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バレンタインデー 涼香

 涼香


「……あれ? いない」


 私はチョコをもって社会科教員室の扉を開けたけれど、そこには誰もいなかった。

 いつも放課後ならここにいる。それかサッカー部だけれど、今日は部活は休みのはずだ。

 鞄は置いてあったからまだいると思うんだけどどこ行ったんだろう。


 外に出ると多くの他校の男子生徒が手づくりチョコを求めて並んでいた。そこには先生方の姿も見えた。もしかしたら先生もいるかもしれないと思って探したけれど先生の姿を見つけることはできなかった。


 その後も先生を探して校内を歩き回った。

 私はなんとなく前に先生に助けられたところに来ていた。


 ――でも、ここなら社会科教員室が見えるからいいかな。


 そっと覗いてみたけれどまだ先生は戻ってきていないみたいだった。

 もうちょっと待ってみようかな。


「涼香! こんなところにいたのか!!」


 聞こえてきた声に思わず身体が臨戦態勢に入る。

 古市君だ。私はとっさに身体の後ろにチョコを隠した。


 本来ならここに居るわけがないと思っていたけれど、今日は一般にも開放されているからここまでやってきたみたいだった。


「なに? 他校の生徒のチョコ販売はむこうよ」

「ハハハ。そんな物に興味はないよ」


 そして、古市君の視線が私が隠しているチョコに向いた。


「他校の生徒はここまでは立ち入り禁止だから早く言った方がいいわ」

「でも、涼香がここいるから」


 全く理由になってない。


「それさ、チョコ?」

「………」


 今日という日に明るい色の袋を持っていればそう思っていても不思議はない。

 けれども、なんだか彼にはそれすら知られたくない。


「隠さなくてもいいよ。涼香のことは全部分かってる。僕もそれを拒まない。だからもらってもいいかな?」

「はい?」


 彼が何を言ってるのかわからない。

 何で先生に渡すチョコレートを古市君なんかに渡さないといけないんだろう。もし先生に受け取ってもらえなかったらせめて自分で食べる。


「学校でもチョコを渡されたんだけど、全部断った。僕が欲しいのは涼香のチョコだけさ」


 そんなこと言われても最初から作ってない。

 そもそも彼に何かを渡したことすらない。


「だから、安心してくれ」


 そう言って彼は笑顔で私からチョコを盗ろうとする。


「触らないで!」


 先生に渡すチョコは誰にも触れてほしくない。

 古市君は不機嫌そうに眉を顰めた。機嫌が悪くなったのが丸わかりだ。そんな目を向けられても私は譲らない。


「これは貴方に渡すものじゃないから」

「………そういう冗談はいいよ。涼香の気持ちは」

「私の気持ち、私の気持ちっていうけれど、私のいったい何を知ってるの?」


 私のことを知ったような口で話す口調が何よりも嫌いだ。

 自分の都合のいい事ばかり聞いて、話して人の話を聞こうともしない。


「何でも知ってる!! それは僕のために作ってくれたチョコだろ」

「違う!」


 何を言っているかわからない。

 どうして私が貴方にチョコを作らないといけないんだろう。


「これは私がいつもお世話になっている人に渡すの。あなたのための物じゃないないわ!」

「お、お世話になっている人って。あ、あの男か!?」

「……」


 ここで先生の名前を出すことはできない。

 古市君が先生に何をするかわからない。


「黙っているってことはそうなんだな……涼香、君のためを思って言うけどやめておいた方がいい。ああいう人間は少し優しくするとつけあがって自分に好意があると勘違いしてしまうんだ! 義理チョコなんて渡したら面倒なことになる」


