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デート?

 日曜日、俺は駅前のショッピングモールにまで来ていた。

 俺が歩いている方向には夕顔の作者の記念展がある。

 映画化するという作家の記念展ということで、それなりの数の人が俺と同じ方向に向かって歩いている人たちがいた。


 開館まで時間があるので俺は、近くのベンチに座り持ってきた本を読むことにした。持ってきた本は昨日、涼香さんに勧められたものだ。

 歩波は今日は仕事ということもあり、久しぶりに1人の時間を満喫できる。時間が来るまでゆっくりとまたせてもらおう。


 俺は本に視線を落とし読書を始める。

 高校までは体を動かすことが圧倒的に多かったが、大学生になってから本を読むようになった。1つのことに集中すると他のことを考えなくてもいいし、気が楽だ。今みたいに時間つぶしにもなる。


 ◆

 涼香


 ――先生、もう来ちゃってるかな。


 さすがに子供みたいに目的地まで走るような真似はできない。

 けれど、いつもよりはペースを上げて記念展まで足を動かす。

 時間は余裕をもってでたのだけれど、化粧室で何度も髪型のチェックをしていたりしていたら遅くなっちゃった。


 高城先生が来ているという保証はないけれど、それでも足は記念館へと向かっている。

 記念館の前に着くとベンチに座って本を読んでいる高城先生を見つけた。


 ありきたりな普通の読書姿。

 本を読むために下を向いた少し閉じがちな目がなんだかすごくかっこいい。

 周りで見ている人さえも引き込むほど真剣な表情をしている。そんな先生に引き込まれるように何人かの女性が先生に視線を送っていた。


「ねえ、あれって……」

「えー、本物?」


 私の近くにいた女の人たちが高城先生を見ながら、ひそひそと話している。

 そんな女の人たちの横を通り過ぎて、私は高城先生のもとへと向かった。


 ◆


「高城先生!」


 声をかけられて、顔を上げるとそこには涼香さんがいた。急いできたのか若干肩で息をしている。


「あれ? 涼香さん」

「高城先生もいらしてたんですね」

「昨日、店長さんにこの本を買ったときにチケットをもらってね。せっかくの機会だから来させてもらった」


 本を閉じ、鞄の中に片付けると財布から店長さんからもらったチケットを見せる。

 涼香さんは記念展の作者のファンということなので来ていても不思議なことはない。もしかしたら、店長さんは涼香さんと一緒に来るつもりだったのだろうか。


 今日の涼香さんは随分と気合が入っているように見える。

 やっぱり、出かけるということもあっておしゃれをしてきたのだろうか。

 俺が知っている彼女といえば、学園の制服姿、店で見ているバイトモードしかない。

 いつもより手入れされているであろう髪に、服装はキャミソールワンピースにベージュカーディガンを羽織っている。

 ワンピースは肩ひもで吊ってあるだけのようで、カーディガンでみえないがおそらく肩から腕全体が丸見えだ。それにスカートの丈が短い気がする。


 まだ9月の中旬ということで残暑が続くがそこまで暑いわけではない。

 男の俺が服装に触れても邪推なだけだろうし何より似合っている。

 学園でもないのに服装のことをうるさく言うつもりはない。


 以前、真冬だろうがミニスカートをはいている女子たちを見て尋ねてみたことがあった。その時は「オシャレの為なら我慢する価値がある」と観月が俺に豪語していたことを思い出す。確かにスカートの下にジャージとか履いていたら、おしゃれも何もない。静蘭ではそんな女子はいないと思いたい。


 時間となると、全員が一斉に動き出す。俺と涼香さんは列に並び、順番を待つ。


「こういう記念展って、俺は来るのは初めてなんだけれど、涼香さんはよく来るの?」

「いえ、私もこいうのは初めてなんです。今回はこのショッピングモールで開かれるって聞いたので、楽しみにしてたんです」


 そう言う、涼香さんは本当にうれしそうだった。

 スタッフにチケットを渡し、記念展に入る。

 まずは、今まで作者が書いた作品が陳列されており、本屋で見かけたことのある本もみつけた。


「あっ、これ私が初めて読んだ作品です」

「いくつくらいの時?」

「えーっと、小学校の3年生の時でしょうか。それからのファンなんです」


 その本を見て、懐かしそうに話す。

 やっぱり、こういう頭のいい子って小さいころから文字に触れているんだろうな。


 記念館を見て回っていると、作品ができるまでの経緯や、映画化された時の心境などインタビューなどの掲載されている。執筆のための参考資料の数がとても多い。徹底した取材を行うことから各方面へ顔が広いようだ。もっと小説家というのは部屋に引きこもっているようなインドアな人が多いと思っていた。


