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私と彼女はラウシルンの街の門前に来ていた。門には衛兵がいて、街へ入るものに不審者がいないかを見ていた。

自治都市であるここは、多くの人が来るため、トラブルも多い。未然に防げるトラブルは防ぐべき、ということなのだろう。国内外で指名手配される賞金首や奴隷商人など、そう言った人物たちが入ることを防ぐのだ。

とはいえ、そうは言うものの、後ろ暗い人間はあの手この手でこういった場所に入るし、こういう街の権力者たちはそう言うパイプを持っているのを、私は知っている。ヒュドラーの根は深い。恐らくここにもそれはあるだろう。

ローザ・ヴェラスコスは門兵に頭を下げ、何やら話し込む。門兵は若く、魅力的な貴婦人にどぎまぎしていた。ちょっとした彼女の師草は、見事に若い兵士の注意をそらした。

結局、ろくな審査もせずにローザと私を街へと招き入れた。

街行く人々に気さくに声をかけているところを見ると、ローザはここでは名の知れた存在なのだろう。

人々のうわさ話を聞くと、隣町に住む深窓の令嬢で、夫が今遠くに行っている、という設定らしい。

名家出身でありながら、嫌みのない人物として、人々からの評判はいい。

質さえよければ金も弾んでくれる。彼女は彼らにとっていい顧客であった。

「ローザ」

私はにこやかに歩く貴婦人に声をかける。貴婦人は笑顔のまま私を見る。

「なにかしら?」

買い物を両手に持ちながら私たちは歩く。結構な量を狩ったが、まだ足りないようだ。

どこからそんなに金が出るのか、というほどローザは金の羽振りが良かった。

「いい加減教えて、なぜここに来たのか、を」

その問いにローザは微笑み返す。

「そろそろね」

「何が?」

「まあ、見ていなさい」

ローザはそう言うと、商店街の広い歩道を見る。私もそちらを見ると、そこには大きな馬車が通っていた。三頭の逞しい馬に引きずられた車は、下品なほどの装飾華美で、私でもそのセンスのなさはよくわかった。

