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VENGEANCE  -THE CRIMSON HOOD-  作者: 七鏡
VENGEANCE STORYS
31/54

R.I.P

王都への道のりは五日間ほど、とローザとアイリーンは話していた。

途中の街々で休息を取りながら行くらしい。そのまま夜通し馬を飛ばしてもいいが、そこまで急ぐ必要もないし、たまにはこういう旅も悪くはないだろう、とのことだった。


一日目。陽が落ちかけ、夜が近くなったころに、今日の宿場となる街が見えた。

本来ならばもう少しかかるかもしれない、と言う見込みだったが、案外ジェームズの技術がよかったのだろう。門が閉まる前に入れた。

おかげで余計な手続きもなく入ることができた。

ジェームズは馬車を止められる宿を見つけると、ローザとともに宿の手配に走っていった。

私とサクヤはその間、外に置かれた馬車の外で待っていたのだが、暇そうなわたしたちを見かねて、アイリーンが言った。

「暇なら、二人でどこか近く散歩してきたら?ここは夜でも明かりが多いし、治安も悪くないからね」

そう言い、アイリーンはかわいらしくウィンクする。子供らしい仕草だが、美しい彼女がそれをするととても様になる。

男に向ければ、魅了することもできるだろうに、と私は思った。これでローザが好きなのだから、余の男性方には気の毒なことだ。

・・・・・・・などと考えながらも、私も人のことは言えないのだった、とすぐに思った。

私は手を引っ張るサクヤを見る。

「わかった、行こうか」

そう言うと、うれしそうに黒髪の少女の目が光る。

私はサクヤとともに、明りの灯り始めた夜の街に向かっていく。




闇夜が迫っても、街中の歓喜は衰えることはない。王都への経路にある街々はどこも、こんな感じだとローザは語っていた。まして、祭りが近いとなるとあってはなおさらだろう。

