夏の花火と浴衣の幼馴染
祭り囃が聞こえる。神社の鳥居の前、約束したのに来ない幼馴染を俺は待ち続けていた。
暑い、だるい、人が多い、帰りたい。高校二年にもなって、近所のお祭りにうきうき行こうとは思えない。
しかも事前にお祭りへ行く話をしたとき、幼馴染は浴衣を着て来ることに拘っていた。
「普段着でいいだろ」
「分かってないなぁ。普段見せない姿を見せることが大事なんだよ?」
「いや、俺は浴衣の男じゃなくて、女の子を見たくて行くんだぞ?」
「はいはい、分かった分かった。いいから浴衣を着てくること! いい?」
「お、おう……」
全く話を聞いてもらえなかったりもしたが、いつものことなので諦めた。
まぁつまり、俺は浴衣を着て待っている。夏っぽさは全開だが、どうにもこう緩い感じでスースーする。
スカートを履いている女子も、同じような気持ちなのだろうか? 落ち着かない。
……それにしても遅い。いつまで経っても来ない。
だから迎えに行くと言ったのに、待ち合わせることに意味があるだなんだと……。
風情とかはまるで分からないが、夏とはそういうものなのかもしれない。
相変わらず来ない幼馴染を、鳥居の前で待ち続ける。だがいくらでも待てる気はしていた。通る浴衣の女の子を見ているだけで、全然飽きないからな。
楽しい、幸せ。夏大好き。
お、今の子可愛かったぞ! 全身隈なく見させてもらいたい。あぁ、夏バンザイ! 浴衣バンザイ!
ぐへぐへと言いそうになるのを我慢していると、ポカリと頭が叩かれた。
「ちょっと! なんで電話しても出ないの! 準備に時間がかかっているから、電話したのに!」
「ん? 電話? 浴衣で荷物なんて持てないだろ?」
「袋に入れるとかあるでしょ! ……まさかお財布も?」
何もない両手を上げると、がっくりと肩を落とされた。
その後、ビニール袋に財布や電話を入れるのか? と言ったら、頬を抓られた。訳が分からん。
なにはともあれ、無事に幼馴染と合流。髪も後ろで纏めているし、なんか首元とかが艶っぽい。
白の浴衣に華の柄も、ぐっと来る。周囲にいる浴衣の女の子よりも、遥かに魅力的に見えた。
去年も、一昨年も、ずっとずっと見ている。毎年毎年見ているのに、なぜ今年はこんなに印象が違うのだろう?
良く分からず首を傾げて考えていると、彼女は髪を掻き上げる仕草をしながら俺を見た。
「その、やっぱり浴衣って男の人も色っぽいよね」
「落ち着かん」
「うん、そういうやつだよね。知ってた。……で、なにか言うことあるんじゃない?」
まぁ毎年毎年言われているのだ、馬鹿でも無い限り、彼女の求めていることが何かくらい分かる。
そして当然俺は馬鹿ではない。なので、一つ頷き答えた。
「借りたお金は明日返すので、今日はよろしくお願いします」
「……馬鹿! アホ!」
「冗談冗談、とっても可愛い、似合ってる。今日一緒に過ごせる俺は、世界で一番の幸せ者です」
「芝居がかった言い方だけど、まぁ許してあげよう」
「へへぇ! ありがたき幸せです!」
こんな馬鹿なやり取りをしつつ、俺たちは屋台を回った。
屋台を回り、焼きそばを食べ、出会った知り合いにからかわれ、逃げるように移動をする。
移動した場所は、花火がよく見えるスポット。カップルご用達の場所だ。
俺たちは、毎年ここで花火を見ていた。
暗い中、花火が上がるのを静かに待つ。隣にいる彼女が、汗を拭う姿がエロ……失礼、色っぽい。
来年も再来年も、こんな風に花火を見ているのだろうか? ずっと一緒に。
お互い言葉も無く待つ中で、俺はそこはかとない不安を感じた。
本当に? ずっと? 変わらない?
変わるわけがない。俺たちは幼馴染で、それは一生変わらない。
しかし、ずっと一緒とはいかない。そういったことを考えだしたことにより、俺は漸く気づいた。
「あっ」
「どうしたの? トイレ? 花火の前にちゃんと行っておかないから……」
「俺、お前のこと好きだ」
「……は?」
ひゅーっと音がし、花火が上がる。
どーんっと破裂したことで、周囲が一瞬明るく照らし出された。
俺と彼女は、今年一発目の花火を見ることなく、お互いの顔を見ている。
花火で照らされた彼女の顔は、真っ赤に染まっていた。
うんうん、まぁこんなもんだろう。
すっきりした気持ちになり、彼女の手を握ってみる。思い切り甲が抓られた。
しかし、手が離されることはない。むしろ強く握り返された。
俺たちは来年も、同じ場所で花火を見るだろう。
来年だけでなく、再来年も、その次の年も。ずっとずっと……。