R.I.P
王都への道のりは五日間ほど、とローザとアイリーンは話していた。
途中の街々で休息を取りながら行くらしい。そのまま夜通し馬を飛ばしてもいいが、そこまで急ぐ必要もないし、たまにはこういう旅も悪くはないだろう、とのことだった。
一日目。陽が落ちかけ、夜が近くなったころに、今日の宿場となる街が見えた。
本来ならばもう少しかかるかもしれない、と言う見込みだったが、案外ジェームズの技術がよかったのだろう。門が閉まる前に入れた。
おかげで余計な手続きもなく入ることができた。
ジェームズは馬車を止められる宿を見つけると、ローザとともに宿の手配に走っていった。
私とサクヤはその間、外に置かれた馬車の外で待っていたのだが、暇そうなわたしたちを見かねて、アイリーンが言った。
「暇なら、二人でどこか近く散歩してきたら?ここは夜でも明かりが多いし、治安も悪くないからね」
そう言い、アイリーンはかわいらしくウィンクする。子供らしい仕草だが、美しい彼女がそれをするととても様になる。
男に向ければ、魅了することもできるだろうに、と私は思った。これでローザが好きなのだから、余の男性方には気の毒なことだ。
・・・・・・・などと考えながらも、私も人のことは言えないのだった、とすぐに思った。
私は手を引っ張るサクヤを見る。
「わかった、行こうか」
そう言うと、うれしそうに黒髪の少女の目が光る。
私はサクヤとともに、明りの灯り始めた夜の街に向かっていく。
闇夜が迫っても、街中の歓喜は衰えることはない。王都への経路にある街々はどこも、こんな感じだとローザは語っていた。まして、祭りが近いとなるとあってはなおさらだろう。
サクヤは色々と見ていて、興味津々であった。
彼女へのプレゼントは王都に逝ってから、と言ったが、彼女が望むならば今でもいいかな、と思った。
しかし、サクヤは別にそれらがほしいというわけではないようだ。
しっかりと握られた彼女の手の熱が伝わる。
彼女が私との時間を大切にしてくれているのだな、と私にはわかる。それは私の勝手な思い込みではないだろう。
私はサクヤとともに、人並みの中を歩く。
ふと、そこで私に対する憎悪を感じた。だが、それは私を狙う刺客にしてはお粗末だし、気配も消せていない。
それに。私はふと、視線の先を見る。人波にまぎれて見えないが、私にはある確信があった。
憎悪を向ける人物は、今まで人も殺したことのない人物なのだ、と。
私の中の復讐者が声を上げないのもその証拠だろう。
「サクヤ」
「なあに、ヴェンティ」
私を向いた彼女を見て言う。
「ちょっと先に帰っていて。あと、ローザたちに遅くなるって」
「?どうかしたの」
疑問を浮かべる彼女に、私は曖昧な笑みを浮かべる。
「少し、ね。安心して、危ないことではないから」
「そう・・・・・・・・・・」
サクヤはそう言うと、一人、元来た方向、宿へと向かっていく。
「アイリーン」
私が言うと、私の後ろに紅いコートの紳士が現れる。
それは、男装したアイリーンであった。
不思議なことに豊満な胸や女性的な腰つきはなく、少し武骨な紳士、と言う感じであった。顔には口髭がついていて、白髪交じりの中年男性にしか見えない。
「なんだ?」
声音も男性そのもの、という声で言う。
「サクヤをよろしく」
「・・・・・・・・・大丈夫なのか?」
「たぶん、ね」
私はそう言い、歩き出す。視線の主も、歩き出したらしい。
「・・・・・・・・心当たりは?」
「いろいろと、ね」
「そうか」
アイリーンはそう言い、私から離れていく。
そう、これはおそらく、私の罪なのだ。
人気のない裏通りに来ると、私は振り向いた。
影は私から隠れようとしていたが、遅い。素人では、私相手に隠れることなんてできるわけないのだから。
「出てきたら?いるんでしょう」
私が言うと、相手はビクリと動き、そしておずおずと出てくる。
その人物は三十代前半の男性で、無精ひげとボサボサの金髪、薄汚れた服装であった。
浮浪者だろう彼は、私を睨んでいる。
その瞳の奥に渦巻いているのは、私がよく知るもの。
怒り、憎しみ、怨念。
そして、復讐。
「見つけた・・・・・・・・・見つけた・・・・・・・・・・・・」
ぼそぼそと、彼は言う。私を見て、何も持たない両手をわなわなと動かしている。
ただその瞳だけはぶれることなく、私を見ている。
私は男性のことを知らない。だが、彼は知っているのだろう。
だとしたら、考えられる可能性は一つだけ。
