風の原石②
馬車にのせられて揺られること2週間。監獄のように金属でできた馬車の中で俺と同じ年くらい子供たちが俯いた表情で暗かった。光が入ってこないせいもあるがここに入っていると今が昼なのか夜なのかも分からない。走っているところが砂利道なのかガタガタと揺れが尻を伝わって痛む。立つとスーツの男が立つなと怒鳴るのでうずくまっているしかない。途中、馬の休憩も兼ねた休憩時間がある。その時にトイレを済ませておかないと次の休憩まで我慢しなければならない。
休憩場所はいつも見渡す限り地平線が広がる草原だった。身を隠すところはなくトイレを済ますときは場所を陰にするしかなかった。いっしょにいる子供の中には女の子もいた。嫌がりながらも陰で用を足した。
馬の休憩が終わると再び馬車は走り出す。北へ?南へ?西へ?東へ?どこに向かっているのか草原の上では分からない。
食事も1日に2回パンをひとかけらだけだった。夜になれば馬車は止まり横になって夜を明かした。出入り口ではスーツの男が常に見張っていて俺たちが逃げ出さないように見張っていた。
ある夜のことだ。突然、銃声が響いて飛び起きると逃げ出そうとしていたひとりの女の子がスーツの男が持つ猟銃によって頭を撃ち抜かれていた。逃げ出せばお前たちもこうなると見せつけるようにスーツの男は女の子をその場で燃やした。草原の中では血の匂いを嗅ぎつけてオオカミがやって来る可能性があるからだ。その炎を見る俺を含んだ全員は恐怖によって支配された。
逃げ出すことはすなわち死を意味する。その恐怖かられて誰もがジッと馬車に揺られるしかなかった。すると馬車が止まった。出入り口の扉を開けるスーツの男は外の人間とやり取りをした後、扉を開けた。
「降りろ」
休憩の時間かと順番に馬車から降りるとそこは今までとは違う場所だった。あたり一面に広がるのは草原ではなく森だった。針葉樹の森。大陸の北側に自生するという葉が針状になっている木だ。そんな木だけが生える森に馬車は止まっていた。
「おい!足を止めるな!」
男に急かされて前に進む。そして、振り返るとその森を両断するような巨大な壁が俺の背後に広がっていた。大理石のような石で出来た白銀の壁は壊すことはできそうにない。その壁の上部には壁と同じ素材で出来た見張り台のような建物があって目線をそこから感じた。
「ここからは徒歩だ!離れるんじゃないぞ!」
そう言うとスーツの男が先頭になって歩き出す。他にもスーツの男が列の間と最後尾について壁にある巨大な鉄の扉へ向かうとゆっくりとその扉は重い音を響かせて開いて俺たちは扉をくぐる。中は火で明かりがともされており10メートルほど進むと同じ鉄の扉がありその先にも同じように針葉樹の森が広がっていてトリやリスなどの小動物の姿もあり、トナカイのような動物の姿も見られた。初めて故郷から出て毎日のようにふれあっていた自然を見ることが出来て少しばかり沈んでいた心が穏やかになったがそれも今だけだった。
歩くこと1時間。
なぜ、この距離も馬車で移動しなかったのか気になるが見えてきたのは城のような建物だ。少し小高い丘の上にあるような西洋の城だ。白い外壁に青いとんがり屋根をしたいたって普通の城だ。実家の家も一から自分たちで作ったレンガ作りの家だったからあの大きな城を作るのにどれほどの年月を費やしたのか考えさせられる。
その城の周りには堀が掘られていて水も流れていた。俺たちが近づくと城へと続く桟橋が下りてきて俺たちを迎え入れた。
中はひんやりと冷たく薄暗かった。入ると大理石の大広間で天井を横断するように木製の廊下が横切っている。どこまで高い天井を見ると目がくらみそうになる。
全員が城の中に入ると桟橋の扉はしまった。
スーツの男は列を止めて俺たちの方を向く。
「ここは貴様らの住まいとなる」
こんな立派なところに済ましてくれるんだったらなんであんな風に俺たちに恐怖を擦り付けるようなことをするんだ?そもそも、あの女の子がどうして逃げ出そうとしたのかも分からないままだ。
「今から名を呼ばれた者は前に出て続け!火尾、火守、火山、火憐、火矢」
呼ばれた子供は前に出てスーツの男と主に広間の奥の階段を降りて行った。
そこで俺に感じた違和感。みんな名前に火がついていた。
「次!風子、風見、風宮、風也」
風也というのは俺の新しい名前だった。そこで感じた違和感の正体が分かった。これはみんなこの男たちに付けられた名前だ。しかも、きっとこの名前は使う属性によって決まっているようにも感じた。
言われるがままスーツの男の後を追ってさっきの集団とは別の階段を降りて地下に向かう。ジメジメとした階段を降りてゆくとそこにあったのは牢獄だった。そして、ひとりひとりその牢獄に入れられてカギをかけられた。
「30分後にまた来る。それまで大人しくしていろ」
それだけ言って男は牢獄のある部屋から出て行った。
初めて監視という目から離れたことで多少の安堵が牢獄内で漏れた。馬車に乗っている間は常に監視の目があり何をすることも許されなかったせいでまだコミュニケーションをとっていない。2週間ぶりに出す声の調子を整えてから正面の牢獄で身を縮める少女に話しかける。
「あ、あの」
少女は俺の方に顔をあげた。
「どうも、えっと風上風也です。これからよろしく」
すると少女は俺を睨み返すだけで何も言わずに牢獄の奥の角に俯いたまま動かなくなった。この場にいる誰もが俺に向けた目線は嫌悪だった。仲良くする気は最初からなかった。俺はまだここがどんなところでこれから何をされるのかを全く知らなかったのが大きな原因だった。
この頃の俺は幼すぎて現状の異常さに気付くことが出来なかった。
ここは地獄と言ってもいいところなんだ。




