表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/155

スキー研修 ⑨

 時は30分前にさかのぼる。

 俺は一旦林の中から抜けてある人物を呼び出していた。


「よぉ。このストーカー」

「…………………」


 ゴーグルや帽子で顔を隠しているが困ったときに首に手を当てる癖が出ているので確信をもって言える。


「お、俺は休暇で遊びに来てただけで……」

「成恵さんからお前が帰ってすぐに追いかけていったって聞いた」


 俺は目の前の男からゴーグルを奪いとる。

 目の前にいるのは俳優をしている俺の弟の渉だった。


「趣味であるスノボに来るのはいい……けどな、なんでわざわざ俺たちが学外研修に来ているここにくるんだ?」

「だって俺だけまた除け者だよ!?」

「家族旅行じゃねえんだよ!」


 お前が学校辞めたからだろうが。

 今頃になって後悔してんじゃねえよ。


「で、なんで俺を呼びだしたんだよ?」

「……お前の今使っているスノーボード貸してくれ」

「え、嫌」


 半ば渉からスノーボードをはじめとした装備を強奪こうかんし、特攻隊へと参加させた俺は一般客に紛れてリフトに乗り後方から襲撃しストックを獲得したというわけだ。




「卑怯!」


 歩波が俺の罵る。


「武器の使用以外なら何でもありって言ったのはそこにいるメイドだ」


 膝をついて項垂れているシルビアが負けを認めているんだから俺の勝ちでーす。あの無様な姿を写メとっととこ。


 女子たちに覆い被さられていた渉は人違いと判断されてまた雑踏の中へと消えていった。というより、逃げた。

 今俺のスマホには渉からの恨み節がたっぷり送られてきている。


 歩波は俺にしか聞こえない小さな声で尋ねる。

 

「……っていうか、なんで渉くんがいるの?」


 やはり兄妹というべきかすぐに気が付いたようだった。


「俺だけ仲間はずれだって、後を追ってきた」

「馬鹿じゃん」


 ですよねー。

 それをお前からもあいつにも言ってやってくれ。


「高校の同窓会とかにも誘われないんだろうな」


 もしかしたらゲスト枠か何かで呼ばれるかもしれないけど。


「かわいそうに。芸能界くらいにしか友達いないんだろうね」

「十分すごくね?」


 そして同窓会の件で思い出したことがあった。


「そういえば俺のところにも同窓会の通知が来てたな」

「同窓会って高校の?」

「いや、中学の」

「……なら小学生のとき一緒の人たちも来るの?」


 歩波が少し心配そうに尋ねる。

 歩波が心配しているのは小学生の時に俺たちをイジメていた連中のことを言っているのだろう。


「そいつらはどうでもいいが、中学の同級生には会いたいからな」


 俺が中学で出会ったサッカー部員や仲の良かった友人たちはそのまま一緒の高校に進学した。

 いわば6年間一緒に過ごした友人なのだ。

 それぞれが別々の道へ進んだが今は一体なにをしているだろうか。


「兄さんがいいならいいけど。私は……」

「それに透も行くって言ってるからな」

「私も行くっ!!」

「なんで関係のないおまえが来るんだ」


 文句を垂れている歩波を置いておき、俺はシルビアのところへと向かう。

 

