそひそと訝しげに俺たちの方を見ていることに気が付く。
――これは、拙くないか?
たとえゲームであっても俺の立場で生徒にそんなことを言っているのをこのゲームの事情を知らない人に聞かれれば色々と面倒なことになりそうだ。
だが、このままゲームに負けてしまえばシルビアにどんな格好をさせられるかわからない。大桐の二の舞はごめんだ。
俺はカレン近くによるとできるだけ声を潜めて――、
「愛してる」
とできるだけ声を潜めて囁いた。
囁いた瞬間はカレンはビクリと身体を震わせた、動かなくなった。
「……ヤバい……」
「少女マンガみたいなシチュエーションに鼻血出るわ」
周りのリアクションはこの際は無視だ。俺だって十分恥ずかしいんだよ。
だが、こんな教室の真ん中で「愛してる」なんて恥ずかしいことを大きな声で言う方がごめんだ。
「カレン?」
「………センセが……センセが、私に」
返事がない。
カレンは顔を真っ赤にしたまま硬直したままだった。
「……このゲームは先生の勝ちですね」
カレンがゲームの続行が不可能のようだったので、ゲームは俺の勝ちとなった。
何とかこの心臓に悪いゲームは乗り切ることができた。
「では、先輩。私で一体どういう”コスチュームプレイ”を楽しむおつもりですか」
「いかがわしい言い方すんな」
そうだった、まだこいつに服を着せないといけないんだった。
ぶっちゃけなんでもいいんだけどな。あくまで俺が着させたという形にしたいらしい。
「着てみたい服でもあるのか?」
シルビアにリクエストを聞いてみる。
「そうですね。制服などを着てみたいです。私の母国では制服なんてものなかったですし憧れてました」
「ならそれで」
静蘭の制服を受け取るとシルビアは無表情だが嬉しそうに更衣室へと入っていった。
「お待たせいたしました」
「「「「おぉー」」」」
そして静蘭の学生服に袖を通したシルビアが更衣室から出てくると周囲がざわつき始める。
金髪に制服の外国人というなかなか日本で見られない組み合わせにみんなが目を奪われる。
「いいですね。今度のコスは制服ものにしてみましょうか」
新たなコスの衣装の候補が増えたようでよかったですね。
……
………
…………
「あはは、まけちゃった」
最後の百瀬とのゲームは「手押し相撲」と書かれており、俺の勝利でおわった。
そして、敗者には何かコスプレをしてもらうことになっているのだが、服の選択権をシルビアにゆだねた。シルビアは衣装を百瀬に渡す。どんな衣装を渡したかは服を選ぶのを見ていた俺と透だけが知っている。
「なんでよりによってシルビアに選ばせたんだよ」
そんな透の言葉は聞こえないふりをした。
決して、俺と同じ目に遭ってほしいとかそんなことは思っちゃいない。
「あのぉ……着替えたんだけどさ」
「なら、早く出てきてください」
シルビアは百瀬に出てくるように急かす。
「……シルビアさん、衣装を間違えてない?」
「それ以上の衣装はないと自負しております」
「これのどこが!?」
更衣室のカーテンを開けて出てきたのはメイド服を着せた百瀬だった。
やたらとスカートが短く、秋も半ばなのに袖も短い。それに、へそも丸見え、露出もやたらと多い。かわいさというよりエロさ重視のメイド服だ。
というより、なんでこんな服があるのか。もっとしっかりと確認すればよかった。
「完璧ですよ」
「シルビアさん、僕が男だって知ってますよね!」
「どうですか? このままタイへ行き、穢れを払ってみませんか?」
「行かないから!」
去勢過激派による勧めをシルビアに必死になって否定する百瀬。
大学時代には見慣れた光景だった。
俺たちには見慣れた光景かもしれないが、周囲はそうではない。
「え、あれが男?」
「うそでしょ。女の私ですら見惚れるくらいなのに」
「なんなの、あの細い手足……あれが男なら私たちは……ゴリ……」
「顔だって、あんな可愛いのに」
百瀬が男だと知り混乱する生徒たち。百瀬初対面の人にはこれもいつもの光景だ。
「見てください。この細くて綺麗な足……今でも男だなんて信じられません」
「ちょ、やめて!」
「………スカートの中はどうなっているんでしょうか」
「ちゃんと履いてるから!」
「女物ですか?」
「いやぁ!」
スカートを捲ろうとするシルビアにそれに必死に抵抗する百瀬。そしてスカートの中が気になるのか百瀬に視線を送る周囲の人々。
――そろそろ助けるか。
百瀬のためだけではない。
こんな場面、彼女である荒田先生に見られたら……考えただけでゾッとする。
百瀬にやたら過保護な荒田先生は暴走しかねない。
「ほら、百瀬が嫌がってるだろ」
「……仕方ありません。今日はここまでにしましょう」
シルビアは不承不承ながらも百瀬から離れる。
「あ、ありがと。歩くん」
半分泣き目で俺の服をつかむ百瀬。そういう仕草がみんなを勘違いをさせるんだからな。
とりあえず、色々と疲れたが、1組のレクリエーションが終わった。
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