実行
ふんふんと鼻歌を歌いながら、自然とスキップになる。
さっきとは打って変わって、軽やかなステップで廊下をかけて行った。
ハッピーな気持ちだった。
急に立ち止まって、うれしさのあまりブキミに肩を揺らしていると、前から孝明が歩いてくるのが見えた。塁はドキッとして顔をこわばらせた。
「塁」
近づいて来て声をかけられる。
「は、はい」
「今日もかわいいね」
孝明がにこっと笑った。
顔を覗き込まれて、思わず目を反らしてしまった。
「夕べ、実行したんだ」
「は、はい……」
「いい子だね。塁は俺の言う事、何でも聞くんだもの。でも、約束を破ったよね」
「約束?」
塁は顔を上げる。孝明はにやりと笑った。そして、塁の背中を押して歩き出した。
「先輩……っ。どこに行くんですか?」
「どこでもいいだろ?」
「これから授業ですよ」
「授業なんてサボれよ」
「離して下さい」
もがくと壁に押さえ付けられた。
「痛いっ」
声を荒げると、目の据わった孝明に手で口を塞がれた。塁の顔が恐怖に引きつった。
「塁、ルールは守るためにあって、破るために作られたんじゃないんだよ」
淡々という口調に悪寒が走った。授業はサボれと言い、自分の命令には従えと言う。いいかげんな人だ。
塁は恐ろしさに震えながらも、雅人の言葉を思い出していた。唇を噛んで孝明を睨む。孝明はその挑戦的な視線を見て目を細めた。
「塁にはもっと重い罰を与えなくちゃ」
「い、嫌……。嫌だ……」
「だったら、俺の言う事を聞く?」
「え……」
さっき雅人先輩に言われたばかりなのに…。
塁は首を振ろうとしたができなかった。なぜなら、孝明が顔を寄せてきて、ぞっとするような声で囁いたからだった。
「そんなにびくつくな。俺もむちゃな事を言って悪かったなって反省していたんだ」
「孝明先輩……」
「今度は雅人に弟にしてくださいって言ってみて」
塁はギョッとして目を見開いた。
「何を言って……」
「雅人は完全なブラコンだよ。誰よりも弟が大切なんだ」
ブラコン?
「塁はただの後輩。あいつさ、よく頭を撫でるだろ? 癖なんだよね。年下を見たら弟と勘違いして頭撫でたりしてさ、気持ち悪いんだよ」
吐き捨てられたセリフに塁は悪寒が走った。
「どうして…ですか? 先輩は雅人先輩が嫌いなんですか?」
「うるさいな」
じろりと睨まれる。塁は体をすくめた。
「塁は俺の言う事だけを聞いていたらいいんだよ」
「でもっ」
「いいから、俺の言う事を聞いていたら、雅人には何もしないよ」
「雅人先輩に……何をするんですか」
塁は顔をしかめた。怒りが湧いてくる。
「それは塁が約束を破ったら分かる事だ」
塁は唇を噛んだ。
「塁」
冷ややかな視線の孝明を怖いと思った。
「俺の言う事聞けよ」
嫌ですとはっきり言えなかった。
そんな自分にもっと腹が立った。