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今度こそ

 カレン


 歩波さんが転校してくる前まで集まっていたメンバーですから必然的にセンセの話になることは多かったです。

 歩波さんのこと完全に失念してました。


「あ、あのね、歩波……なんていうか、その……」


 観月がしどろもどろと言い訳をしようとしますが、もう手遅れでしょう。


「なんていうか、身内へのラブコールを聞くのって結構恥ずかしいね。観月やカレンは、もしかしたらと思ってたけど、まさか夕葵さんや涼香さんもだなんて思わなかったよ」


 先ほどまで、センセへの愛情を一生懸命に語っていた3人は顔が真っ赤になります。

 もしかしたら、私も赤くなっているかもしれません。


「それだと、前に涼香さんが言ってた。『いつも私が困っていたら助けてくれる素敵な男性』って兄さんの事!?」

「なんというか。はい……」


 涼香がうつむきながらも返事をします。

 そういえば、プールの時にそんな話をしてましたね。それも先生の目の前で。


「なんで、あれがモテるのかわかんないけど……でも、教師と生徒って難しいよね。歳の差も立場だってあるし、大変だと思うよ?」

「そ、それでも、先生がいいの!」


 そう言い切る涼香さんはちょっと子供っぽくて、かわいいです。

 歩波さんも少し頬を赤らめて視線をそらします。


「……そのへんの詳しい事情はまた今度聞かせてもらうとして、今は夕葵さんだよね。なんていうか、今朝の兄さんの様子が変だったのはそういうことか」

「や、やっぱり、先生は……」


 一瞬で落ち込む夕葵さん。

 そんな夕葵さんに対して、難しい顔をする歩波さんです。


「うーん。でもこういう悩みってさ、私はいいことだと思うんだよね。特に兄さんには」

「そう、なのか?」

「まあ、色々あったからね。けど、告白された日なんてその人のことで、頭がいっぱいになるんじゃないかな」


 その言葉を聞くと、夕葵さんはぱぁっと明るくなります。

 歩波さんの言葉は私たちにも希望を持たせてくれるものでした。

 それなら、あの合宿の日はずっと私のことを考えてくれていたのでしょうか。だとしたら……嬉しいです。


 私は、顔が緩みなりそうなのを堪えて、歩波さんの話に耳を傾けます。


「……でも、ここにいる4人全員が兄貴のことが好きで、よくいがみ合わないよね」

「そういうのって、気分悪いじゃん。それに、歩ちゃん嫌いそう」


 なんとなく想像できます。

 みんなも同じ意見なようで頷きます。でも、遠慮する気はありませんよ。


「……ついでに、ひとつ聞きたいんだけど……」

「何?」


「私と仲良くしてるのって、兄さんの妹だから?」


 歩波さんが、ちょっと寂しそうに問いかけます。


「ち、違いますよ!」

「そんなわけないじゃん」

「知り合ったきっかけは高城先生だったかもしれないけど、先生を入れなくても友達になってたと思っているから」


 私たちは必死になって歩波さんの考えを否定しました。当たり前です! 

