表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/54

7

私は困惑していた。なぜかと言うと、脚がすうすうするからだ。

私は今の自分の姿を見た。普段の動きやすい装束やズボンではなく、今着ているのは女の子らしい服、ワンピースであるのだ。

そんな私を微笑ましくローザは見ていた。相変わらず、深紅のドレスに身を包んだ彼女は、上品に茶を飲んでいる。相変わらず絵になる人だ。

彼女の実力行使で私の服装は強制的に変えられた。たぶん、今の私の顔はさぞかし間抜けだろう。

「似合っているわよ、ヴェンティ」

「・・・・・・・・・・・っ」

私は紅いフードを被って顔を隠そうとしたが、その前にいつの間にか立ち上がっていたローザに奪い取られていた。

「ダメよ、ヴェンティ。女の子らしくしなさい」

「でも」

私が暗い表情になると、ローザはため息をついて、私の目線に自身のそれを合わせるようにしゃがみこんだ。美しい、強い意志が私を見る。

「ヴェンティ」

母親が赤子に言うように、優しく彼女は言った。暖かい手が、私の灰色の髪を撫でた。

そして、腕に刻まれた竜のタトゥーを撫でる。

「あなたは確かに、暗殺者として育てられてきた。でも、あなたは女であるの。そして、あなたが自分から女であることを辞めることなんてできないの」

「・・・・・・・・・・」

「私はあなたに復讐の道を示した。けれど、同時に普通の人としての路も示したい。あなたが復讐を辞めたいと思った時、もしくは終えた後、本来あるべき人生に戻れるようにね」

私は口を閉ざし、ただ彼女の語る言葉を聞く。彼女の言葉には重みがあった。

私は思った。彼女も、きっと、普通の人生を送りたかったのだろう、と。詳しいことは知らないが、彼女はその道を歩むことが赦されなかった、そして、自分からその道を捨てたのだ。

「ローザ」

「年寄りの我儘よ、押し付ける気はないから、嫌なら言いなさい」

そう言ってほほ笑んだ彼女の顔を、直視できなかった。私はぶっきらぼうに言った。

「別に、嫌じゃない」

うまく言葉にはできないが、私は彼女のことを嫌いではない。この屋敷も、何もかもが好きだ。

そっぽを向いた私をおかしそうに笑ってみると、彼女は私の灰色の髪を撫でる。

「伸びて来たわね。邪魔なら髪、結ってあげるわよ?」

「いい、切るから」

「勿体ない」

私は自身の髪を見る。灰色の髪。ローザの薔薇色の髪のように美しくない。はっきり言って、灰色の髪など、無個性な色だ。この髪を、私は好きではない。

男であったら、刈上げていただろう。

「嫌いなのね、灰色が」

「・・・・・・・・・」

「何者にも慣れない色。白にも黒にも慣れない半端な色が」

彼女は何でもお見通しのようだ。私の心の中の迷いをずばりと言ってくる。

「ねえ、ヴェンティ。別にそれでいいのよ」

「え?」

私は彼女を見る。

「白でも黒でもある必要はない。答えを急ぐ必要はないのよ」

彼女は言う。

「人は迷いながら、生きていく。遠回りして。答えなんかない人生という不確定な道を」

だから、と彼女は言った。

「あなたが悩む必要はないのよ。誰もが同じ悩みや不安を持っている。それでも、みんな精一杯生きているのよ」

「ローザ」

「顔をあげなさい、ヴェンティ。太陽の薔薇は、強い日差しの下でも、厳しい砂漠の環境でも花を咲かせる。あなたもできるはずよ、ヴェンティ」

私の目から、涙が毀れた。小さな滴が、地に落ちて飛び散った。

彼女は私を撫でた。

「さ、その癖っ毛をどうにかしないとね。あと、お化粧もしてみてもいいかもね」

そう言いながら、私と彼女は屋敷の中に入っていく。

優しい温もりは確かにここにあった。




鏡の中の私は私ではないようだった。

腕のタトゥーと灰色の髪で、どうにか私と認識できるくらいだ。あと、年齢の割に凹凸の少ない体系で。

「素材がいいからね」

理想的な身体の女神はそう言って笑う。彼女の真紅のドレスをややアレンジしたものを私は来ている。寸法ぴったりのもので、彼女が暇つぶしに作ったという。いつ作ったのか、全く不明であった。

「ヴェンティ、ほしいならいくらでも作ってあげるわよ」

「別にいいよ」

「ふふ、今はまだ、ね。そのうち、あなたも恋をするわ。その時、必要になるわ」

そう言った彼女の言葉に、私は考える。

恋、か。果たして、私は人を愛せるのか。

死んだ黒髪の少女。確かに彼女のことを愛していた。共に肌を重ねた。あれほどの思いを、これから私は抱くことが果たしてあるのだろうか。

ローザはほほ笑んでいた。

彼女にとって私はなんなのだろうか。

願わくば、娘のような存在であってほしい、と思うのは贅沢であろうか。

空を見上げた。蒼穹の彼方は、まだ、見えない。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