放課後に見たもの
バレンタインデーの騒動の次の日。校内は古市の話題でもちきりだった。
有名進学校の生徒が起こした事件。しかも警察が出てくるほどの大きなものだ。今回の騒動は当然向こうの学校にも広まっているだろう。
『お前だ。お前が涼香を誑かしたんだっ! 涼香は騙されているっ。お前さえ、お前さえいなければっ!』
彼が最後に残した言葉から俺に対しての恨みは深いのが伝わってくる。
恩着せがましい性格、一方的な好意を押し付けたり、身勝手な言動で涼香を振り回し困惑させていた。涼香からすべてを否定されても、自分の所為ではなく誰かの所為だと平気で責任転嫁をしそうだ。
だが、今回は涼香に対しての暴行未遂もあり警察だけではなく学校からも停学の処分が下されたことを説明された。退学かと思ったのだが、アレを野放しにせず最後まで面倒を見るということで少しは安心してもいいのだろうか。
警察からも「ストーカー規制法に抵触する行為」が色々確認されたらしく「今後同様の行為がなされた場合、逮捕の可能性がある」と警告までされたらしい。ストーカー規正法上の警告をしたり、涼香の自宅の身辺を見回ったりしてくれる筈だ。わが身が可愛いと思っているのならもう二度と姿を現すことはないだろう。
書類仕事も終えて、今日の仕事は終わりだ。
俺は帰宅の準備を始めコートを着用すると、駐車場に停めてある車まで歩いていく。
「歩!」
駐車場に停めてある車の鍵を開けたときに声をかけられた。
◆
涼香
「そうか。古市のやつとはようやく縁が切れたのだな」
バレンタインデーの騒動からしばらくたったある日の放課後。
私は夕葵たちに事の顛末を話していた。
古市君の起こした騒動から彼の両親が謝罪に来た。
その時に彼もいっしょに来なかったのは両親が私に気を使ってくれたからだろう。
「でも大丈夫でしょうか?」
「逆恨みとかいろいろとあるって聞くしね」
カレンと歩波さんが心配してもしものことを話す。
逆恨み自体を禁じる法律は存在しない。
「大丈夫。そんなことがあった場合は告訴するってことにしてあるから」
警察にも周囲を巡回してもらうことになっている。
今回の一件で一番憤慨していたのは私のお父さんだった。今も色々心配してしばらくは学校の登下校もお父さんが迎えに来てくれることになっている。その迎えが来るまでみんなが付き合ってくれていた。
「それに今はそれどころじゃないみたいだから」
彼は有名進学校に進んだ。
そこまではいい。
生徒会に所属しているということだったけれど、それは嘘だった。
成績も劣等性といってもいいほどで、学校の勉強にもついていくことができなかったみたいだった。両親には悟られないように成績を改竄したプリントを見せて、学校外の人間には優等生として振る舞っていたようだ。もしかしたら、自分の中では優等生ということになっているのかもしれなかったけどそれが今回の一件ですべて両親に知られることになった。
両親――とくに彼の父親は今回の一件を深く受け止めているらしい。彼への処遇は詳しくは聞かなかったが、「遠くへ」という単語が出てきたためどこかへ引っ越すのかもしれない。
けどもう終わったこと。
彼のことなんて話しているのが時間の無駄だ。これからのことを考えていかないといけない。
「そ、それにしても、歩ちゃんの話ってなんだろーね……」
観月が明るい声で、けれども声を少し振るわせて話題を振る。
歩波さんを除いたここいるメンバーのことを考えると間違いなく私たちの告白のことだろう。
『………』
そのことをみんな分かっているから何も言えなくなる。
けれども、今この中にいる誰かが先生と付き合うってことはないと思う。
だからこそ、先生の伝えたいことを聞くのが怖くもある。
先生とはなかなか時間が合わなくてその話を聞くことはできないけれど、それに少し安堵している。
「……あ、お父さんが来たみたい」
スマホの通知を見てお父さんが迎えに来たことを知る。
「なら、アタシたちも帰ろっか」
私の迎えが来たことを伝えるとみんなも鞄を持って校門まで移動する。
校門にはお父さんが待っていた。
「涼香!」
少し大きな声で私の名前を呼ぶ。ちょっと恥ずかしいけれどもわざわざ仕事帰りに私を迎えに来てくれた。今回の一件で結構心配かけたからちょっと過保護になっているのは否めない。
「何事もなかったかい?」
「うん。みんなと一緒に待ってたから」
夕葵たちは軽く会釈をしてお父さんに挨拶をする。
「よかったら送っていこうか?」
「いいんですか?」
まだ日は短い。
何があるかわからないから私もお父さんのお願いしようかと思っていた。
みんなでお父さんの車に乗り込む。
私は助手席に乗って、後ろ2列のシートに夕葵たちが乗り込んだ。
「あ、兄さんの車だ」
車を走らせようとお父さんが公道に入ろうとすると先生の車が前を横切った。先生の顔が見えるかなと思って車を視たら先生の顔は見えなかった。その代わり助手席に乗っている人の顔が見えた。
「……誰?」
見知らぬ女性が先生の車の助手席に乗っていた。
学校の先生でもない。
私たちが首をかしげる中、1人だけその人を知っている子がいた。
「嘘でしょ……」
「歩波さん?」
歩波さんが目を見開いて驚く。
「……ううん。でも間違いない……なんで……」
「歩波、知ってる人?」
観月が歩波さんから答えを聞きだそうとする。
「……あの人、大学時代の兄さんの元カノだよ」