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出歩くのは控えろ、とは言われたものの、そうもいっていられなくなってくる。
刻々と式典の用意は進んできており、私も動かざるを得なくなる。
ローザやアイリーン曰く、怪しい連中がここ数日でこの王都に入り込んでいるのだそうだ。
勿論、それはヒュドラーも入っているが、それ以外の犯罪者たちも入り込んでいるそうだ。曰く、人が大勢集まる場所で少しくらい人さらいがあっても大して問題にならない、と考える奴隷商などがこういう祭りなどにかこつけてやってくるらしい。そう言う連中の存在も、ヒュドラーのカモフラージュに一躍買っている、ともいえる。
「そう言えば、ジェームズは?」
私はしばらく彼の姿を見ていないな、と思い、アイリーンに問いかける。すると、美女は肩を竦めて「ああ・・・・・・・」と私を呆れた顔で見る。
「あの小僧なら、娼館やら酒場やらで毎日遊びっぱなしよ。まあ、本気で遊んでいる、と言うわけではないでしょうけれど」
言葉を濁すアイリーン。ジェームズは一見遊び人のようだが、芯はある、と思っている。それはアイリーンもわかっているが、はたから見れば遊んでいる風にしか見えないのだろうな、とアイリーンの様子から感じた。はあ、と息をついたアイリーンが私を見る。
「まあ、ヴェンティ。ああいう男に摑まるんじゃないよ」
私は黙ってうなずいた。そもそも、ジェームズやそのほかの男とどういう関係にもなるつもりはもとよりないから、アイリーンの心配は杞憂というものだ。だが、下手に口答えしても時間の無駄だから、わかったと示す。
アイリーンは満足げに頷くと、彼女自身の仕事のために家を出ていった。
ローザはその日は朝からいない、とわかったのは彼女の部屋を訪ねたときであった。
私が動けない分、彼女が動くしかないのだ。申し訳ないが、下手に王国兵ともめ事を起こすわけにはいかない私だから、仕方がないのだが。
いい加減、出歩きたいなあ、と思った私はサクヤを誘い、またいつもの変装をして街に出ることにした。
昼間ならば、まあいいだろう、とはローザたちも言っていた。人通りの多い場所なら、敵も仕掛けては来ないだろう、と。今の時点で下手に動いて警戒されるのは、ヒュドラーの望むところではないだろう。
そうしてサクヤと連れだって街を歩く。いつかの約束通りに、今日は彼女へプレゼントを贈るつもりであった。今はこうしてまだ余裕があるし、生きているが、これから先、私は命のやり取りをする。だから、悔いは残したくはなかった。たとえ、死ぬこととなろうとも、私の贈ったものをサクヤが持ちながら生きていてくれれば、私と言う存在は記憶され続ける。別に死ぬことは怖くはない、けれど、誰にも記憶されずに消えていく、と言うことは怖い。それが、親しい人であれば、当然であろう。
私の言葉にしない不安を知ってか、サクヤは何も言わずについてきてくれた。
強く握られた手の微熱が伝わる。微かな香水の匂いが、彼女の光沢のある艶やかな髪から匂う。太陽のもと、その絹のような白い肌は、よく映える。
もう、失いたくはない。奪われたくはない。その思いはより一層強くなる。
あの夢の通りには、させない。
「ねえ、これなんかどう?」
そう言い、私はブローチをサクヤに手渡す。が、サクヤはあまり乗り気ではなさそうだったから、すぐさま違うものを探す。別に高いものじゃなくていいよ、というサクヤ。そうは言うが、私には美的感覚と言うものがマヒしている。ヒュドラーにいた頃よりはマシであったが、飽くまで「マシ」の域を出なかった。
文化的な面など除外されて育ってきたのだから、仕方がないのだが、と内心で零す。
そんな時、ふと露天商の中でも少々異彩を放つ店があったのを見つけ、そちらにサクヤとともに行く。
露店はきらびやか、と言うわけではなく、質素であり、目立たない印象である。だが、そこには目立たないながら、美が存在していた。王都にある大抵の店の装飾品は派手で、流行に媚びている印象を受けるが、ここはそうではなかった。
店主は落ち着いた老人であり、着物、と呼ばれる服装に身を包んでいた。それを見た時、彼はサクヤと同郷か、同じ民族の血をひいている、と思った。髪は年のせいで白く染まっていたが、顔立ちはサクヤ達に似ている。
「おや」と店主は私と咲耶を見て、サクヤを特に注視した。物珍しそうにサクヤを見て、老人は言った。
「まさか、このような遠方の地で同郷の方に出会うとは思わなんだ。それも巫女様の血筋に連なる方と」
「?!あなたは、カグラツチの・・・・・・・・?」
サクヤの言葉に、老人はいかにも、とうなずく。
「私の名前は、タツミ、と申します。まあ、若いころにカグラツチを出て、こうして当てもなく放浪しとります」
人当たりのいい顔を浮かべた老人は、ほっほ、と笑う。そして、質素な商品を並べた。
「これらはまあ、旅の途中で作ったものですな。本業には敵いませんが、遠い故国を思って作った品々で、時たま珍しがって買っていく方もいるのですよ」
「へえ・・・・・・・・・」
