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VENGEANCE  -THE CRIMSON HOOD-  作者: 七鏡
VENGEANCE STORYS
35/54

SAKUYA 2

同じ国の出身者は、私のことを気にかけてくれた。

僅かに渡される水と食料を、私に分けてくれようとさえする。

しかし、私は巫女の家系とはいえ、今ではただの奴隷でしかないのだ。それに、他人を犠牲に生き残るなんて、私は厭だ。犠牲になろうとした私が言うのは、矛盾しているようだけれど。

私たちを馬車に詰め込んだ奴隷商たちが、外で話をしているのが聞こえた。

「今回は高く売れそうな商品が入ってよかったなあ。あの娘は高値で売れそうだからな」

「あの見目で、カグラツチの姫と言うのですからなあ。正直、このままでは目玉の商品がありませんでしたからね」

「まったくだ。いやあ、戦争はいいなあ!奴隷は手に入るし、武器は売れる。いいことばかりだ」

そんな言葉を聞いて、私はため息をつく。

西方民はこれだから、と。

私はこれから自分を襲うであろう運命を、怯えてまっているしかなかった。

それでも、怯えを表に出すことはできなかった。

ここには、私に付き従ってくれた兵士や、国から拉致された女子供もいる。

私が弱みを見せてはいけない。私はコノハナ家のものなのだから。




見慣れぬ土地。

夕刻の中を、多くの人が通っている。森林の奥にある複数のテント。

奴隷商に歩くよう指示されながらも、私はテントの隙間から中を見た。

そして、思わず目を背けた。

テントの中の光景は、今まで平穏の中に生きてきた私には、あまりにも衝撃的であった。

肌をあらわにした女性が、泣きながら組み敷かれる。そんな光景を。

信じられない、と言う顔で蒼白になる私を見て、奴隷商は笑う。

「その反応からすると、やはり初物か。これはいい商品になるなあ。味見しなくてよかったぜ」

下卑た笑みを浮かべる男に、私は鋭い視線を向けるが、男は肩を竦め、にやにやと笑う。

「おお、怖い怖い」

「いつか、お前たちに女神の裁きが下るぞ!」

「神なんて怖くねえなあ。人間様こそがこの世界の支配者なんだから!」

そして、と男はニヤリと笑う。

「奴隷は人間じゃない。家畜畜生さ。あんたも、奴隷として買われ、男の腕の中でよがることになるんだぜ、お姫さん」

そう言い、私の胸に手を伸ばす男。その手を、不自由な右手で何とかはねのける。

「楽しみだなあ。その顔が絶望で染まるのがなあ」




薄暗いテントの中は、多くの人であふれていた。

髪の色、瞳の色、肌の色。時には、共通言語を話さない民族さえいた。

多種多様の人間が、捕まえられ、尊厳をにじられている。そのことに私は衝撃を受ける。

外の世界は、あまりにも恐ろしい。

カグラツチが、非常に恋しくてたまらなかった。

何不自由しなかった。

自分の境遇に、疑問さえ抱かずに、平和だった今までを。

未だ、女神の救いは訪れていない。

このまま、私は奴隷として一生を終えるのだろうか。

そんなことは、嫌だ。



気づくと、あれだけ人に溢れていたテントは、もう私以外いないようであった。

孤独。

暗闇の中で、膝を抱えて、私は泣いた。

誰もいないから、私は演じることを辞めた。

弱い自分をさらけ出す。

涙が零れる。

しかし、涙が堕ちる前に、光がさした。

私は泣くのをやめ、涙をぬぐい、光の方向に目を向ける。

下卑た笑みを浮かべる男たちが私を見ていた。

私は喫然とした態度で男たちを見る。

最後まで、私は諦めるつもりはない。

きっと、女神は私を救ってくださるはずだ、と。




「さて、これまでも多くの奴隷を見てきた私ですが、その中でもこの奴隷は一級品と言っていいでしょう。東方の至宝!漆黒の髪は、この世のものとは思えない!自信を持って、皆様にお披露目いたしましょう!」

頬のこけた、中年の男が私の手前に立ち、眼前の集団に向かって言う。

集団の、特に男たちが目の色を変えて私を見る。不快な視線。じろり、と私の身体を、顔を見回す。

不快な人の思念に、吐き気さえこみあげてくる。

「さあ、この高貴な奴隷をどうかご自身のものとしませんか?私が最高のものと保証します!」

男は私を振り返ると、強い力で私の顎を掴む。

嘲笑の色が浮かぶ。女を道具としてしか見ない、そんな瞳。

「もちろん、まだ生娘です・・・・・・・さあ、それでは・・・・・・・・」

私は耐えきれず、叫んだ。

「離せ!」

そして、ささやかな抵抗として、私は口に含んだ唾液を、男の顔に吹きかける。

「我が国民を解放しろ、野蛮な西方民!」

私の叫びを聞いて、観衆はより興味を強めたような眼で私を見る。目の前の男は、嗤いながら私の唾をふき取ると、静かに言った。

「・・・・・・・少々、手がかかりますが、まあ、それも奴隷をしつける醍醐味でしょう」

それでは、と言い、奴隷市の最後の商品である私への落札が開始された。

金額のことはよくはわからないが、観衆の熱狂に、邪悪な思念に、私は吐き気をこらえる。

膝は震え、これからの運命を私は考えた。

あの女性のように、私は男たちの欲望のはけ口とされるのか?

