カーディガン
がさごそ音がする。
「何……?」
塁は目をこすった。羽毛ふとんはぬくぬくしていて気持ちがいい。まだ眠っていたかった。その時、
「起きたか?」
頭の上から声がしたが、塁はまだ眠っていたかった。
「早く起きろ」
カーテンの隙間から木漏れ日が差している。朝なんだ、と塁は思った。
目をこすって仕方なくふとんから顔を出すと、雅人が教科書をカバンに詰めていた。
「…何しているんですか?」
「寝ぼけているのか? 今日は休みじゃないぞ」
ぼんやりとしていた塁は、ぱっちりと目を開けた。
「い、今何時ですか?」
「点呼前だ。心配するな」
それを聞いてほっとする。塁はもう一度、ふとんの中にもぐり込んだ。
「おい、何してる……」
「だって、まだ点呼じゃないんでしょう? もう少し眠りたいです」
「何を言っているんだ。早く部屋に戻れ」
「先輩……」
「何だ?」
「先輩は何であの時間に廊下にいたんですか?」
「トイレだよ」
すげなく言われてがっくりする。もしかして、雅人もゲームに参加していたのだろうかと思ったのだ。
「見ましたか? 馬に乗った武者姿の幽霊」
「見るわけないだろ。幽霊なんかいないよ」
雅人がきっぱりと言った。塁は一瞬きょとんとしたが、ぱっと顔を明るくさせた。
「そうですよね。よかった」
この事を報告すればきっと許してくれるだろう。問題が解決できて塁はほっとした。
「もういいから、早く戻れ」
「はい」
塁はしぶしぶふとんの中から出た。名残惜しくてたまらない。
「待て」
部屋を出て行こうとしたら、腕をつかまれた。
「はい?」
「まだ寒いからこれを着ていけ」
淡いブルーのカーディガンを手渡される。
「手編み?」
触るとふわりとしていて細い糸で丁寧に編み込まれている。
「俺が編んだじゃない。祖母がくれた」
雅人が憮然と答えた。
「ほら、着ろ」
言われた通りに羽織ると温かい。
「ありがとうございます」
「早く行け」
自分で呼び止めたくせに、追い立てられて塁はドアのそばで立ち止まった。
「先輩……」
お礼を言いたくて振り向くと、
「一人で部屋に戻れるか?」
と雅人が聞いた。塁は頷いた。すると、雅人は優しい顔になった。
「ほら、見つかると厄介だから」
「あの、僕……」
「雅人? 起きたのか?」
その時、隣の部屋から声がして、塁はびくっとした。
「孝明」
雅人がさっとドアを閉めた。塁は転がるように廊下を走った。朝日が差し込んで、光が溢れている。夕べの怖さなんて嘘みたいだ。
塁は部屋に戻った。俊一はまだ眠っているようだ。ホッとして息をつくと、雅人が貸してくれたカーディガンを脱いだ。それを抱きしめたまま布団にもぐりこむ。カーディガンを抱いていると、先輩の優しさになんだか心が温かくなった。思い出すと、胸がどきどきした。