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誰も知らない神の前章  作者: 駿河留守
魔女の産声
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殺音①

「そろそろ、午後の実習ですね」

「もう少しゆっくりしていたいものだわ」

「甘ったれるな」

「脩也は厳しすぎないか?」

「翔平のそのいい加減な性格を治さない限り建築は無理だぞ」

「べ、別にいいだろ」

 くすくすと恵美さんと笑いながら集合場所に向かう。

「美嶋さん」

「ああ、どうも」

 チームリーダーと同じチームの小さい男の子だ。

「ついに反鏡魔術が見られるのか!楽しみだぞ!」

「遊びじゃないんだぞ」

「なんでいつも脩也はそうやって気が抜けるようなことをいつもいつも」

「まぁ、いいじゃないか」

 膨れっ面になる男の子をリーダーがなだめる。

「午後からは無属性魔術を絡めた連携実習をするので、要は美嶋さんなので頼むよ」

「は、はい」

 こうやって誰かに頼られるって言うのは何度言われても照れる。

 学校の敷地である森は高い木々が立ち上って生い茂る木々が日差しを遮っているせいで背の低い草は生えていない。なので森の中はそれなりに見渡すことが出来るのでどこに誰がいるか大体把握することが出来る。だから、部外者がいたら普通に気付くはずなのだ。

「なんか楽しそうじゃん」

 木の影から出てきたのは深緑色のズボンの腰のところにカスタネットとハーモニカを吊り下げて紺色のパーカーを着て耳にはヘッドホンを付けたボーイッシュな感じで一瞬だけ男の人に見えたけど、パーカーの上からほのかに胸のふくらみがあって鼻が低く赤い瞳を持つ整った顔立ちをしているので女の人だって分かった。でも、知らない顔だ。

「誰ですか?」

「誰でもいいじゃん」

 何か変な感じがした。どこか住んでいる世界が違うような私たちとは雰囲気が違った。

「ここは魔術師官学校の私有地だぞ。部外者が入ってきていところではないぞ」

 脩也さんが前に出る。

 ここは危険な魔術を使用する場でもあるので部外者の侵入を固く禁止している。

 たまに面白半分の度胸試しで小学生が入ってくるようなことはあった。でも、この人は何か違う。どこか怖い感じがする。

「なるほど、ここは魔術師官学校の敷地なのか。となると君たちは魔術師になるためにここで訓練を受けているってことか?」

「だからなんだよ」

 この人から漂う私の知らない雰囲気が気に入らないんだろう。翔平さんが強面の顔を利用して威嚇する。

「そんな怖そうな顔しなくていいじゃん」

「迷い込んだのなら外まで案内するけど」

 リーダーが女の人を味方となって声を掛ける。

 確かにこの敷地は広くて迷い込んでしまったのなら分かる。でも、迷い込んできたのならもって焦っている感じがしてもいい。この妙に落ち着いた感じとこの見晴らしのいい森の中でどこから湧いて出てきたのか、不思議な点が多い。

「お前らいつまでそんなところにいるだ?」

 野宮先生がやって来た。

「ああ、先生。部外者がいます」

 刺すように脩也さんが報告する。

「迷ったのか?」

 先生が尋ねても特に私たちの時と態度を変えずに答える。

「別に迷ったわけじゃない。ちょっとした用事でこんな東の果ての国に来ただけじゃん」

「用事?」

 目の色からして日本人ではないことは分かる。

「君たちのところにも状況は知れ渡っていると思うけど、今起きている戦争が混線し長引いていることを」

 戦争という単語を聞いた瞬間、私たちのスイッチが切り替わる。

「どういうことだ?」

 野宮先生は腰に装備している魔術グッズに手を伸ばしつつも聞き出せることを聞きだそうとする。女の人はそれに気づいている風な感じはしたけど、気にしないで続ける。

「この停滞して混乱を大きくするだけのこの戦争に利点はほとんど存在しない。逃亡軍もどこかに本気を出せば追いかけるイギリス魔術結社を返り討ちにするだけの力を有しているのにもかかわらずそれをしてこない」

 世界で名の高い教術師を3人も抱えているんだからそれは確かにそうだ。

「それでも、彼らは逃げ続けている。まるでどこかを目指しているかのように」

「どこか?」

「そのどこかに行くために彼らが移動しているのだとしたらどう思う?」

 逃亡軍は今朝鮮半島にいる。あのままだと海を背に追い込まれる形になってしまう。

「・・・・・まさか」

「そこの彼女は気付いたみたいじゃん」

「なるほどな」

 次に頭の回転力なら学年一の脩也さんが納得する。

「君が言いたいのは逃亡軍がどこか落ち着けるような土地をあらかじめ決めていると。それがこの日本ということか」

 イタリアからは海路を使うよりも陸路を使った方が圧倒的に楽だ。そのせいで戦火が世界中に広まったことになる。

「そうなると君はイギリス魔術結社の使いか何かか?」

 脩也さんが真実を突きつける。

「ご名答。君頭いいじゃん。私はイギリス魔術結社、七賢人第二の賢人のクロス・ハイドンだ」

「七賢人第二だと!」

 野宮先生が驚きをながらも魔術を発動させて右手に氷の刃を生成する。私たちも距離を置くために一歩後ろに下がってそれぞれが魔術を発動させるための道具を取り出して構える。

