殺音③
全身が壊れるんじゃないかって思った。反鏡魔術の鏡に入らなかった音の攻撃のせいで辺りに砂埃が立ち上がって爆発した影響で真横から飛んでくる破片に痛めつけられながらも立つ。反鏡魔術は確かに発動して攻撃を受け止めることが出来た。でも、その攻撃の威力は想像以上に大きい。反鏡魔術は攻撃を100%跳ね返ることは使う魔術師の力量に左右される。結界と特性はお同じで耐久値がありそれが0になった瞬間、壊れてしまう。物理結界とかと違うのは常に魔力を流し続けて耐久値を回復することが出来るということだ。ここで勢いに負けたら私の強さを信じてくれた仲間に申し訳ない。
「負けるかー!」
杖を地面に刺して衝撃を耐える。そして、跳ね返す。音の攻撃は甲高い音を響かせながら上空にいるクロスに向かって攻撃を跳ね返す。その攻撃はあたりに上がった砂埃を吹き飛ばし、遥か上空の雲を斬り裂いた。
だけど、その攻撃はクロスに当たることはなかった。
笑みを浮かべるクロスを睨みながら全身を襲う痛みに膝から崩れる。それを杖で何とか踏ん張る。そこで見てしまった現実。
「え?」
周りにはまるで無数の隕石が落ちてきたかのようなクレーターがいくつもできている。そして、そのいくつかクレーターには血が溜まっている。中で肉の塊が浮いている。周りを見渡せば、体が下半身なくなってしまった者、胸に大きな穴が空いてしまった者、気の陰に隠れていたものがその木ごと体の半分くらい消し飛ばされてしまった者、氷属性の魔術で防御しようとしたものの音の攻撃は氷を貫通して胸を貫き動かなくなる者、そして、私の真横には横腹から大量の血を流したままの動かなくなった恵美さんの姿があった。
私の後ろでは翔平さんとリーダーとあの小さい男の子が無傷だった。でも、すぐ横にいた恵美さんは大けがを負って動かない。
「めぐ・・・・・恵美さん?どうしたんですか?なんで動かないんですか?何か話してくださいよ。ねぇ?」
体を触れると力の入っていない体は異常に重くそして、体温は下がっていく一方でどんどん冷たくなっていく。
杖を投げ捨ててすぐさま回復を魔術のカードを探す。
「ま、待ってください!すぐに治してあげますから!だから・・・・・だかた!死なないで!」
ぼろぼろと流れる涙のせいで視界がしっかりしない。
だって、おかしいよ。恵美さんのいたところは私の反鏡魔術の有効範囲内だった。確かに途中で発動に失敗して範囲が少し狭くなってしまった時もあった。でも、なのになんでそんな怪我を負ってるの?どうして私の言葉に反応しないの?どうして動かないの?どうして冷たくなっていくの?どうして・・・・・どうして・・・・・。
「どうしてなの・・・・・」
私の動かす手は止まる。
瞳を閉じたままの恵美さんの方を見て言う。
「恵美さん確か生き物が好きだからってそういう関係の仕事とかに就きたいとか言っていましたよね。私が水族館とかいいんじゃないですかって言った時に本気で考えてましたよね。ダメですよ。生きないと何もできないですよ。・・・・・だから、だから」
すると横を素通りする影が3つ。
「アキ」
翔平さんの声だ。顔を上げると手に土属性の魔術で発動させた棍棒を構えて、小さい男の子は氷柱を手に持っている。そして、顔をこちらに向けずに背中だけを私に意思を現実を伝える。
「もう、恵美はダメだ」
その現実を告げられて私の流れる涙は一層多くなる。そんなことは分かっていた。だって、もう動かないし、冷たくなっているし。怖かったのは私を信じてくれた恵美さんを守りきれなかったことを知ることだった。力が一気に抜けてその場で膝から崩れ落ちる。
「でも、俺たちは守ってくれた。そのおかげで俺たちはほぼ無傷で済んだ。それは誰でもないアキのおかげだ。ありがとう」
それに続いて残りのふたりもお礼を言ってくれた。その声はどこかかすれたような口ごもっているようなそんな気がした。
「だから、この救ってくれた命を俺たちはアキの望みのために使う!」
私は気付いた3人とも涙を流していた。地面にぽたぽたとしずくが落ちる。悲しいのは悔しいのは私だけじゃない。自分が弱くて無力だって思っているのはみんなそうだ。
