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アイリーンは何やら薬を調達しに行く、と言い、宿を早くから抜け出していた。せっかく珍しい薬や薬草があるのだから、見に行かずにはいられない、と言うらしい。彼女らしいと言えば、らしい。

シルクも一日中アイリーンと一緒に居ては堪らない。ただでさえ、共にいる時間の長い友人であり、相棒なのだ。少しくらい、というのが偽らざる彼女の本音であった。

だが、この時ほどアイリーンにそばにいてほしい、などと思ったことはなかった。


「・・・・・・・・・・・ッ」


シルクはナイフを構えて、前に立つ陰を見る。白い面をした流し姿のそれは、無表情な視線を彼女に向けていた。手に持っているのは刀である。シルク自身は刀を使ったことはないが、それでも目の前の人物が相当の腕を持つことは推察できた。

かつて一度だけ相手をしたことがある、とある人物とその姿が重なるのは偶然ではあるまい。


「どういうつもりかしら?」


シルクは極めて冷静にそう聞いた。油断なく影を見ながら、シルクは右手のナイフのほかに、隠し持っていた左手のナイフもかまえて影を見る。

影はゆっくりと刀を構える。


「・・・・・・・・・・・・」


沈黙を返す影に対し、シルクは先に動いた。


「・・・・・・・・・・・・っぅ!」


「・・・・・・・・・・・!!」


刃がぶつかり合い、そして離れる。双方身軽に動き回り、二度三度と刃を交わし合う。シルクの思った通りの動きであり、その動きにシルクはついて行くのがやっとであった。

疑念は確信に至る。


「やはり、タツミの関係者か・・・・・・・・・!」


かつて一度だけ、ある案件で敵対した謎の老人。遠く東方の地よりやってきたという老人は、その神業のような剣技でシルクを圧倒した。自分と同じ匂い、雰囲気を漂わせる老人にシルクは一度敗れていたのだ。

沈黙して刀を構えるシルクは、白い仮面を見る。


「マツリ、遊びはそこまでにしてもらおう」


「・・・・・・・・・・・・・」


仮面は沈黙し、肩を竦めると、刀を持たない片手で仮面を掴み、外した。

その下から現れたのは、シルクの予想通り、昨日あった少女マツリであった。


「あはは、ばれていた?」


「初めて会った時から、同じ匂いを感じていた。タツミに、そして、私に」


そう言ったシルクの目は、怪しげな輝きを放っていた。マツリはその目の輝きに、なるほど、と納得した様子でうなずく。


「業、か」


多くの命を犠牲にし、生きてきたシルク。マツリも似たような人生を歩んできた。それが望むにせよ、望まないにせよ、彼女たちはそうやって生きてきた。


「それで、腕試しはもう済んだのかい?」


「ええ、合格よ」


マツリはそう言い、刀を鞘にしまう。マツリが本気で殺すつもりでシルクに襲ってきたわけではない、と分かっていたのだ。だが、普通の人間ならば、確実に死んでいただろう。シルクが死なないと分かったうえで、マツリは攻撃を仕掛けてきたのだ。

かつてタツミと敵対した自分を殺す理由はない、と言えるわけではないが、あの老人の気象からしてそのようなことは望まないな、とシルクは理解していた。


「それで、私に何の用?わざわざ足止めまでして、この街に居させる理由は?」


「あらら、そっちの方もばれていた?」


「ええ。詰めが甘いのよ」


「ううん、昔っからそうなのよねえ。まったく」


頭を掻き、茶髪を乱す少女。やはり、この少女も見た目通りの年齢ではないのだろうな、とシルクは感じた。


「あなたと相棒に頼みたいことがあるのよ」


「頼み?タツミが私たちに、か?」


「タツミは今は事情があって動けないのよ。それで、仕方がないから私が動くしかないのだけれども、頼れる人がほかに居なくてねえ」


図々しいマツリの言葉に、シルクの眉が引きつる。

頼む、と言っているくせに、彼女はいきなり攻撃を仕掛けてきているのだ。一体何様だ、とは思わないでもない。だが、シルクは冷静に答えを促すにとどまった。


「『VENGEANCE』によっても、聞き逃せないことだと思うんだけどなあ」


そう言って、彼女はシルクにある話を語り聞かせた。



この街より南西に行ったリザ、と言う街には絵に描いたような独裁者が支配ている。

この独裁者の名をヨーク伯ドレルノという。ドレルノはかつてその国の大司教を務めたものの甥であり、その権力を利用して若いころより悪事を重ねてきた。だが、親族や同じような友人たちが国に働きかけ、彼の悪事は露見することはなかった。

