教育実習生
午後の授業の終了のチャイムが校内に響く。
今日の午後1コマを使って、教育実習に来ている大学生の公開授業が行われていた。俺も参加している。
「では、授業を終わります」
緊張していた教育実習生は最後の一言を締めくくると、見学をしていた教師人からねぎらいの意味を込めた拍手が響く。
それが聞こえると小さく息を吐いた。
授業を聞いているときからわかっていたが結構、緊張していたようだった。
「お疲れ様です。資料の使い方も上手でしたよ」
「あ、ありがとうございます」
学園主任である江上先生に褒められると、教育実習生は嬉しそうに破顔する。顔がまだ赤いのは先ほどの授業の緊張のせいもあるのだろう。
「では、今度はこの方法で……」
「はい。頑張ります」
江上先生は次の課題を説明すると先に職員室に戻っていった。
職員室に戻るがてらの道のりで俺は教育実習生を呼び止める。
「お疲れ。七宮」
「おおきに、高城先生」
俺には素で返事をするのは、教育実習生として静蘭学園に来ていた俺の後輩である七宮だ。
先輩である敬称が先生になったのはまだつい最近のことで七宮に授業を見られているかと思うと緊張はしたが真面目に取り組む彼女からは冷やかしの言葉などはかけられなかった。だから、俺も真面目に応える。
「めっちゃ緊張しましたわ」
「見てて分かったよ」
けれども、遅くまで学園に残り今日のために準備してきたのはわかっていた。その成果が報われ、授業も面白かった。
「あー、一番緊張する授業が終わりましたわ」
「気を抜くなよ。文化祭まで実習は続くんだから」
こういう時に結構、何かをやらかしたりするんだよな。
それに、七宮の指導教員というのが何と言っても曲者だ。
……
………
…………
「困るんだよ。こういう書類はもっと早くに提出するようにっていつも言ってるだろ。締め切りギリギリに提出されてもミスがあったら何もできないだろう」
次の日の昼休み、小杉先生のねちっこい声が職員室に聞こえてくる。
注意した次の日にこれか。
今は他の先生方も各自休憩に出ており、人数は少ない。
小杉先生があんなふうに偉ぶった態度をとる時は教頭先生とか上役の先生方がいないときだ。
機嫌が悪い時とか、何も言えない立場の人間を責めるのはいい加減にしてほしい。
「す、すいません。金曜日にお渡ししようかと思ったのですが……」
「言い訳はいいから。せめて、事前に「遅れます」とか一言くらい言ってくれてもいいんじゃないかな」
七宮は申し訳なさそうに何度も頭を下げる。見ている方がかわいそうだ。
小杉先生はいつも定時には職員室からいなくなっているから。それを説明する暇もなかったんだろうな。俺たち後輩教師の言伝とかガン無視することも多いし。
「社会人のマナーっていうのがなってないね。また食事を摂りながらでも教えてあげようか?」
ただ単に一緒に食事に行きたいだけだという下心が丸見えだ。
アンタ、水沢先生が好きなんじゃないのか。それに七宮には彼氏がいる。
もっともらしい言い訳をつけないと女性を誘うこともできないのだろうか。
「あ、あの、できる限り、異性の教員とは2人っきりにならないようにと教授から言われておりまして……」
たしかに実習前指導にはそんなことを言われた気がする。
実習生に対するセクハラなどいろいろ問題視されてきている昨今、2人だけでの誘いはあまり好ましくないとされているのは教員ならみんな知っているはずだ。
「はあ? 今の指導者は教授じゃなくて、実習担当のボクだろう? どっちの言うこと正しいかわかるよね?」
「……わかりました」
脅しのような言い方に七宮は俯きながら返事をする。
小杉先生は自分の要求が通り満足した様子だ。
「よし、なら今日の夜にでも行こうか」
「あの、ですが、今日の夜にはまだやらなきゃいけないことが……」
そういえば明日も授業があるな。
図書館にでもいくつもりだったのだろうか。
「あのさぁ、さっきも言ったけど……」
「七宮先生。江上先生がお呼びでしたよ。俺と一緒に来るようにって」
「せ、高城先生」
小杉先生が何やら睨みつけてくるが、そんな視線をさらりと受け流す。別にこの人に嫌われようがどうでもいいことだ。
江上先生に呼ばれた要件はないが、先に歩き出し出口へと向かう。
「はい、わかりました」
