24
ローザと入れ替わりで私とサクヤがその家を訪れたのは、事件の翌日の昼であった。
少女はぐっすりと寝ていた。
ローザは私たちを見ると言った。
「よし、お前ら今日はこの子についていろ。同世代のお前たちの方が、この子も話しやすいだろう」
そう言って立ったローザは、私に目くばせする。私はローザについて行く。玄関口で、ローザは小さな声で私に言った。
「私は色々と探ってみるが、あの娘、しっかり見ていろ」
「?あの子を?」
私の疑問を、ローザはしっかりと分かっているようだった。
「お前があの子の境遇に同情していることはわかっている。だが、最悪の事態を考えておけ。彼女が事件の犯人である、と言う可能性をな」
「そんな・・・・・・・・・」
確証があるのか、と言おうとする私を、ローザが制する。
「飽くまでこれは勘だ。警戒だけは忘れるな。下手をすれば、サクヤに危害が加わるかもしれない。心配しすぎて損はない」
「・・・・・・・・・・・」
「ヴェンティ?」
「わかった、ローザ」
私の様子を見て、ローザはため息をつく。
「私とて、こんなことは言いたくはなかったが、お前たちが大事なんだ。わかってくれ」
私の頭をポンとたたき、ローザは背を向ける。
「それじゃあ、頼んだぞ」
「了解」
ひらひらと手を振って、ローザは街の中に消えた。
私が戻ると、少女は起きてサクヤと会話をしながら、食事をしていた。
「あ、きたきた。彼女がヴェンティよ」
「あ、昨日の」
サクヤがヴェンティを指すと、少女は恐縮したように頭を下げる。
「昨日はありがとうございます」
「気にしないでいい。仕事だから」
「ごめんね、彼女、不器用なの」
笑って言うサクヤ。少女は安心したように息をつく。
「あの、私、カミーラっていいます。あの、よろしくお願いします」
ぺこりと少女は頭を下げた。
彼女を見て、ローザの言った言葉を思い浮かべるが、彼女は至って善人のように見えるし、人を殺すようなことができるようには思えなかった。
私が彼女に同情しているから、なのか?こういう見方をしているのは?
私には、わからない。
カミーラの語る奴隷生活は、全てを聞いたわけではない。話の端々でわずかに耳にした程度だが、壮絶、と言っていいだろう。性的な虐待、奴隷同士でのいじめ。サクヤにはわかっていないようだが、私にはその光景が浮かんでいる。
戦場で見たことがある。醜い人間の欲望。
彼女の目は、その話のとき、微かに色が変わっていた。
ローザの言葉が浮かんでは消えた。
カミーラに肩入れしすぎないようにしないといけない。もしも彼女が犯人ならば、私は・・・・・・・・・。
過剰な感情移入はしてはいけない。
私はそう言い聞かせる。
サクヤと話す少女の姿を見ながら。
夜にはローザが来て、私は屋敷へと戻る。サクヤはカミーラが心配だと言い、残ることにしたようだ。
わずかな嫉妬を感じた。
私は屋敷に戻り、装備を整えると、夜の街を駆ける。
だが、吸血鬼が動くことはなかった。
次の日も、その次の日も、吸血鬼は現れなかった。
サクヤはずっと、カミーラのもとにいた。私も昼間はいるが、サクヤの過保護ともいえる世話を見て、私は何とも言えない感情を抱いた。
「サクヤ、あの子に感情移入しすぎじゃないかい?」
私はカミーラから見えないところで彼女に言う。
「なに、嫉妬してるの、ヴェンティ?」
クスリと笑うサクヤに、ムッとして私は言い返す。
「違う。ただ、あまり深入りしない方がいい」
「どうして?」
「・・・・・・・・・・彼女が吸血鬼かもしれないから」
「信じられない」
私をまるで変なものを見るかのように、彼女は見る。
「ヴェンティ、正気?」
「ああ、十分に」
「・・・・・・・・・・ヴェンティ、あなたね、あんな子が人を殺せると思う?」