 古市君は右手を私の前に伸ばす。チョコを渡せってことだろう。


「涼香、やめるんだ」

「貴方に指図されたくないわ」

「涼香!」


 言うことを聞かない私に古市君はさらにイラついていく。


「どうしてわかってくれないんだ!!」

「何もわからないからよ」


 そもそも、私が古市くんのいうことを聞く義務も必要性も感じない。

 彼は私の話を聞いてくれないし、私も彼の話を聞くことはしない。話は永遠に平行線だ。交わることが無い。むしろその方が嬉しい。


「もう行くから」

「あの男のところへか!?」

「古市君には関係ない」

「大ありだ!」


 そう言って古市君は私の手に持っているチョコを奪い取ろうとする。


「なにするの!!」

「僕だってこんなことはしたくないっ! けど、涼香が僕のいうことを聞いてくれないから!!」


 多分手加減をしているのだろう、けれども奪い取ろうとする意志の強さは感じられた。


「渡させない。あの男だけには渡させないぞ!!」

「離して!!」

「涼香は僕だけを見ていればいい!!」


 そう言ってとうとう私からチョコを奪い取った。


「返して!」


 私はそれを取り返そうとして手を伸ばした。


 けれども、古市君は私が伸ばした手を奪い取って、手首をつかむ。

 とにかく腕を振りほどこうとしたけれど、そうするとますます力を入れられてしまう始末だ。ぎし、と骨がきしむ音がする。男女の力の差を考えていないのか離してくれる様子もない。


