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「セレナより強い魔力を持つシレーナ…ってことは…」
「わたし…?」
「ああ、もしかしたらお前の力でどうにかできる方法が見つかるんじゃないかって。あのセレナよりすごいなら、まだ諦めなくても…」
ルフトの言葉に一瞬、喜びかけたシレーナは首を横に振る。
それは不可能だと思ったからだ。
「だめなの、わたし…海神さまを呼べたのに、力なんて全然ないんだもの」
じゃなければ、修行の際にでも何らかの力が発揮出来ていたはずだ。
落ち込んだ様子で言ったシレーナをルフトはきょとんとした顔で見つめた。
「なに言ってんだよお前、誰だって自分を信じずに力なんて出せねーだろ。セレナだってああなるまで相当苦労したんだぜ」
だから諦めずに頑張れと続け、ルフトは笑った。
セレナが初めて魔力を使ったのは、つい五年ほど前のことだった。
産まれた当初からそれまでの間に何の兆候も見せていなかったセレナは、村では何の力も持たないと憐れまれていた。
人は何かしらの力を持って産まれてくると言われているこの国では、セレナのような者は異端として扱われるのだ。
それは魔力を持つ者が多いラヴィーネ村では特に。
それを覆すどころかセレナはいつの間にか誰よりも強い力を手に入れたのである。
「…お兄さん、名前は?」
「ああ、俺はルフトだ、ルフト・アーベント。山の麓の村で一応は鍛治職人ってのの見習いをしてんだ」
軽く自己紹介を済ませたルフトは、そろそろ村へ戻ろうと声をかけた。
この先どうするにせよ、一旦戻った方がシレーナもゆっくり休めるだろう。
「…戻るって言っても、わたしは…」
「大丈夫だって。アイツ、一人暮らしだしちゃんと家もあるから。村のみんなにはどう説明すっかな…いや、記憶がなくなったって伝えた方がいいか…」
所々凍てた道をシレーナが足を滑らせないように注意しながら、ルフトは先導していた。
この寒さ故に野生の動物やら魔物、盗賊の類いは少ないが、全くいないという訳ではない。
自身で力を操れるセレナがいない今では、一人の力で彼女を護ってやらなければならないのだ。
「とにかく、何か困ったら俺に頼りな。何もなくてもいい、俺でよけりゃ一緒にいてやる」
「ありがとう、ルフトさん」
ようやくニッコリと笑うシレーナにルフトは内心ホッとした。
いきなりこんな訳の分からない出来事に巻き込まれたのだから、よっぽど神経が図太くない限りは不安で堪らないだろうと思っていたからだ。
それにしても、外見はあの少し憎たらしいセレナのままなのだが、中身が違うだけで全くの別人に思えた。
シレーナがまだあどけない少女であるからだろうか。
普段のセレナに慣れているルフトからすると不思議な気持ちだった。
いつも勝手なセレナに振り回されながらもやはり彼女と離れることが想像出来なかった。
五年前、彼女が魔力を手に入れる前に誓ったというのもあるが、それだけじゃない。
セレナを、あの憎たらしい表情の裏側に悲しみや寂しさを抱えた幼馴染みを、守りたいと今でも思っているのだ。