サクヤは色々と見ていて、興味津々であった。

彼女へのプレゼントは王都に逝ってから、と言ったが、彼女が望むならば今でもいいかな、と思った。

しかし、サクヤは別にそれらがほしいというわけではないようだ。

しっかりと握られた彼女の手の熱が伝わる。

彼女が私との時間を大切にしてくれているのだな、と私にはわかる。それは私の勝手な思い込みではないだろう。

私はサクヤとともに、人並みの中を歩く。

ふと、そこで私に対する憎悪を感じた。だが、それは私を狙う刺客にしてはお粗末だし、気配も消せていない。

それに。私はふと、視線の先を見る。人波にまぎれて見えないが、私にはある確信があった。

憎悪を向ける人物は、今まで人も殺したことのない人物なのだ、と。

私の中の復讐者が声を上げないのもその証拠だろう。

「サクヤ」

「なあに、ヴェンティ」

私を向いた彼女を見て言う。

「ちょっと先に帰っていて。あと、ローザたちに遅くなるって」

「?どうかしたの」

疑問を浮かべる彼女に、私は曖昧な笑みを浮かべる。

「少し、ね。安心して、危ないことではないから」

「そう・・・・・・・・・・」

サクヤはそう言うと、一人、元来た方向、宿へと向かっていく。

「アイリーン」

私が言うと、私の後ろに紅いコートの紳士が現れる。

それは、男装したアイリーンであった。

不思議なことに豊満な胸や女性的な腰つきはなく、少し武骨な紳士、と言う感じであった。顔には口髭がついていて、白髪交じりの中年男性にしか見えない。

「なんだ?」

声音も男性そのもの、という声で言う。

「サクヤをよろしく」

「・・・・・・・・・大丈夫なのか?」

「たぶん、ね」

私はそう言い、歩き出す。視線の主も、歩き出したらしい。

「・・・・・・・・心当たりは?」

「いろいろと、ね」

「そうか」

アイリーンはそう言い、私から離れていく。


そう、これはおそらく、私の罪なのだ。






人気のない裏通りに来ると、私は振り向いた。

影は私から隠れようとしていたが、遅い。素人では、私相手に隠れることなんてできるわけないのだから。

「出てきたら?いるんでしょう」

私が言うと、相手はビクリと動き、そしておずおずと出てくる。

その人物は三十代前半の男性で、無精ひげとボサボサの金髪、薄汚れた服装であった。

浮浪者だろう彼は、私を睨んでいる。

その瞳の奥に渦巻いているのは、私がよく知るもの。

怒り、憎しみ、怨念。


そして、復讐。


「見つけた・・・・・・・・・見つけた・・・・・・・・・・・・」

ぼそぼそと、彼は言う。私を見て、何も持たない両手をわなわなと動かしている。

ただその瞳だけはぶれることなく、私を見ている。

私は男性のことを知らない。だが、彼は知っているのだろう。

だとしたら、考えられる可能性は一つだけ。

「サリィ、ジャン。お前たちの仇を見つけたぞ・・・・・・・・・!!」

男性はギリギリと歯ぎしりをして。

「お前は憶えていまいなあ。お前たちが殺した哀れな女も子供も、街のことも・・・・・・・・・・!!」



「ええ」

私は言った。その言葉に、男性は怒り狂う。

「その目。その目だ・・・・・・・!まるで、何でもないかのように、皆を殺した奴らの目だ!」

彼にはそう言う風に見えるのだろう。

いや、もしかしたら、それは正しいのかもしれない。

ローザやサクヤのおかげで、人間らしさを取り戻していても、私は未だに過去に縛られ続けている。

私の無表情の顔は、未だにあの頃の無慈悲な殺人兵器の顔なのかもしれない。

男性は憎しみの目で私を見続ける。

過去、何度も見た。

絶望の目を。私が手にかけた人々。

妙に生温かな血と鉄の匂い。

何度、悪夢を見ただろう。

何度、私を恨む声を聴いただろう。

私は復讐者を気取っている、ただの殺人者でしかない。そう思う時がある。


「生きる気力もなくして、ただただこうして生き延びて・・・・・・・・。だが、今日、お前を見つけられた。これも、神の導きなのか」

男性はそう言い、私を見る。

私たちの姿を見たものは死ぬ。だが、必ずしもすべてと言うわけにはいかない。時たま、私たちの魔手から逃げる者もいる。彼も、そう言った一人なのだろう。

「私が、憎い?」

私が問う。

彼は怯えた顔で、しかし、憎悪を込めた目で私を見返す。彼は頷いた。

私は、息をつくと、懐からナイフを取り出す。

彼はびくりと体を震わせる。殺される、と思ったのだろう。

だが、殺すならば、話もする必要はないし、ナイフではなく苦無や小刀を使う。私がわざわざナイフを出した理由。それは簡単だ。

私は彼の足元にナイフを投げる。カラン、と音がして彼の足元に転がる。

彼は私を見る。信じられない、と言った顔だ。

「そのナイフを取りなさい」

私は言う。

「復讐する権利があなたにはある。あなたには、私を殺す権利がある」

彼は、ナイフを手に取り、おどおどと私ににじり寄る。武器など握ったことのない男性に、殺人はできるわけはない。

だが、そこに憎しみがあれば、それは変わる。


私とて、死は怖い。だが、報いはいつかやってくる。どのような形であろうとも、いずれは。

私の命がここまでと言うならば、それは私の店名だった、と言うことだ。

愛するサクヤや、母の如きローザには申し訳ないが。

仮にも私は『VENGEANCE』なのだ。そんな私が、復讐を否定するわけにはいかない。

私は両腕を上げて、懐をさらす。

「さあ、そのナイフで私を殺しなさい」

私は言う。

「心臓でも首でもどこでも、好きな場所をやりなさい」

あなたの妻子が殺された時のように、とまでは私は言わない。

彼は、震える手でナイフを振り上げて、私に走ってくる。

私は瞬きもせずに、彼の選択を受け入れる。






私は私を押し倒す男性を見る。

彼は泣いていた。

私の頬を掠り、地に刺さったナイフ。それは私の少量の血だけがこびりついていた。

「できない、俺には、できない」

彼はそう言うと、涙をこぼす。

泪が、私の頬に当たって飛び散る。


これが、私の運命なのだろう。

死んで楽になることは許されていないのだ。

男性は力なく、私から離れると、その場にうずくまる。

私は声をかけようとした。

謝罪の言葉、慰めの言葉。それらが頭に浮かぶ。

でも、私はそれを口にしない。それは、残酷すぎることだから。

私は、明日にはここを去る。彼にとって、私は早く目の前から消えてほしい存在だ。

私は、踵を返し、宿に帰る。

泣き叫ぶ男性を一人残して。

その姿に、罪の意識を抱かなかったわけではない。

それでも、私にできる償いなど限られている。


奪った命の分だけ、私は救わなければならない。

私は一度だけ、彼を振り返る。

未だに、彼は泣いていたのだった。








朝。

私たちは馬車で次の街を目指す。王都を目指して。

「・・・・・・・・・・・」

「どうかした、ヴェンティ?」

馬車に揺られて、街を見る私を見てサクヤが尋ねる。

「・・・・・・・・・いや、なんでもない」

私はそう言い、街から目を反らした。







男性は、毎日街のはずれにある墓に行く。

亡き妻子。その肉も骨も埋まってはいないが、そこは確かに妻子がいたという証。

彼はそこに、一凜の薔薇が供えられているのを見た。

見事、としか言いようのない美しいバラは、凛と空に向いている。

その花を見て、彼は涙した。





安らかに眠れ。いつか、私が地獄に落ちる、その日まで。

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