「これは、僕の方で処分しておく」

「ふ、ふざけないで、なんでアンタなんかに……」 

「僕のいうことを聞け!! 僕に誤解されたくないだろ!!」


 私が反抗したからかさらに力が籠められる。

 痛みで涙が出てくる。

 けれど、チョコだけは取り戻さないと――


 ◆


 透を保健室のベッドに寝かせ俺は生徒の誘導を再開しようと思っていた。

 他校の教師を保健室のベッドで休ませてあるのを保健室の先生に伝えるのに随分と時間がかかってしまった。


 ――そういえば、まだ涼香に会ってないな。


 夕葵、観月、カレンからはもらった。

 だが、俺にチョコを渡すと宣言していた涼香からもらっていない。


 ――まあ、だからといってもらえることを当たり前と思ってたらいかんのだが……。


 いつ拒まれるかわからない。

 他に好きな人ができたなんて十分にあり得ることだ。


 何より、あの涼香だ。

 今日もバレンタインデーで彼女から義理チョコがもらえないかと男子生徒たちは期待していたのではないだろうか。


「あ、先生!」


 保健室から出て歩いていると何やら切羽詰まった女子生徒の声が聞こえてきた。


「どうした?」

「あ、あの! ウチの生徒が他校の生徒の乱暴されてて!!」


 今日は他校の生徒も出入りしているということでトラブルの可能性は十分にある。


「どこだ?」

「社会科教員室の前です」

「わかった。俺が向かうから他の先生を呼んできてくれ」


 女子生徒が頷くのを確認すると走り出す。


 そこで2つの人影を見つける。

 あの場所は有名な告白スポットでもある。

 だが2人の様子が尋常ではないことが見ればわかった。


 他校の男子生徒が強い力で握りしめ、女子生徒の顔が歪んている。

 それは涼香だった。


 涼香と揉めている相手が分かった途端に俺は動き出した。


「お前! 何やってんだ!!」


 俺はわざとでかい声を出してこちらへ注意を引いた。

 だが、考えてやったことじゃない。自然と声が大きくなっただけだ。


 古市は涼香から注意が削がれて俺の方を見た。

 その顔は驚いた顔をしている。そういえば、スーツ姿の俺を見るのは初めてか。

 涼香はその隙に古市の手から何かを奪い取って距離を取った。


「涼香。こっちに」

「す、涼香! 行くんじゃない!!」


 俺の言葉に対抗してか古市が涼香に命令する。

 だが、涼香は古市の声には耳を貸すことはせず俺の方へとやってきた。


「大丈夫か?」

「は、はい」


 涼香の目には涙が浮かんでいる。

 手には赤いラッピングがされた箱があった。。


「手を見せて見ろ」


 俺は有無を言わさずに涼香の袖を捲る。

 腕にはくっきりと赤い手形が残ってしまっていた。


「痛かっただろ」


 古市のことは放っておいてもいい。

 あいつの学校はわかっているし、涼香の証言もある。

 あとは俺の方から相手の学校へ連絡を入れてやればいいだけだ。


 あんなのを相手にするより涼香の手当ての方が先だ。


「待てっ!」


 保健室へ向かおうとする俺たちに古市が待ったをかける。


「なんだよ」


 苛立ちを隠せずに俺は古市を睨み付ける。


「お前何なんだよっ! いきなりそんな恰好で現れて、僕と涼香の仲を邪魔するなっ!!」

「知るか。お前の一方通行の気持ちをこの子に押し付けるな」


 大切なら自分がこの子にケガを負わせたことを気にしろ。

 そんなことが分からないから一方通行だと俺に決めつけられるんだ。


「どこへ連れていく気なんだ!!」

「保健室に決まってるだろ」


 怪我をさせた認識すらないのか。

 どこまでも自分のことばかりで相手のことを気遣えない人間のようだ。


「だったら、僕が連れていくっ!」

「他校の生徒を校内でうろつかせるわけにはいかないだろ。失せろ」


 怪我をさせた本人が保健室へ連れていくというのは理屈には合っているが、それは事故の場合だ。

 故意でけがをさせた場合は加害者に連れていってほしいとは思わないだろう。事実、涼香は古市を拒むように俺のスーツをそっと摘まんだ。


「す、涼香! 嫌なら嫌っていうんだ!! 僕は君の幼馴染だ。君をを守らないといけない義務があるんだ……助けてあげられるのは、幼馴染の僕だけしかいないんだっ」


 話を聞けないやつだ。

 身勝手な思いに、腹が立ってくる。

 義務であるならやめてしまえ。

 こいつ自身は自分の発している言葉が嫉妬からきているなんて自覚はないだろう。あったとしてもプライドの高そうなこいつが認めるわけがない。


「今なら学校へ連絡だけで済ませてやる。とっとと帰れ」

「幼馴染だから……大切な存在だから、悪い虫から守るのも、僕の役目なんだ。涼香は優しいから、自分の意見を言えないけど……代わりに、僕が言ってやる! 迷惑なんだよっ!!」


 今更だが古市の声はよく通る。

 騒ぎを聞きつけた生徒や教師たちが俺たちを見ている。

 そのことに激高している古市は気が付いていない。


 だから――


「涼香。今助けるからな!!」


 暴力なんていう短絡的な手段が取れるんだろう。


 古市は拳を作ると俺に向かって突っ込んできた。

 ずっと俺を憎むような目をしていたもんな。

 自分の正義を信じ込んで、完全に暴走しているようだ。きっと涼香を保健室へ連れていくという目的すら忘れているだろう。


 猛然と駆け出してくる古市。

 本当にめんどくさい。


 古市の行動を理解した周囲から悲鳴が上がる。

 俺は涼香を後ろに下がらせると真っ直ぐ俺に向かって殴りかかってくる。


 証人もいる。

 状況上も状況。

 言葉も理解してくれない。


 そんな暴走する人間を止める手段があるとすれば1つしか方法はない。

 暴力という短絡的な手段をとってくれたことは助かる。

 暴力を暴力でねじ伏せるということほど簡単なことはない。


 殴り掛かってくる拳をはじく。

 そのまま肘を折り曲げて、痛みで悶絶したところを重心を崩して床に抑えつける。コンクリートの地面に顎を強打させない当たり手心を加えたと思ってほしい。


「う、ぐああああああ!!」


 痛みで悶絶しているがそれは自分が暴れているからだ。

 とりあえず、こいつの通っている学校と家への連絡だな。


 それなりの覚悟はしてもらう。


19時にも投稿します。


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[良い点] 古市...おとなしくお縄につけ...
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