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スキー研修 ⑩

 昔から音楽の類は苦手だ。

 歌を聞くのは全く問題なのだが自分が歌うとなるとどうしてもだめだ。

 俺が歌えば間違いなく空気が壊れると思ったのだが案の定、全員が何も言えなくなっていた。


――あーコツコツ積み上げてきた俺のイメージが……。


 「見栄を張るからー」という歩波の声が聞こえてきそうだ。そう考えたらなんかムカついてきた。思えば小学生のいじめのきっかけの一つでもあったな。透たちも俺の歌の下手さは知っているから絶対カラオケにはいかないし。


――自分でも音が外れているってわかってんだよ。

 

 売店で買ってきたノンアルコールビールを飲みながら俺は一人やさぐれていた。

 すると扉をノックする音が聞こえてきた。


 扉を開けるといつものメンバーが俺の部屋を訪ねてきていた。

 正直、顔を合わせるだけで恥ずかしい。

 とりあえず、部屋にあげてここに訪れた理由を尋ねる。


「あの、センセ。すみませんでした」


 カレンがいきなり俺に対して謝罪する。

 きっかけはカレンかもしれないが歌ったのは俺の勝手だ。


「別にカレンが謝ることじゃないぞ」


 一度歌えばもう二度とせがまれないだろうと計算して俺がしたことだ。


「でも、歩ちゃんでも苦手なことってあったんだね」

「当たり前だろ。俺は完璧超人じゃない、どちらかといえば器用貧乏なだけだ」


 得意分野と誇れるほどの特技があるわけでもない。

 器用貧乏……いや、音楽がダメなところがあるから器用貧乏にも当てはまらないか。

視野や好奇心などあるつもりだが浅いんだ俺は。

すべて中の上くらいの出来で満足してそれ以上を追求することができない。サッカー以上に情熱を傾けたことが無いんだ。


――別に悪いとは思っていないから改善する気もないんだけどさ。


大学の時はいろんなことに手を出してた。

 透にいろんなところに連れていってもらったり、百瀬に料理を習ったり、大桐と一緒に体を鍛えたり、シルビアからは触れたことのなかった分野を紹介されたりと俺はつくづく人に恵まれているのだと思う。


「カレンの謝罪も聞いたし、話が終わったならもう部屋に戻ったほうがいい」


 俺もそろそろ見回りの時間だ。

昨日のこともあり、あまり男性教師の部屋に女子生徒を長く留めていくのは良くないと思うので用件が終わったのなら部屋に戻るように促す。


だがその前に――。


「あ、夕葵。ちょっといいか?」

「はい」


 俺は夕葵に聞きたいことがあるので呼び止める。

 俺の話の内容が気になるのか他の子たちも足を止めて俺の方を見る。

 そんな風にみられると聞きたいことも聞けない。


 俺は夕葵と連なりにある隣の部屋に移動する。

 襖は閉じてあるのだがその向こうで何か耳を立てているような気配を感じる。

 夕葵の回答によってはあの子たちが聞いても問題のない……無い内容だと思う。


 それでも夕葵だけに聞こえるようにそっと耳打ちするように尋ねる。

 俺が近づいたからか夕葵はすこし驚いたようで顔をこわばらせたがだったがすぐに表情を元に戻す。


「聞きたいことっていうのは昨日のことなんだが」

「昨日のですか?」


 聞きにくい事でもあるので口が動かない。

 夕葵は特に疑問に想うところはなかったのか疑問符を浮かべて首をかしげる。


「昨日……夕葵が言っていた。その……夕葵たちが俺のことを好きでいてくれているっていうことで……」


 正直、口に出すのも恥ずかしい。

 だが、聞いておかないといけないことなんだよなぁ。


「……はい。私たちは先生のことが、その……」


 夕葵は俺の問いかけに顔を赤くしぽつりぽつりと言葉を伝える。俺も言いにくいこと聞いてるって思ってるよ。

 それに、やっぱり昨日聞いたことは間違いないんだ。


「その……俺のことで喧嘩とかしてないか?」


 俺の問いかけを聞いて夕葵はキョトンとするが、小さく笑う。


「していませんよ。ふふふ」


 夕葵にとっては予想外の質問だったのか少しの間夕葵は笑う。

 だが、俺のことで喧嘩するってなんか俺自身が嫌な男に思えて仕方がない。自分を取り合う女性を眺めているようなクズだ。

喧嘩などで手が出る場合もある。男であれば、多少ケンカに心得がある分、手加減をすることを知っているかもしれんが、ケンカ慣れしていない女性場合は、全力でぶつかり合って血とか見そうだ。何よりそんな場面をあの子たちから見たくない。


