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誰も知らない神の前章  作者: 駿河留守
風と氷の玉鋼
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風の原石①

忘れていただろ?

安心したまえ、私も忘れていた。

 父と母の顔ははっきりとはいかないものの覚えている。最後に会ったのは13歳の頃だ。

 出身は朝鮮半島の北部。経済的にも豊かとは程遠い地域で作物も十分に育たない。あたりの家は皆貧乏で俺の家も例外ではなかった。貧しくて明日食べていくにも厳しい生活をしていた。俺には妹がいた。8つ下でかわいい妹だった。しかし、貧乏でろく食べることが出来なくて痩せていたのを覚えている。俺はその妹のために何でもすると父と母に誓ったのだ。ふたりはその誓いは確かかと真剣な眼差しで幼い俺に尋ねてきた。その眼差しを重く受け止めた俺は力強くその答えを返した。どんな苦しいことでもやってみせると。それを見たふたりはその日すごく思い悩んでいた。母は泣き崩れて父も暗く顔を落として母を慰めた。ふたりは俺の意思が本気であることを分かっていた。いくら子供でも兄としての責任感があるのだと察した。それを尊重して父と母は決意した。

 次の日、晩御飯が妙に豪華だった。食卓には肉が並び妹は目を輝かせて肉にかぶりついた。それは俺もいっしょだ。妹も負けじと肉にかぶりついた。こんな肉を買う金はどこにあったんだと尋ねると父と母は特別だからねとだけ言った。その意味を俺は数日後に思い知ることとなる。

 数日後、家に黒サングラスに黒のスーツ姿の怪しげな男がもやって来た。父と母は男を家に招き入れて俺を呼んだ。持っている服の中でも一番いい服を着せられて俺に弁当を持たせてくれた。少ない食料を使って。そして、母は俺を抱きしめて告げた。

「今日からこの男の人のいるところで暮らすのよ」

 なんでと俺が尋ねると、

「あんたがこの男の人のところで働けばお金がもらえるの」

 お金がもらえる。俺が働くことで家の貧乏な生活が脱することができる。

「でも、もう会えなくなるかもしれない」

 会えなくなる。母が見せた涙は別れの涙だった。父も涙を必死にこらえていた。何もわかっていない妹は男を警戒してか父の陰に隠れていた。二度と会えなくなるかもしれない。そう思うと行きたくなかった。でも、やせ細った妹が肉にかぶりついている時の姿が俺の瞳には焼けついていた。あの笑顔を見ると家族が幸せな空気に包まれていた。その幸せのためなら俺は自分の身を削る覚悟が出来ていた。

 泣きじゃくる母を逆に抱き寄せた。

「大丈夫。大丈夫だから。お金をちゃんと稼いで戻って来るから。約束だよ」

 母にそう笑顔で告げると母も笑って俺の笑顔を返した。すると父の影から妹が飛び出してきた。

「お兄ちゃん行ってらっしゃい」

「・・・・うん。行ってきます」

 決心がついた。

 父に一礼して俺は男と主に生まれ育った町を去った。いつか帰って来ると心に誓って俺は男の背中を追った。その先に待っているのは本物の地獄だと知るはずもなく。

「おい」

 突然、男が俺を呼んだ。

「な、なに?」

「貴様は風属性魔術が使えると聞いている。間違いはないか?」

 魔術の世界において魔術を使えることは当たり前だ。俺は風属性魔術だけは使うことができる。農作業を手伝うために練習して身に付けたのだ。だから、男の言うとおり俺は風属性魔術が使える。

「うん」

「そうか。ならば、我らから貴様に名をやろう」

「え?でも」

 俺にはすでに名前がある。親からもらった立派な名。

 男は胸ポケットから手帳を取り出してページをめくりながら言う。

「元の名は捨てろ」

「で、でも」

「これは規則だ。今から向かう施設での規則だ。守らなければ貴様の家族に金は入らない」

 それだけはダメだ。家族を安定的な生活を送らせるためにはどんな困難が立ちふさがってもくじけたらダメだ。

 幼いながら強い意思だと振り返れば思う。この時、俺は元の名をどこかに控えておくべきだった。でなければ元の名を忘れることもなかったのに。

「貴様は今日から風上風也だ」

 これが俺こと風上風也が誕生した瞬間だった。

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