「…………」


 先程からちょくちょく視線を感じていた。

 それは俺の勘違いではなく、涼香さんが目だけでこちらを見ていたようだった。

 タイミングがいいのか悪いのか、ふと涼香さんを見たときに視線が彼女とぶつかってしまった。


「涼香さん、どうかした?」

「えっ? 何がでしょうか?」


「さっきから俺を見ていたよね」なんて言えるわけもなく、なんとなく気まずい沈黙が俺たちの間に流れたが、何をするということもなく、再び展示物に視線を戻す。


 ショッピングモール内に作ら入れたブースなのであまり広くはない。

 あっという間に展示を観終わってしまう。それでも、今までに振れたことのない世界だったので、楽しむことはできている。この作家の本をもう少し買ってみようかな。


 そんなことを思いながら、次のコーナーへ移動しようとした時だった。


 ――カシャ


 カメラのシャッター音が聞こえた。

 このスペースは、撮影禁止になっている。

 俺の後方からシャッター音が聞こえたので振り返ると、複数の若い女性がスマホで写真を撮っていた。マナー違反ということもあり、楽しい気分に少し水が差された気がした。


 そんな人たちから距離をとろうと涼香さんの背中を押して、この場から離れる。

 しかし、俺の後ろにある展示品を撮っているのかと思いきや彼女たちは俺の方に詰め寄ってきた。


「あの……上代 渉さんですよね」

「握手してもらってもいいですか?」


 ――ああ、またこの類か。


 こんな間違いをされるのは今までに何度か経験したことがある。こういう時は、人違いであることを説明すればたいていは受け入れてくれる。


「違います」


 今回もそのつもりできっぱりと伝える。


「あっ、お仕事じゃないんですか。プライベートでしたか?」

「この後イベントもあるんですか!?」

「映画、絶対に見行きます!」


 だが、まったく信じてもらえていない。


 女性たちは距離を詰めてきて涼香さんも、一緒に取り囲まれてしまう。

 女性たちの甲高い声により、ほかの人たちも何人か集まり始めた。夕顔の主演俳優に渉が決まったから来ていると思ったのだろうか。


「隣の人って誰? 彼女?」

「彼女って、"GISELE"の春日井じゃないの」

「あれは、週刊誌の早とちり」


 ひそひそ話を始める女性たち。

 俺が渉でないにしても、本人前でさすがにそれは失礼だ。

 この場から離れたいが俺を渉だと決め付けて、握手を求めて来たり、写メを撮り始めている人に囲まれてこの場から動くことができないでいた。


「じゃ、隣にいる子は誰よ」

「知らない」

「なんで渉の隣にいるのよ」


 勘違いの妬みの視線が涼香さんに向けられる。

 集まってきた人の中にはスマホを彼女に向ける人もいるくらいだった。

 在らぬデマで彼女が傷つくのは避けたい。

 涼香さんを周囲の視線から隠れさせるように彼女を庇う。渉のファンならファンで別人だと気が付いてほしい。


「ちょっと、すいません。週刊文秋ですが、お話しよろしいでしょうか!?」


 あろうことか、この記念展の取材に来ていた記者が俺に向かってインタビューをしてきた。これでますます信憑性が上がってしまったらしく周囲の人たちがさらに詰め寄る。


「お、お客さまー! ここでの撮影は禁止になっておりまーす」


 ようやくこの騒ぎに気が付いたスタッフが集団に向かって呼びかける。

 一瞬だが、注意がそちらにそれるのを確認すると、涼香さんの手を取り、走りだし一気にこの集団から抜け出した。


「逃げた!」

「えっ、え? 本物なの!?」

「スキャンダルだ!」


 後方からそんな声が聞こえてくるが、俺は涼香さんの手を引きそのままショッピングモール内へと逃げ込んだ。


 ◆

 涼香


 憧れの作家の記念館に来たというのに私はついつい先生の方を見てしまっていた。


 ――だって、だって、私服姿の先生が私の隣にいるんだよ。