「で、俺たちに負けた敗残兵は何か言うことは?」

「…………わかりました……これで気が済むのなら」


 そう言いながら着ている服を二の腕まで降ろすバカメイド。


「きゃああああ!! シルビアさん何してるんですか!?」

「歩ちゃんはあっち向いてて!!」


 涼香がシルビアの服を持ち上げて、観月が俺の視線を逸らさせる。

 別に罰ゲームなんてルールになかったから何もないんですけど。そいつが勝手に脱いだだけだからな。大体――


「AAAの身体なんざ興味もない」


 シルビアには聞こえない声でぼそりと呟く。

 別に大きければ見たいというわけでもないのだが……昨日夕葵の物に視線が言ってしまった俺にはなんとも弱い言葉だ。


「むしろAAAランクの女性なら見たいと思いませんか」

「いや、意味が違う」


 決してギルドランクのようにSとかAランクのような褒め言葉ではない。


 文字通り貧乳(AAA)――。否、無乳だ。

 本当にふくらみすらわからないほどの著しい貧乳。デフォルトはパットという涙ぐましい努力があってこそなのだ。顔が無ければ男と思われるほど膨らみもない。貧乳と言っても大抵は少し膨らんでいるものだが、こいつのこれは本当に絶壁。


「センセ、胸のことは言ってはいけません」

「むしろそのフォローの方がとどめ刺してる気がするけどな」

「……ですがセンセ。シルビアさんはいつもその色々誤魔化しているのですが」

「だからやめてやれって」

 

 死体蹴りはやめましょう。

 あの子のライフはもうゼロになってしまうから。


――あっちは最初からゼロだけど! ぷくく……


「どうしてセンセがシルビアさんの胸のついてそんなに詳しいのですか?」

「…………」

「あ、それアタシも気になる」

「前にプールに行ったときもパットはしてたみたいだし」

「お風呂でもバレない様にしてたよね」

「いくら大学時代の後輩でも些か……」


 どう言い訳しても藪蛇にしかならない気がしたから。俺は全員の話を聞く前に逃げ出した。





 夜の自由時間。


『ヘイヘーイ!! これより、静蘭学園カラオケ選手権を開催しまーす!!』

『イエーーーイ!!!!!!!!!!!!!』


 大広間でカラオケが解放されると高校生らしく一斉に盛り上がりを見せる。

 防音もしっかりと効いているらしく一般客からのクレームもないだろう。何より、舞台を使ったカラオケなんてなかなかできることではない。


 学外研修でハイになったテンションに若さゆえの体力。

 疲れ果て注意することのできない教師たち。

 もう生徒たちを止めるものは何もなかった。


 生徒たちが次々に自分や友達と一緒に歌いたい曲をリクエストしていく。

 2学年の全員なら2、3時間程度の時間では些かもの足りないだろう。


「元気だなぁ……」

「若さですねー」


 俺は座間先生と畳に座りのんびりとした時間を過ごしていた。

 あの雪合戦のあとのスキー研修で残った体力が根こそぎ奪われた。

 座間先生も今日はスキー研修に参加しており、足がガクガクになっている。もはやゲームをやる気力もないようだ。


「お前は足大丈夫かぁ」

「なんとか」


 今日は、雪を上を走ったりとかなり足を使った。

 膝が壊れているからといってもケアを怠っているわけではない。

 医者に教えてもらったマッサージは定期的に行っている。


「お前も不思議な奴だよなぁ。本当だったらプロ行ってたんだろ」

「スカウトはありましたが、プロで活躍できたかは分かりませんよ」


 いくら高校で結果を出してもプロで求められるのは高校の功績じゃなく結果だ。

 まあ、それは他の職業でも言える事なんだけど。


「ところでまったく話は変わりますが結崎先生へのプロポーズはうまくいったんですか?」

「………………本当に話の脈絡ねえなぁ……」


 結崎先生の左手薬指にある指輪を見ればわかる。

 昨日夕葵と一緒にいたときに2人を見かけていた。

 あまり関係を公にしていなかった2人が人目のつくところで一緒に過ごしていたのはそういうことだった。


「いつプロポーズしたんです?」

「…………あいつの誕生日の1日前だな」


 俺に話を振りつつ俺に追及されるのを嫌だったのだろう。

 結崎先生に教えてもらったのだが座間先生がらしくなく無駄話をするときは何か隠し事がある時だ。


「おめでとうございます。式はいつ頃ですか?」

「まだなにも決めてねぇよ」


 結婚式の準備は1年程かけて準備することもあるくらいだから焦る必要もないか。

 話を聞けばまだ生徒たちには話してはいないという。来年度からは結崎先生を「座間先生」と呼ぶことになるかもしれない。

 まあ、今日の様子を見た生徒や普段の二人を見てなんとなく察する人もいるのではないのだろうか。


「ん? 誰だありゃ?」


 座間先生の疑問の声を聞き取った俺はつられて舞台を見る。

 

――……なぜおまえがまたそこにいる?


