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ローザと入れ替わりで私とサクヤがその家を訪れたのは、事件の翌日の昼であった。

少女はぐっすりと寝ていた。

ローザは私たちを見ると言った。

「よし、お前ら今日はこの子についていろ。同世代のお前たちの方が、この子も話しやすいだろう」

そう言って立ったローザは、私に目くばせする。私はローザについて行く。玄関口で、ローザは小さな声で私に言った。

「私は色々と探ってみるが、あの娘、しっかり見ていろ」

「?あの子を?」

私の疑問を、ローザはしっかりと分かっているようだった。

「お前があの子の境遇に同情していることはわかっている。だが、最悪の事態を考えておけ。彼女が事件の犯人である、と言う可能性をな」

「そんな・・・・・・・・・」

確証があるのか、と言おうとする私を、ローザが制する。

「飽くまでこれは勘だ。警戒だけは忘れるな。下手をすれば、サクヤに危害が加わるかもしれない。心配しすぎて損はない」

「・・・・・・・・・・・」

「ヴェンティ?」

「わかった、ローザ」

私の様子を見て、ローザはため息をつく。

「私とて、こんなことは言いたくはなかったが、お前たちが大事なんだ。わかってくれ」

私の頭をポンとたたき、ローザは背を向ける。

「それじゃあ、頼んだぞ」

「了解」

ひらひらと手を振って、ローザは街の中に消えた。




私が戻ると、少女は起きてサクヤと会話をしながら、食事をしていた。

「あ、きたきた。彼女がヴェンティよ」

「あ、昨日の」

サクヤがヴェンティを指すと、少女は恐縮したように頭を下げる。

「昨日はありがとうございます」

「気にしないでいい。仕事だから」

「ごめんね、彼女、不器用なの」

笑って言うサクヤ。少女は安心したように息をつく。

「あの、私、カミーラっていいます。あの、よろしくお願いします」

ぺこりと少女は頭を下げた。

彼女を見て、ローザの言った言葉を思い浮かべるが、彼女は至って善人のように見えるし、人を殺すようなことができるようには思えなかった。

私が彼女に同情しているから、なのか?こういう見方をしているのは?

私には、わからない。



カミーラの語る奴隷生活は、全てを聞いたわけではない。話の端々でわずかに耳にした程度だが、壮絶、と言っていいだろう。性的な虐待、奴隷同士でのいじめ。サクヤにはわかっていないようだが、私にはその光景が浮かんでいる。

