31
少女はこの王都に両親の仕事の関係で来たらしい。父親が行商人と言うことで彼女は一緒についてきたのだ。王都に来るのは初めてであり、浮かれ気分の娘を見かねて両親とともに街に出たはいいが、いつの間にか一人になっていた、と言うのだ。
口下手な私に代わり、サクヤが主に少女から話を聞いていた。少女はいかにも心細げであるが、私たちの存在もあり、次第に落ち着いていったようである。
「じゃあ、一緒に探しましょうか?」
このまま見過ごすのもできないし、どうせ私たちも用がとくにあるわけではない。サクヤがいいよね、と私を見る。異論はないので、私は黙ってうなずく。少女の顔がにぱぁ、と明るくなる。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「そういえば」
私は少女を見て口を開く。
「まだ、名前を聞いていなかった」
「そうね、お名前はなんていうの?」
そう言ったサクヤの言葉に、少女はコクリと首をかしげて私たち二人を見た。
「私の名前はね、アコニンスっていうの!お姉ちゃんたちは?」
「私はサクヤ。あと、こっちの人はヴェンティよ」
自分と私を指して彼女が言うと、アコニンスは「サクヤお姉ちゃんとヴェンティお姉ちゃんだね」と言う。にこやかに言った彼女は私たちの手を掴むと、歩き出す。
早く両親に会いたいのか、それとも安心して本来の明るさに戻っているのかはわからないが、彼女が不安を見せていないようで、私とサクヤは顔を見合わせて安堵のため息をつく。
アコニンスが今日歩いた、という道を私たちは歩く。うまくいけば彼女を探す両親とも会えるかもしれない、ということもあってのことだ。王都の騎士詰め所などに行って探してもらってもいいが、この人の多さでは騎士詰め所に行ったところでどうにもならない、という私の意見と、アコニンスの一人になりたくないような眼に、サクヤも仕方がない、と諦めていた。
歩きながら、物珍しそうに食べ物を見るアコニンスに、私は問いかけた。
「食べたい?」
なるべく、ぶっきらぼうにならないように。表情がほとんど変わらないのはもう諦めているが、それでも私の気持ちが伝わったか、彼女はニコリと笑い、うん、と言う。私は銅貨を取り出し、露店の主に飴細工を三つ頼む。
飴細工を受け取ると私はアコニンスとサクヤにそれを渡す。
「ありがとう、ヴェンティお姉ちゃん!」
「ヴェンティ、私はいいのに」
「いいから」
私も持っているし、皆で、というとサクヤも納得して飴をなめる。思った以上においしかったのか、サクヤの顔がほころぶ。可愛いなあ、などという内心の呟きはアコニンスも前にいるので押し込んだ。飴を熱心に舐めるアコニンスの頭をくしゃくしゃ撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
そうやって歩きながら物を物色しながら歩いていた私たちであったが、夕方が近くなってくると、さすがに少し考えてしまう。
アコニンスの顔も楽しそうだったものがあたりが暗くなるにつれて曇っていく。
サクヤが大丈夫だよ、とその頭を撫でる。うん、とうなずくアコニンスだが、その目は明らかに沈んでいたし、元気がないようであった。
このまま、と言うわけにもいかないな、とは思うが、どうしたものか。
私がそう思っていると、少女が突然顔を上げて「あ、パパだ!」と叫ぶ。嬉しそうな声に、私とサクヤが顔を上げる。握っていた手を離し、アコニンスが奔りだす。そして、父親と思しき人物のもとへ走り、その足に抱きついた。
男性は驚きアコニンスを見る。
「あ、アコニンス・・・・・・・・・?」
「そうだよ、パパ!私だよ、探したんだよぉ・・・・・・・・・」
泣き出したアコニンスを男性は撫でて「ごめんよ」と呟く。泣くアコニンスと父親のもとに私たちは歩いていく。男性が私たちを見て礼をする。
