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35(DARK SIDE)

とある酒場。そこには三人の人物がいた。

一人は紅い髪の女性。年齢不詳ながら、怪しい魅惑に溢れている。彼女には復讐の名前があるが、もっとも有名な名前は恐らく『VENGEANCE』であろう。

その向かい側に座る銀髪の男。やはりこちらも年齢は不詳である。冷ややかな紅い目で美女を睨み、薄ら笑いを浮かべている。名前をアンドラス・マケドニアスと言い、暗部組織ヒュドラ-の首領である。

その二人の間に座るように、テーブルに手をついているのは白髪の眼鏡をかけた老人であった。異国の服に身を包んだ彼は、物腰穏やかそうな老人の仮面をかぶっているが、その実態がそうでないことをほかの二人は知っている。

王都で開かれる式典まで一週間を切った。そんな状況下で、互いに立場も違う三人がなぜこの場にいるのか、それは本人たちでさえ、よくはわかっていなかった。


「久しぶりね、アンドラス、それにタツミ」


「そうだな、ヴェルベット・シスノ・ラヴィアン」


「相変わらずお美しいな」


アンドラス、タツミの言葉にニコリともせず、紅い髪の美女は二人を睨む。


「アンドラス、あなたの狙いはわかっている。最後の封印を解かせるわけには、いかないわ」


「それはできない相談だ、復讐の女神よ。止めたくば実力で止めるがいい」


「・・・・・・・・・・・そうさせていただくわ」


そう言った復讐の女神から目をそらし、アンドラスはタツミを見る。


「それで、わが師は今回の件については傍観を決め込むので?」


「私にはそれだけの『権限』を与えられていないからな。我々が手出しできるのは、飽くまで復活後だけ、だ。それを承知でお前はここにいるのだろう、アンドラス?」


老人の言葉に、フ、とアンドラスは笑う。


「『観察者』の役目も、なかなかに制約が多いらしい。しかし、それが私を、世界を救う」


「アンドラス、あなたの見ているものは幻想よ。この世界に『神』は必要ない。『神』に頼らずとも、人は生きていける」


「生きていける、か。確かにそうだろうな。だが、所詮それだけだ。人は知能を得て、猿や他の動物とは明らかに違う進化を果たした。だが、それがどうした?本質的には何も変わってはいない。低俗な争い、悪意、救いのない世界。そんなこの世界を、人間がどうにかできると、本気で思っているのか、VENGEANCE?貴様が一番わかっているはずだ、人間の救いがたさを、な」


アンドラスの蔑む瞳に、紅い髪の美女は立ち向かうようにその瞳を向ける。


「そうやってあなたは逃げているだけよ、アンドラス。自分から」


「フ、今にわかる。貴様と私、どちらが正しいかがな」


アンドラスはそう言うと、再びタツミを見た。


「我が神『ヒュドラ』の復活に際しては、貴様も殺してやるぞ、タツミ。この世界に『神』は一人でいい」


「ふん、大きく出たな、アンドラス。だが、貴様にあの『竜』を御すことができるとは思えんがな」


「私はその時の為だけに生きてきた。今更恐れはしない」


アンドラスがそう言うと、沈黙が三人の間で広がった。

数奇な運命のもとに何度も交わり、対立してきた三人は、静かにグラスを掲げると、その中身を一気に飲み干した。


「どちらにせよ、最後に勝つのは私だ」


「どうかしらね」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


勝利を確信しているアンドラス。敵意を隠しもしないローザ。沈黙し、目を閉じるタツミ。

三人はグラスを置くと、誰からともなく立ち上がり、酒場の外に出た。そして、それぞれの道を歩き出した。







--------



神を見たのは、いつのころだっただろうか。何年前か、何歳のときであったか、そのことは忘れてしまった。けれど、あの衝撃を私は恐らく忘れはしない。

伝説上にしか存在しないはずの八頭の蛇のようなそれは、ヒュドラと呼ばれる『神』であった。

神々しく、私たち人間などをちっぽけな存在としか認識していないであろう、いや、そんな認識すらもないであろう破壊の化身は、ただただ美しく私の目には映った。

絶対的な力、何者にも屈することのない力。それは、私が幼いころより殺しの手段を学んできたこの組織での教えなど、ちっぽけで幼稚なものである、と認識させてくれた。

圧倒的な力。そこには理由も信念もない。けれど、それに私は魅せられた。

大地を裂き、天に向かって咆哮する姿。


けれど、神は死んだ。


遠くの異邦より現れた旅人達。彼らは『神』を追ってこの地に降り立った、と言う。二人の少年少女は、当時の私よりも二、三歳ほどしか年が変わらない外見であったが、そこには私の持ち得ない力があった。

二人の少年少女は、無謀にも『神』に挑んだ。髪は禍々しいその顔を彼らに向け、彼らを殺さんとその口から恐怖の叫びをあげた。

天が曇り、暗黒が周囲を包む。人のいない、荒れ果てた荒野の中、人知れずこの世のすべてを揺るがすかもしれない戦いが幕を開けた。それを傍観する者は、生者では私のみとなっていた。