「え、えっと七賢人って何?」

 小柄な男の子が私に尋ねる。

「お前バカか!」

 翔平さんが怒鳴りつける。それは焦りによるものだ。

「七賢人って言うのはイギリス魔術結社の幹部の総称だ!しかも、その第二だぞ!」

「つまり、彼女はイギリス魔術結社の二番目に権力を持ち、強さを誇る人物だ」

 最近、社会科で習ったばかりのことだ。それ以外にもニュースとか新聞とかでも結構出てくる名前だ。まさか実物に出会えるなんて本当に光栄だよ。でも、クロス・ハイドンっていう人物の名前を聞いていい印象を持つ人なんてそうそういない。

「先日、逃亡軍がいると思われるモンゴルの遊牧民族の村が一夜にして廃墟となった。女子供、飼っていた家畜に至るまで皆殺しにされていた。その主犯と目されたのがクロス・ハイドンだ。人を殺すことに何の抵抗も抱かない破壊者(バーサーカー)

 脩也さんが大粒の汗を滴らせて言う。

「覚えてもらっていているなんて私も有名になったものね」

 悪い意味だけど。

「骨のある奴がひとりもいかくてつまらなかったものよ。結局、逃亡軍いないし最悪じゃん」

「そんな・・・・・そんな軽々しく人を殺したのか!」

 翔平さんが魔術を発動させた五芒星の陣が発生して手のひらに無数の岩の塊が発生してそれをクロスに向かって投げつける。その勢いはまるで隕石のようだった。

「待て!早まるな!」

 野宮先生が止めようとしても遅くて岩はクロスに向かって一直線に飛んでいく。それをクロスは指を鳴らした瞬間、岩が一瞬で粉々に砕いて攻撃を防いだ。

「おいおい、一応私はただ交渉材料を取りに来ただけなんだ。あんたみたいなクズみたいな魔術師の相手なんてする時間の無駄だよ」

「何だと!」

「落ち着け!翔平!」

 脩也さんたち男性陣が止めに入る。

「今のって翔平が使う魔術でも一番強力な奴よね」

 恵美さんが震えながら言う。あの魔術は土属性魔術の中でも攻撃の威力と重みと弾数のあるもので防ぐのは容易ではない。それをクロスは指を鳴らしただけで防いだ。一体何の魔術を使ったの?手ぶらのところを見るとおそらく教術師だ。

 クロスはなんともない涼しい顔をしたまま呆れたように言う。

「先生。もう少しましな魔術師を育ててくださいよ。出ないとおもしろくないじゃん」

 翔平さんの魔術の発動によって周りにいた生徒や先生が集まって来た。

 野宮先生がひとりの女の先生に目線を送ると頷いて校舎のある方に走って行った。

「お前の目的はなんだ!」

「だから、さっき言ったじゃん。交渉材料を取りに来ただけなんだって」

「交渉材料だと?」

「そうそう、でもその前に」

 再び指を鳴らすと爆風ともいえる風が発生してクロスは中を浮いて電光石火のごとく飛んでいった。そして、校舎に向かう女の先生の目の前にまで飛んで行った。

「ちょっと部外者は困るのよね」

 光のようなスピードに女の先生は反応出来なかった。クロスは先生のお腹の前付近で再び指を鳴らすと爆風が先生を襲いそのまま木々をなぎ倒してながら吹き飛んで行って砂浜に墜落した。全身傷だらけになった先生は動かなかくなった。