戦場で見たことがある。醜い人間の欲望。

彼女の目は、その話のとき、微かに色が変わっていた。

ローザの言葉が浮かんでは消えた。

カミーラに肩入れしすぎないようにしないといけない。もしも彼女が犯人ならば、私は・・・・・・・・・。

過剰な感情移入はしてはいけない。

私はそう言い聞かせる。

サクヤと話す少女の姿を見ながら。



夜にはローザが来て、私は屋敷へと戻る。サクヤはカミーラが心配だと言い、残ることにしたようだ。

わずかな嫉妬を感じた。

私は屋敷に戻り、装備を整えると、夜の街を駆ける。

だが、吸血鬼が動くことはなかった。


次の日も、その次の日も、吸血鬼は現れなかった。

サクヤはずっと、カミーラのもとにいた。私も昼間はいるが、サクヤの過保護ともいえる世話を見て、私は何とも言えない感情を抱いた。


「サクヤ、あの子に感情移入しすぎじゃないかい?」

私はカミーラから見えないところで彼女に言う。

「なに、嫉妬してるの、ヴェンティ?」

クスリと笑うサクヤに、ムッとして私は言い返す。

「違う。ただ、あまり深入りしない方がいい」

「どうして?」

「・・・・・・・・・・彼女が吸血鬼かもしれないから」

「信じられない」

私をまるで変なものを見るかのように、彼女は見る。

「ヴェンティ、正気?」

「ああ、十分に」

「・・・・・・・・・・ヴェンティ、あなたね、あんな子が人を殺せると思う?」

サクヤが問う。

「思う」

「どうして?あなたがそうだったから?」

「違う」

「ヴェンティ、みんながみんなあなたとは違うのよ。人を簡単に殺せはしないわ!」

私は衝撃を受ける。まるで、私を殺したくて殺している快楽者のように言うサクヤに。

「サクヤ、私は」

「ヴェンティ、やっぱり、あなたのことはわからない」

哀しそうに、サクヤは言う。

「なんでも疑い、敵だと思っているのね、あなたは。私のことも、ローザのことも、皆」

そう言って、サクヤは私に背を向ける。

「もう、ここには来ないで。彼女には私がついている」

「サクヤ!」

私の声を無視して、彼女はカミーラのところへと向かう。

私は独り、立ちすくみ、静かに家を出た。





誰かと言い争い、ケンカしたことはないわけではない。記憶の中の黒髪の少女とも、仲たがいは何度かした。

それでも、今ほど打ちひしがれたことはなかった。

『人殺し』

サクヤの声が、顔が浮かんで私に言う。

『人殺し』

私が殺してきた人々が、血まみれの顔で言う。

『人殺し』

記憶の中の少女が言う。

『人殺し』

顔も知らぬ母が言う。

『人形が』

アンドラス、忌まわしき男。彼の真っ赤な瞳が私を射抜く。


私は悪夢から覚める。

横に感じるのは、サレナのぬくもり。

サレナだけはわかってくれる。私の思いを。

動物は好きだ。愛情を注げば、答えてくれる。

人間とは違う。

だが、そうやって逃げていいわけではない。

人の中で生きる。私はそう決めた。人としてあることを。

人形じゃない。私は、人間だ。

誰が定めたわけでもない、私自身の意思で私はここにいる。

たとえ、サクヤに嫌われようと、私は私の生き方を貫くしかない。

簡単なことだ。そう、単純なのだ。

そう言い聞かせなければ、私の心は潰されそうだった。



その夜、事件は起きた。数人の娼婦が同様の手口で殺されたのだ。




「ヴェンティ、ちゃんとあの娘は見ていたか?」

「いいえ」

「・・・・・・・・・」

前日、自身は娘を監視できない用があると言っていた彼女に対し、私は了承の意を伝えた。にもかかわらず、私は一人、打ちひしがれていた。

ローザの顔には失望の色が浮かんでいる。

「サクヤはあの娘が夜出ていないと言っているが、どうだろうな」

「・・・・・・・・・・・・・・」

娘のいる部屋には窓がある。二回とはいえ、出ようと思えば、出ることはできる。

「ヴェンティ、しばらく、お前は休んでいていい」

「!」

ローザの言葉はこの仕事から外れろ、と言うことだ。私は衝撃を受ける。

「ローザ!」

「何を悩んでいるかは知らんが、それでは何もできない。救うことも、守ることも、復讐も」

ローザは私に背を向ける。

「ヴェンティ、今一度決めろ。私の下にいるべきかどうかを」

私は手を伸ばす。でも、彼女の背は遠ざかるだけ。


おいて行かないで、母さん。

声が出ない。涙が零れる。


『所詮、お前は人形なんだ』

『人殺し』

『だから言ったろ、僕と一緒に来いって』

『ねえ、私たちずっと一緒だよね?』

『親不孝な娘』

やめろやめろやめろ。

私を、私を責めるな。私を、私を・・・・・・・・・・・・・・。

私を見るな!!そんな目で、私を見るな。



私は叫ぶ。私の世界で。私は独りだ。

ここには、私以外に誰もいない。ここは、どこだ?




悪夢から覚める。でも、悪夢は終わらない。

私のもとにいるのは、サレナだけ。

皆、消えていく。



「あああああああああああぁぁあぁっぁああああああああ」

声が枯れるまで、私は叫んだ。

わたしは力の限り、男たちの顔を殴る。女によってかかって拳を上げた男たちに、容赦なく。

私の拳は血に染まる。男と私の血によって。

真紅のフードは血に染まり、黒く変色する。

「何してるんだろ、私」

倒れた男たちを見て、ポツリと私は呟く。



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