見回り2
観月
「よ~しこんなもんかな」
そう言ってアタシ達は準備を終えていた。
涼香の突然の告白には驚いたけど今は今だ。
このお泊りイベントを存分に楽しむために行動を起こす。
アタシは自分の部屋出て、今回の企画に参加する女子たちと一緒の部屋にいる。
参加者以外は傍観者で、先生がどんなリアクションをするのかを楽しみにしている。
目的は先生たちを驚かせるというもので、上級生の合宿では既に恒例となりつつある。
まあ、融通の利く先生でないとできない事なんだけどさ。
今回の先生の面子は誰を見ても大丈夫だ。
「ふっふーん、この時間の見回りは荒田先生だという確かな情報を掴んでいるんだな~」
「ミズちゃんも驚かしがいがありそうだったけれど」
「あの荒田先生が取り乱す様子もちょっと見てみたいよね」
「暴力は振るわれないはずだし」
「「「「…………」」」」
あーうん、嵐ちゃんなら、そっちの方がヤバいかも。
「あっセンサーに反応あり!」
女子寮の入り口や階段には赤外線センサーが取り付けられていて、人が通ってきた分かりるようになっている。
「よし、なら準備して!」
部屋の明かりを消して扉の前に待機する。
驚かすのは扉が開いたその瞬間だ。
ただ驚かすのでは面白くない。お化け屋敷とかではお客さんとの接触は禁止されているけれどいまはそんなことを気にする必要はない。
「くすぐったりしてみようか」
「いっそのこと押さえ込んでからじっくりと」
そして、各階ごとのセンサーが反応しついにアタシたちが使用している4階のセンサーに反応があった。
「さあ、来なさい」
クスクスっと声が漏れそうになるがそれを必死に押し殺し耳を澄ませる。
ぱた、ぱたとスリッパが廊下を蹴る音が聞こえてくる。もう少し……
先生がもっている懐中電灯の光が目印になり、アタシ達が待機している部屋の前に立った。
――さあ早く扉を開けてください!
ガララッ
その音と同時にアタシ達は飛び出した。
「「わっ!!」」
「…………」
ノーリアクション
エー冷めるな……嵐ちゃん。もう少し何かリアクションしてくれても
そう言って私たちはかぶり物をとって嵐ちゃんを見た。
あれ? なんか体が大きいような……なんというか風船みたい膨らんだ大きな身体。
瞬時に嵐ちゃんじゃないことが分かった。
改めて顔を見ると
「「「「きゃあああああああああああああああああ!!!!」」」」
身体を血に染めた大きなピエロがそこにいた。
◆
「ぷっ、くくく、あははは!」
俺はこの逆ドッキリが大成功したことに大爆笑していた。
服の電源を切り中に溜められていた空気を抜く。マスクを外せば互いに抱きあい怯えている少女たちが視界にはっきりとおさまった。
「あ、歩ちゃん!」
「おう、みんな。いいリアクションだったぞ。……あははっ」
「な、なんで?」
実は女子寮の方でも似たようなことが行われると荒田先生からリークがあったのだ。
荒田先生は過去に生徒たちに驚かされあられもない姿をさらしてしまったようで、今回はその報復のために動いていたのだ。全くもって今年度の生徒たちは無関係なのだが。
その気合の入れようは電源を入れれば風船のように膨らむピエロコスチュームとマスクのセットを購入するくらいだった。
なんでも荒田先生が言うには男子で驚かせておいて、油断したところをというのが例年のパターンらしい。事前に何があるのか分かっているドッキリほど悲惨な物はない。
弛緩した空気が寮内に漂ったのか女子たちが、わらわらとこの空間に集まってきた。
俺の着ている衣装にびっくりしているようだが自分たちの思惑が失敗したことを悟ったようだった。
「嵐ちゃんにばれてたってこと?」
「そういうこと。それにしても、すっげえなこれ、一体どんだけ金かけてるんだ。あの人」
こういうことは大好きだ。やっぱりされるよりしたほうが良い。
「ほれ、イタズラは終わりだ。とっとと部屋戻れ」
「「「「は~い……」」」」
失敗に終わったことが不服そうだが返事をしてそれぞれが部屋へと戻っていく中、観月だけがここに残る。
「戻れよ」
「腰抜けちゃって」
「はあ!?」
嘘だろ。
「……誰かさんの所為で~」
あ、この顔は絶対嘘だ。
だって悪戯を思いついた子どものような顔をしている。
「なら、誰かに頼んで部屋に連れて行ってもらえ」
「誰かさんの所為なのに~」
「どうすりゃいいんだよ」
「抱っこ」
子どもかっ!
寝巻の襟を掴み、無理矢理立たせるが観月はひしっと俺にしがみついてくる。
馬鹿野郎! こんなの見られたらいらぬ誤解を受けるわっ。
「離せ」
「しょうがねえな~」
俺のセリフだ。
「ったく、1日に2人はさすがに無理」
「2人?」
余計な事を言ってしまった。
「へ~誰か抱っこしたんだ~」
「……とっと寝ろ、子どもは寝る時間だ」
「そこまで子どもじゃない」
少しすねた口調で俺の言葉を否定する。
そんな口調に俺は思わず黙ってしまう。
「すまん」
さすがに陽太に言い聞かせるみたいな言い方はまずかったか。子ども扱いしすぎた。こいつだってもう今年で17歳だ。
どうにも妹同じ年齢くらいの子は子どものような印象を受けてしまう。
「ううん、ごめんもう大丈夫だから戻るね」
なんだよ、やっぱり腰なんか抜けてないんじゃないか。
……
………
…………
ようやく今日の勤務が終わり敷いてある布団に横になった。
男性教員部屋は一階にありほぼ玄関の隣にある。誰かが外に出ればすぐに分かる。
「あー疲れた……」
世間は休日だというのに仕事をしなければならないのは教師という仕事の辛いところだ。
部活の顧問などを持てばさらにその休日はなくなるのだろう。顧問を受け持っていない俺には関係ないことだけれど。
カレー作りに生徒の見張り、覗き魔の引き渡しに状況説明などいつもより濃い1日だった気がする。
その影響もあってか眠い、眠いのだ。
明日の朝食は寮のおばさんが作ってくれるが、7時には起床しなければならない。スマホを操作してアラームをセットしておく。
固いせんべい布団には些か物申したいが、仕方がない。
……
………
…………
慣れない布団ということもあってか、なかなか寝付けないでいた。何度も浅い眠りを繰り返して目が覚める。
ガラリ――。
……ん? 今誰か入ってきたか?
教員部屋の扉があいた音で目が覚めた。
ぼやっとした思考で考えらるケースをいくつかリストアップする。
①男子生徒の悪戯
②女子生徒の復讐
③先生方の緊急の呼び出し
①だったら絶対しばき倒す。②だったら報復決定。③は甘んじて受け入れるしかない。
――どれが来る。
……
………
…………
あれ、気配はするのに何もしてこない。
だが③の可能性は消えたな。
それに後頭部に視線も感じるから誰かがいるはずなんだが。
寝返りを打つふりをして確認しようかと思ったその時だった。
「先生……」
さらりと俺の頬を髪の毛がくすぐる。
俺に近づいてくる気配。
鼻腔をくすぐるのはバニラの香り。
脳裏をよぎったのは俺が入院している時に感じたあの時の情景。
――これって!
はっと目を開けた時には俺の唇はふさがっていた。
「ッ――」
「きゃっ」
俺は今顔の前にある人物の肩を掴み些か強引に引き離した。
そして、その人物を目の前にした。
「……あ……」
「カレン……」
俺の目の前にいるのは美雪 カレンだった。