26
私の意識が覚醒したのは真夜中であった。暗闇の中、私は私の手を握る存在を感じていた。
寝台の横で眠る少女。私が守りたかった少女。彼女の姿が異邦の少女と重なる。
だが、彼女は確かに生きている。その手のぬくもりが確かにある。
私は彼女を守れたのだ、そのことに私は安堵した。
そして、私は自身の傷を確認する。上着を脱いで、包帯に包まれた胸を見下ろす。
血が滲んだ傷。それはわずかに心臓をずれていた。もう少しで死んでいたのだろう。
ふと、胸元のペンダントを見る。よく見ると、銀細工の竜が少し欠けていた。
このペンダントが、カミーラのナイフから私を守ってくれたのだろう。
全身が引きつるような痛みがあるが、これはあまり問題ではない。数日で治るであろうから。
サレナも寝息を立てて寝台の近くにいた。その黒い毛を撫でると、私は寝台から抜け出す。
その際に、無防備に眠る彼女の身体に毛布を掛けた私は、屋敷の主の姿を探すのだった。
彼女はすぐに見つけることができた。
いつもの庭先で、静かに佇んでおる。
「起きたのね」
「ええ」
私は答える。彼女が私を振り返る。
「ヴェンティ、偉そうに言いながら、私はカミーラを完全に疑うことができなかった」
そう言い、彼女は私を見る。その目は静かに揺れている。
「結果として、あなたは生死をさまよった。私は駄目だな」
自嘲するように言った彼女に、私は頭を振る。
彼女の生ではない。人を殺した吸血鬼はカミーラだったのだから。真に責めるべきは彼女であろう。
もっとも、そのカミーラは私自身の手で葬ったのだが。
「ローザ」
私は慰めるというわけではないが、何か声をかけようと口を開く。
そんな私をローザは抱きしめる。私の頭を撫でる。
「すまない、すまない」
そう言う彼女に、私は言った。
「気にしないで、ローザ。これは私が選んだ道なんだから」
ローザに感謝している。どれだけひどい扱いをされ、裏切られたとしてもそれは変わらない。
私に光をくれたのは、ローザだったから。
カミーラの死は、カミーラの親族たちの手で秘匿されたらしい。
ローザが彼女の死後、見つけた証拠を示すと、カミーラの親族たちは青い顔をしたという。
ローザの脅しに怯えた彼らはカミーラを「行方不明」として処理した。その死体も、名も知れぬ奴隷の死体として処理された。
こうして、吸血鬼事件は幕を下ろすこととなった。事件の終息により、いつの間にか吸血鬼の存在は忘れられてしまった。
そこにあった犠牲も、血も、誰もが忘れてしまった。
いや、全員が、と言うわけではなかった。
サクヤは寝台に横になる私のために、四六時中そこにいた。
あの事件は彼女に私への負い目を作ってしまった。それまで以上の「借り」を。
彼女は自分を責めている。
私の言った言葉は彼女を心配しての言葉だったのに、自分はなんてひどいことを言ったのだ、と。
サクヤは目に見えて落ち込んでいた。
事件から一週間以上が経った。私は未だに落ち込むサクヤに言った。
「サクヤ。私はいいから、少しは休んで」
「ヴェンティ?」
彼女が不審そうに首をかしげる。
「私、何か悪い事でもした?」
サクヤは私がそんなことを言うのは、何かしたからなのだ、と感じたらしい。涙目で私を見る。
「鏡で自分を見てごらんよ。目のクマがすごいし、ろくに寝ていないでしょう。私は大丈夫だから」
「でも、私は・・・・・・・・・」
彼女は彼女を許せないのだ。たとえ、私が赦したとしても。
私は彼女を見る。
「サクヤ、私はサクヤが好きだよ」
「ヴェンティ」
顔をわずかに染めたサクヤ。美しい黒髪。
引け目など感じずに、いつものように、これまで通りの関係。それを私は望んでいる。まるで、私に依存し、引け目を感じる彼女は、見ていられない。
「サクヤ。私はあなたと同じ立場でいたい。今みたいな、隷属みたいな関係は嫌だ」
「でも、私は」
「今、あなたが自分を許せないのはわかる。けれど、私はもう気にしていない。だって、私もサクヤも生きているから」
だから、と私は言った。
「休んでもいいよ。時間はあるんだから。遅すぎるなんてことはないんだよ」
そう言ってもまだ渋る彼女。私は笑ってみせる。
「サクヤを嫌いになんてなったりしない。これまでも、これからも」
「・・・・・・・・・・・証明できる?」
私を潤む目で見て彼女は言う。
私は頷いて、彼女をこちらに来るように手招く。近づいてきた彼女。私はわずかに身を乗り出し、彼女の顎を少し上に向けさせると、その美しく瑞々しい唇にキスをする。
両手を彼女の頬に当てて、長いキスをする。厚い吐息がかかり、彼女の顔は驚きと羞恥に染まっていた。
だが、彼女は目を閉じ、私の背に手をまわし抱きしめる。
互いの温度を感じながら、私たちはキスし続ける。
唇を押し進み、互いの下が絡み合う。
抑えられない感情。私たちは抱きしめあう。長い時間そうしていた。
一度唇を離す。目と目が混じりあう。言葉はいらない。
もう一度、互いの気持ちを確認するように唇を貪りあう。
抑えられない感情に突き動かされ、彼女を寝台に押し倒す。体の傷はまだ完治していないが、気持ちを我慢できるわけがない。
彼女の服に指を駆ける。彼女の思いを確認するように彼女の目を見る。羞恥に染まりながらも、彼女は嫌とは言わなかった。
私は軽いキスをして、彼女に覆いかぶさった。
「好きだよ、サクヤ」
「私もだよ、ヴェンティ」
互いの熱を感じながら、私は囁いた。くすぐったそうに身をよじり、彼女もまた、そう言った。
次の日から、彼女はいつもの彼女に戻った。私が好きな彼女に。
美しく笑う少女。気が強くて、頑固で、優しい少女。
そんな彼女が、私は好きだ。
彼女を守ることができた。私はそれだけで満足だ。




