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スキー研修 ④ 涼香

「…………ですので、いくら大学時代の後輩でも今は仕事中です。プライベートと勤務中は分けてくださいっ! それに、見つかったのが私でなかったら大変なことになっていたかもしれませんよ」


 俺は廊下の隅で水沢先生から説教を受けていた。

 ほかの子たちも付いてきたのだがライトアップされている外を見ながら結崎先生たちと話していた。ここには他の生徒たちもおり、水沢先生に説教されている俺を遠巻きに見ていた。


 今回のことは俺が悪い。

 遊びのようだがれっきとした学外研修の一環なのだ。そのことが無意識ながら頭から抜けていたらしい。


「本当に申し訳ありません。このようなことが無いように気をつけますので」

「………………あのシルビアさんって人は本当に高城先生の後輩ですか?」


 水沢先生の目に疑わしげな色が宿って見えるのは俺の気のせいではないだろう。

 

「はい。今はカレンの家で働いています」

「……カレンさんの……わかりました。色々と誤解されるといけないのでくれぐれも「密室」で「二人っきり」にならないようにしてくださいね」

「わ、わかりました」


 水沢先生が俺に念を押すように俺に詰め寄ると俺は黙ってうなずくしかなかった。

 当のシルビアはすでにこの場から離脱していた。


 水沢先生が他の先生方に呼ばれると俺は改めてライトアップされている雪景色を眺めに行く。

 一面に広がる銀世界。幻想的な氷のアート。

 冬ならではの美しい景色は心をそっと癒してくれる。ライトアップされているため絵本に出てきそうな佇まいだ。暖炉のあるラウンジが上品で居心地のいい空間を作る。


 暖炉の火にあたりながら、しんしんと積もる雪を眺めている人やホットドリンクを味わいながら、ゆったりと読書したりしている人もいる。

 上品なアンティーク家具に囲まれて、落ち着いた時間を過ごすことが目的として作られたようだった。


 暖炉やロッキングチェアが置かれたラウンジは、ゆったりした空気が流れる場所で夜に静かに語り合うのにぴったりだろう。ここでバカ騒ぎする空気の読めない人は生徒を含めいないようだ。


 自動販売機で珈琲を買うと俺はそれを飲みながら外の幻想的な雰囲気を楽しむ。

 冷え込む冬の日に、あたたかいコーヒーを手に、ゆっくりリラックスできるコーヒータイムは至福の時間だ。

 

 雪が降っている時に三日月が見える。

 海岸の場合には遠くの海上に雪雲があって、海岸の上空が腫れているような場合には、晴れていても雪が降ってくることがあるようだ。住んでいるところでは決してみられないであろう幻想的な景色に思わずため息が出る。


「綺麗だな」

「本当ですね」


 何気ない俺の一言に反応したのはいつの間にか俺の隣にいた涼香だった。

 周囲を見渡すが歩波たちは見当たらない。


 涼香


「じゃあ、1人ずつだからね。その間は誰も邪魔しちゃだめだよ」


 歩波さんの言葉の意味は私たちが高城先生と一緒に過ごすための時間の割り振りとルールだった。消灯まであまり時間もないからそんなに長く時間は取れないけれど、この郊外研修を少しでも2人で過ごすことができるのであれば贅沢は言わない。


 まずは私の順番からだった。


 コーヒー飲みながら外の景色を眺めている先生に近寄ると何気ない呟きに相づちを打った形で話かける。


「あれ? 他の子たちはどうした?」

「今は好きなように過ごしています。お土産とか見てるんじゃないでしょうか」


 私はさりげなく嘘をついて誤魔化す。


 私と先生は話しながら移動するとすこし静かな場所に出た。

 そこはライトアップはされていないけれど、月明かりが雪を照らしていて別に魅力があった。


「夏に来た時には見られなかった景色だな」

「雪月花という言葉もありますから」


 四季の自然美の代表的なものとしての冬の雪、秋の月、春の花がある。「その季節における最も美しい瞬間」という意味だ。

 冬の凛とした寒さは身を引き締め、凍えてしまいそうになるけど、澄んだ空気や夜空の星も美しく、昼間も雪の世界は真っ白でキラキラと輝いて見える。


「雪月花の時 最も君を憶ふ。『白居易はくきょい』という人の詩をご存知ですか?」

「聞いたことがあるな。確か前に本で読んだ……」


 先生に勧めた本の中にこの一文が書かれているものがある。先生もその本を思い出したようだった。


「私の呼んだの本では雪月花の時というのは、雪夜の晩に、花が咲いていて、月明かりが照っている時と解釈してました」

「……そうだとしたら凄く珍しい夜だな」

「すごく短い一瞬だけその人の事を想っているってことになりますね。あの小説にはものすごく切なくなりました」


 小説はたった一晩だけの短い恋物語だった。


「でも『雪月花の時 最も君を憶ふ』の本当の意味は『月夜の晩は貴方の事を考えてるそして雪夜の時もあなたを想っています』になりますね。私はこっちの方が好きです」

「そしたら、冬中その人の事を考えていることになる。さっきとは真逆だ」




「そうですよ。毎晩毎晩、好きな人の事を考えています1日も休まず……半年以上も……」

「……」

「止まらないんですよ。貴方・・の事を考えたくて、貴方・・の事を想いたくて……」


 私の告白を先生は黙って聞いている。

 応えがほしいわけではない。私の口から伝えたかっただけだ。



 『雪月花の時 最も君を憶ふ』


 たぶん、その時その時で思う人は違うのだろう。

 吹雪に吹かれて見る雪。暖かな部屋のうちから見る小雪。山に積もる雪。木々に積もる雪。一面の銀世界。


 春の穏やかな月明かり。冬に冷たく輝く月。ぼんやりした月。三日月。満月。雲がかった月。


 梅に積もる雪。風に吹かれる梅。何千本の梅の花。一本だけの梅の花。


 それらを眺めたとき、今までの経験や、関わってきた多くの人が、俺だけの感性に働きかける。


 俺は、誰かを思うのだろう。




 だが、今は間違いなくその言葉をくれた目の前で月に照らされる涼香のことを想っていた。


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