「サリィ、ジャン。お前たちの仇を見つけたぞ・・・・・・・・・!!」
男性はギリギリと歯ぎしりをして。
「お前は憶えていまいなあ。お前たちが殺した哀れな女も子供も、街のことも・・・・・・・・・・!!」
「ええ」
私は言った。その言葉に、男性は怒り狂う。
「その目。その目だ・・・・・・・!まるで、何でもないかのように、皆を殺した奴らの目だ!」
彼にはそう言う風に見えるのだろう。
いや、もしかしたら、それは正しいのかもしれない。
ローザやサクヤのおかげで、人間らしさを取り戻していても、私は未だに過去に縛られ続けている。
私の無表情の顔は、未だにあの頃の無慈悲な殺人兵器の顔なのかもしれない。
男性は憎しみの目で私を見続ける。
過去、何度も見た。
絶望の目を。私が手にかけた人々。
妙に生温かな血と鉄の匂い。
何度、悪夢を見ただろう。
何度、私を恨む声を聴いただろう。
私は復讐者を気取っている、ただの殺人者でしかない。そう思う時がある。
「生きる気力もなくして、ただただこうして生き延びて・・・・・・・・。だが、今日、お前を見つけられた。これも、神の導きなのか」
男性はそう言い、私を見る。
私たちの姿を見たものは死ぬ。だが、必ずしもすべてと言うわけにはいかない。時たま、私たちの魔手から逃げる者もいる。彼も、そう言った一人なのだろう。
「私が、憎い?」
私が問う。
彼は怯えた顔で、しかし、憎悪を込めた目で私を見返す。彼は頷いた。
私は、息をつくと、懐からナイフを取り出す。
彼はびくりと体を震わせる。殺される、と思ったのだろう。
だが、殺すならば、話もする必要はないし、ナイフではなく苦無や小刀を使う。私がわざわざナイフを出した理由。それは簡単だ。
私は彼の足元にナイフを投げる。カラン、と音がして彼の足元に転がる。
彼は私を見る。信じられない、と言った顔だ。
「そのナイフを取りなさい」
私は言う。
「復讐する権利があなたにはある。あなたには、私を殺す権利がある」
彼は、ナイフを手に取り、おどおどと私ににじり寄る。武器など握ったことのない男性に、殺人はできるわけはない。
だが、そこに憎しみがあれば、それは変わる。
私とて、死は怖い。だが、報いはいつかやってくる。どのような形であろうとも、いずれは。
私の命がここまでと言うならば、それは私の店名だった、と言うことだ。
愛するサクヤや、母の如きローザには申し訳ないが。
仮にも私は『VENGEANCE』なのだ。そんな私が、復讐を否定するわけにはいかない。
私は両腕を上げて、懐をさらす。
「さあ、そのナイフで私を殺しなさい」
私は言う。
「心臓でも首でもどこでも、好きな場所をやりなさい」
あなたの妻子が殺された時のように、とまでは私は言わない。
彼は、震える手でナイフを振り上げて、私に走ってくる。
私は瞬きもせずに、彼の選択を受け入れる。
私は私を押し倒す男性を見る。
彼は泣いていた。
私の頬を掠り、地に刺さったナイフ。それは私の少量の血だけがこびりついていた。
「できない、俺には、できない」
彼はそう言うと、涙をこぼす。
泪が、私の頬に当たって飛び散る。
これが、私の運命なのだろう。
死んで楽になることは許されていないのだ。
男性は力なく、私から離れると、その場にうずくまる。
私は声をかけようとした。
謝罪の言葉、慰めの言葉。それらが頭に浮かぶ。
でも、私はそれを口にしない。それは、残酷すぎることだから。
私は、明日にはここを去る。彼にとって、私は早く目の前から消えてほしい存在だ。
私は、踵を返し、宿に帰る。
泣き叫ぶ男性を一人残して。
その姿に、罪の意識を抱かなかったわけではない。
それでも、私にできる償いなど限られている。
奪った命の分だけ、私は救わなければならない。
私は一度だけ、彼を振り返る。
未だに、彼は泣いていたのだった。
朝。
私たちは馬車で次の街を目指す。王都を目指して。
「・・・・・・・・・・・」
「どうかした、ヴェンティ?」
馬車に揺られて、街を見る私を見てサクヤが尋ねる。
「・・・・・・・・・いや、なんでもない」
私はそう言い、街から目を反らした。
男性は、毎日街のはずれにある墓に行く。
亡き妻子。その肉も骨も埋まってはいないが、そこは確かに妻子がいたという証。
彼はそこに、一凜の薔薇が供えられているのを見た。
見事、としか言いようのない美しいバラは、凛と空に向いている。
その花を見て、彼は涙した。
安らかに眠れ。いつか、私が地獄に落ちる、その日まで。




