25
血に塗れた体を、泉で清める。
闇夜の中、私以外誰もいない。
私はどうすればいいんだろう。
誰からも必要とされない、私はどうすればいい?
両手のタトゥーを見る。描かれた竜は私をあざ笑う。逃げられはしない、と。
ふと、胸元のペンダントが光る。
思い出すのは、黒髪の異邦の少女。
必要とされない?だからどうした。
私は顔を上げる。
私は私のしたいようにする。今までも、これからも。
するべきことは決まっている。悩むことなんてない。
私の名前は『VENGEANCE』。この身を焦がすのは、復讐のみ。
真紅のフードに手を伸ばす。
たとえ一人であろうとも、決めたはずだ。
私は屈しないと。
私はラウシルンの街へと戻ってきた。月も見えない、暗闇の街。
私は家の近くで様子を見る。
カミーラが吸血鬼ならば、外に出るはずだ。
私の中では、犯人はもはやカミーラ以外あり得ない、という結論であった。
カミーラの逃げてきた方向。それはラニミードのあった方角であったし、彼女の主張は事件の日付と一致する。
そして、私が感じた違和感。私が忘れていたもの。それは、殺伐とした組織にいたころ、常に感じていたもの。
死の匂い。
彼女は吸血鬼だ。
誰が何と言おうとも。
彼女が動くことはなかった。
その間、吸血鬼もまた現れなかった。
昼間も隠れてカミーラを見る。彼女に笑いかけるサクヤ。その姿に、悲しみを覚えながらも、私はただ仕事を遂行する。
それが、死んだ人々に対する私のできること。私は彼らの復讐をする。
たとえ、サクヤに恨まれようとも、私は吸血鬼を殺す。
動きがあったのは、それから数日してから。
私の目は、二階から出ていくカミーラの姿を映す。
「やはり、カミーラは吸血鬼、か」
彼女の纏う雰囲気。それは日頃彼女が見せたものとは違う、死の匂いを充満させている。
見開かれた眼は、暗闇の中でもはっきりと見えているかのようだった。
彼女は気に飛びつき、それを伝って、地面におり、走り出す。
逃しはしない。
私は彼女を追う。
これ以上、殺させはしない。
彼女はあるところで立ち止まる。そこは治安の悪い地域。彼女はそこで、自身の着ていた服をずらす。
彼女の豊満とは言えない胸がちらりとのぞく。彼女の目は、捕食者の目であった。
少女の姿を認めると、二人の男がにやにや笑って近づいてくる。
いけない。彼女は、殺すつもりだ。
今までは家や屋内での犯行だった。だが、彼女の中のタガは外れているようだった。一連の事件を経て、大胆になっている。
私は跳びだす。男たちはカミーラに近づいていた。
カミーラの手の中に光る何かがあった。それは、ナイフであった。
突如、カミーラが奇声を上げて跳びかかる。野性児のように、鋭く跳びかかった少女は、男の一人を組み敷くと、その首にナイフを振り下ろす。
そうはさせない。
私が飛び出したことに気づかないカミーラに、私は苦無を投げつける。
カミーラはそれに気づくと、男から離れ、私を見る。
「ああ、あんたかぁ」
笑って言う少女の顔は、猟奇的な光に満ちていた。
殺し慣れている。そんな印象を感じさせる。
男たちは恐怖から逃げ出していた。私は彼らを視ずに、カミーラを見る。
「やはり、あなただったのね」
「およ、私のことを疑ってたんだ?」
カミーラは笑って言う。
「あのローザって人やサクヤは私を信じ切っていたってのに」
「・・・・・・・ローザが?」
あのローザが、と思った私を見て、カミーラは笑う。
「なんだかんだ言って、あの人も甘い人だよねえ」
かかか、と彼女は笑う。
「まったくさあ、人間ってすぐに騙される。私がおどおどした子供を演じればすぐに」
「そうやって、何人も殺してきたのか」