それだけは、嫌だ。


そんな私の意思に関係なく、落札は終了した。

男曰く、今日の最高額だそうだが、そんなこと、私には関係のないことだった。

落札した大男が前の舞台に進んでくる。

でっぷりと膨れた腹と、煮えたぎる欲望を隠さぬ顔。

不快感を隠さずにはいられず、顔を背ける私。

大男は司会の男に金を渡すと、私の顔を掴み、こちらに向かせると、にやりと笑う。

そして、いきなり私の身体を持ち上げた。

「おや」

「なんだ、ここでやっちゃあならんか?」

「いいえ、その奴隷はもうあなたのモノですし、まあ、別にいいですよ」

司会の男がそう言うと、大男は片腕で私の身体を支えると、左手で私の体を覆っていた布きれを、引きはがす。

私の身体は、なにも守るものがなくなる。

恥辱に顔が染まる。

「きゃあああああああああああっ!!」

悲鳴を上げる私に、ますます興奮したのか、鼻息を荒くする大男。

「さあて、それじゃあ、この娘の初めて・・・・・・・みんなに見てもらおうじゃあないか!」

舌なめずりの音が、耳のすぐ後ろでした。

恐怖に体はすくむ。

ああ、女神様。私を、お助けください。

目を閉じて、祈る私。この祈りが届くとは、思ってはいなかった。

両の眼から、滴が零れ落ちる。




その時。





微かな悲鳴と斬撃の音。

そして、それに目を開いた私がみたもの。



それは紅いフードを被り、深紅の衣を纏った、小柄な人物であった。

紅い侵入者は、瞬く間に私を持ち上げる男の両腕を斬り飛ばす。

私を拘束する腕から逃れると同時に、私の身体も重力に従い落ちて行く。

そんな私の身体を、私より小柄なその人物は受け止める。

その身体からは想像できない力で私を受け止めると、両手を失った大男に向かって、何かを放つ。

大男は後ろに崩れ落ちた。



そのあと、その人物は私を庇いながら戦い、私に自身の衣をかぶせてくれた。





こうして私は彼女に救われた。

けれど、彼女は私の望んだ女神ではなかった。

なぜなら、彼女の瞳の中には、強い憎悪の念があったから。

彼女は、復讐の女神なのだろう。

私はそんな彼女の纏う死の雰囲気に、吐き気を覚えていた。


そして、そんな彼女に恩義を感じながらも、彼女を理解しようなんて全く思いもしなかった。

彼女と、彼女の師である人物により、全員ではないが、カラクの民は救い出された。

カラクの民に、少しばかりの武器と金を渡し、ローザと言う女性は言った。

「ここから先にある街のタラントと言う人物を訪ねるといい。私の名を出せば、あなた方を連れて行ってくれよう」

そう言い、彼女は私を見る。

「カグラツチの巫女殿もそれでよろしいでしょうか?」

驚いたことに、彼女は私を見てカグラツチの巫女だと思ったらしい。

異国人なのに、彼女はカグラツチに関して、知っているようだった。

「いえ、私は戻りません」

「サクヤ様!」

声を上げるカラクの民の男に、手で制す。

「これだけの恩を受けたのだ。返すのが、当然であろう」

恩義を受けたならば、返せ。それがカグラツチに生きる者の流儀だ。

「・・・・・・・・・・まあ、私は気にはしないのですが、あなたがそうしたいというのならば」

そう言い、礼を取ろうとする女性に私は言った。

「私は巫女ではないから、必要以上の礼は不要です」

「それは失礼を」

そう言い笑う女性。どこかつかみどころのない彼女は、微笑ましく私を見ている。

ばつが悪くなった私は、ふとあの真紅の小柄な人物の姿を探す。

「ああ。彼女なら、いろいろと後始末中だ。さて、その間に、あなたを我が屋敷になんないしよう。・・・・・・・いろいろとお疲れでしょうからね、詳しいことは明日」

そう言い、深紅の髪の女性は穏やかに笑った。

私は、いろいろと聞きたいこともあったが、確かに疲れていた。

精神的にも肉体的にも。






翌日。

私は目の前の少女を見た。

「彼女はヴェンティ。私が世話をしている子だ」

ローザさんがそう言う。ヴェンティ、と呼ばれた子は、感情の薄い瞳で私を見ると、沈黙を守り続けた。

私は確信する。彼女こそ、昨日私を救った復讐の女神なのだ、と。

男だと思っていた。だが、それだけでなく、彼女は私と同い年、もしくはそれより下であった、ということだ。

こんな子供が戦う世界なんて、と私は絶句した。


私は、なぜカグラツチに帰らなかったのだろうと、今更ながら後悔していた。

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