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青年とセレナはこのヒューリエ山の麓にあるラヴィーネ村に住んでいた。
村は山頂から吹きつける風のために年中寒く、常冬の村とも呼ばれている。
そのせいもあってか村の人口は少なく、若者たちは年々他の地域へと移り住んでいく。
そんな中、青年ことルフトとセレナは村を離れようとはしなかった。
今の生活で満足しているし、特に外に移り住むことに魅力を感じなかったからだ。
「なあ、ルフト。もしわたしがわたしでなくなったら、どうする?」
ある時、冗談めかしてセレナは尋ねた。
彼女の力や頭脳は素晴らしいものがあるが、些かタチの悪い冗談を言う癖がある。
それにこの村の誰よりも強い魔力を持っているのだ、何か突飛なことをしても不思議ではない。
いつものことだと諦めながら、ルフトは適当な返事をしていた。
しかしそれがあながち冗談ばかりではなかったのだと、今になって気付いたのだ。
ルフトが読んでいた手紙はセレナからのものだった。
ヒューリエ山を登る直前に、もしもの時のための遺書だとニヤニヤしながら渡されたのだ。
しかしセレナが倒れ、意識を戻してからそれを開いてみれば、魔力を持たないルフトからすれば理解し難いような内容だったのだ。
『ルフト、君がこの手紙を読んでいるってことは、成功したのか本当にわたしが死んでしまったんだと思う。いや、きっと前者だな。
わたしはあの時、海神を召喚した。そしたら記憶の代わりに力をくれるだなんだって聞いた。
けど、記憶を全て失ってしまうのも勿体無いから、代替案としてその子の身体と入れ替わることにした。
その子はわたしたちが生きてる今よりずっと先の世界の娘だ。それにわたしよりも強い魔力がある。だから大丈夫だ。
実質、わたしはそっちでは死んでしまったも同然だ。だから本当はちゃんとさようならを言っておきたかった。
迷惑をかけて、ごめん。』
死んだも同然だという言葉が、ルフトに突き刺さった。
しかし、今考えるべき問題はそれではない。
何よりも事情を全く知らずに入れ替わってしまった、シレーナという彼女をどうにかしてやらなければと思った。
「そうなの…じゃあ、わたしもわたしには戻れないのね」
ルフトの話を黙って聞いていたシレーナの言葉には絶望が滲んでいた。
それも当然だ、意思のあるセレナとは違うのだから。
「…でも、よかった。これでわたしは、忘れなくていいんだから」
シレーナはぎこちない笑顔で言った。
それはまるで自分自身に言い聞かせているようで、ルフトは胸が痛んだ。
どうやら自分やセレナよりも七つも年下の、まだあどけない少女なのだ。
いくら記憶を失わずに済むとはいえ、これでは報われない。
強い魔力を持っていたセレナにですら、これ以上どうにもできなかったのだろうか。
そこまで思考を巡らせ、ルフトは一つの仮説にたどり着き、口を開く。