 午前中の雪合戦で雪辱を味合わせたシルビアさんがなぜか生徒たちのカラオケに交じっていた。

 生徒たちはテンションがハイになっているからかシルビアの登場にさほど疑問に思っていないようだった。江上先生も疲れている所為か何も言わない黙認する気のようだ。


「ん?」


 俺の持っているスマホに通知が届く。

 目の前の舞台で出番を待っているシルビアからの着信だった。

 しかもメッセージアプリからではなく今どき珍しいメールからの送信だった。

 メールを開く。


「なんだこれ?」


1つの単語がの後、改行マークだけがズラズラと続く。


 ごめんね

さよなら


 一番最後の行に、「さよなら」の文字が……俺がそれを見た瞬間にシルビアが歌い始める。


 やめろよ! 曲と同時に刺されるかと思ったぞ! 下らねえ演出してんじゃねえ!

 下手なホラーよりもトラウマなんだぞこのアニメ!


 歌詞及びメロディは非常に陰鬱なものとなっているこの歌はこの場で歌うような曲じゃない。

ED直前に女子Bにめった刺しにされ涙とヨダレを流し、主人公として視聴者に嫌われ最高に悲惨な死を遂げる彼の姿が目に浮かぶ。


 そのシーンみて笑みを浮かべていたのはシルビアだけだった。

 俺と透はしばらくメールを見るのが怖かった。


 あのアニメって少なくとも女子と一緒に見るようなアニメではないんだよなぁ。


――この曲聞いてるとなぜか腹が痛くなるし。


 シルビアはアニソンであればほとんど完璧に歌える。

 むしろアニソンしか聞かないんじゃないのか。


「うま~」

「曲知らないけど、すごーい」


 シルビアの歌唱力に全員が拍手を送る。

 この曲のチョイスはもしかして、俺への警告のつもりか?

 最終回にはああなるという最悪の予言のつもりか?


 歌はうまいけど生徒たちの前で歌うような曲じゃないよね。少なくともトラウマを作りたくなかったらやめた方がいい。このアニメも少なくとも周囲に人が居ないことを確認してから見るように。家族と一緒に見たら気まずい思いをすること間違いないから。


「センセ」

「!!!」


 正直、ここ数か月の中で一番ビビった。

 振り返れば純真無垢な笑顔を向けるカレンがいた。

 思わず手に何か持っていないかを確認してしまう。

 カレンの手には黒光りする何かが握られている。


 俺にとってはそれは刃物よりも怖いものだった。


「歌っ「嫌だ!」」


 カレンの声にかぶせるような形で否定する。

 ちょうどシルビアの曲も歌い終わったタイミングだったからか俺の声は広間大きく響いた。


「あ、そういえば高城先生の歌って聞いたことない」

「聞いてみたい!」

「曲をどーぞ!」


 囲まれ逃げ場が無くなっていく。

 助けを求めるために誰かあてになりそうな人を探す。

 歩波は手で口元を隠しているが目を見れば笑っているのが分かる。あいつには最初から期待していない。

 

