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あれからどれくらい月日が経っただろう。
時の流れが早く感じて、その中で感じるはずの喜びも悲しみも乾き、忘れる訳ではなく閉じ込めてしまっていた。
青年は一つ溜息をつくと、空を見上げた。
閉じ込めたとは言っても時々思い出しはする。
幼かった自分にはどうすることも出来なかった、運命や宿命と呼ばれる物。
何度憎んだことだろう。
何も出来ずに傍観するしか、気休めのような誓いを立てるしか、それ以外に方法がなかった。
今から約七年前、アクアリオには新しい伝説が生まれた。
五百年ぶりに海神を召喚した神子が現れ、その心と引き換えに国に平和がもたらされる。
よくあるお伽話のような、現実だった。
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幼い頃から一緒だった彼女のことが好きだった。
その感情が恋だったと気付いたのは彼女がいなくなってからだった。
シレーナはいつも無邪気に笑って、気付けば側にいた。
二人で丘まで出掛けたり、父親の工場に忍び込んだり、くだらないケンカもした。
そんな彼女が神子に選ばれた日から、全てが変わってしまった。
「なあ、儀式のさ、心を捧げるってどういう意味なんだろーな」
あの頃は少年だった彼はその意味を知らなかった。
幼い頃に母を病で亡くしてから彼とその弟とを村で機械工場を営む父の手で育てられたのもあって、そういった伝説の類いには疎いのもあった。
「さあ?詳しい意味はわかんないけど、儀式の後で神子は初めて神子として生まれ変わるんだって司祭さまから聞いたわ」
神子として生まれ変わる、それがただの表向きの言葉であってほしかった。
大丈夫だと笑う彼女が少し不安気に見えたのは、儀式の前で緊張しているからだと思いたかった。
あの日、儀式で海神を召喚したシレーナは首都の大教会に行ってしまった。
それは神子として修行を積むためで、終われば村へ戻ってくることが出来ると聞いていた。
たとえ村に戻れなくても、必ず会いに行くと約束した。
しかし、シレーナは行方知れずになった。
祭から一週間ほど過ぎた頃、彼女の両親宛に教会から手紙が届いた。
彼女ほどの人間を失うのは教会としても国としても困るのだろう、充分に捜索されたが、どこにも姿がないという。
海神を召喚した神子とはいえ、シレーナはまだ十二になったばかりの少女なのだ。
教会を出たとして、そんな少女がどこへ姿をくらますことが出来るだろう。
彼はその知らせを聞いて頭が真っ白になった。
どこにいたって必ず会いに行くと約束したのに。
彼女に見合うほどの人間になって、側にいたかったのに。
もしかしたら彼女はもう…そんな不吉な考えすら浮かんで、追いやろうと頭を振る。