『神』と挑戦者の戦いは、拮抗していた。『神』は不完全な形で復活をしていたがために、彼らに有効打を与えることができなかったのだ、と私は感じていた。でなければ、『神』が敗れることがあるはずがないのだ。

『神』の首を次々に切り落とし、彼らはついにそのすべての首を斬りおとした。そして、止めとばかりに神の心臓にその刃を突き立てた。

『神』はその力を維持することができなくなり、そのまま消滅した。

けれど、私にはどうしても『神』が死んだとは思えなかった。『神』は死んだのではない、と。

その時、私の脳裏で何かが囁いた。それを私は「啓示」だとわかった。

神は言った、復活のためには私の、ヒュドラーの力が必要なのだ、と。しかし、私たちはあまりにも未成熟。そのために、力を蓄えよ、と神は言われた。

啓示を受けた私の前で、彼らは『神』の肉体と精神を七つの道具の中に封じ込めた。そして、それを回収した。

私はすぐさまそれを奪い、『神』を復活させようと思ったが、私の腕では彼らに敵わないことは目に見えている。

今の私には、彼らを超える力はない。ここで下手に死んだら、誰が『神』を蘇らせるのだ?

ヒュドラーごときでの訓練では、私は彼らを超えられはしない。ならば、どうする。

答えは簡単だ。


「あの!!」


私は声を上げ、彼らに近寄った。純粋な子どもを装い、彼らのもとへ降りていく。

振り向いた二人の少年少女。一方は冴えない黒髪の男、もう一方は茶髪の女。どちらも、カグラツチ、と言う国などのある東方系の顔立ちであった。


「なんだい、君は?」


男の方が私を見ていった。警戒する目。先ほどの出来事をどこまで見ていたか、という警戒心があらわであった。

私はペロ、と唇を舐め、彼らを見る。心臓の鼓動が早いのを、自分でも感じていた。


「さっきのあれを見ていて、すごいなあ、って思ったんだ。僕に、あなたたちみたいになれる術を教えてほしいんだ!」


私の演技はうまいかどうかはわからないし、それで彼らが納得した、とも思えない。だが、私を見て男と女は顔を見合わせた。先ほどのことを見らていたのは隠し切れないし、口封じをするわけにもいかない。

子ども出会った私を、彼らは手にかけようとはしなかった。


「・・・・・・・・・・・そうだな、さっき見たこと。誰にも話さない、と誓えるなら」


男はそう言った。私はフ、と笑った。狙い通りだ、と。


「絶対言わないよ、だから・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・わかったよ」


「ちょっと・・・・・・・・・・・・!?」


女の方が抗議するように男を見る。男は、深い、深い闇を思わせる目で私を見た。ツウ、と冷や汗が零れ落ちる。

その目は、私の浅はかな心を見抜いているようだった。


「ただし、憶えておくことだ。君がその力をもしも、悪用するというならば、僕は迷わずキミを殺す」


男の目は、『神』にも匹敵するであろう力強さを秘めていた。

ゴクリ、とつばを飲み込んだ。


「世界のため、人のため、正義のために、その力を使うと約束できるか?」


「約束します」


ヒュドラ、我が『神』、我が正義のためならば、私は誓おう。

銀色の刃を掲げ、私は頭を下げた。

後にも先にも、私が他人に頭を下げたのはこれが最初で最後であった。


「アンドラス・マケドニアス、この剣と我が神に誓って」


「・・・・・・・・・・・・・」


男は私を見ると、その手を握り、私を立たせた。



それが、私と彼らの初めての邂逅であった。

長きにわたる因縁と、我が『神』の復活を巡る、長き闘争の始まりであった。



-------



夢を見たのは、久しぶりであった。それがあの夢だとはな、と私は笑う。

残る『神』を封じ込めた品は一つ、この王国の『宝玉』のみ。そして、宝玉がお披露目されるのは、この祭りの期間のみである。

その時だけは、王宮の地下に隠されている秘宝は、地上に現れる。我らヒュドラーと言えども、手出しできないそれは、この時のみ隙があるのだ。

長い時間を有した。ここまで来るために、多くの時間を。あれから何年もたち、私の肉体ももはや限界の域に達している。この命の炎が尽きる前に、私は成し遂げなければならないのだ。


両腕に刻んだタトゥー、そして、わが胸に刻み込まれた十字の傷を見る。


「私を止めることはできぬ。復讐の女神も、過去の亡霊でさえも、私を止めることは出来ぬ。世界は我らの『神』によって、新たな秩序に導かれる・・・・・・・・・・・!!」


愚民どもを導き、世界に安寧を、永遠の秩序を。救いなき世界に、救いを。

ヒュドラーこそが、世界の秩序となるのだ。





闇の中で、私の声だけが反響する。






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