28
満月が照らす夜。
私は屋敷から出た森の入り口に立ち、息を吸う。
ホークアイと言う青年は具体的にどこ、とは言わなかった。今更聞く必要もない。
森に足を踏み入れたら、即ゲーム破壊し、と言うことだろう。
スナイパーが最初から姿を見せるなど、自殺行為だ。
私は腰から小刀を引き抜き、闇夜の森に入っていく。
恐らく彼は小手先のトラップなど使わず、ただ己の技のみで戦いを挑んでくるだろう。
彼の目を見て分かった。彼は誇りを持ち、自身の腕に確かな自信を持っている、と。
おそらく、彼は一撃で仕留めに来る。私は歩きながら、周囲を伺う。隙を作らずに、あらゆる方向に注意を払って。
殺し合いではない、と言った。だが、彼の矢は簡単に私を殺せる。気を抜いたが最後だ。
殺意も視線も感じない。動物たちは寝静まり、あるいは私の異様な気配を感じてこの場から離れている。
この場にいるのは私だけ。そして、どこからか私を狙う青年のみだ。
月の明かりがあるとはいえ、夜、こんな暗い森で正確に敵の位置を把握するのは容易ではない。
私は夜目を聞かせるが、私の目の届く範囲に彼はいない。
目視できる位置に彼はいないとなると厄介だ。私は後手後手に動かざるを得ない。
しかし、相手も同じような状況だ。一撃を見極めて打たないと、自分の居場所がばれる。接近する前に弓で私を迎撃することもなかなか難しい。近接戦闘ではこちらに分があるのだ。一撃で決めないと彼に勝機はない。
しぃん、と静まり返る扇情。
異様な空気。それは、今までも何度も体験してきた。
緊張。心臓の鼓動の音が、妙に耳に、頭に響いた。
時間がどれほど経ったかは、よくはわからない。距離的にはそれほど進んでいない。
これは私と彼の意地の張り合いだ。どちらが先に仕掛けるのか。
私はわざと隙を作り、彼が仕掛けてくるのを待つ。だが、これに引っかかるほど、狩人は甘くはなかった。
依然、気配すら感じさせない。私は四方に気を配りながら、闇を進む。
そのとき。
がさり、と背後で何かが蠢く。私は背後を見る。
しかし、そこにいたのは、サレナであった。黒い毛に葉をつけて、私の足元にすり寄る。
「まったく、お前は」
私はサレナの頭を撫でると、危険だから帰れ、と言う。だが、サレナは私に甘えて鼻を摺り寄せる。
私は困ったな、と頭を掻く。
その時、サレナがワン、と吠える。それに遅れて、私もそれに気づいた。
風を切る音。それが私の首のあった場所をかすめる。あと数秒遅ければ、首を取られていた。
斜め前方から来た矢は、背後の木に突き刺さる。
「そこか!」
私は忍ばせた苦無を投げるが、そこに敵はいない。
どうやら、遠くから私を狙ったらしい。
鷹の目、と言う名は伊達ではないようだ。
しかし、これで敵の位置はわかった。後方に注意する必要はない。
私は走り出す。サレナも私の横に随伴する。
ヒュン、と前方から矢が降る。正確に私を狙ったそれを私は小刀ではじく。ジグザグに走る私を正確に狙ってきた。油断も隙もない。
とはいえ、ねらいながら打っていては移動できない。相手もそれはわかっている。おそらく、そうそう攻撃は来ないだろう。
とはいえ、あまりに攻撃が正確すぎる。接近まで持ち込めるかどうか、私は不安を感じていた。
サレナが隣でワン、と鳴いた。どうかしたのか、とサレナを見た私は、上空に吠えるサレナを見た。そして、つられるように空を見る。
「・・・・・・・・・・・・っ!」
闇の中を、微かに動く影。普通の鳥にしては大きいそれは、こちらの真上を舞っている。大きな翼、その姿がおぼろげながら私の目に映る。
「なるほど・・・・・・・・・・・」
上空にいるそれは、鷹であろう。
これで敵がこちらを正確に狙える理由がわかった。彼の相棒が常に私を見ているからだ。
それでも当ててくるのは彼の実力だろう。鷹とのコンビネーションによる狙撃。
なるほど、鷹の目とは言ったものだ。
私は舌打ちをし、敵に感心する。
そちらが相棒を使うなら、こちらも使わせてもらう。
私は前方の深い木々を見て思う。
この中に入れば、今までは頭上が丸見えだったが、そうもいかなくなる。
彼の目論みではここに入る前までに片が付いていたのだろうが。
私はサレナに指示を出す。
狩人をおびき寄せるためには、サレナの協力は不可欠だ。訓練はされていないが、サレナならできるだろう。
私はサレナに指示を出すと、彼女は了承したように吠え、林に消える。
