女子トーク 3
3月 月間現実世界〔恋愛〕ランキング 18位です。ありがとうございました!
夕葵
食事を終えて、私は観月の家にお邪魔させてもらっていた。
――本当に歩先生の部屋の下に住んでいるんだ。
歩先生の部屋を出て階段を下りれば、そこには扉が1つだけで上の階とは造りも違っていた。部屋の中に入れば、先生の部屋とは内装からして異なっている。
冷蔵庫には陽太君が描いたであろう絵や観月のお母さんの勤務表が貼り付けてあったり、玩具が散らばっていたりと、平凡な家庭のイメージが思い浮かんだ。
今、私たちは観月の部屋にいる。
観月が用意してくれたお茶を前にして、私たちは座っている。
「………」
「………」
「………」
「………」
本当に座っているだけだった。
会話が1つもない。
私は元々、自分から話しかける方ではないし、いつも話題を振ってくれる涼香も今日は黙ったままだった。さっきまで楽しそうに昼食を囲んでいたはずなのに。
「……えっと、夕葵」
ようやく観月が、会話を切り出してくれた。
「……歩ちゃんとは、何もなかった?」
「なっ、当たり前だろうっ!」
会話が始まったと思いきや、何を言い出すんだ!
「陽太君もいたし、それに相手は先生だ、間違いが起きるわけがない」
あの先生がそんな破廉恥な真似をするわけがない。
……そう、あるわけないんだ。
歩先生と一緒の時間を過ごせるだけで私は満足していたはずなのに……最近は、どんどん、自分の欲望が湧きあがってくる。
歩先生と一緒にいる間は楽しい、夢のようなあの時間がずっと続けばいいと思えてくる。
ただの生徒では居たくない、そんな感情が浮かんできてしまう。
この気持ちは誰にも言えない。私の中で秘めておくべき気持ちだ。
「ねえ、夕葵……1つ聞きたいことがあるんだけど」
「涼香?」
涼香の神妙な顔で私に向き合う。
「夕葵って、先生の事が好きなの?」
「なっ……」
いきなり、涼香に核心をつかれて私の心は揺さぶられた。
「何を言って……」
「はぁ……分かりやすすぎだよ。むしろ、なんで今まで私が気が付かなかったんだろうっていうくらい」
涼香が若干、落ち込むように私に声をかける。
もう涼香の中では確信があるようだった。
「い、いや違うぞ! 私は……」
けれども、否定しようとした私の言葉は3人の視線によって遮られた。
真剣な瞳だった。
そんな目で見られて嘘をつけるほど、私は嘘が得意な人間ではなかった。
「………誰にも言わないでくれ……」
そんな声を絞り出すのが精一杯だった。
誰にも言えない、この気持ちを打ち明けるのは初めてだった。
「はあ……」
「また増えた……」
「ムゥ」
少し力の抜けたかのように息を吐く。
え、どういうこと?
「どうして今日、私たちが観月の家に来たか知ってる?」
「遊んでいたんじゃないのか?」
「それだったら、夕葵も誘ってるよ」
「観月の家がセンセの家の下にあるからです」
そこから導き出される答えは――もしかして歩先生に会いに来た?
でも、どうして……
「もしかして、3人とも……」
いや、そんなわけ――
「あはは~」
「……ハイ」
「そういうこと」
観月が照れて笑い、カレンが同意して、涼香が私の問いに答えると、私は少し混乱した。
だって相手は先生だ。
大人と子どもだ。
先生からすれば気の迷いだって思われてしまうかもしれない。
正直、報われない恋だと私は思っていた。
それなのに、どうしてそんなに楽しそうにしていられるだろう。私にはわからなかった。
現に今も、観月が先生と特別に親しいというだけで、己の深いところから泉のように黒い感情が溢れ出ているのだ。
そして、表だって先生への恋心を肯定している涼香とカレンにも似たような感情を抱いた。
「………本当に先生の事が好きなのか?」
「うん、改めて口にすると恥ずかしいけど。私は高城先生が好き」
オリエンテーション合宿での涼香の告白は冗談ではなかったのか。
なぜ歩先生なんだろうか、今まで他に何人も涼香に告白してきた男子がいるではないか。
カレンや観月も同じだ、私なんかでは到底及ばない可愛らしい容姿をしていて男子にも人気がある。
「……なんでそんなに、この気持ちを肯定できるんだ……」
「恋をすることっていうのは、悪いこと?」
「相手は先生だぞ……好きになっていいはずがない」
そうだ、教師との恋愛なんて許されるわけがないんだ。
「別に在学中じゃなかったらいいんじゃない?」
観月の声に反応して私は振り返る。
「卒業さえしちゃえばもう生徒じゃないし、そりゃあ、在学中に付き合えたらっておもうけど」
「そういう問題じゃない!」
声を荒げる気はなかったのに、観月の楽観的な発言にものすごく腹が立ったのだ。
ただ単に自分に自信が無いだけなのに。他の人が先生に想いを寄せているだけでこんなにも心が揺さぶられる。
「じゃあ、どういう問題?」
「それは……」