「お願いです。敵をお願いします」
「そんなこと美嶋さんに言われずとも」
「やって見せますよ」
3人とも目にたまる涙を拭き取って武器を構える。
「行くぞ!」
翔平さんの威勢のある声に続いて残りのふたりも声を上げる。クロスは笑みを浮かべながら地上に静かに着地する。
「威勢がいいのはいい。そういう危機的状況に陥った奴ほど戦っていて楽しいものはないからね!」
翔平さんが岩の棍棒で砂埃を起こして視界を再び遮る。
「音を敏感に聞き分けると言ってもこれだけ雑音があったどうだ」
翔平さんが乱暴に岩を砂埃に向かって撃ち続ける。きっと、あてる気なんてさらさらない。でも、ぶつかると轟音を立ててさらに爆風を発生させる。ぶつかる音と風の音と威勢のいい翔平さんの声で辺りは騒然となっている。
「右から回り込め。そうだ」
リーダーが小さに男の子に小声で細かい指示を送っている。
「そこだ!」
クロスの背後にはすでに小さい男の子が氷柱を構えて向かっていた。距離からして1、2メートルと言ったところだ。さすがに今からでは対応できない。翔平さんが思いきり暴れたおかげでひそかに動くふたりの音はさすがに聞き取ることが出来なかったのだろう。
「躊躇なんてしない!あんたのせいでみんな死んじゃったんだ!」
氷柱を突き立ててクロスに襲い掛かる。
「その威勢は気持ちいいじゃん」
そういうと男の子の真下から甲高い音と共に爆破が発生してそのまま吹き飛ばされる。クロスはその爆発には巻き込まれていない。
「あの程度で私の耳を封じたつもりだったら心外じゃん。私の耳はその程度じゃ無駄じゃん」
そのままカスタネットを鳴らして動けなくなった男に向ける。
「君は弱いから邪魔」
その引きずる顔は恐怖だった。
「止めろー!」
リーダーが間に入る。手には先が折れて尖った枝が握られていた。それを構えてクロスに向かっていく。教術師は陣と十字架なしで魔術を発動できるが発動できるものはひとつ限られていてさらに他の魔術を使うことが出来ない。リーダーは透視の教術使い。それ以外にはなにも魔術を使えない。
「ダメ!逃げて!」
その声はクロスの攻撃の音に掻き消される。そして、その音はリーダーの胸を貫通して背後にいた男の子の半身を吹き飛ばした。
「せっかくかばったのに残念じゃん」
目の前で起きた現実に絶望した。
「テメー!よくも!」
翔平さんが土属性の岩の棍棒を携えてクロスに攻撃する。だけど、それはいとも簡単によけられる。
「はいはい。がんばって」
「なめやがって!」
何度も何度も殴りにかかるけど、当たらない。
相手の圧倒的強さに絶望した。
「クソー!」
岩の棍棒をクロスに向かって殴りかかるのをクロスはカスタネットを鳴らして手に音を宿らせて岩の棍棒を割り砕く。
「君の威勢に敬意を賞して殺し方を変えてあげる」
カスタネットの音を離れた私ですら耳が壊れそうなくらいの甲高い超音波のような音に変わる。その音が帯びた手を、武器を破壊されて無防備になった翔平さんの額に当てるとその音が翔平さんの額に停滞した。
「ああああああああぁぁあぁぁぁぁぁぁああーーー!!!」
両耳を塞いでその場で暴れる。
「その音は直接脳に響いて脳そのものを揺らす。それはまず平衡感覚を破壊し、視力を奪い破壊し、そして、最終的には脳そのものを破壊する」
耳を押さえて暴れて足がもつれて転倒する。そして、目からは血が流れ出す。そして、まるでスイカを落として割れて中の果肉が飛び出してかのように翔平さんの頭が弾き飛ぶ。その返り血はクロスの頬につく。それをなめるとにやりと笑みを浮かべる。頭が弾き飛んだ翔平さんは動くはずもない。
自分たちの弱さに絶望した。
「さて、次はアキちゃんじゃん」
ゆっくりと歩み寄ってくるクロス。でも、私は逃げることもできずただ回って来た死を受け入れるしかなかった。
私の最後はただ絶望しかなかった。
「さようなら」
カスタネットを鳴らして音を宿らせて私の額にゆっくりと近付けていく。私も翔平さんと同じように死ぬんだ。痛いのかな?苦しいのかな?
