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ブルターク邸は街の繁華街にあり、かなり大きかった。ローザの屋敷ほどではないが、この街の中では異質なほどの大きさである。彼らの権力の大きさが見て取れる。
警備はそれなりにある。兵士が五人、屋敷の外を見張っており、恐らく中にもいるだろう。
過去に暗殺をされそうになった、ということから警備は厚いのだという。
「殺す?」
警備兵を殺して中に入るか、と聞いた私にローザは首を振る。
「それには及ばないわ」
そう言うと、屋敷の死角から出て彼女は門兵たちの方へと向かう。
「誰だ、ここがブルターク様の屋敷と知っているのか?」
「ええ、ブルターク様に呼ばれましたの」
「・・・・・・・・・・なんだ、遊女か」
ローザの言葉に門兵たちは納得する。ブルタークの女遊びなど、今に始まったことではない。
門兵たちはじろじろとローザを見ると、おもむろにその胸や尻に手を伸ばす。その瞬間、ローザは胸元から何かを出すと、男たちに吹きかける。風のせいで一人にはそれは拭きかからなかったが、四人の男たちはそれを浴びて、地に倒れた。
「貴様、何を」
そういい、剣を抜いた男だったが、それより早くスカートの中から取り出した短剣でローザはそれを弾き、男の鳩尾に拳を叩き込む。
わずか数秒のことであった。
私に向かって手招きをするローザに従い、私も門に向かう。男たちは眠るか、気絶しているか、という状態であった。
「当分は夢の中、よ」
そう言うと、彼女は男たちの耳元で何かを囁く。
「なにを?」
「暗示で、私のことを忘れさせているのよ」
芸達者なローザを半ばあきれて私は見ていた。
屋敷の中に入った瞬間、私たちに向かって殺気が向けられ、ナイフが飛んでくる。私は跳躍してそれを避ける。ローザはわずかばかり足を動かしただけであった。
私は殺気の方向を睨んだ。暗闇の中で何者かが動く気配がした。そして、その気配を私は知っていた。
「闇の世界に生ける者たち」
ヒュドラー以外にも暗躍する組織はある。ヒュドラーの下位組織や支援組織は多い。彼らはそこの連中だろう。
ブルタークはそれらとのつながりがある、と私は確信した。
「四人、かしら」
ローザはそう呟くと、静かに前に向かう。無防備に見える貴婦人に、四人の戦士は狙いを向ける。
私は先ほどの跳躍から常人離れしていると思い、先に殺しやすいであろう報に狙いをつけたのだろう。
四人の戦士は剣やナイフを手に駆けていく。私はローザの援護に回ろうとするが、それは必要ないようだった。
ローザは彼らの攻撃をかわす。踊るように。男たちは彼女に踊らされていた。
「!皆、離れ・・・・・・・・・・・」
ローザの顔を見た瞬間、男の一人がそう言った。彼は彼女の紅い髪を見て、怯えているようであった。
しかし、男の声は仲間に届かなかった。何故ならその時には仲間三人はすでに死んでいたからだ。
ローザは一人の懐に入ると、その首元に手刀を叩き込む。そして、その首を掴むと首をへし折った。
背後から近づいてきた一人は、振り向いていつの間にか持っていたナイフで首を斬り飛ばされた。
残る一人は下がろうとしたが、遅かった。
両目に飛んできた針が刺さり、狼狽している間に頭部を半分切り飛ばされた。
三人の死体に囲まれたローザは優雅に笑っていた。頬に一日をなめとると、残る一人を見た。
「まさかな、この目で実際に見ることになろうとは」
怯えるように男は言った。
「紅い髪、紅いドレス。死をもたらす復讐の女神・・・・・・・・・・!」
男の言葉を聞き流しながらローザは歩いていく。
「我らの野望を幾度も阻んできた死神・・・・・・・・・・・!」
私は彼女がそれほどの人物なのだと改めて実感していた。