「アタシからすれば歩ちゃんが、みんなの“高城先生”になる前から好きだったんだけど、それでもダメなの?」
観月の声がどこか冷たくなる。
自分の気持ちを否定されれば誰だって気分は少なからず悪くなる。
ましてや、それが恋心なら尚更だ。
「夕葵が気持ちを押し殺すんなら勝手にどうぞ、アタシを巻き込まないで」
まったくもってその通りだ。
私が先生を好きになってほしくないっていうだけだ。
「アタシが勝手に歩ちゃんを好きなの。だから、これからもアプローチしていきますので」
「ッ……」
悔しい……。
私は正論で取り繕ってばかりなのに、私は間違っていることを言っているわけではないのに。
いや、観月が本気で怒っているのは、正論で取り繕って観月の気持ちを否定しているからこそだろう。
「夕葵が、歩ちゃんの事を好きだってことはわかった。それで諦めるっていうんなら、別にいい」
「…………」
「きっと、歩ちゃんを好きな人って他にもいるよ。ただ陰で見ているだけでいいっていう人もいれば、アタシ達みたいに行動してる人もいる。でも、どっちが歩ちゃんの傍にいられるかは……夕葵にもわかるよね」
「…………」
「理論で、気持ちを抑え込めるんなら、本気じゃないんだよ」
「…………」
「……ここまで言われても何も言わないんだ。やっぱり気になる程度の「好き」なんだ」
「――ッ――そんなことはない! 私だって先生と結婚したいと思っている!」
私は、思わず立ち上がって、観月の言葉を否定した。気持ちまで否定されてなるものか。私は歩先生が好きだ!
それを証明するにはどうすればいい?
ここにいる彼女たちに負けないくらいの行動を起こすしかない。在学中だろうが、卒業後だろうが先生に拒まれない限り傍にいたい。
「………ふーん。けど、アタシはアプローチを緩める気はないからね」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
挑発だ……。
そんなことは分かりきっているが、あえてそれに乗っかってやる。
「好きすればいい。私は私のペースで先生を好きでいる」
◆
涼香
夕葵の“結婚願望宣言”から、観月と夕葵は先生の事で、些細な口論になった。
けれど……まさか「結婚したい」とまで聞かせられるとは思わなかった。
観月と夕葵の言い合いは一旦、小休止に入った。
「とりあえずこれからは、正々堂々と勝負ってことだよね」
私はとりあえず結論を導き出した。
私たちはこれから一列に並んでスタートを切る。
「アタシは最初から行動してたし」
得意げに観月が語る。
椅子に座って床に座っている私たちを見降ろす。まるで私たちの距離感を表しているようだった。
「ムウ」
「小狡いな」
夕葵の言葉には少し棘が混じっている。
「ズルくありませんー。ただ、ご近所なだけですー」
確かに一番先生に親しい生徒と言えばやっぱり観月が当てはまる。
高城先生だってそう思っている節がある。
この差は中々埋められない。家が近いっていいな、会いたい時に会いに行けるんだから。私が観月と並ぶにはどうしたらいいのかな。
「それに、涼香とカレンはもう告ってるしね」
「こ、告白までしたのかっ!?」
このあたりの事情も説明しないといけない。
私は高城先生の記憶の事からカレンの告白に至るまでの経緯を簡単に説明した。高城先生の記憶喪失の事は夕葵も驚いていたけれど、何よりも衝撃だったのは私とカレンの告白したということだった。
「……涼香とカレンの事は把握した。なら観月はどうなんだ?」
「アタシ?」
「先生に告白したのか?」
「ぐっ……」
夕葵の質問に、観月は言葉を続けられなくなる。
「……観月は逆に距離が近すぎて、異性として意識されてないんだと思う」
「そそそ、そんなことないし!」
私の指摘に、観月は声を震わせて否定する。
「アタシの足とかよく見てるし!」
女性という生き物は自分に向けられる視線に敏感だ。
見られていると感じられたのならきっとそうなんだ、高城先生って脚フェチ? 今度からは、もうちょっと制服や私服のスカートを短くしてみようか。
けれど今の観月みたいに太もも全体がはっきりと見えるスカートで男性の部屋に上がるなんていくらなんでも観月は無防備すぎる。少し動けば下着が見えそう。
もしかして、それが狙いなのかもしれないけれど……。
「それは、『またこんなだらしのない恰好をして』というような、お兄さん目線みたいなものじゃないのか?」
夕葵の指摘通りだと思う。
私もそう思った。
「ぐはっ!」
ついに観月は椅子から陥落して、私たちを同じところまで落ちてきた。
「なら、今一番は私です! だって告白までしちゃいました!」
「……未遂でしょ……」
カレンの宣言に、観月の細かな指摘が入る。
そうだ、忘れられている私と違ってカレンは最後まで伝えていないものの、先生に想いは知られているんだ。