もう、考えるだけの気力なくてただ涙が溢れる。恐怖のせいなのか無力さのせいなのかきっとそれでもない。全部は絶望のせいだ。
「絶望するにはまだ早いぞ!」
クロスの手と私の間に一枚の結界が発生する。
「何?」
クロスは音で何かに気付いて一度私から離れるとクロスを囲うように結界が張られる。
「・・・・・牢獄結界」
結界の中でも対象者を捕まえることを目的とした結界。その壁に触れる者ならば、針が突然生えてきて壁に触れさせないようにする攻撃力をほとんど持たない無属性光属性の中でも小さいながら攻撃をすることのできるものだ。こんなものをこの場で咄嗟に使える人を私は知っている。
「あの大殺音響の中でアキちゃんに守られた子以外にも生き残りがいたじゃん」
「しゅ・・・・・・脩也さん」
涙でかすれる視界の先には確かに立っていて呼吸もしている脩也さんの姿があった。でも、その姿は想像以上に痛々しいものだった。見た物が現実として受け入れることが出来なくて確認してしまう。
「脩也さん・・・・・左腕はどうしたんですか?」
脩也さんの左腕は肩から先にかけてなくなっていて傷口あたりには乱暴に包帯代わりの布を乱暴に巻きつけてあった。その包帯には血がしみ込んで赤くなっている。
「どうしたもこうしたも見ての通りだよ。そのおかげか何人かは無事だ」
「何人か?」
少し不機嫌そうな表情を浮かべるクロス。
「どういうこと?」
「防衛結界を3重で展開して防御した。威力が高くて僕の左側にいたみんなは死んだよ。右側は比較的被害が少なくて何人かは助けを呼びに行ったよ」
生き残っている人がいる。私以外にも。
「それで君は何しに来たの?」
「生き残った者がいないか探しに来た」
脩也さんは近くで頭から血を流したままの翔平さんやリーダーの姿を見る。
「戦闘の音がしたから急いできたみたら仲間が死に物狂いで戦っているなんてね。正直、クロス・ハイドンに勝てるはずもないんだよ。僕たちに魔術を教えてきた先生たちですら全く歯が立たなかったんだ。僕らが束でかかった程度で勝てるわけがない」
脩也さんの言うとおりだった。全員で一斉にかかるよりも数人を助けに呼びに行けるようにするための好きくらい作れたかもしれない。それを私が全員で一斉攻撃するように指示してしまったせいでみんなが死んでしまった。私を信じてしまったせいで・・・・・。
「こんなもので捕まえた気になってるの?」
カスタネットを鳴らして結界に向かって音を打ちこむとものの見事に結界が破壊されて崩れ去る。もう、どうしようもない。脩也さんの言うように勝てるはずがない。希望も何もない・・・・・・。
「でも、希望はある」
その言葉に私は顔を上げる。
「強大な敵を目の前にして命の危機に瀕した時に眠ったままの才能や力が開花する可能性がある。そういう可能性があるものがこの魔術師官学校に通い、日々自らの魔術を極め才能を開花させるべく鍛錬してきた」
脩也さんは残った右手をかざすと五芒星の陣が浮かび上がり右手付近に作った結界が棘状に組み立てる。
「僕は魔術という無限の可能性を信じて戦う。それが例え自分の身を滅ぼすことになったとしても、きっとそこに希望があるから!」
結界で作った棘を構えてクロスに向かって突っ込んでいく。
「無謀じゃん」
クロスはカスタネットで音を鳴らして攻撃してくる。脩也さんはそれを右手に宿した棘状の結界を広げて攻撃を防ぐ。でも、音の攻撃はその結界を容易に貫く。その一瞬だけ出来た間を使って攻撃を避けてクロスの懐に再び作った棘状の結界を構えて飛び込む。
「脩也君だっけ?結構やるじゃん。でも、所詮その程度でしょ!」
近づいて棘状に作った結界で刺しかかろうとするもその結界を音を帯びた手でつかまれて簡単に破壊される。左腕がなくなってしまった脩也さんにこれ以上の追撃が出来るはずもなく、クロスは開いた手でカスタネットを叩くためにゆっくり手を沿えようとするとそれを拒む壁がクロスの手とカスタネットの間に発生する。
「ん?」
それは脩也さんの結界だ。
「音を発生させなければ、お前も怖くない!」
掴まれた腕をほどいて針状に結界を作り攻撃する。気付けば、クロスの装備していたカスタネットの周りには結界が張ってあって簡単には触れられないようになっている。さすがに防ぐことはできずにクロスは舌打ちをしながら飛び退いて避ける。
「結界を作る教術って言うだけ珍しいのにこんな風に結界を使う奴も初めて。お前おもしろいじゃん!」
するとクロスは両手を口の前に当てる。
声で音を拾う気だ。
それを見た脩也さんはクロスの両手を囲うように結界を張って声を手に当てないようにした。
「くそ!」
脩也さんの攻撃を結界で覆われた両手で防ぐ。すぐに結界を解除されると察知したクロスは攻撃をはじく。クロスの両手の結界は弾け消える。すぐさま、声を出して両手に音を蓄えた。
「終わりだ!」