華麗に、手早く三人の戦士を屠った事実。それが彼女の実力を示していた。
「さて、それじゃあ、どいてもらいましょうか」
「誰が易々と!」
そう言い、駆ける男だったが、突然その足を止める。
「な、に?!」
「遅いわ」
いつの間にか回っていた毒で体が痺れていた。見ると、首筋に針が刺さっていた。
最初に攻撃した時か、と気づくも遅かった。
目前に、ローザの短剣が迫っていた。男は死を認識する前に、その命を絶たれた。
血しぶきが飛ぶ。
「行くわよ」
ローザは何事もなかったかのように歩き出す。彼女にとって四人の戦士はただの障害物でしかない。
私はただただついて行く。私が連れてこられた理由は、未だによくわからなかった。
ブルタークの寝室に着くまでに、さらに三人の襲撃があったが、いずれもローザが始末していた。
スカートの中には、どうやらナイフや針、毒薬など、いろいろと入っているらしい。
ただの優雅な貴婦人でしかないはずなのに、その下には多くの牙が隠されている。
謎は深まるばかりである。
「ヴェンティ」
ローザは静かに私に向かって言う。
「はっきり言って、今日、あなたを連れてきたのは助けてもらうためではないの」
そうであろう、とは思った。彼女は一人で戦える。
「あなたには私の跡を継いでもらいたいのよ」
「跡?」
「ええ」
そう言って会話を中断させると、ブルタークの寝室に入っていく。
静かに寝室に入った彼女の後に続いて私も入る。
広い寝室で眠るブルタークの下へと歩いていくと、彼女はブルタークのその頬を打つ。
「!?」
驚いたブルタークは目を開けて、ローザを見る。
「な、なんだ、貴様は!」
「こんばんわ、ブルタークさま」
そう言うと、ローザは笑った。不気味な笑み。美しいその顔は死を連想させる。
「侵入者か、誰か、いないのか!」
叫ぶブルタークだが、助けなどは来ない。
「みんなもうあの世よ。ヒュドラーの子飼いたちはみんなね」
「貴様・・・・・・・・・・」
そう言い、ローザの顔を見てブルタークは顔が蒼くなる。
「き、貴様・・・・・・・・・・」
そう言い、彼女の顔に指を差すブルターク。恐怖が、彼の身体を支配する。
「まさか、貴様は・・・・・・・『VENGEANCE』!!」
そう言うと、歯をガチガチと鳴らして言い立てる。
「幾人もの協力者を殺す、孤高の復讐者!謎多き女処刑人!」
ローザは静かにナイフを構えていた。
「なら、わかるでしょう。これからあなたを待つものが」
「殺す気か、私を!この、私を!」
「復讐の声が私を呼ぶ。お前を殺せ、と!」
そして、彼女のナイフがブルタークに降り注いだ。
悲惨な光景。だが、私はそれから目を離せなかった。
ブルタークを一思いには殺さず、じわじわと痛めつける。助命を請い、泣き叫ぶブルタークだが、復讐の女神は耳を貸さない。
夜が明けた時には、一つの死体が出来上がっていた。寝台の上で息絶えたブルタークのそばに、ローザは何かを書く。
『VENGEANCE』
真っ赤な血文字で、彼女はそう書いた。
「ヴェンティ」
ローザは静かに言った。
「あなたには、私の跡を継いでもらいたいのよ。闇に生き、人の生殺与奪を握る神のように傲慢なものたちを裁くために」
ローザはそう言うと、深紅の髪を揺らす。
復讐に燃える目が、私を見た。彼女を動かす、復讐の声が、私の耳にもはっきりと聞こえてくる。
彼女は手を差し伸べる。
「血塗られた道、そして、人としての生活は諦めてもらう。それでも、あなたは復讐の道を進む覚悟がある?」
私は迷いなく、彼女の手を握る。
覚悟など、あの時からついている。拾った命だし、もともと、人並みの生活など望んでいない。
私は、決意を込めた瞳で彼女を見上げた。彼女は、美しく笑うと、自身の子供を愛でるように私を撫でて、抱きしめた。
朝日が私たちを照らす。