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血に塗れた体を、泉で清める。

闇夜の中、私以外誰もいない。

私はどうすればいいんだろう。

誰からも必要とされない、私はどうすればいい?

両手のタトゥーを見る。描かれた竜は私をあざ笑う。逃げられはしない、と。

ふと、胸元のペンダントが光る。

思い出すのは、黒髪の異邦の少女。

必要とされない?だからどうした。

私は顔を上げる。

私は私のしたいようにする。今までも、これからも。

するべきことは決まっている。悩むことなんてない。

私の名前は『VENGEANCE』。この身を焦がすのは、復讐のみ。

真紅のフードに手を伸ばす。

たとえ一人であろうとも、決めたはずだ。

私は屈しないと。




私はラウシルンの街へと戻ってきた。月も見えない、暗闇の街。

私は家の近くで様子を見る。

カミーラが吸血鬼ならば、外に出るはずだ。

私の中では、犯人はもはやカミーラ以外あり得ない、という結論であった。

カミーラの逃げてきた方向。それはラニミードのあった方角であったし、彼女の主張は事件の日付と一致する。

そして、私が感じた違和感。私が忘れていたもの。それは、殺伐とした組織にいたころ、常に感じていたもの。

死の匂い。

彼女は吸血鬼だ。

誰が何と言おうとも。




彼女が動くことはなかった。

その間、吸血鬼もまた現れなかった。

昼間も隠れてカミーラを見る。彼女に笑いかけるサクヤ。その姿に、悲しみを覚えながらも、私はただ仕事を遂行する。

それが、死んだ人々に対する私のできること。私は彼らの復讐をする。

たとえ、サクヤに恨まれようとも、私は吸血鬼を殺す。




動きがあったのは、それから数日してから。

私の目は、二階から出ていくカミーラの姿を映す。

「やはり、カミーラは吸血鬼、か」

彼女の纏う雰囲気。それは日頃彼女が見せたものとは違う、死の匂いを充満させている。

見開かれた眼は、暗闇の中でもはっきりと見えているかのようだった。

彼女は気に飛びつき、それを伝って、地面におり、走り出す。

逃しはしない。

私は彼女を追う。

これ以上、殺させはしない。



彼女はあるところで立ち止まる。そこは治安の悪い地域。彼女はそこで、自身の着ていた服をずらす。

彼女の豊満とは言えない胸がちらりとのぞく。彼女の目は、捕食者の目であった。

少女の姿を認めると、二人の男がにやにや笑って近づいてくる。

いけない。彼女は、殺すつもりだ。

今までは家や屋内での犯行だった。だが、彼女の中のタガは外れているようだった。一連の事件を経て、大胆になっている。

私は跳びだす。男たちはカミーラに近づいていた。

カミーラの手の中に光る何かがあった。それは、ナイフであった。

突如、カミーラが奇声を上げて跳びかかる。野性児のように、鋭く跳びかかった少女は、男の一人を組み敷くと、その首にナイフを振り下ろす。

そうはさせない。

私が飛び出したことに気づかないカミーラに、私は苦無を投げつける。

カミーラはそれに気づくと、男から離れ、私を見る。

「ああ、あんたかぁ」

笑って言う少女の顔は、猟奇的な光に満ちていた。

殺し慣れている。そんな印象を感じさせる。

男たちは恐怖から逃げ出していた。私は彼らを視ずに、カミーラを見る。

「やはり、あなただったのね」

「およ、私のことを疑ってたんだ?」

カミーラは笑って言う。

「あのローザって人やサクヤは私を信じ切っていたってのに」

「・・・・・・・ローザが?」

あのローザが、と思った私を見て、カミーラは笑う。

「なんだかんだ言って、あの人も甘い人だよねえ」

かかか、と彼女は笑う。

「まったくさあ、人間ってすぐに騙される。私がおどおどした子供を演じればすぐに」

「そうやって、何人も殺してきたのか」

「ええ、ずぅーっとね。私、本当は奴隷じゃないの。ある貴族の家の令嬢なんだけど、ストレスたまっちゃってねえ。そんな時、使用人の女に噛みついたんだけど、人間の血っておいしいのよね」