両手の音を撃ち出して甲高い音を鳴り響かせながら地面をえぐりながら音の塊が脩也さんを襲う。
「反鏡結界!」
脩也さんが右手を突きだすと鏡のように丸い結界が出来上がる。
反鏡魔術と類似する結界だ。すべての結界を使うことが出来る脩也さんが最近見つけた結界のひとつだ。
「え?」
予想外のことに固まるクロスに跳ね返って来た音の攻撃を直撃する。勢いに負けて体が後方に吹き飛ばされて木にぶつかり止まる。吐血して直撃した腹を痛そうに抑える。
初めてあのクロスからダメージを与えた。
「予想外。反鏡魔術を使う奴がもうひとりいたなんて」
「だから言っただろ。可能性の秘めた者が多く存在すると。それがまさか僕自身が含まれていないとでも思っていたのか?」
「自信過剰で気持ち悪い」
「そのくらいの自信を持っていかないとこの世界では生き残れないことを知っているものでね」
脩也さんは左腕がなくなってしまって、さらに向こうは脩也さんの展開する結界を優に超えるだけの攻撃力を持っている。どう考えても不利なのに彼はそれをものともしなかった。はねのけて見せた。自分の可能性を信じて、生きるために、そして、
「僕は政治家になるって夢があるんだ。そのためにもこの国を君たちのような強引で悪質な組織なんかの手中に収めさせるわけにはいかない。そのためにも僕は戦う」
「それは素晴らしいじゃん。尊敬する。そんな夢を持っているなんてね。でも、君みたいな強い奴とかそういう強い執念とか生きるための強い意志とかそういうのを持っている奴とやるのが楽しいんじゃん」
急にクロスののうのうとした雰囲気が鋭いものに変わった。
カスタネットを鳴らして爆発したような破裂音を発して脩也さんに突っ込んでくる。結界を張るもそれを簡単に突き破ってくる。そして、音を帯びた右手が脩也さんの胸を貫通する。
「・・・・っか・・・・は。な・・・・・いきなり・・・・・どうやって」
「ごめんごめん。ついにムキになって本気出しちゃった」
見えなかった脩也さんに向かっていくクロスの姿が。
「音って時速何キロか分かるかい?350キロ。1時間で350キロも先に進んでしまう。音は高くなれば高いほど空気をたくさん振動させる。それは物を破壊する超音波にも等しくなる。私はその音をその音速で撃ち出すことが出来る。そんなものに弱い弱い人間がぶつかったらどうなるか簡単じゃん」
脩也さんの耳元でささやくように告げる。分かり切った簡単な単語で。
「死ぬ」
脩也さんを貫通した腕をクロスは引き抜くとそのまま大量の血が噴き出て倒れて動かなくなる。
「しゅ、脩也さん?」
私の返答には答えてくれない。
「ハハ・・・・・・アハハハハハ!はぁ~、久々に楽しかった!」
高々と笑いながら言う。
腕がなくなり、胸に大きな穴の開いた脩也さん。将来は政治家になりたいって言っていた。脳がはじけ飛んで目から鼻から口から耳から血を流したままの翔平さん。戦うことを嫌い土属性魔術を生かした建築関係の仕事をやりたいって言っていた。横腹から大量の血を流してまるで眠っているような恵美さん。生き物が大好きで水族館にでも就職しようかなってこれから考えようとしていた。みんなそれぞれに夢があって未来がある。明日の予定も明後日の予定もあった。夏休みになったら学校の敷地の砂浜で遊ぼうかなって計画していた。
それはもう二度と叶わない。絶対にもう・・・・・二度と。
それはなんで?それは死んでしまったからだ。
なんで死んでしまったの?それはクロスという凶悪かつ強敵を目の前にしたから。
どうしてこうなったの?私が弱かったから。
私はなんで弱いの?力がないから。
本当に力はないの?・・・・・・・それは。
私にはあったはず。レベル4の反鏡魔術も同じく幻影魔術も、それ以外にも周りには使えないような魔術を私は使える。それなのにどうして私はひとりになったの?どうしてみんな死んでしまったの?それは・・・・・・それは・・・・・。
「さて、そろそろお暇しようかな。そこにいる抜け殻を始末したら」
体を伸ばしてゆっくり近寄ってくるクロス。
結論が出た。
私は信じていなかった。仲間を自分を。
「ハハハ」
「ん?」
「アハハハハハハ!ハハハハハハ!キャハハハハハ!」
突然笑い出した私を不気味に思ったクロスが近寄るのを一瞬だけ拒む。
「そうよ。私は結局のところ誰も守る気なんてなかったのよ」
「・・・・・・なんかしゃべり方が違うじゃん」
「少し人より違う魔術が使えるだけでかわいがられただけ。強さを過信していたがためにこれだけの被害が出てしまった。みんなの未来を断ち切ってしまった。これは誰のせいだって言われたら私のせい!強い強いすごいすごいと言われていた私が弱かったせい!」
「急にどうしたの?」
「だったら、見せてやるわよ!」
なんかすべてが吹っ切れたように体が急に軽くなったように立ち上がる。
「あんたぶっ殺してあげるわよ!」
杖を構える。
この時に私の中で何かが産声を上げた。