セルヴの丘
アイリスはあっと小さな声を上げた。
柔らかな春風が吹き、彼女のきらきらと陽光に輝く髪を揺らした。
「おじいさま、おばあさま…」
アイリスはそっと二人を呼んだ。
正確に言うと、本来の祖父母よりもずっと遡っていった祖先なのであるが、そう呼ぶのがしっくりした。
仲良く寄り添うように並んだ白い墓石には、風化している箇所はあるものの確かに二人の名前が刻まれている。
アイリスはふふっと笑んだ。
すると、それに呼応するように墓石の周りに咲く様々な花が揺れて甘い香りがする。
やっと会うことができた、今でこそ名の知れたアヴニール家の初代とも言える二人に。
これは、アイリスが何度も何度も母にねだって話してもらっていた、伝説のような話だ。
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海の加護を受けた国、アクアリオ。
この国では「人魚」という伝説上の存在が信じられていた。
プラチナの長い髪に白磁のような肌、海底のように深い青色の瞳をもつ美しい女性だ。
しかしその身体の半分は魚のように尾ひれの役割を持っている。
「人魚」を一目見た者には幸福が訪れるとされ、国の繁栄、平和と安全を願う国民たちによって年に一度「人魚祭」という祭が催されていた。
祭では毎年、儀式を行うために少女から若い女性のうちの中から「神子」を選び出していた。
その儀式はアクアリオが出来た当初、「神子」として海神を召喚した一人の少女、セレナ・ルルコシアが由来である。
セレナは祭壇で海神へ祈りを捧げた。
それに応えた海神は姿を現し、セレナが心を捧げるのと引き換えに国の繁栄、平和と安全を約束すると言った。
海神を召喚したセレナをアクアリオ国民は崇めた。
しかし、神は激怒した。
神は国だけではなく、セレナ自身にも力を与えていた。
それは全ての国民を幸せにできるという力であるはずだった。
月日が経つうちに、彼女の力を悪用する者が出てきたのだ。
神は再びセレナの前に姿を現し、二度と悪用されることがないよう、美しい彼女を半分魚に変えた。
セレナは「人魚」となり、海神の元へ還った。
その約五百年後のことだった。
祭の「神子」として選ばれた少女、シレーナは伝説上の「人魚」のようだと言われていた。
『娘、お前はわらわにその心を捧げるか』
儀式が終わった直後、地面が揺れ、海から一筋の光が現れた。
青白い肩に真っ青な髪が掛かる。
ゆっくりと開かれた大きな瞳は、まるで宝石のような明るい緑色。
美しい海の女神・セディーヌはシレーナに応えて姿を現した。
海神からの問い掛けにシレーナは頷いた。
それが国…いや、世界に変化をもたらすなんて誰が知っていただろうか。