1
まるで長い間息を止めていたみたいだった。
突然襲ってくる頭痛、苦しさに咽る。
「成功した…か?」
答えは分かってはいたものの、確認せずにはいられなかった。
自分の計算と予測がどれほどまで正確だったかを知りたかった。
「ここは…教会か。随分と立派になったな…」
他に情報を得られる物がなく、部屋の中をぐるりと見渡した。
白を基調としていて、無駄はないが当時のような素朴さもない。
ここが彼女の予定通り、首都コラーリオの教会であればの話なのだけれど。
セレナは溜息をついた。
自分を守るため、と言い聞かせたが、この方法が正しかったのかどうかは分からない。
だが彼女にはもう守る物が他になかったのだ、自分の中にだけ存在している記憶しか。
彼女が生きる元の時代での、約五年前のことだった。
力を持って命を授かるのが当然だと言われていたアクアリオ。
その北部に位置する常冬の村では、多くの者が魔力を持っていた。
彼女の両親も、五つ年上の兄も魔力を持っていたし、幼馴染みのルフトも魔力ではないが力を持っていた。
周りを見ても誰も彼女と同じ人間は存在しなかった。
そして誰もが皆、彼女を腫れ物に触れるかのようだった。
憐れんだ視線がずっとまとわりついていた。
しかし彼女は不幸ではなかった。
両親は物心つく頃に亡くしたが、無償の愛を注いでくれる兄も、文句を言いながらも側にいてくれる幼馴染みもいたからだ。
力がないのを理由にしたくもなかったし、だからこそ誰よりもずっとずっと努力をしていろんなことを学んだ。
「教会に行くことになったんだ、コラーリオの」
ある日の夕食時に兄が言い出しにくそうにそう口を開いた。
スープを掬ったスプーンを口に運ぼうとしていたセレナの手が止まった。
「兄様、どうしてなの…?」
唯一の肉親であるが遠くへ行ってしまう。
一生会えなくなる訳ではないが、セレナは嫌だと首を振った。
すると同じように手を止めた兄、クレイは困ったように笑った。
それでセレナは悟ったが、分からないフリをした。
「僕は、父さんや母さんみたいに魔力が強くない。魔術も薬術も占術も何もかもが平均以下で役に立たない。それをどうすればいいかを考えたんだ」
力を持たずに産まれたセレナからすれば充分すぎるほどのそれを兄は否定する。
それは、この村に住んでいれば誰にでも見て分かることなのだ。
魔力を持つ者が多いがゆえ、そこには競争が生まれる。
誰かより秀でているから、劣っているから、だからどうだとか。
兄は優しかった。
セレナ以外にも、困っている者に救いを差し伸べなければ気が済まないような、実に損な性格だった。
そんな兄が誇りだった。
教会に行くというのも実に彼らしい選択だと言える。
本来ならその背中を押して、いってらっしゃいとか頑張ってとか言うべきなのだろうが、セレナは出来なかった。
「わたしは、ここにいてほしい」
兄がいなくなって上手くやっていける自信がなかった。
そよ風を起こすほどの魔力でさえ持たず、かといって他の力も持たないからだ。
しかし自分には兄の人生を歪める訳にはいかないとも理解していた。
「…ごめん、セレナ」
兄はそれ以上何も言わなかったし、その日が来るまで話題にしようとすらしなかった。
ある朝急に、行ってくるねとだけ告げて、兄はあの困ったような笑顔で行ってしまった。
その時にですら、何の力も持たない自分では、兄に災いが降らぬようにと祈ることしか出来なかったのだ。
それが、セレナが十になった年のことだった。