恍惚の表情で言う少女。

「狂ってる」

「そう、くるってる。でもね」

彼女は血走った目で私を見る。

「あなたからも同じ匂いがする。私と同じ、人殺しの匂いが」

「それがどうした」

「あなたならわかるでしょう、私の気持ちが」

同意を求めるような甘ったるい声。

ふざけるなよ。

「ふざけるなよ、クソッタレ」

私がそう言うと、彼女は驚いたような顔をする。

「私はお前と違う」

殺すたびに、擦り切れる心。その痛みが、お前なんかにわかってたまるか。

殺しを楽しむお前に、私の痛みを、思いを理解などさせるものか。

「確かに、私は人殺しだ」

私は刀を引き抜く。

刀を引き抜くとき、私は何時も痛みを感じる。

心の痛み。傷つけ、傷つけられる恐れ。

「だが、私はお前とは違う」

「違うもんか、お前だって」

なおも言おうとする少女に、私は刀を振る。少女は驚き、身体をのけぞり、攻撃をかわす。

「私はお前を殺す。お前を信じたサクヤの思いを踏みにじり、命をもてあそぶお前を、殺す」

「できるもんか!」

カミーラは叫ぶと、ナイフを構える。

「私は何をしても許される!私はだって、貴族なんだから!お前たち平民とは違う、選ばれた人間なんだから!」

叫ぶ少女の攻撃。だが、そんな単調な攻撃が当たるわけがない。

私は少女のナイフを叩き落とし、その左手を切り裂く。

少女は叫ぶ。

「あああ、よくも、この畜生!」

少女の鋭い爪が、私の右目をひっかく。目に痛みを感じながらも、私は刀を振り、少女の腹を抉る。

血が噴き出る。暖かい血。

少女は血を吐きながら、私を見る。

「お前、おまえぇぇ」

少女は刀を無理やり引き抜くと、走り出す。どこにそれほどの力が残っているのか不明だが、少女は全速力で走る。

「お前の大事なものを、すべて奪ってやる!」

少女は叫ぶ。

彼女はサクヤの下へ行くつもりなのだ。

行かせるものか。

再び、失うことなんて、もう私には我慢できない。

私は追いかける。

そんな私は、カミーラの向こうに見えた人影に絶句する。対照的に、カミーラは愉悦の笑いを浮かべる。

闇夜に、薄手のショールを羽織ったサクヤが、立っていた。

「サクヤ、逃げろ!」

「遅いぃぃぃ!!」

私の叫びに対して、カミーラは笑う。

彼女の右手には新たなナイフが握られていた。それは容易くサクヤの命を奪うだろう。

私は自分の身体に命じた。もっと早く、早く。

身体が壊れてもいい、彼女を守りたい。

二度と、私は私のせいで誰かの命を失いたくはない。

神がもしいるなら、私の願いを聞いてくれ。命を奉げてもいいから。



『復讐を』




私の中で、復讐の女神が言った。私の身体はカミーラよりも早く動く。全身の筋肉が悲鳴を上げる。

だが、構うものか。

サクヤとカミーラの間に割りは言った私の胸に、カミーラのナイフが刺さる。だが、その代わりに、カミーラはその命を失った。

首のない胴体が倒れる。カミーラの驚愕に見開かれた眼が私を見る。

「先に地獄で待っていろ、クソッタレ」


そうして、私は満足した。そして、静かに降りかかる暗闇に意識をゆだねる。

泣き叫ぶサクヤの声。

よかった、私は守れたんだ。彼女を。

それだけで、私は満足だった。

これで、よかったんだろう?

私は私の中の声に聴く。

返答はあるはずもない。

瞼が重く、私は目を閉じ、眠りの世界へと旅立った。




微かに、夢の世界で声を聴いた。


『復讐を』



鳴り止まぬどころか、さらに強くなるその声。



そこで、私の意識は完全に落ちた。

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