「これで落ち着いて話せるじゃん」

「き、貴様!」

「まぁまぁ、落ち着いて。あの程度の魔術師なんて世界中に腐るほどいるじゃん」

 なんとも思っていない。人を殺すことに何の抵抗も感情もない。

 突然、顔の知る人が死んでどうしていいか分からない。

「なんかさっさと言わないと、襲い掛かってきそうじゃん。何度も言うけどここにわざわざ来たのは交渉材料を得ること。日本政府と交渉するための人質を得ること」

「政府と交渉」

「普通に交渉しようとしても何も応じてくれないじゃん」

 それはあなたたちがこうやって強引に物事を進めるからだ。

 イギリス魔術結社は元々強引な力任せな交渉をすることでも有名なのだ。それは今の総帥デゥーク・リドリーになってからさらにひどいものとなった。

「適当にその辺の将来この国を支えるであろう子供を数人くらい人質にすれば交渉の席に食らい座ってくれるだろうってデゥークが」

「なんのために?」

「なんのためってそれはもちろん、MM率いる逃亡軍と交戦するための戦力の増強。最初はヨーロッパだったのにアジアにまで逃げられたせいで戦力を送りずらくなったもんだから、君たちに変わりをやってもらおうって魂胆じゃん。いい加減に終わらせようじゃん。この戦争」

「行っておくがそれにはいそうですかって応じるとでも思ったのか?」

 氷の刃を構える野宮先生。その背後にハットをかぶったリボルバーの銃を片手にした先生と坊主頭の槍を構えた先生もいる。

「おお、殺る気?実はこういう戦いとは私大好きなの。雑魚だったら拍子抜けるよ」

「お前らは逃げろ!」

 野宮先生が叫ぶとクロスに向かって斬りかかる。クロスはカスタネットを鳴らしてから野宮先生の氷の刃を受け止めてへし折る。

「その程度?」

 その背後から坊主頭の先生が雷を宿した槍を振りかざす。クロスが空いた手で指を鳴らすと爆風が発生して吹き飛ばされる。同じタイミングで銃をハットの先生が銃を撃つけど、その爆風で防がれる。

 氷の刃をへし折られた野宮先生は一旦引いて氷の刃を再び発動させる。

「・・・・・つまらないね。弱すぎて」

「貴様の余裕もそこまでだ!」

 野宮先生が別の魔術を発動させると小さな光の玉が飛んでいく。それが目がくらむほどの強い閃光を発して視界を奪う。その強い光を間近で受けたクロスは目を強く抑えて2,3歩後退する。

「いくら強くとも目が見えなければ意味がない!」

 それを見計らうように氷の刃を構えた野宮先生とその他の先生たちが一斉に攻撃を仕掛ける。目が見えていないクロスにはどこから攻撃が来るか分からない。強さという油断が生んだ最大のチャンスだった。

「このチャンスを生かせないようじゃただの雑魚じゃん」

 クロスはカスタネットを2回たたいて氷の刃と雷を帯びた槍の攻撃を受け止める。

「雑魚は消えた方がいいじゃん。邪魔だし」

 同時に氷の刃と槍をへし折った。その折った槍のそのまま坊主頭の先生の胸に突き刺す。目が見えていないのに同時攻撃を防がれてしまったことに動揺してしまった一瞬の狙われたせいで坊主頭の先生は折れた槍で胸を貫かれてしまってそのまま白目をむいたまま動かなくなる。クロスのその空いた方の手で野宮先生に向かって指を鳴らす。その瞬間、まるで槍のような竜巻が野宮先生の顔面を襲い頭だけを吹き飛ばす。頭を離れ吹き飛ばされた首からは大量の血が噴水のように噴き出て胴体だけとなった野宮先生の体はそのまま抵抗なく倒れる。そして、残ったハットの先生が銃で応戦する。発砲した銃弾をクロスは胸を突き刺したままの坊主頭の先生を盾にして防ぐ。それを陰にして指を鳴らして坊主頭の先生をハットの先生に向かって吹き飛ばす。まるで音速のごとく吹き飛ばされてくる坊主頭の先生から避けられずハットの先生は突き飛ばされる。

 もう、胸にやりが刺さったまま死んでしまった先生を見て悔やみながらのしかかる先生をどかして銃をクロスにかまえようとするとすでに目の前にはクロスがいた。

「残念。もう、目が見えるまでに回復した。ゲームオーバーじゃん」

 そして、指を鳴らすと隕石が落ちたかのように爆風がクロスを中心に発生して近くの木がなぎ倒される。そして、血の雨が降って来た。

「あ~あ、つまんない」

 私たちはその圧倒的クロスの実力にただ震えるだけで動けなかった。

 あの3人の先生は決して弱いわけじゃない。クロスが強すぎるのだ。それにあいつは何をしたのか理解できなかった。

「さて、そろそろ仕事に取り掛かろうかな」

 ゆっくりと私たちのところに歩み寄ってくる。

 それを見て泣きながら逃げ出す生徒がひとりいた。

「待って。逃げない」

 指を鳴らして小さな爆風が私たちの真横を素通りして逃げる生徒に直撃した。そのまま爆風に背を押されるように吹き飛ばされて木をなぎ倒して地面を大きく削りながら飛ばされて止まったころには動けなくなっていた。