「ですが嫉妬はしてしまいます」

「う……」


 近いレベルのことは行われているかもしれないのか。

 「私のために争わないで」なんてひと昔前の少女漫画にもでてきそうな、思い上がりもいいヒロインみたいな立ち位置だがまさしくそんな状況に近いんだよな。彼女たちがどこまで情報を共有しているのかが気になるところだ。


「ちなみに歩波さんも知っていますよ」

「あの阿呆が……」


 俺は視線を襖向こうの歩波に向ける。

 つまり今までのことも裏であいつが裏で糸を引いていた可能性があるってことじゃねえか。

 恐らくこの話を盗み聞きしていると予想して俺は襖を勢いよく開けた。


『きゃあ!』


 襖という支えを失い前のめりに倒れてくる少女たち。

 一番下に潰れているのは歩波なので少しざまあと思う。


「聞こえたか?」

「……何を話してたの?」

「色々だ」


 観月の問いかけに俺は含みを持った言い方をする。

 とりあえず、この子たちが俺に好意を持ってくれていることを共有しているということはわかった。それでも仲がこじれていないのは正直ほっとした。


「部屋に戻ったら夕葵に聞いてくれ」


 俺の口から言えるわけがない。

 夕葵が「え?」とした顔をしているがすべてお任せします。


とりあえず、俺はちょっと気になっていたことが解消されて少しすっきりした。


「引き留めて悪かった。部屋に戻ってゆっくり寝てくれ。明日は朝一番に帰るんだから」


 名残惜しい気もするが今日でスキー研修は終わりだ。

 明日は朝からバスでの移動で1日が終わるといってもいい。


「何言ってんの。これからが本番だよ」

「そうそう、明日はバスの中で寝ればいいだけだから今日はオールナイト!」


 教師である俺の前で何を言ってるのやら。

 見回りに行くのは女性教諭だがそこまで厳しい先生がいるわけでもない。


「見つからないようにしろよ」と教師らしからぬ言葉を伝えて、俺は彼女たちを部屋から送り出した。


夕葵


 私は部屋に戻ると先ほどの先生とのやり取りについて詰問されていた。

 もったいぶるような話ではないので私は全員に話すことにした。


「あ~歩ちゃん知らなかったんだね」


 先生としては気になるところだったのだろう。

 

「それで私たちが仲たがいをしていないかが気になっていたそうだ」

「まあ、普通はそう考えるよね」


 歩波さんが納得するようにうなずく。

 歩波さんも私の家に来た時に似たようなことを気にしていたのを思い出す。


「誰とも付き合っていないんだからそんなことはないんだけどね」


 だが、この中の誰かが先生と付き合うことになってしまったら私はどう思うだろうか。

 例えば涼香と先生が付き合うことになってしまったら、私は涼香と今まで通りの関係を続けることができるだろうか。

 先生の隣にいる女性をいったいどんな目で見てしまうだろう。


 その女性を祝福できるだろうか。

 

「兄さんは今自分がどれくらい恵まれているか理解したほうがいいと思う。もうちょっと喜べや! ハーレムだよ! ハーレム!」

「それってなんか嫌な男じゃない?」

「センセは喜ぶような人ではないと思いますが」


 先生はそんな不埒な人間ではないことくらいは私も理解している。

 もしそんな男だったのなら、ホテルに一緒に止まった日に何かあったはずだ。

 先生は私たちに好意を向けられていることを喜んではいないのかもしれない。そう思うとぎゅっと胸の奥が締め付けられたような気分になる。


「……わかってるよー。兄さんが複数の女の人と付き合えるほど器用じゃないのも知っているし。それに、そんな人間だったらみんな好きにならなかったでしょ」


 歩波さん言葉に私たちはすぐにうなずく。


「兄さんは一度大事にするって決めたら相手が離れない限りはずっと傍にいてくれるタイプだから。今はフリーだから誰にでも優しくしちゃうけど」

「あ、それはあるかも」

「だから生徒には慕われるんだと思うわよ。それに、あれば教師としての優しさだと思うし」

「まあ、彼女だったら自分を優先してほしいよねー」

 

 その後はやはりというべきか先生の話で盛り上がり、夜は更けていくのだった。



 夜も生徒たちの興奮は冷めない、しばらくはこそこそと起きて話していたり、部屋を移動していることもある。交代で数時間ごとに部屋を見回り、起きている生徒を注意し、何かあれば翌日の指導につなげるというのも、大きな仕事のひとつだ。