七宮も俺の意図を察したのか、俺の後ろについてくる。
職員室を出ると、俺は弓道場近くの自動販売機で飲み物を2つ買うと1つを七宮に手渡す。たしか、珈琲が好きだったはずだ。
「ほら。これくらいは別に接待じゃないだろ」
「ありがとうございます」
七宮が飲みやすいように先に一口飲んでから、七宮にも飲むように促す。
「別に飯食うの断ったって実習の評価は変わりはしないぞ」
「わかってますけど。ほんっと! ええ加減にしてほしくて!」
立場上、強く言い返すことはできないだろう。
その点、俺に対しては砕けたように話し始める。
「食事に誘われたのは初めてじゃないのか?」
「もう3回くらい行ってますよ。この前なんて終電まで返そうとしてくれませんでした」
うっわ、露骨すぎる。
それに飲みに誘うとしてもその人の都合もあるし、いささか自分勝手が過ぎる。
「この後、図書館にでも行くつもりだったんだろ」
「はい」
「昼休みは戻らない方がいいぞ。小杉先生がしつこい様なら、俺に言え。何とかしてやるから」
「……………うわー。イケメンやわー。惚れてまうー」
「アホ、彼氏いるのにそんなこと言うな」
「そう言う事を素でいいはるから、女の子が勘違いしてしまうんですよー」
大学時代のそんなやり取りを思い出しながら、俺たちはコーヒーを飲んでいく。
授業が終わり、生徒たちが売店に向かって走り出す様子が見て取れた。しかし、一部の生徒がこちらへとやってくる。あれは、弓道部だな。
どうやら昼食を摂るため休憩時間になり、弓道場へとやってきたようだ。
「あれ? 高城先生」
「七宮先生もいる!」
「もしかしてデートですかぁ?」
さすが年頃の女子、恋愛脳的発想だ。
その後方には夕葵の姿も見える。
なぜか笑顔だ。
なぜかその笑顔を見ると背筋が凍った。
「……ただの休憩だ」
「ほな、ウチは失礼させていただきます」
「おう」
ひらひらと手を振りながら図書館に足を向けて歩き始めた。
小杉先生には俺から断りを入れておいてやろう。弓道部員たちも七宮が立ち去ると、自分たちの分の飲み物を買い始めた。
◆
カレン
「お昼です!」
私はシルビアさんが作ってくれたお弁当をもって観月たちのところへ向かいます。クラスメイトの皆さんも仲のいい人とグループを作って昼食を摂り始めました。
「今日は食堂じゃダメかな? お弁当忘れちゃって」
歩波さんの事情を知ると私たちは学食へ移動することになりました。
食堂に着くと思っていより込み合っていませんでした。いつもならこの時間はいっぱいなはずなのに。どうしたのでしょうか。
「私は学食頼んでくるから、適当に座って待っててー」
5人で座れるように6人用の席を確保しました。ちょうどその時に、私たちが座ると同時に多くの人が食堂に流れ込んできて、あっという間に食堂はいっぱいになってしまいました。
「やー、ラッキーだったね」
歩波さんがその様子を見ながら食事を持ってきました。
席付くと私たちは食事を始めます。
「あ、七宮先生だ」
涼香さんが教育実習生の七宮先生を見つけます。
以前見かけたオープンキャンパスでは私服を着ていましたが教育実習ということもあって学園ではレディーススーツを着ています。
どうやら先生も昼食に着た様子ですが――、
「食べる場所ないみたいだね」
手にはすでに学食の定食を持っているのですが、席を探しているようでした。席はすでに満席です。
私たちは目配せをすると頷きあいます。考えていることは一緒だったみたいですね。
「七宮先生! こっちで食べませんか?」
観月がそう呼びかけると一瞬キョトンとした七宮先生ですがこちらへとやってきました。
「いいの? ありがとう」
「いえいえ」
七宮先生が席に着くと、そのまま私たちは6人で食事を摂り始めました。
最初はオープンキャンパスで知り合った学生さんが教育実習に来られるとは思いませんでした。七宮先生も私たちのことを覚えてくれていたようですし。
「はぁ……」
七宮先生の空気がなんだか重いです。
「七宮先生?」
「え、ああ、ごめんごめん。生徒の前でため息ついたらあかんよな」
七宮先生は申し訳なさそうに謝ります。
「何かありましたか?」
夕葵さんが何かあったのか尋ねます。
「……こんなこと生徒に聞かせたらあかんと思うんやけどな。ちょっと色々と疲れてしもうて」