「大丈夫。君らは人質だから殺しはしない。抵抗できないくらいにはするつもりだけど」

 逃げようとすれば瀕死にまで追い込まれてしまう。だからと言ってこのまま人質になって言いことなんて何もない。彼らの交渉はただの脅しに過ぎない。たぶん、殺されてしまう。10分にひとりずつ殺していくと言ったらそれを本当に実行してしまうのが彼らだ。

「アキ」

 脩也さんが小声でぼそっと私の名前を呼ぶ。

「僕が時間を稼ぐ。その間に戦意のある者たちと作戦を組め」

「え?」

 よく見ると脩也さんは震えていた。

「ここで捕まるようなことだけは絶対になってはならない。変に逃げるようなしぐさをすれば敵に容赦はない。ならば、やるだけのことをやるしかない」

 それを聞いているのは私だけじゃない。翔平さんも恵美さんも聞いていた。

「分析能力に長けるアキに頼む。この場の指揮をとってくれ」

 それだけを告げると震える足に鞭を入れて一歩前に出る。

「お。素直になったみたいじゃん」

「そういうわけじゃない」

 クロスの使う魔術、教術は何?木々をなぎ倒すだけの強い爆風を起こすのだから風属性魔術か何か?でも、属性的に相性の悪い野宮先生の氷の刃を簡単に折っていた。その時だけ別の魔術を発動させていたのか?じゃあ、その魔術はなんだ?何か特徴があるだ。発動する時に何か・・・・・。

「なぜ、さっき目が見えていないはずなのに攻撃を防げた」

「ああ、あれ。音を聞いただけじゃん。近づいてくる足音、風を切る音を聞き分けて距離感を量っただけじゃん」

 音。そういえば、攻撃する防ぐ時は必ず指を鳴らしたりカスタネットを鳴らしたりしている。それが発動条件なのか?でも、聞いたことがない。音を鳴らして発動させる魔術なんて。何かの操作系の教術師なのか?

「私は手に取るように音を聞き分けることが出来るんだよ。私の家系は音楽家ってこともあって耳は人よりいい。あなたがそこのアキって子に作戦を練るように言ったのも聞こえてた」

「な!」

 ヘッドホンをしていて耳がふさがれているのにどうして。

「知らないみたいだから私の教術について教えてあげようかな。私の教術は音響掌握。私の手に触れて発生した音は私の掌握から離れるまで操作ができる。その音は大きくもできれば高くも低くもできる。例えば」

 すると近くにある木に触れて軽く叩いて音を出すと気が突然生きているかのようにガタガタと大きく揺れてそして粉々に砕け散った。

「音は空気もそうだけどものが振動することで起きる。それを大きくすれば耐久値の低いものはこんな風に粉々になるって訳じゃん。分かった?」

 それを人にやるとさっきの先生みたいに・・・・・。

「ちなみに氷の刃を使ったあの先生には頭に向かって高くて強い音の攻撃を食らったもんだから頭が音の衝撃に耐えられずに吹き飛んだってわけ」

「つ、つまりあなたはその手に触れた音ならば掌握を解かない限りどれだけ離れようがコントロールし続けるということですか」

「おお、その通りだよ。アキちゃん」

「気安くアキの名前を呼ぶな!」

「翔平!落ち着きなさい!」

 今にも飛び出していきそうな翔平さんを止める恵美さん。

 有効範囲が無限ということは音さえあれば攻撃も防御もできてしまうというか。

「少し時間あげるからかかってきなよ」

「え?」

「少しばかり抵抗してくれた方がこっちとしては楽しいから」

「それはどういうことだ」

「どうもこうも私は戦うことが大好き。だから、あんたたちをただ捕まえるとかつまらないじゃん。どうせならこれからこの国を支える未来の魔術師たちとやるのもいいじゃん」

「なめやがって」

「私耳塞いで作戦聞かないようにするから3分くらいでお願い」

 そういうと宣言通りに耳を塞いでなぎ倒した木に腰かける。

 実際に聞く気がないようだ。

「彼女の言うことが本当ならば遠距離も近距離にも対応できるということなのでおそらく弱点と思わる距離はありません」

 遠距離の攻撃では岩を完全に砕く音の壁で防がれる。接近すると武器を破壊されて返り討ちにあう。攻撃に関しては近かろうが遠かろうが威力は変わらない。でも、攻撃の手数が多いというわけでもなさそうだ。音を鳴らさなければ教術を発動することが出来ない。

 そんな時に思ったこと。教術も魔術もそうだけど、火を起こす場合だと魔力が火に変化して発生するものだ。でも、クロスの場合は音を鳴らしてそれをコントロールするということらしい。なんか魔術の概念から少しずれている気がする。

 今はそんなことを考える余裕はない。

「作戦を伝えます」

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