窓の部分から見えるのは、狡猾なカラス、といった印象の若い男だった。黒い髪と、浅黒い肌。そして、濁った瞳。

それは、人を殺したことのある者の目であった。

通りでは人々が馬車を避けていた。皆、一様におびえていた。原因は、いわずもがな、である。

「あれは?」

私は馬車を伺いながらローザに聞いた。

「この自治都市の現支配者よ。つい先日、王都から帰ってきたようね」

ローザはそう言い、通りを見ていた。

「名前はリヴェルド・ブルターク。父親はつい一か月前に死亡。以後、彼が街の長」

そう言い、ローザは私を見る。

「いろいろと黒い噂が絶えない男よ。まあ、わざわざ言わずとも、あなたならわかるわよね」

「・・・・・・・・・」

私は黙ってうなずいた。

「父親や彼自身がもみ消しているけど、街の人々は彼らの悪行を知っているわ」

それでも、彼らはあの街長を裁判にかけることはできない。裁判権があるのは、地方領主や街長なのだから。王国の介入がない限り、それも難しい。

「それで、あなたは何を?」

「前々から、噂だけは聞こえていたのだけれども、決定的な証拠がなかった。だから、私は動けなかった」

そう言い、ローザは懐から何かを出す。それは、リボンの切れ端であった。

「先日、ブルタークが王都に行く途中で、少女が馬車の前に飛び出した」

ローザは静かに語りだす。

その少女はまだ五歳。母親から離れて遊んでいたという。母親が気づいた時、少女は馬車の前にいた。

ブルタークの馬車はすんでのところで止まったが、驚き泣いてしまった少女は道の真ん中に座り込んでしまった。

母親が駆け寄ろうとすると、馬車が再び動き出し、少女を弾いてしまった。

少女は、全身を強打し、数時間後に死亡した。苦しみながら、必死で母親の名を呼びながら。

ある住人は、ブルタークが窓から「そんなゴミ、さっさと片つけろ」という怒声を聞いたという。ブルタークは故意に少女の命を奪った。

ローザはそれがそれを知ったのは、私と暮らし始めてからだった。その時にはブルタークは留守にしていた。

ローザは手を握りしめていた。

「もっと早くに、殺しておけばよかったかもしれないわね・・・・・・・・・・」

そう言うと、ローザは私を見る。

「あれを殺す、それがこの街に来た理由」

「何故、私も?」

それが疑問だった。彼女ならば、一人でそれができるはずだし、私には関係のない話だ。

確かに少女のことは怒りを微かに感じるが、赤の他人。私が動く理由には、ならない。

「そうね、でももし」

そう言い、ローザは一区切りして再び口を開く。

「彼がヒュドラーともかかわりがあるとしたら?」

「!」

ローザは冷たい瞳で馬車の去った方角を見ながら言った。

「彼やこの国やほかの国の有力者や権力者は、彼らとつながっている。そして、彼らは自分のためだけに多くの人々を搾取し殺し、自由と生命を奪う。こんなこと、赦しておけるかしら?」

ローザは、冷たい目を向ける。復讐の炎が、私の身体を射抜く。

「ヴェンティ、彼らに、ヒュドラーに復讐をしたい?」

私は乾いた口を動かす。したい。無残に死んでいった彼女や、仲間の仇を。

私の中でしか、彼らは生きていない。死体はもはや獣に喰われ、ヒュドラーの大人たちはその存在すら覚えてはいないだろう。

私の中で生きる彼らの声が、聞こえた気がした。嘆きの声。そして、強い、怨嗟の声が私を動かす。

『復讐を・・・・・・・・・・・・・・』

顔を上げた私の顔を見ると、ローザは妖艶に笑った。

「復讐の声に身を任せ、無念に死んでいった魂に代わって贖いを。それが、私の生き方よ」

そう言って復讐の女神は、私の手を掴む。

彼女を通して、この街にあふれる哀しみと怨嗟が、聞こえてくるようであった。

私は思った。そうか、そのために私は生き残ったのだ、と。

無念に死んだ者の復讐を果たす。それが、私が生き残り、そして彼女に拾われた理由なのだ、と。

何となく、そう思った。



夜。街の賑わいも去った頃。

闇がうごめく時間こそ、私たちの時間であった。

宿に荷物を置き、私たちは復讐の準備をする。私は紅いフードと、マフラーを身に着けた。服装は動きやすいように、と黒装束であった。ノースリーブの上着と、膝下がない、ということで防御面では無防備とも言っていいが、長年鍛えられた勘と肉体があれば、よほどのことがない限りは大丈夫だろう。

武器は鉄線と二本のナイフ、小刀、それにローザの作った針を数本を装束に隠した。

私は体の調子を確認する。問題は、なさそうだ。

私は前に立つローザを見る。はっきり言って、彼女は異様であった。

まず服装はドレス。それも、動きにくそうな、パーティー用のドレスであり、実用性は考慮されていない。胸元は扇情的に開いているし、スカートは重そうだ。靴はヒールで走れるとは思えない。

真紅のドレスは真っ赤ではないとはいえ、それなりに目立つ。それに彼女自身が人目を引く美貌を持っている。

こんな格好で暗殺まがいのことができるのか、ほとほと疑問であった。

武器らしい武器も見えない。一体どこに武器があるのだろう、と思う私をローザは見返す。

「ヴェンティ、武器なんてどこにでもあるわよ」

そう言うと、彼女は自身の指で美しい唇をなぞる。私は唇と爪をよく見る。紅が刺され、爪にも何か塗られている。ファッションではない、とそのとき私は初めて気づく。

それに、彼女の纏う香水の匂いも、強力なものではないが媚薬であった。私に毒物への耐性がなければ、私も危なかったろう。

「女はね、どこにでも武器を隠し持っているものよ」

そう言い笑う彼女を、呆然と私は見た。

どうやら、私はまだ、この人のすべてを見たわけではないらしい。この人はもっと、恐ろしい何かなのだ。

まるで、昔に語り継がれた死神のような人だ、と私は思った。

復讐の女神は人気のない夜の街を堂々と歩き出す。月明かりのみが照らす街の中で、彼女は優雅に踊る。

「さあ、復讐の時間よ」

私は、彼女の後をついて行く。




果たして死神に魅入られたのは、誰だったのだろう。

思えば、彼女の手を握った時から、この未来は決定していたのだろう。

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