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スキー研修 ⑤ カレン

 涼香は俺に伝えたいことを伝えると離れていった。

 彼女の頬が赤く染まっていたのは俺の気のせいではないだろう。


 あの告白を思い返せば俺も恥ずかしくなる。

 俺は頬に上った熱を冷ますために外に出た。

 部屋を出る際にコードなど防寒具は着用していたが肌が露出しているところはやはり寒い。

 

 飲みかけのコーヒーもすでに冷めてしまっており、それを飲み干すとごみ箱へ捨てる。

 深々と降る雪によって足跡はかき消され、誰も踏みしめたことのない雪を踏み自分の足跡をつける。


 新雪にぎゅっと足跡をつける感覚は、緩衝材のプチプチをつぶす快感に似ていてついやってしまいたくなる。気づいたら歩くことに夢中になって少しホテルから離れたところにいた。


 ホテルまでの道のりには雪かきによって集められた雪壁の中に証明が照らされている。あたかも、雪原にホタルが舞っているかのような幻想的な風景だ。


「………戻るか」


 熱のこもった頬は冷気で冷やされて冷たくなっている。

 自分の進んできた道のりを戻ろうと振り返る。


「うお!?」


 俺の後ろに雪ん子がいた。

 

「風邪をひいてしまいますよ」

「あ、カレンか」

 

 まあ、分かってましたけど。

 あたりには誰もおらずカレンだけのようだ。


「風邪をひくのはお前の方だ」


 カレンは学校指定ジャージのままだった。


「私の故郷はもっと寒いですよ」


 カレンは寒さを感じさせないほど柔らかい笑みを見せる。

 クリスマスの時にも似たようなことは聞いたがそれでも風邪は引く。体力のないカレンならなおさらだろう。


 俺はコートを脱いでカレンに着せる。

 カレンは俺のコートをぎゅっと大切そうにコートを握る。

 こういうことをするからカレンも俺も勘違いするのかもしれないが、自分だけ防寒具着用しているのはどうしても気が引けた。


「生徒の夜間の外出は認められてないぞ」

「センセがホテルの外にいるのを見かけたので」

「……俺は今から戻るところだ。帰るぞ」

「はい」


 カレンは特に用事はないようで、ただ俺が外にいたのを見かけたからついてきただけだったようだ。


「……星が綺麗ですね」

「……そうだな」


 カレンが星空を見上げて呟いたことに俺は同意した。

 冬の空気は澄んでいることや、光源も少ないので星がとてもよく見えた。

 しんしんと冷える冬の夜道は星空と淡い光の照明に彩られ、とても綺麗だった。頬に冷たい風が触れても見ていたくなる夜空だ。


 カレン


 文豪の夏目漱石が「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」と訳したというエピソードがあります。

 ストレートな言葉は口にしないけれど、ちょっぴり遠回しでロマンチックに愛を伝える。それで十分気持ちは伝わるのだ……と、漱石は言ったそうです。

 この逸話の真偽のほどははっきりしませんが、ともかく「月が綺麗ですね」が愛の告白をさすのだというのは結構有名な話です。日本の男性にはシャイな人が多いですが、当時はそれがもっと顕著な時代。面と向かって「あなたが好きです、愛しています」なんて言う男性はいなかったのでしょう。


 センセと一緒に夜の雪道を歩くというのは何ともロマンチックな気分でした。

 クリスマスの時の私にはそんなことを考えている余裕はありませんでしたが、この校外学習に何か思い出が欲しいと思った私はある言葉を思い出して口にしました。


「……星が綺麗ですね」


 「月が綺麗ですね」と似た表現に「星が綺麗ですね」という言葉もあります。

 こちらは「あなたに憧れています」という意味を隠し持つ表現です。

 この言葉の由来は、タロット占いから来ているのではないかと考えられています。

 タロットカードでは星のカードは正位置で「希望」や「憧れ」を表しています。「憧れ」を象徴するものとして「星」が使われるようになった説がありました。


「……そうだな」


 センセは気が付いた様子はなく私の言葉に同意しました。


 「憧れ」の意味も知らないセンセには「星が綺麗ですね」という告白には、「あなたは私の燃えるような気持ちを知らないでしょうね」という意味も分からないでしょう。


 二重の意味を持つ表現は相手がその裏の意味を知らなければ、正しく伝わりません。

 文学的な告白フレーズは、受け取る側が知っていることが大前提です。涼香さんならすぐに気が付いたかもしれませんが。


 ともかく相手が隠れた意味を知らなければ、伝わるのは額面通りの意味だけです。その言葉が告白として機能することはありません。


――手を伸ばしたら届きそうなのに……。


 近くにいるけれど、遠い人。

 私はセンセに触れようとした手を何とか抑えます。もうすぐホテルに着くので誰かに見られてしまうと色々大変なことになりそうですしね。


 そのままセンセとホテルに入りました。

 名残惜しいですがデートはおしまいです。



 ホテルに入ると南風のような温かい空気が俺たちを出迎えてくれる。


「残念ですけど、デートはここまでですね」

「おい」

「男女が2人で静かな雪道を歩くのは十分にデートだと思います」


 俺は呆れたように言うがカレンは嬉しそうだった。

 カレンは気が付いていないようだが俺はカレンが言っていた「星が綺麗ですね」の意味を知っていた。


 カレンは俺のことを遠い存在のように言うが決してそんなことはない。俺なんて大したことはないんだ。

 

 カレンが今思っている壁は年月が勝手に解決してくれるものだ。


 もしかしたら、将来的には俺の方がカレンを遠い存在と思っているかもしれない。


――……まあ、ありえない未来ではないだろうな。


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