これからカレンのスキンシップは先生にアプローチとして明確に意識される。先生も少なからずそう思っているだろうし。
観月やカレンには呼び捨てだ。
私と夕葵は後れを取っていることが分かった。だって、“桜咲さん”と“夏野さん”だもの。
――まずは、先生に名前で呼んでもらう所から始めよう。
私は今後の方針を決める。ここにいるライバルたちに負けたくないから。
特に夕葵だ。
幼いころから一緒にいるからかちょっとした対抗意識みたいなものがある。私が勉強を頑張っているのは、夕葵がいるからかもしれない。
それになにより――夕葵、おっぱい大きいし……男の人には効果的だよね。
「歩ちゃんのジャージが大きいから、下はいてないようにみえるー。きゃーやらしー」
「ちゃんとショートパンツを穿いている!」
「わかってるよ、むしろはいていない方がヤバいから、そう見えるってだけ」
「……でも、センセって本当に大きいんですね」
「ああ、私も女子の中では背の高い方なのだが、やはり男の人は違うな……」
ぽっと頬を赤らめて高城先生のジャージをぎゅっと握りしめる。
もう好意を隠す気はないらしい。デレデレしだした。
――いいなぁ……。
彼シャツならぬ、彼ジャージは少し羨ましい。
「夕葵さん!」
「な、何だ。カレン?」
少し大きめなカレンの声に、夕葵が少し驚いて彼女の方を見る。
「せ、センセのジャージ少し貸してもらってもいいですか!」
「……これを?」
夕葵は少し思案する。
人からの借り物を又貸しするのは、真面目な夕葵としては少し悩むところなんだろう。カレンも着てみたいのかな。
「……少しの間なら大丈夫だろう」
「ありがとうございます」
そう言って、借りているジャージのファスナーをおろしジャージを脱ごうとするところで、私は衝撃的な事に気が付いた。
「夕葵……下着は?」
「だから穿いていると言っているだろう! 見ろ!」
ファスナーの開いたジャージをバッと開いて見せる。ショートパンツからは綺麗な足が見えた。
ううん、私が指摘したいのはそこじゃなくて……。
「……ブラは?」
◆
さて、これは一体なんだろう?
俺は溜めこんでいた洗濯物を全て洗濯機に放り込み、洗浄を終えベランダに干していた所だった。ちなみに陽太はまだ気持ちよさそうに眠っている。
仕事用のワイシャツや下着、寝巻を干していると、俺の心当たりの無いものが洗濯物に紛れていたのだ。
さすがに自分で買った物は何か覚えており、購入に心当たりのない物があったのだ。
――タンクトップ? いや、それにしては丈が短すぎる。それにこのふくらみは?
胸の部分がかなり余る気がする。
というより、少し既視感を覚える。どこで見たのだろうか?
最近というよりも今日? 今日と言えば……
「――ッッ! これってもしかして!」
すぐにそのブツの正体に気が付いた俺は慌てて洗濯かごの中に戻す。
ダン!!
「うお!」
入口の方から、扉を殴りつけるような音が響いてきた。ビビったぁ……。
ダン! ダン! ダン!
玄関近くまで近寄るがそのノック音が止むことはない。
それどころかさらに増えるだけだった。どうやら1人だけではないみたいだ。悪戯か?
『あ、歩先生! すぐに扉を開けてください!』
あ、この声は夏野さんだ。彼女らしくなく何か切羽詰った様子だ。
もしかしてこれ《ブラ》の所為か?
『開けろ! コラぁ!』
この恐喝のような声は観月だろう。お前はどこぞの借金取りか。
「開けてください!」
カレンまで……となると
「高城先生、お願いします!」
当然、桜咲さんもいるよね。
今ここで扉を開けていいものだろうか。
既に夏野さんがブラをつけていないことは分かっている。
まだ洗濯機から取り出したばかりの下着は当然、濡れている。
それはつまり、俺があの子の下着を洗濯したことが分かってしまうということで………あれ? 詰んでる?
いや、まだだ!
あれはもうすでに洗濯物の中に紛れ込ませてある!
「あれーこんなところにあったんだー」と知らないふりを貫き通す! あとは俺の演技力しだいだ。
――大丈夫、大丈夫だ! 頑張れ、俺! 自分の血を信じろ!
軽く深呼吸してからゆっくりと鍵を開ける。
「歩先生!」「歩ちゃん!」「センセ!」「高城先生!」
「おいおい、近所迷惑だぞ」
焦った声で俺に詰め寄るが俺はあくまで穏やかに応対する。さあ、ここからが正念場だ。
だが―――。
「「「「すぐに部屋から出てって(ください)!」」」」
部屋から引きずり出され、部屋の外に締め出しを喰らった。
俺の部屋なんだけどなー。
おそらく今から夏野さんの下着の捜索を始めるのだろう。
俺が締めだされたのは、何を捜しに来たのかを悟られないための夏野さんへの配慮だろう。
それから数分後、夏野さんの絶叫が部屋の中から響いてきた。どうやら見つかったみたいだ。
さあ、どう取り繕おうか。
誤字脱字、感想、評価、レビューをよろしくお願いします。




