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私は困惑していた。なぜかと言うと、脚がすうすうするからだ。
私は今の自分の姿を見た。普段の動きやすい装束やズボンではなく、今着ているのは女の子らしい服、ワンピースであるのだ。
そんな私を微笑ましくローザは見ていた。相変わらず、深紅のドレスに身を包んだ彼女は、上品に茶を飲んでいる。相変わらず絵になる人だ。
彼女の実力行使で私の服装は強制的に変えられた。たぶん、今の私の顔はさぞかし間抜けだろう。
「似合っているわよ、ヴェンティ」
「・・・・・・・・・・・っ」
私は紅いフードを被って顔を隠そうとしたが、その前にいつの間にか立ち上がっていたローザに奪い取られていた。
「ダメよ、ヴェンティ。女の子らしくしなさい」
「でも」
私が暗い表情になると、ローザはため息をついて、私の目線に自身のそれを合わせるようにしゃがみこんだ。美しい、強い意志が私を見る。
「ヴェンティ」
母親が赤子に言うように、優しく彼女は言った。暖かい手が、私の灰色の髪を撫でた。
そして、腕に刻まれた竜のタトゥーを撫でる。
「あなたは確かに、暗殺者として育てられてきた。でも、あなたは女であるの。そして、あなたが自分から女であることを辞めることなんてできないの」
「・・・・・・・・・・」
「私はあなたに復讐の道を示した。けれど、同時に普通の人としての路も示したい。あなたが復讐を辞めたいと思った時、もしくは終えた後、本来あるべき人生に戻れるようにね」
私は口を閉ざし、ただ彼女の語る言葉を聞く。彼女の言葉には重みがあった。
私は思った。彼女も、きっと、普通の人生を送りたかったのだろう、と。詳しいことは知らないが、彼女はその道を歩むことが赦されなかった、そして、自分からその道を捨てたのだ。
「ローザ」
「年寄りの我儘よ、押し付ける気はないから、嫌なら言いなさい」
そう言ってほほ笑んだ彼女の顔を、直視できなかった。私はぶっきらぼうに言った。
「別に、嫌じゃない」
うまく言葉にはできないが、私は彼女のことを嫌いではない。この屋敷も、何もかもが好きだ。
そっぽを向いた私をおかしそうに笑ってみると、彼女は私の灰色の髪を撫でる。
「伸びて来たわね。邪魔なら髪、結ってあげるわよ?」
「いい、切るから」
「勿体ない」
私は自身の髪を見る。灰色の髪。ローザの薔薇色の髪のように美しくない。はっきり言って、灰色の髪など、無個性な色だ。この髪を、私は好きではない。
男であったら、刈上げていただろう。
「嫌いなのね、灰色が」
「・・・・・・・・・」
「何者にも慣れない色。白にも黒にも慣れない半端な色が」
彼女は何でもお見通しのようだ。私の心の中の迷いをずばりと言ってくる。
「ねえ、ヴェンティ。別にそれでいいのよ」
「え?」
私は彼女を見る。
「白でも黒でもある必要はない。答えを急ぐ必要はないのよ」
彼女は言う。
「人は迷いながら、生きていく。遠回りして。答えなんかない人生という不確定な道を」
だから、と彼女は言った。
「あなたが悩む必要はないのよ。誰もが同じ悩みや不安を持っている。それでも、みんな精一杯生きているのよ」
「ローザ」
「顔をあげなさい、ヴェンティ。太陽の薔薇は、強い日差しの下でも、厳しい砂漠の環境でも花を咲かせる。あなたもできるはずよ、ヴェンティ」
私の目から、涙が毀れた。小さな滴が、地に落ちて飛び散った。
彼女は私を撫でた。
「さ、その癖っ毛をどうにかしないとね。あと、お化粧もしてみてもいいかもね」
そう言いながら、私と彼女は屋敷の中に入っていく。
優しい温もりは確かにここにあった。
鏡の中の私は私ではないようだった。
腕のタトゥーと灰色の髪で、どうにか私と認識できるくらいだ。あと、年齢の割に凹凸の少ない体系で。
「素材がいいからね」
理想的な身体の女神はそう言って笑う。彼女の真紅のドレスをややアレンジしたものを私は来ている。寸法ぴったりのもので、彼女が暇つぶしに作ったという。いつ作ったのか、全く不明であった。
「ヴェンティ、ほしいならいくらでも作ってあげるわよ」
「別にいいよ」
「ふふ、今はまだ、ね。そのうち、あなたも恋をするわ。その時、必要になるわ」
そう言った彼女の言葉に、私は考える。
恋、か。果たして、私は人を愛せるのか。
死んだ黒髪の少女。確かに彼女のことを愛していた。共に肌を重ねた。あれほどの思いを、これから私は抱くことが果たしてあるのだろうか。
ローザはほほ笑んでいた。
彼女にとって私はなんなのだろうか。
願わくば、娘のような存在であってほしい、と思うのは贅沢であろうか。
空を見上げた。蒼穹の彼方は、まだ、見えない。