 静蘭では時間交代で当番をしている。

俺の当番も終わり、もう眠ろうかと思っているとドアがノックされることに気が付く。


「よ!」

「帰れ」


 扉を開けると渉が俺の部屋の前に立っていた。

 手に持っている袋は飲料水や菓子が入っていた。それも結構な量であり、ここに入り浸る気が満々だということが予想できた。


「もう仕事終わったんだろ?」

「馬鹿言え。二泊三日の学外研修の場合は教師は72時間労働だ」

「ブラック!?」


 通常の教師勤務よりも疲れる。

それはもうものすごく疲れるんだよ。


 生徒たちが普段起きないような時間に置きだして騒ぎ始めるのだからその注意も必要になる。睡眠時間は何よりも重要なんだよ。


「睡眠時間は3時間程度で常に緊張しています。それが業務というものです。だらかお帰りください」

「まあ、息抜き程度と思ってさ」

「……しょうがねえな」


 昼間に生贄にした罪悪感もあり無下にすることはできず俺は渉を部屋に入れる。

 酒は飲まずノンアルコールで渉が買ってきた菓子を少しずつ摘まむことにした。


「っていうか、雪玉が直撃したところまだ痛いんだけど」

「生きているだけで素晴らしい」

「その後、女子生徒に手足掴まれてガリバーのごとく固定されたんだけど」

「そんなの芸能人なら良くあることだろ」

「ねえよ!」

 

 うん。本当に渉と入れ替わってよかった。

 主に午前中の苦情を聞きながら渉の話を聞いていく。

 

「そういや、歩波はうまくやれてんの?」

「今日も同室の子たちと一緒だった」

「ああ。兄貴のことが好きな子たちだっけ?」

「なんでお前まで知ってんだ!?」


 いや、聞かなくても絶対あのアホ妹がこの愚弟に余計なことを吹き込んだに違いない。


「成恵さんから聞いた」

「成恵さぁん!?」


 まさかの情報提供者に驚きを隠せない。

 っていうか、あの人も知ってたの!?


「まあ、歩波から聞いたらしいけど」

「やっぱ根本はあいつじゃねえか!」

 

 明日、バスの中で俺の隣に座らせて眠れないようにしてやろう。

 歩波へのささやかな復讐を誓った俺は渉に話を広めるなと念を押す。


「あの子たちの中だと誰が好み?」

「絞めるぞ」

「えー、好みくらいいいじゃん」

「じゃあ、お前は誰が好みなんだよ」


 俺と渉の好みは食べ物や服装など似ていることが多い。

 歩波曰く、渉の方が俺に寄せようとしている傾向にあるということだが。昔からよく俺の好きなことを真似していることがあった。


「あの子らのことよく知らねえし、俺が分かるわけないじゃん」


 だろうな。

 外見だけで異性を好きにならないのはお互いわかっているので渉には答えられないと思ってそう返したのだ。


「……正直に言えば時折ドキッとさせられることがある」

「へえ。まあ可愛いもんな」


 お前が知っている可愛さじゃないんだよ。

 俺にしか見せないような、俺しか知らないようなところなんだよ。



 それから少しの間、渉と話しているともう一度部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。

 何か生徒たちの間でトラブルがあったのかと思いドアをかける。


 そこには水沢先生、結崎先生、荒田先生、座間先生がいた。

 

「高城先生。明日のことで緊急の会議を開きましょう」

「すこ~し。ジュースや菓子を摘まみながらなぁ」


 ジュースという割にはギンギラギンに輝く一番搾りと書かれたシルバーの缶が見える。あと“氷結“の文字。

 結崎先生たちは会議という名目の息抜きを俺の部屋で行いたいようだった。

 俺としても歓迎すべきことなのだが、部屋には一人部外者が混じっている。


「あれ? どなたかいらっしゃっているんですか?」


 水沢先生が昨日のこともあってか玄関に並べてあるスリッパの数に疑問を思う。

 

「……まさか、またシルビアさんですか?」

「いえ、違います」


 あいつはたぶん自分の部屋でスマホゲームにでも興じているんじゃないだろうか。

現に俺の目の前でスマホをいじっている座間先生がいるんだから何かのイベントが始まった可能性がある。


「部外者であることは違いないんですが……」

「とりあえず、上がらさせてもらいますね」

「あ!」


 水沢先生らしからぬ強引さで部屋の中へ上がっていく。

 念のため閉じていた襖があけられると水沢先生は広間にいるであろう渉を見る。

 

 もう一度俺の方を見るとぱくぱくと口を金魚のように動かす。


「なに? 何があったの?」

「ペイチャンネルでも見てたのか?」


 荒田先生、その発想はやめてください。

 結崎先生と一緒に部屋に上がりこむと目を大きく見開いた。


「え。嘘……」

「あー……」


 とりあえず、騒ぎになる前に俺は座間先生を部屋へと入れて扉を閉めた。


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