「教育実習がですか?」
「ううん。それは楽しいんやけど。職場の人間関係とかなー、それにさっきの授業させてもらって、ちょっと長引いてしまったし」
「あぁーそれは……」
七宮先生の職場環境といえば、ほかの先生方ですから、それは私たちにも言いにくい事でしょう。
「でもでも、七宮先生の授業は面白って聞きましたよ」
「ホンマに? 嬉しいわ」
観月がそういうと七宮先生は嬉しそうな顔をされます。
「そういえば、七宮先生は兄と同じ大学に通われているんでしたよね」
「……そういえば、黒沢さんって高城先生の妹さんやったな」
「はい。愚兄がいつもお世話になっております」
「いやいや。世話になっとるのはウチの方やて。この前も愚痴聞いてもうろうたし」
歩波さんがセンセの話題をすると、七宮先生は少し顔の力みが取れたようです。
「生徒にも気ぃ使わせたらあかんな、ウチもまだまだや」
「そんなことないですよ。七宮先生のお話もっと聞きたいですし」
「そういえば、昨日歩先生と何かお話されていましたね」
「その時がまさに愚痴を聞いてもろうてたとこやったわ」
みんなと話をしていると――、
「こんなところで生徒とおしゃべりとはいいご身分だな。ボクの言っておいた書類はおわったのか?」
楽しい雰囲気に水を差すという表現がぴったりな声が私たちの耳に届きました。
「い、いえ。まだ、江上先生が「昼休みはきちんと休みないさい」といってくれたので」
「七宮君って、僕以外の人の言うことはすんなり聞くよね。それと、不用意に生徒と慣れあわないほうがいいよ。君は学生じゃないだろう、無駄話ばかりしているからさっきの授業も予定通りに終わらない」
「す、すいません」
七宮先生は申し訳なさそうにしますが、無駄というのは私たちとの話がでしょうか。確かに、無駄話かもしれませんが昼休みに一緒に食事を摂るのもいけないことなのでしょうか。
そのまま、七宮先生は小杉先生に連れられて行ってしまいました。まだ食事の途中ですのに。
「教育実習ってあんなに厳しいのかな?」
「そんなことないと思うよ」
ほかの教育実習生の先生方は生徒と普通に話していますし、なんだが七宮先生だけ厳しい印象を受けてしまいます。
「高城先生に伝えたほうがいいのかな」
こういう時に高城先輩を頼ってしまうのは助けてくれるという無条件の期待があったからでした。
◆
翌日の朝、通勤するとすでに七宮がいた。
水沢先生と何かを話しているみたいだ。
「そうですね。ここはこうした方が読みやすいかと」
「ああ、そうですね。ありがとうございます」
どうやら、水沢先生に資料のチェックをしてもらっているみたいだ。
「おはようございます。水沢先生、七宮先生」
「「おはようございます」」
2人も声をそろえて、俺に挨拶を返してくれるが、七宮の顔色がいささか優れない。声をかけようかと思ったが、小杉先生に呼ばれてそちらへといってしまう。
「高城先生。ちょっとよろしいでしょうか」
「おはようございます。江上先生」
鞄をデスクの上に置くと江上先生の元へと向かう。
「明日なのですが、実行委員の子と一緒に商店街の方へ向かってもらってもよろしいですか?」
「ああ、文化祭のパレードの事前通達ですね」
文化祭では終盤に学生パレードが催される。
ハロウィンも近いので代表者や希望者が各々に仮装して学園から商店街の道のりを子供たちにお菓子を配りながら歩くのだ。一番人が集まるのは商店街であり、店の営業のこともあるので事前に伝えておく。
「高城先生なら大丈夫かと思いますが、くれぐれも失礼のないようにお願いします。お店の人に“俺”なんて口調はいけませんよ」
「う……気をつけます」
江上先生は俺に連絡事項を伝えると、パレードで通過するルートが記された地図と通過する店のリストを渡してくれる。
明日の5・6時間目は文化祭の準備にあてがわれる。
俺たちのクラスの飾り付けは普段の授業の妨げになるので文化祭前日にやるとして、看板づくりや衣装合わせなどの準備を行う予定た。
文化祭の準備もみんな頑張ってくれているし、そのうちクラス内展示で手伝うことが出てくるだろう。
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