 男女が二人で出かければそれはデートなんて考えは否定していたけれど。今はデートだと思いたい。


 先生もちょっとは意識してくれないかな、なんて思いつつ、先生の方を見ていると先生と視線が合ってしまった。


「涼香さん、どうかした?」


 私が先生を見ていたのはもうばれてしまっているみたいだ。けれど、私はそんな動揺を表に出さずに答える。


「えっ? 何がでしょうか?」


 私の心は誰にも読めない。知らないふりをしていれば大丈夫。

 それこそ、小説みたいに心境が表に出てくることはないのだから。


 小説を書いてみたいと思ったことはある。

 けれど、自己陶酔や自分の世界に引きこもっているみたいなものだった。

 ましてや同じようなことをしていた生徒が盛大にからかわれていたのを目の当たりにすれば、嫌でも現実に引き戻された。私に駒場さんみたいな才能があるわけもない。


 新しい世界を自分で作ることのできる作家さんを私は本当にすごいと思った。

 この記念館にいると私も、こんな世界を作りたい。そんな、とっくに捨てた夢が泉のように湧き出てきてくる。


 先生が次のコーナーへ移動しようとしたときに、シャッター音が私の耳に届いた。


 そこからはあっという間に先生を上代渉と勘違いした女性たちに囲まれてしまった。

 見当違いの嫉妬の視線をぶつけられると先生は私と女の人たちを間に立って、守ってくれた。一瞬のスキをついて先生は私の手を引いて記念館から逃げ出した。


 まるで、どこかの小説のワンシーンのような光景に私は少しだけ、心が躍った。


「……ここまでこれば大丈夫かな。ごめんね。いきなり手を引っ張って」

「い、いえ」


 むしろ、手を放さなくてもいいです。


「先生を上代 渉と間違えるなんて」


 確かに似ているけど、私は先生の方が断然かっこいいと思う。

 そんな私のつぶやきを高城先生は聞いて苦笑する。


「実はこれが初めてじゃないんだよ」

「そうなんですか?」


 カーテンの隙間からこっそりとのぞき込むと、記者たちやファンの女性たちがまだ、高城先生を探しているみたいだった。


『いた?』

『こっちじゃないみたい!』

『隣にいた女マジ殺す!』


 なんだが、女性たちの方は殺気立っていて怖い。


「ちょっと、ここに隠れていようか」

「はい」


 ここはモール内にあるアパレルショップのフィッティングルームだ。カーテンを閉じて、事が過ぎるのを待つ。

 私はスマホのSNSを開いて上代 渉について調べた。


 うわぁ……SNS内にはショッピングモールで目撃情報アリなんて誤報が飛び交ってる。冷めるどころか、ますます盛り上がりを見せていた。


「うわ、俺の写真勝手にアップするなよ」


 SNS上に挙げられている写真をみると、高城先生の言うとおりにばっちり先生の顔が映っていた。


 その後ろには少し見切れているけれど私も映っている。

 先生がスマホを操作している間に、こっそりとこの写真は保存しておく。

 それにこの狭い更衣室でいつもより近くで先生と二人っきりというのは、私としては願ったり叶ったりです。


「涼香さんだけなら、逃げられそうなんだけれど」

「……さっきの女の人たちが怖いです」

「なるほど」


 あの殺気だった女性たちを思い出して先生が苦笑する。

 でも、彼女か。そんな風に見えたのかな。


「けど、いつまでもこうしているわけにはいかないよな」

「そうですね。今まではどうしていましたか?」

「逃げる一択。ほとぼりが冷めるまで顔を隠してカフェに引きこもっていたこともあった」

「大変ですね」

「まったくだよ」


 とりあえず、外に出るために私は持ってきた伊達メガネをかけて、髪を三つ編みに。

 高城先生は、アパレルショップで服を購入して着替えて、髪型をいじると私たちはどこにでもいるような地味な男女に変装した