 けれど、なぜでしょう。なぜ、そんなにつらそうな顔で尋ねたのでしょうか。


「……そっか。よかったー。ちょっと不安だったんだ」


 笑顔になりますが、どこかまだ陰りがあるように思えます。

 無理に作ったような笑顔にはどこか既視感を覚えました。


「ゴメンゴメン。話がそれちゃったけど、夕葵さんのことだよね。私がそれとなく聞いてみようか?」


 話題を変えると、気分も変わったようです。

 けれど、私には先ほどの歩波さんの表情にどうしても何か引っかかるものがあるのでした。


「や、やめて! それは自分から聞くから。これ以上、他人にそんなことをされるのは嫌!」

「ま! そういうと思ってたよ」


 歩波さんは、最初から答えがわかっていたようにあっけらかんと答えます。


「じゃあ、明日にでも兄さんと話さないとね。明日は学校に来れそう?」

「明日には学校へ行く。先生の顔を見るのは怖いが、このままでいたくもない……とにかく話をしないと。

 歩波さん、申し訳ないが先生に言伝を頼んでもいいだろうか?」

「もちろん」


 明日から学校に来てくれるみたいです。

 どうなるかは、夕葵さんと先生だけがわかることでしょう。

 不思議なことに私の中には焦りはありませんでした。


 ◆


 部活も終わりすぐに帰宅すると、珍しく歩波が帰宅していない。

 いつも俺が帰る時間帯にはゆったりとした部屋着に着替えて、リビングでTVを見ているというのに珍しい。


 今日は仕事の日でもないし、何か用事があるとも聞いていない。

 俺が先に帰宅しているときには夕飯が用意されてないとうるさいので、私服に着替えてからエプロンを着用し、キッチンに立つ。

 土日と2日間不在だったので、少し手の込んだものにでもしようか。


 冷蔵庫を開けて中身を確認すると、賞味期限が迫ってきている食材に自然と目が向いた。期限の迫った鶏もも肉と牛乳を使うことを決め、夕飯づくりに勤しんだ。


 夕飯の準備を終えると同時に、玄関のドアが開いた音がした。


「ただいまー」

「お帰り、遅かったな」

「うん、観月たちと夕葵さんの家に行ってきたの」


 彼女《夕葵》の名前を聞いてドキリとする。

 炊飯器から歩波の茶碗によそうと、自分の分をよそってから席について食事を始めた。


「……夕葵さんは大丈夫だったか?」


 窺うように歩波に尋ねる。

 ちらりと俺に視線をよこす歩波は少しの間の後に話し始める。


「……明日は学校に行くって」

「そうか」


 ならいい。

 もしかしたら、体調が悪かっただけかもしれないし……


「あ、それと、話したいことがあるから時間が欲しいって」

「…………」


 きっと昨日のことだろうな。

 なんだろうか、まさか告白でもされるのでは……。


「愛の告白でもされちゃったりして」

「ぶっ!」


 考えていたことを当てられ、食べていたものを吐き出しそうになる。

 やばい、本当に自意識過剰の痛いやつだ。ありえなくもないなんて考えるな。


 お茶を飲んで、ひと呼吸おく。


「……お前さ、自分と10歳ちかくも齢の離れた人と付き合えるか?」

「さすがに6歳の子は……陽太君に手を出すみたいなもんじゃん」

「逆だ、逆」


 呆れて何も言えない。

 我が妹ながらとんでもない発想をしやがる。

 ふつうのお前の年齢で10歳違いと聞かれたら、年上を想像するものだろう。

 こいつの身近な俺の知っている年上の男といえば……


「そうだな……例えば、透とか」

「っぶっふうう!」

「汚ねえ!」


 口に含んでいた味噌汁を口から吹き出し咳き込む歩波。おかずにかかってないだろうな。

 台拭きを流し台から持ってきて散らばった味噌汁をふきとる。


「な、な、なんで、透君が出てくるかなぁ!?」

「いや、俺の知ってる年上の男といったら真っ先に浮かんだんだから。昔からなついてただろ。今も好きなのか」

「あれは、“憧れ”であって、恋愛感情ではありません!」


 中学生の時の透に彼女ができたと聞いて、ギャン泣きしてたやつが何を言ってるのか。別れてまた別の彼女ができたと知れば、その繰り返しだった。さすがに年齢が上がるにつれて落ち込み方もおとなしくなってはいるみたいだったけどな。


 透の実家は複数の学校を経営しており、日本の教育界に強い影響力を持っている。いわば、透はボンボンなのだ。ほんと、俺と友人だということが信じられない。透が勤めている男子愛誠学園も実家が経営している学園の1つで、ゆくゆくは父親の跡を継ぐのだろう。


「とりあえず、床にも散らばった汚物を片づけろ」

「誰のせいだと!」


 馬鹿なことを言う歩波に一杯食わせることができたので、とりあえずは満足した。

 あと、我が家では、一番最後まで食事をしていた人が後片付けをするというルールがあるので、食器洗いも歩波にさせる。皿だけは割らないようにとくぎを刺して俺は自室へと戻り、持って帰ってきた仕事に取り掛かることにした。


