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とある朝、私はサクヤとともに朝食の準備をしていた。そこに、血相を変えた様子のアイリーンが駆けつけてくる。彼女は私を見ると、いつもよりも少しばかり高いトーンで私に言った。


「ヴェンティ!」


「どうしたの、アイリーン」


「あなた、昨日どこにいた?」


「昨日、って夜のこと?それならいつも通りに・・・・・・・・・・」


そう言うと、アイリーンは私を見る。


「昨日は、誰も殺したりはしていないわよね」


「?ええ」


アイリーンの質問に疑問に疑問を抱きながらも私は首肯する。アイリーンは私の目を覗き込み、「困ったことになったわ」と言った。


「どうかしたの、アイリーン」


「ヴェルベット」


紅いガウンを着たローザが現れると、アイリーンが一枚の紙を取り出す。それは手配書であった。

ローザはそれを受け取ると、それに目を通し、頭を抱える。


「ローザ?」


「ヴェンティ、今日からはしばらく出歩くのを控えた方がいいわ」


そう言い、彼女はその髪を私に手渡す。私はそれを覗き込み、驚いた。

そこには、この国の要人を暗殺した『VENGEANCE』という殺人者についての情報が事細かに書かれていた。身長やその服装、能力について。ローザではなく、私の特徴が書かれており、肌の色、髪の色、両腕のタトゥーなど、事細かであった。


「ヒュドラ-の仕業ね・・・・・・・・・罪をなすりつけ、排除する気なのよ」


アイリーンがそう呟いた。ローザも怪訝な顔をするが、逆に言えば、ヒュドラ-はそれだけこちらを脅威に思っている、と言うことである。


「とはいえ、ヴェンティ。あなたは少しばかり、厄介な状況にあるわ。夜の外出は控えて。昼の外出も、なるべく変装して、捕まることの内容に注意しなさい。おそらく、騎士たちもこの事件の調査をしているでしょうからね」


「・・・・・・・・・・わかった」


私は頷く。ローザたちに任せるのは気がひけるが、下手に動いて足を引っ張ってもならない。大人しく待機することにした。

ローザはふう、と息をつくと、ここにはいないジェームズに向けて手紙を書き、指を弾く。窓からツァールが舞い込んでくる。ローザはその足に手紙をくくりつける。すると、ツァールは再び窓から出ていき、主人のいるであろう方向に飛んでいった。

ローザとアイリーンもすべきことがある、とそのまま家を出ていってしまい、私とサクヤだけが残される。

とはいえ、昨日の今日で騎士たちの神経もとがっているだろうから、出かける、などと言うこともできない。大人しくサクヤと一緒に家で過ごすか、と考え、とりあえず朝食をとろう、と思った。



案外、家出することなどなく、剣の素振りを行ったりしていたのだが、それではサクヤが退屈してしまう。サクヤもいろいろと家事をするが、それもあっさりと終わり、暇をもてなしてしまう。

不貞腐れる恋人の黒髪を撫で、その頬にキスをする。サクヤの絹のような肌に赤みが増し、恨めしそうにこちらを睨む。


「ヴェンティ・・・・・・・・・・」


「どうして厭そうな顔するの?嬉しいくせに」


照れるサクヤの手を握ると、唸りながらも強く握り返してくる。

どうせすることもないし、他の人もいないので、陽がまだあるのだが、サクヤを誘い、二人の寝室に向かっていった。




夢を見た。

私に迫る剣戟が、私の手を奪い、脚を奪う。四肢を失くした私の前で、サクヤやローザ、アイリーンが組み敷かれ、踏みにじられる。サクヤが助けを求めるが、それを救う力は私にはない。ジェームズの姿はないが、折れた弓矢と、ピクリとも動かないツァールが彼の死亡を告げていた。

気高いローザも、アイリーンも力なく倒れ、血の気がない。彼女たちを足蹴にするのは、忌むべき「父親」アンドラス。その背後には、八つの首の大きな蛇が朱い目を見開いて私を睨んでいた。身体が石になったかのように重い。呼吸ができず、胸が苦しい。


「助けて、ヴェンティ」


その声が、かつて死んだ私の友と重なる。そして、そんな私をあざ笑うように、アンドラスはサクヤの身体を刀で引き裂いた。


悲鳴。


美しい黒髪が落ち、血の海を流れた。蛇が鳴き声を上げ、私を飲み込んだ。アンドラスのクツクツと言う、乾いた笑み。

そして、蛇の口の中で歪んだ笑みを浮かべた、アンドラスに似た紅い瞳の少女が、静かに私を見ていた。私と同じ紅いフード、赤いマフラーに身を包んだ少女は囁く。


『バイバイ、お姉ちゃん』


そして、私は奈落に落ちて行く。

深く、深く。

きゃはははは、と声が響き、私は落ちる。

アンドラスの声が響いた。


『お前は死ぬべきなのだ』




は、と起きた時には、夜だった。ひどい寝汗でシーツと枕が濡れていた。服を着ていない華奢な身体は、汗でじとっとしている。

水で汗を流そう、と思い、寝台から降りた私は、ふと足を止め、振り返る。

先ほどまで私がいた場所の隣でサクヤがすやすやと寝息を立てていた。それが現実だと確認するために、その黒髪を撫で、その肌のぬくもりを確認した。

たとえ、何があろうとも守ってみせる。二度と失わないために。二度と同じ悲劇を繰り返させないために。

たとえ、この命を失ったとしても、アンドラスを、ヒュドラ-を止める。

あのような夢には、絶対にならない。


水浴び場で汚れを落とす私の背後に、サクヤが現れ、私を抱きしめた。


「汚いよ」


「いいよ、私も汗かいちゃったし、浴びようと思っていたから」


私の言葉にそう返すと、サクヤはぎゅ、とその手の力を加えた。「サクヤ?」と私が問うと、サクヤがゆっくりと口を開く。


「ねえ、ヴェンティ。うなされていたけど、大丈夫?」


あの夢の最中、私はうなされていたのか。そう思った私は、黙って頷く。

サクヤは黙って私を見ると、言った。


「大丈夫だよ、私もローザさんも、他の人だって、いなくなったりはしないから」


「・・・・・・・・・・・うん」


「ね、こっち向いて?」


そう言ったサクヤは少し強引に私の顔を自分の方に向かせると、静かに長いキスをした。

水の降り注ぐ中、どれほどの時間かわからないほど長い時間、私たちは抱きしめあい、キスをしていた。


「・・・・・・・・・・このままじゃ、風邪ひいちゃうね?」


「続きは戻ってから、ね」


フフ、と笑い、二人水浴び場から出ると、また寝室に戻っていく。


大丈夫、大丈夫。私は自分に言い聞かせた。


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