ドレルノは女好きであったが、その性癖は極めて特殊であり、十歳前後の子どもを性的に愛していた。

ドレルノは男女関係なく子供をさらっては、自らの欲望のために、彼らを虐待し、死に追いやってきた。けれど、彼が裁かれることはなかったし、街の人々もそれを止めることを諦めていた。

マツリがかのドレルノのことを知ったのは、本当に偶然のことであったという。とある探し物をしていた際に、風の噂でそれを聞いたのだという。

マツリは、かつて自分もそうやって虐げる存在であり、そのためにある少女の命を結果として奪った。その報いで彼女は本来、送るはずだった人生を放棄する羽目になったが、それはどうでもいいのだという。

大事なのは、そのドレルノ、と言う男の凶行を止めることである。初老に入ってもなお、ドレルノの精力は衰えず、それどころかますます悪化している。子供たちが少なくなり、もう見境なく待ち人を殺し、権力者面している。その姿は、彼女の怒りを買った。


「それならば、あなた一人でやればいいじゃない」


怒りを感じながらも、一番疑問に感じている点をシルクは主張した。その言葉に、マツリは「やはりそう聞いてくるか」と苦笑いし、答えた。


「あなたには理解できないだろうし、この世界の人間は誰も理解できないけれど、私やタツミにはある『制約』があってね、好き勝手刀を振るったり、命を奪う、ってことはできないの」


だから、あなたを殺すことはできないのよ、とマツリは言う。


「勿論、相手が制約で定められていない、制約外の人物なら殺せるけど、そのドレルノは違う。殺せない。私にできるのは、精々が脅す程度。けどね、脅す程度じゃあ意味がない。あなたならわかるでしょう?死ななきゃ治らない馬鹿もいる、ってこと」


「・・・・・・・・・・・・・」


シルクは沈黙で返す。それは肯定であった。

生きて罪を償う。そう言う人間もいるが、人間とは業が深い生き物で、そう言うことができない者もいる。そう言ったものには「死」という罰を与えるしかないのだと、復讐の女神は知っている。


「私の言葉が信ぴょう性に足るものではないことも、図々しい自分勝手であることも承知している。けれど、ドレルノのようなクズを見過ごすことができない。力を貸してほしい。私の為ではなく、死んでいった子供たち、そして、これから奪われる罪なき人々のために」


マツリはそう言い、シルクを見る。信じられぬというならば、斬るがいい。そう言うかのごとく、その身は無防備であった。彼女からはさっきも感じられないし、おそらくシルクを殺すことはできない。制約に守られているシルクが彼女を殺すことはできても、逆はできない。

シルクは彼女の目を覗き込む。深い闇、黒々とした黒曜石の如き瞳の多くには確固たる信念と復讐の炎が燃えている。

シルクはナイフをしまうと、マツリを見る。


「いいわ、その話を信じましょう。・・・・・・・・・・力を貸すわ、マツリ」


「さすが復讐の女神。あんたなら、そう言ってくれると信じていたよ」


少女はそう言うと、右手を差し出してきた。

シルクは黙って右手を差し出し、その手を握った。冷たい感触。


「さて、と。それじゃあ君の相棒にもお目通りしておかないとね」


「・・・・・・・・・・・・・」


シルクはアイリーンに祭りのことをどう話すべきか、と頭を悩ませた。

そんなシルクを横目に、マツリは無邪気な笑みを浮かべていた。けれど、その笑顔の裏でマツリは黒い炎を燃やしていた。

ドレルノ、という悪逆の帝王に対し。そして、過去の自分に対して。



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