 夕葵が話をしたいというのであれば、俺もそれに応える。

 どのような形であれ、そうするしかないんだ。


 ◆

 歩波


「あのくそ兄貴め……」


 私は職業柄、発声練習をすることが多い。

 その時は一人だから、独り言は半ば癖みたいなものとなってきている。

 人前では極力、抑えているけれど、今は誰もいないので盛大に愚痴った。


 まんまと皿洗いをさせられた私は、抱える鬱憤をはらすかのように皿洗いにぶつける。

 ガチャガチャと食器同士がぶつかり、大きな音が鳴り、割れていないかしっかり確認して食器乾燥機の中へ入れていく。

 割るとうるさいからなー、まだここにきて3枚目だっていうのに、もうちょっと大目にみろっての。


「そうですよー。まだ、大好きですよーだ」


 私の気持ちを知ってか知らずかとんでもないことを言ってくれたものだよ。


 今日、夕葵さんたちの気持ちを聞いた時には本当に驚いた。

 私たちの年齢の女子が年上の男性に憧れる気持ちはわからないでもない。けれども、憧れだけで終わる感情でもないことは伝わってきた。


「こっちに来たっていうのに、会えてないなー」


 兄さんと週末のフットサルに参加していることは知っているけど、男性ばかりのところに私が行っても違和感しかない。

 透君の学校だったらよかったけど、勤め先が男子校なら諦めるしかなかった。

 あの人の隣にいつの間にか、知らない女性がいることを考えるだけの心が痛む。


 もちろん、こっちに転校してきた理由は透君がいるだけじゃないんだけど……。


「……私、嫌なこと聞いたなー」


 今日、みんなに聞いてしまったことを思い出す。


『私と仲良くしてるのって、兄さんの妹だから?』


 そんなわけないとわかっているのに、聞かずにはいられなかった。

 我ながら人間不信が強い。


 私がこっちに転校してきた理由は、お父さんたち経由で兄さんには伝わっていると思う。

 それでも何も言わないのは、自分も似たような経験があったからだろう。多分、私が話してくれるのを待ってるんだと思う。


「こんなところ、似なくてもいいと思うんだけど……」


 今の兄さんたちを見たら、地元の人たちはどう思うだろ。


 ◆

 夕葵


 温かいお風呂に入って、今日1日のことを思い返すのは私の習慣みたいなものだ。

 お湯を掬って指の隙間から落としていく。


 みんな、先生のことが好き。

 ライバルといってもいい関係だ。

 けれど、私を心配してくれたのはすごくうれしかった。


 経緯がどうであれ、私の気持ちは先生に知られてしまった。もうこの事実は変わらない。

 もともとの私との関係だなんて生徒と教師なんて言う希薄な関係でしかない。


 学園を卒業したら、それでお別れなんて嫌だ。


 ――私はあの人の特別になりたい。


「……けれど、私が伝えないと、意味がないんだ」


 少しだけ、勇気を振り絞ってみよう。


 ◆


 翌朝、今日は俺が朝の当番のため歩波がまだ寝ている時間帯に家を出る。

 まだ、日も昇ったばかり、最近冷たくなった空気に身体がわずかに震える。


 当番といっても教室の鍵の開閉や簡単な掃除など行う日である。学生で言えば日直のようなものだ。


 ゆっくりしている時間もないので、簡単な朝食を準備し済ませる。

 もちろん歩波の分も準備しておいたが、寝過ごしたって俺は知ったことではない。遅刻したら、ほかの生徒と同じように反省文を書いてもらうだけだ。

 あと、昨日宿題を出したのだが、やっていないはずだ。まだ期日まで時間があるが覚えているかどうかも怪しいけど。


 学園に着くと、まだ誰も学園には来ていなかった。

 印刷室のカギを開け、配布する資料を印刷し、各クラスの教員名簿の中へ入れていく。施設のカギを開けて鍵を返却する。


 これで、俺の朝の仕事は終わり。

 教師も生徒も誰もいない学園、せっかくなので、ちょっと校内を散歩がてら見て回ることにした。普段、生徒でにぎわっている学園が静かだと何だか、違和感を覚える。


 10月に入り、月末にある文化祭の準備で慌ただしくなってきている。

 ゆっくりできる時間はこれからもっと減ってくるだろう。それが終わった後は今度は期末テスト……忙しくて目が回りそうだ。


 外に出ると、校庭の隅にサッカーボールが転がっているのが目に入った。どうやら、昨日片づけを忘れたようだった。

 サッカー部では、部活で使用する道具は徹底的に管理させている。部費にだって限りがあるのでボール1つだって無料ではない。ペナルティということで今日の放課後に外周でもさせよう。


 サッカー部といえば、カレンにボールをぶつけた長井たちも少し角が取れたようだった。最初はしぶしぶながら部活に参加していたが、休まずに練習に参加している。今では部活終わりに1対1をせがんでくるのが悩みの種だ。


 ほかにも部活道具が転がっていないかと思い、校庭を見て回る。

 歩いていると何かが風を切り、衝突した音が聞こえてきた。


 この音には聞き覚えがある。つい先日聞いたばかりだったからだ。

 部活の朝練習かと思ったが、今日はどの部活もそんな予定があるとは聞いていない。


 弓道部の道場の扉を開けると、朝の日の色に染まった壁を背に弓を引く彼女が視界に入った。


 残心を解き、ちょうどこちらを振り返ったところで彼女と目が合った。


「おはよう。夕葵」


読んでくださりありがとうございます!

「面白かった」など短くても結構です!

1話から今までの文章を訂正をしています。ご指摘お願いいたします。

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