 座間先生はいつの間にか俺の傍を離れていた。

 多分飛び火になることを恐れたんだろう。


 水沢先生は……ダメだ。

 疲労で結崎先生の肩にもたれかかるようにして眠ってる。


「俺は歌いたくない」

「えー」

「一曲、一曲だけでいいから!」

「思い出にさせて」


「「「「お願い!」」」」


 生徒たちのお願いにはいささか俺も弱い。

 もう正直に言ってしまおうか。

 生徒を落胆させてしまう結果になるが聞かせるよりはマシだろう。


「……俺は音痴なんだよ」


 俺は歌は上手くない。

 高校の同級生が俺を一度誘ったがそれ以降は誘わなくなった。

 そいつらの感想は――


『黒板をひっかいた音の方がマシ』

『音中毒になる』

『明るい曲が呪詛に聞こえる』

『歌手に謝れ』


 などと中傷ものの苦情だった。

 俺が歌ったら思い出がトラウマに変わる。


「別に気にしませんから」

「歌ってよー」

 

 俺の言葉を謙遜として受け取っているのか生徒たちは仕切りに俺に歌わせようと迫ってくる。

 だんだんと身体も密着し始めるのでそろそろ不味い。


――もう一曲歌って楽になったほうがいいんじゃないだろうか。


 あまり人前で醜態をさらしたくはないが、今後無茶ぶりさせられるよりはいいのではないかと考える。

 今ここで恥をかくか、全校生徒の前で恥をかくかを比べれば今の方がよっぽどマシだ。


「…………下手なもの聞かされたって怒るなよ」


 俺はしぶしぶマイクを受け取ると生徒たちから黄色い声が挙がる。

 だが、それもいつまで続くか。


 俺は曲を選択し、ステージへと上がった。


涼香


「いやー、高城先生の歌すごかったね」

「酷かったの間違いでしょ」


 女子たちの話題は高城先生の歌でもちきりだった。

 私たちもお風呂に入りながら似たような話をしていた。


「最初っから最後まで音外しまくり」

「何で時々意味のないところで声が大きくなるんだろうね」


 まあ、なんというかちょっと……だいぶ酷かった。

 普段授業で聞いている声とは全く異なった音に私も思わず耳をふさいでしまっていた。先生が頑なに歌いたくないと言っていなのはわかる気がする。


「昔っから音楽が苦手でさ。合唱コンクールとかは全部口パクだったみたい。学校の音楽の評定も最悪で」

「それは悲惨だな」


 でも仕方がないと思う。 

 多分、合唱でもあの声は聞こえてきてしまうから。先生としては苦肉の策だったんだろうな。


 高城先生は歌い終わった後、何も言えない私たちを置いて大広間から出ていってしまった。顔が赤かったのはきっと私の気の所為じゃないと思う。


 先生が出ていったあと誰も口を開かなかった。

 江上先生は笑顔で固まって、座間先生は動きが制止していた。

 水沢先生は何か可哀そうなものを見るような目で高城先生を見ていた。

 音楽教師である結崎先生は一番ダメージを受けたのか座間先生に寄りかかって口元を押えていた。

 私たちも笑うこともできず、ただただ気まずい空気が大広間に広がった。


 あれから高城先生は姿を見せていない。きっと部屋に閉じこもっているんだと思う。


「まさか歩ちゃんがあそこまで歌が下手だったとは思わなかったなぁ」

「そうですね」

「声帯をきちんとコントロールできないからああなるんだよ」


 自分が声優としてレッスンを受けているのを棚に上げて歩波さんは高城先生の歌を批判する。


「あれはどうしようもないレベルだからね。歌だったらおにいに負ける自信はない!」

「アレ以下はさすがにいないでしょ」


 けれど、なんだか私はほっとしていた。

 先生ってなんでもそつなくこなせそうだったけれど、苦手なものがあったんだ。


「コンプレックスみたいだからね」

「私そうとは知らずに……」


 歌を進めたのはカレンだもんね。

 先生のコンプレックスを露呈させてしまった責任を感じていた。

 動画まで撮られてたからちょっとかわいそう。


「まあいいんじゃない。歌ったのは兄さんの責任なんだし、ああなることはわかっていたはずだよ」


 けれどもカレンはずっと気にしていて後で謝りに行くことにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