そう言い、老人の品々を見る私とサクヤ。サクヤにとっては懐かしいものもあり、私にとっては初めて見るものに溢れていた。本職には及ばない、と言いながらも、その腕は私の見るところ文句のつけようはない。
老人から漂う、言いえぬ雰囲気に違和感を感じるが、気のせいか、と思い私は品々を見る。
その時、ふと、ある物を見つけ、それを手に取った。
「これは・・・・・・・・・?」
「それですか」
老人は私の手に取ったものを見て、ふうむ、と言う。
「こちらの国々では見ない花でしょうなあ。それは桜といいます」
「桜・・・・・・・・・・・」
その響きに心奪われたように呟き、私は手の中の髪飾りを見る。ピンク色の花をかたどった、美しく、華美ではない程度のそれ。けれども、それは魅力的で、私の目を、心をつかんで離さない。
「ええ、春には満開の花を咲かせ、そして散っていく。美しいその姿に、幾人もの人が心奪われていましてなあ。私も、桜の華を今でも思い出します。遠い昔のことなのに、鮮やかに」
老人はそう語り、私を見る。不思議な目の色であった。黒い目なのだが、時折その目は違う光の色を浮かべていた。
これにしよう。私は決めていた。サクヤとサクラ。響きも似ているし、下手に華美なものよりも質素で、彼女の生まれ故郷の華なのだから、これほどふさわしいものは恐らく、この王都にはないように思われた。
私はサクヤの髪に髪飾りをつける。思った通り、彼女の黒髪にそれはよく似合った。
「うん、これにしよう」
「ヴェンティ」
「よく似合ってるよ、サクヤ」
そう言った私を微笑ましく見る店主。
「いい目の輝きを持っている。ふうむ、そうさなあ、値段は半額でよいよ。今日は久々に気分がいい」
老人の言葉に、私は甘えて銀貨一枚を差し出した。あい毎度、と言った老人はサクヤに頭を下げる。
サクヤと私は彼を見て一礼し、その場を去っていく。
「サクラ、か。一度、見てみたいな」
「そうね、ヴェンティ。とてもきれいなのよ、加齢に咲き誇り、そして散っていく。けれども、散る姿にも風情を感じてね・・・・・・・・・・・・」
思い出すように語るサクヤ。私は彼女の髪飾りを見て、呟く。
「すべてが終わったら、一度、サクヤの故郷に生きたいな」
「大丈夫よ、ヴェンティ。一緒に行こう?」
「そうだね」
その光景を頭の中で描きながら、私たちは歩いていく。
――――
ヴェンティたちの後ろで、隙を窺っていたのは銀色の髪の少女と片腕のない少年であった。
右腕のない少年は、憎しみのこもった目でヴェンティを見ていた。
「サルトル、気が付かれるわ。殺気を消しなさい」
「!!・・・・・・・・・・すみません、プリンセス」
サルトル、と呼ばれた少年は謝ると、目を伏せる。だが、その内側の感情は先ほどよりも一層強くなっていた。少女は不満そうであったが、特には何も言わなかった。
「さて、のんきに歩いている『お姉さま』を今のうちに殺してしまうわよ」
父はまだ放っておけ、と言うが、そうはいっていられない。父アンドラスとはいえ、万能ではない。下手に虫に動かれても厄介だから、さっさと殺すべきだ。
銀髪の少女はそう言い、ヴェンティに怨みのあるサルトルを連れてきたのだ。
名前をもらった少年は、片腕を失っていたが、それでもその力は強く、少女には及ばないまでもヒュドラーの若手でも上位のものであった。
失った右腕には機械仕掛けの腕が取り付けられている。精密な作業には向かないが、戦闘に関してはそのギミックで敵を翻弄する。暗殺任務に長けている少年はこの腕を自在に使いこなしていた。
「さて」
ヴェンティに気づかれないように近づこうと思った二人。今ならば、苦労なくヴェンティを殺せる、と思っていた。だが、そのシナリオは一人の乱入者によって壊された。
「ッ!!」
少女とサルトルが視線をそらす。突如、彼らは自分たちの背後に強い殺気を感じたのだ。そして、とっさに動いた二人の先ほどまでいた場所に、一陣の風が襲う。
両横に裂けた二人は、斬撃の主を見て眉をしかめた。
「グリムリーパー・・・・・・・・・・・・!!」
少女は忌々しくつぶやく。灰色の外套を被った、刀を構えたその影は、ゆらりと揺れた。白い不気味なデスマスクのようなもので顔を隠したそれは、じろりと少女と少年を見る。
グリムリーパー。VENGEANCEとはまた別の死神である。復讐の女神と違い、このグリムリーパーは復讐などでは動かない。ただ、目的もなく強者を襲うのだ。それがヒュドラーだろうがなんだろうと関係ない、はた迷惑な人斬りなのだ。
「・・・・・・・・・・・ちぃ!」
少女は舌打ちし、サルトルに目くばせした。少女は「撤退だ」と言っていた。
さしもの少女でも、グリムリーパーの相手はきついようだ。単純な戦闘能力ではアンドラスに匹敵する、とまで言われる人斬りだ。サルトルと少女で倒せるかもしれないが、リスクは冒したくはない。
その場から離脱する二人をグリムリーパーが追う様子はなかった。グリムリーパーはその長い得物を鞘にしまうと、その不気味な面で銀髪の少女を見た。
ゾクリ、と恐怖を感じた少女。おそらく、それが少女が初めて敵に抱いた恐怖であっただろう。
消え行く姿を見て、グリムリーパーは背を向けて消えていった。
まるで、亡霊でもいたかのように、光跡は一切残ってはいなかった。