「ええ、ずぅーっとね。私、本当は奴隷じゃないの。ある貴族の家の令嬢なんだけど、ストレスたまっちゃってねえ。そんな時、使用人の女に噛みついたんだけど、人間の血っておいしいのよね」
恍惚の表情で言う少女。
「狂ってる」
「そう、くるってる。でもね」
彼女は血走った目で私を見る。
「あなたからも同じ匂いがする。私と同じ、人殺しの匂いが」
「それがどうした」
「あなたならわかるでしょう、私の気持ちが」
同意を求めるような甘ったるい声。
ふざけるなよ。
「ふざけるなよ、クソッタレ」
私がそう言うと、彼女は驚いたような顔をする。
「私はお前と違う」
殺すたびに、擦り切れる心。その痛みが、お前なんかにわかってたまるか。
殺しを楽しむお前に、私の痛みを、思いを理解などさせるものか。
「確かに、私は人殺しだ」
私は刀を引き抜く。
刀を引き抜くとき、私は何時も痛みを感じる。
心の痛み。傷つけ、傷つけられる恐れ。
「だが、私はお前とは違う」
「違うもんか、お前だって」
なおも言おうとする少女に、私は刀を振る。少女は驚き、身体をのけぞり、攻撃をかわす。
「私はお前を殺す。お前を信じたサクヤの思いを踏みにじり、命をもてあそぶお前を、殺す」
「できるもんか!」
カミーラは叫ぶと、ナイフを構える。
「私は何をしても許される!私はだって、貴族なんだから!お前たち平民とは違う、選ばれた人間なんだから!」
叫ぶ少女の攻撃。だが、そんな単調な攻撃が当たるわけがない。
私は少女のナイフを叩き落とし、その左手を切り裂く。
少女は叫ぶ。
「あああ、よくも、この畜生!」
少女の鋭い爪が、私の右目をひっかく。目に痛みを感じながらも、私は刀を振り、少女の腹を抉る。
血が噴き出る。暖かい血。
少女は血を吐きながら、私を見る。
「お前、おまえぇぇ」
少女は刀を無理やり引き抜くと、走り出す。どこにそれほどの力が残っているのか不明だが、少女は全速力で走る。
「お前の大事なものを、すべて奪ってやる!」
少女は叫ぶ。
彼女はサクヤの下へ行くつもりなのだ。
行かせるものか。
再び、失うことなんて、もう私には我慢できない。
私は追いかける。
そんな私は、カミーラの向こうに見えた人影に絶句する。対照的に、カミーラは愉悦の笑いを浮かべる。
闇夜に、薄手のショールを羽織ったサクヤが、立っていた。
「サクヤ、逃げろ!」
「遅いぃぃぃ!!」
私の叫びに対して、カミーラは笑う。
彼女の右手には新たなナイフが握られていた。それは容易くサクヤの命を奪うだろう。
私は自分の身体に命じた。もっと早く、早く。
身体が壊れてもいい、彼女を守りたい。
二度と、私は私のせいで誰かの命を失いたくはない。
神がもしいるなら、私の願いを聞いてくれ。命を奉げてもいいから。
『復讐を』
私の中で、復讐の女神が言った。私の身体はカミーラよりも早く動く。全身の筋肉が悲鳴を上げる。
だが、構うものか。
サクヤとカミーラの間に割りは言った私の胸に、カミーラのナイフが刺さる。だが、その代わりに、カミーラはその命を失った。
首のない胴体が倒れる。カミーラの驚愕に見開かれた眼が私を見る。
「先に地獄で待っていろ、クソッタレ」
そうして、私は満足した。そして、静かに降りかかる暗闇に意識をゆだねる。
泣き叫ぶサクヤの声。
よかった、私は守れたんだ。彼女を。
それだけで、私は満足だった。
これで、よかったんだろう?
私は私の中の声に聴く。
返答はあるはずもない。
瞼が重く、私は目を閉じ、眠りの世界へと旅立った。
微かに、夢の世界で声を聴いた。
『復讐を』
鳴り止まぬどころか、さらに強くなるその声。
そこで、私の意識は完全に落ちた。