サクヤが問う。
「思う」
「どうして?あなたがそうだったから?」
「違う」
「ヴェンティ、みんながみんなあなたとは違うのよ。人を簡単に殺せはしないわ!」
私は衝撃を受ける。まるで、私を殺したくて殺している快楽者のように言うサクヤに。
「サクヤ、私は」
「ヴェンティ、やっぱり、あなたのことはわからない」
哀しそうに、サクヤは言う。
「なんでも疑い、敵だと思っているのね、あなたは。私のことも、ローザのことも、皆」
そう言って、サクヤは私に背を向ける。
「もう、ここには来ないで。彼女には私がついている」
「サクヤ!」
私の声を無視して、彼女はカミーラのところへと向かう。
私は独り、立ちすくみ、静かに家を出た。
誰かと言い争い、ケンカしたことはないわけではない。記憶の中の黒髪の少女とも、仲たがいは何度かした。
それでも、今ほど打ちひしがれたことはなかった。
『人殺し』
サクヤの声が、顔が浮かんで私に言う。
『人殺し』
私が殺してきた人々が、血まみれの顔で言う。
『人殺し』
記憶の中の少女が言う。
『人殺し』
顔も知らぬ母が言う。
『人形が』
アンドラス、忌まわしき男。彼の真っ赤な瞳が私を射抜く。
私は悪夢から覚める。
横に感じるのは、サレナのぬくもり。
サレナだけはわかってくれる。私の思いを。
動物は好きだ。愛情を注げば、答えてくれる。
人間とは違う。
だが、そうやって逃げていいわけではない。
人の中で生きる。私はそう決めた。人としてあることを。
人形じゃない。私は、人間だ。
誰が定めたわけでもない、私自身の意思で私はここにいる。
たとえ、サクヤに嫌われようと、私は私の生き方を貫くしかない。
簡単なことだ。そう、単純なのだ。
そう言い聞かせなければ、私の心は潰されそうだった。
その夜、事件は起きた。数人の娼婦が同様の手口で殺されたのだ。
「ヴェンティ、ちゃんとあの娘は見ていたか?」
「いいえ」
「・・・・・・・・・」
前日、自身は娘を監視できない用があると言っていた彼女に対し、私は了承の意を伝えた。にもかかわらず、私は一人、打ちひしがれていた。
ローザの顔には失望の色が浮かんでいる。
「サクヤはあの娘が夜出ていないと言っているが、どうだろうな」
「・・・・・・・・・・・・・・」
娘のいる部屋には窓がある。二回とはいえ、出ようと思えば、出ることはできる。
「ヴェンティ、しばらく、お前は休んでいていい」
「!」
ローザの言葉はこの仕事から外れろ、と言うことだ。私は衝撃を受ける。
「ローザ!」
「何を悩んでいるかは知らんが、それでは何もできない。救うことも、守ることも、復讐も」
ローザは私に背を向ける。
「ヴェンティ、今一度決めろ。私の下にいるべきかどうかを」
私は手を伸ばす。でも、彼女の背は遠ざかるだけ。
おいて行かないで、母さん。
声が出ない。涙が零れる。
『所詮、お前は人形なんだ』
『人殺し』
『だから言ったろ、僕と一緒に来いって』
『ねえ、私たちずっと一緒だよね?』
『親不孝な娘』
やめろやめろやめろ。
私を、私を責めるな。私を、私を・・・・・・・・・・・・・・。
私を見るな!!そんな目で、私を見るな。
私は叫ぶ。私の世界で。私は独りだ。
ここには、私以外に誰もいない。ここは、どこだ?
悪夢から覚める。でも、悪夢は終わらない。
私のもとにいるのは、サレナだけ。
皆、消えていく。
「あああああああああああぁぁあぁっぁああああああああ」
声が枯れるまで、私は叫んだ。
わたしは力の限り、男たちの顔を殴る。女によってかかって拳を上げた男たちに、容赦なく。
私の拳は血に染まる。男と私の血によって。
真紅のフードは血に染まり、黒く変色する。
「何してるんだろ、私」
倒れた男たちを見て、ポツリと私は呟く。




