エイプリル・ワン
夜の戸張を縫うように、細い水滴が降り注いでいた。
夏の終わりを告げるような冷たい雨に濡れ、男二人が薄暗い路地にて対峙している。
一人はレザージャケットにレザースラックス、レザー手袋、レザーブーツと全身革製の服にフルフェイスのヘルメット。全身黒塗りのライダーらしき男。
もう一人は綺麗に染め上げた金髪をオールバックにした、白いスーツ姿の若い男だ。
「あんた、どこの人間だ。誰に雇われた!?」
自然に立つライダーに対し、スーツの男は胸元に頑丈なアタッシュケースを抱え、酷く怯えている。
ライダーは答えず、無造作にスーツの男に歩み寄った。
無意識に後退るスーツの男が背を壁に打ち付け、その顔が恐怖に酷く歪む。
男がベルトに差したハンドガンを取ろうと右手を伸ばすのと同時、ライダーは地面を滑るような動きで男に迫る。
両者の右手が互いの頭を狙うように伸びた。
「来るなっ!」
男の顔が引き攣る。
そして見た。何かを掴むように痙攣する空の右手と、眼前に迫る銃口を。
男がそれを自分のハンドガンだと理解するより先に、一つの銃声が響く。
銃弾は額の真ん中を撃ち抜き、頭蓋を砕き、後頭部に大穴を開けて抜け。廃ビルの薄汚い壁に脳漿をぶち撒けた。
即死だ。
糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる男。その胸にライダーは銃口を向け、続けて鉛玉を撃ち込む。
止まらない銃声。
マガジンに残る七発を撃ち尽くしスライドが下がると、引き金を絞る指がカチカチと乾いた音を数度響かせた。
役目を終えた銃を、ライダーはくるくると手の中で回して遊ぶ。
硝煙が雨粒の中で踊り、消えた。
それは“今死んだ男が”よくやる癖だった。
ライダーは名も知らない死体に語りかける。
「射撃の腕は今一つだが、手遊びは上手だな」
死人に口はなく、雨音だけが薄暗い路地に響いた。
ライダーは弾倉の空になった銃を投げ捨て、地面に転がるアタッシュケースを左手で拾う。
そして、黙して語らぬ肉塊となった男の前で屈み、金髪を右手で掴んだ。
サイコメトリー。
有機無機に関わらず、触れたものの記憶を読む能力。
通常であれば断片的記憶を読み取る程度の超能力だが、ライダーのそれは違った。
達人に使われた刀であればその記憶、技術を自分の物とし、殺めた人の数から、鍛練の一部始終までをまるで自分の記憶のようにすることのできる完璧なサイコメトリー。
それが《黒の担い手》と呼ばれる男の能力だ。
ライダーは男から手を放すと立ち上がり、フルフェイスのヘルメットに備え付けられたボタンを押す。
数秒を待たず、通話が繋がる。
「終わった」
『エイプリル・ワン、お疲れ様。何か問題は?』
淡々としたライダーの言葉に対し、通話相手の女性と思われる声には確かに相手を気遣う気配が感じられた。
「問題は無い。死体の処理と、手に入れたアタッシュケースの回収を頼む」
『流石ね。回収班ならもう向かわせているわ』
「そうか。……この男も大した情報は持っていないようだ。後でレポートに纏めて送る」
『いつもありがとう。次の依頼はまだ決まっていないから、また後程送るわね』
「ああ」
『数日はゆっくり休んでちょうだい。おやすみなさい、エイプリル・ワン』
「ああ、おやすみ」
通話を終え、エイプリル・ワンと呼ばれた男は路地裏の奥へと消えていく。
雨音が強くなる。真夏が恋しくなる、寒い夜だった。