「いやぁ、娘がお世話になったようで」
「いえ、それよりも見つかってよかったです」
サクヤがそう言うと、男性は「そうですね」とアコニンスの頭を撫でながら言う。
「このまま見つからなければ、と思っていました。王都とはいえ、危ない場所もありますし、人さらいにでもあったら、と思うと、気が気でなくて・・・・・・・・・・・・」
ありがとうございます、とサクヤの手を握り、私の手を握る男性。ふと、私はその手に違和感、を感じた。普通の人間にはできない、タコのようなものがあり、その手は硬かった。まるで・・・・・・・・・。
私のように。
私の顔に何かを感じたのか、「どうかしましたか?」と父親が私を見る。私は「いいえ」と首を振る。
「ああ、もうこんな時間ですし、すみません。家内が待っていて。急いで帰らなければならないのです。大した礼もできませんが・・・・・・・」
申し訳なさそうにする父親に、サクヤは気にしないように言う。
「それじゃあね、アコニンスちゃん」
「うん、バイバイ!お姉ちゃんたち!」
そう言い、アコニンスは父親とともに去っていく。夕焼けの沈む中、中のよさそうな親子の姿にサクヤは嬉しそうに見ていた。
けれど、私はあの親子の姿にどことなく、違和感を感じていた。それが何か、言い表すことはできない。けれど、私の直感が言うのだ。
あの二人は、親子ではない、と。
去り際、ちらりと私を見た父親とアコニンスの視線。あれは、そう。あれは・・・・・・・・・・。
いいや、今は関係ない。私は自分にそう言い聞かせると、サクヤに帰るよう促した。そして、彼女たちの去った方向をもう一度だけ見ると、その方向に背を向けて歩き出した。
「遅かったわね、一体どこで遊んでいたの?アビスムス」
先ほどまでアコニンス、と名乗っていた少女は、その外見からは信じられない冷たい声と冷徹な紅の瞳で隣の男を見る。父親、と名乗った男はアコニンスを意地悪そうに見て笑う。
「いやだなあ、遊んでいた、なんて。こっちはこっちでいろいろと探っていたのになあ。王子のことや、あとVENGEANCEのことをねえ」
そう言ったアビスムスは、アコニンスがVENGEANCEの名前に特に反応しないことに、疑問に思った。
「あれぇ、君はまだ知らないと思ったんだけどなァ、VENGEANCEも来てるってこと」
「ええ、知らなかったわ。さっきまではね」
そう言ったアコニンスは男を見る。
「あんたは気づかなかったの?あの灰色の髪の女を」
「ああ、アコニンスと一緒にいた・・・・・・・・・・・」
「あれ、私の姉よ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「気付いていなかったの、アビスムス?間抜けね」
そう言われたアビスムスは、慌てて「だって」と言う。
「前にあの娘を見たのは数年前だし、それにあの時よりも女の顔をしているし、気づかなかったよ!それに前よりも腕を上げたのか、気配も普通の人間のそれだったし・・・・・・・・・」
「伊達にヴェルベット・ローズに鍛えられていない、ということね」
ふん、とアコニンスは鼻を鳴らすとアビスムスを見る。
「まあ、もっともあの程度で私や父上を倒せるわけがないけれど」
所詮、姉はヒュドラーになりきれなかった存在であり、自分には勝てないのだ。そう言うアコニンスは、クツクツと笑う。
「血塗られた復讐者VENGEANCE。いい機会だから、この機会に一気に殺してしまいましょう。父上とヒュドラ-の理念の邪魔になる障害を、完全にね」
そう言い、嗤う少女にアビスムスは静かに頭を下げる。
「・・・・・・・・・・・仰せのままに、マイレディ」
アビスムスの態度に機嫌をよくした少女は、にやりと笑い、姉のいる方向を見た。
(覚悟していなさい、姉さん。そして、絶望しなさい)
真紅の瞳と銀髪が闇の中で不気味な光を放った。