 それからはファンの人たちから隠れるためにアパレルショップで買い物をするフリをしていた。

 そのまま買い物のフリ、そうあくまでフリだったのだけれど。


「これとか、どうでしょうか?」

「うん、似合っていると思うよ」


 いつの間にか本当に買い物になっていた。


「それならこれ、買っちゃいます」

「いや、俺そういうセンスないからなぁ。前に友達に子供っぽいとか言われたことあるし、また来た時に他の人に見繕ってもらった方が」

「これがいいんです」


 先生が似合っているって言ってくれたのなら、私はそれがいい。それになにより、今日の想いでが形に残る物が欲しかった。



 本屋に行ったりして時間をつぶしたり記念館を途中で退館させてしまったお詫びということでクレープをおごってもらったりして、渉のファンに見つからないように過ごす。


 しばらくすると先生はスマホを見て、どこかほっとしたような顔をした。


「そろそろ、大丈夫かな」


 先生がスマホを見せると、そこには上代 渉のSNSに撮影で北海道にいることが挙げられていた。後ろには別の芸能人も映っていて、これがリアルタイムの投稿だということがわかる。


 もう先生が隠れる必要だってない。だから、この時間も終わり。


 ――そっか……もう終わりなんだ。


 先生ともここでお別れだ。

 でも買い物を一緒にできただけでもラッキーかな。

 それにだって意図せずだけど手だって繋ぐことができたし。


 けれど、なんだが胸のぽっかりと穴が開いたような喪失感は何だろうか。

 あまり欲張り過ぎたら先生に迷惑がかかるのに


 ――……先生、もっと一緒にいたいです。


 そんな言葉は私がつい口から出そうになって、私はきゅっと口元に力を入れてその言葉を飲み込んだ。


 ◆


 なんか途中から普通の買い物みたいになってたな。


 俺は涼香さんがバスに乗るのを見送り、駐車場に停めてある自家用車に乗り込んだ。 今回の一件は俺が原因でもあるし、記念館を途中で帰ることになってしまったのでできるだけのことはしたかった。


 けれど、一緒にいると何人もの男が涼香さんに見惚れていた。改めて彼女の美少女っぷりに感嘆し、その隣にいるのが俺なんかでもいいのかと思った。


 スマホを開くと、ちょうど着信が入った。

 涼香さんと別れてから電話をかけたのだが、繋がらなかった。その折り返しの電話だろう。


「もしもし」 

『おー、兄貴。元気してる?』


 耳に響くのは男性の声。

 俺のことを「兄貴」と呼ぶのは歩波ではなく、離れて暮らしている弟だ。俺が事故に遭って退院してからの1か月近くはこいつのところで世話になっていた。


「おかげさんでな。今日は助かった」

『別にいいって』


 今日の出来事には弟にも一枚噛んでもらったおかげで収拾がついた。


『最近どうしてる?』

「変わったことといえば妹が転校してきたくらいだ」

『あはは』

「そっちの仕事は順調みたいだな。仕事もいいけど、大学はちゃんと行けよ」

『わかってるって。歩波の言っていた通り、教師しているなー』


 電話の向こうから弟を呼ぶ声が聞こえてくる。


『わり、撮影が再開されるからもう行かないと。俺もそっちに適当に顔出すから』


 SNSに撮影中の風景を載せるように隠れている間に頼んでおいた。ファンであればそちらを信じるだろう。


「じゃあな。渉」


 俺が上代 渉に似ているとはよく言われる。だが実際は逆だ。


 渉が兄である俺によく似ているんだ。

 双子でもないのに本当によく似てるんだよな。似たもの兄弟ってやつか。


 俺と渉が兄弟だと知っているのは、家族以外では透と大桐、百瀬、シルビアくらいだ。


 時間を見ればもう夕飯の時間に近い。

 色々面倒なことにはなったが、スマホを助手席に放り投げ、ショッピングモールを後にした。

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