同時に私も生い茂る葉のカーテンに入り、頭上の狩人の目から逃れる。
鷹はしばらく空を旋回した後、低空に頭上を飛ぶ。だが、正確に私たちの位置は掴めないようだ。
その証拠に、放たれた矢が私を狙ったのだろうが、僅かにそれて消えていった。
いける。私はニヤリと笑う。
あとはこちらが先か、あちらが先か、だ。
またしばらく時間が経過した時、森を走る私の耳にサレナの鳴き声が聞こえた。サレナは何かを追いかけているようだ。その相手の気配が、はっきりと感知できた。
近い。私は小刀を右手に構え、左手を胸元に忍ばせる。
目の前が急に開ける。そこに、一人の人物がいた。
胸当てをし、矢筒を背負い、緑の頭巾をかぶった狩人。頭巾から零れる金髪と、猛禽のような眼で彼だと分かった。
彼は追ってきたサレナに向かって矢を放つ。殺す気はないらしく、それはサレナの足を止めた。
私はサレナに合図し、戻るように言う。そして私は彼に向かっていく。
彼はすぐに立て直し、矢を番え放つ。とっさの動きながら正確に私を狙う。だが、私は苦無を投げてそれを落として、次の苦無を投げる。
彼は弓でそれを受け止めると、それを投げ返す。弓矢のみならず、ナイフ投げも得意なのか、正確な投げであった。私は右手の手甲で防ぎ、彼に肉薄する。
「チェックメイトよ」
右手の小刀を構え、彼の首を狙う。だが、彼は不敵に笑う。
「いいや、まださ」
彼は私の攻撃をかがんで交わすと、私の追撃の蹴りを左手で止め、私の足を払う。
私はバランスを戻すと、後ろに転がる。私のいた場所に、狩人の踵が落ちる。
「弓だけが俺の取り柄ではないぜ」
弓を番え、私に放つ。矢が頬をかすめ、わずかに血が零れた。
「そのようね」
私は再び接近する。距離を獲りすぎると、矢で狙い撃ちにされる。それならば勝機のある近接戦に持ち込んだ方がいい。弓を背負い、ホークアイはナイフを二本構える。
「とはいえ、さすが『VENGEANCE』を名乗るだけはある!俺にこれを使わせるとは」
楽しそうに笑いながら、ホークアイは言う。
「あなた、それほどの腕をしているけど、殺し屋?傭兵?」
「あいにく俺は群れることも人に従うことも好きじゃない自由人でね!」
刃をかわしあいながら、私たちは会話をする。
一撃一撃は軽いが、彼の攻撃は手数が多いようだ。
「それにしても、人間かい、君?」
休むことなく動き、隙を掻こうとする私を見て彼は言う。私は笑って言う。
「一応ね」
「動物みたいなヤツ!だが、その方が狩り甲斐がある」
「あなたの目的は何?」
私は問う。彼の性格や言動から考えると、どうやらヒュドラーとは関係のない人物らしい。
ただの戦闘狂、というわけでもない。
「いやなに、リベンジ、さ」
「リベンジ?」
私は彼の言葉を繰り返す。彼は笑う。
「そう、正確には俺のリベンジじゃあない。親父の、だがね」
「それと私が何の関係が・・・・・・・・・・・」
第一、私は彼と初めて会ったのだ。これほどの腕の狩人の父、というのだから、会っていたらわかるはずだ。
「あるさ。もっとも、それは君が『VENGEANCE』であるからであって、君の生、と言うわけではない」
その言葉で、私はローザの顔を思い浮かべる。
なるほど、彼女と縁があった、と言うことか。
「俺の親父はかつて『VENGEANCE』に敗れてね。代償に右目を持ってかれてね。まあ、命はあるし、狩人として死んだわけではない」
溜息をついて、彼は私の剣劇を受け止める。
「だが、狩人としてのプライドってものがある。親父はその後、俺に復讐の女神を倒す、という夢を託したのさ。くだらないだろ?」
同意を求めるように笑ったホークアイ。だが、彼の目は笑っていない。本気の目であった。
彼もまた、父親の気持ちがわかるのだろう。彼も同じ狩人として、弓使いとしての誇りがあるのだから。
「まあ、だからそう言うわけで、俺は君を倒す。ここに来たのは、それが目的の一つだからさ」
「そう」
「と言うわけで、倒されてくれ、よっ!!」
私から距離を取ると、両手のナイフを投げる。
私はそれを弾く。だが、そのせいで接近した彼の動きに対応するのが遅れる。
「く・・・・・・・・・・!!」
ホークアイの回し蹴りが私の腹に直撃し、私の身体は吹き飛ぶ。
「いくら強くとも、女の身体。俺には敵わないぜ」
不敵な笑みを浮かべた狩人は私を見て笑う。
どうやら、まだ決着はつきそうにない。




