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二本のナイフを巧みに使用しながら、少年は私の剣劇を弾き返す。身体的には私よりも彼の方が優れているが、武器のリーチは私の方が長い。そのこともあって、戦闘はなかなか決定打をうたれることなく、進んでいた。
厄介なことに、糸を使用した罠を張ろうとしているが、そんなものが二度も通用するほど、私も馬鹿ではない。胸元の苦無で糸を引き裂いて、彼の袖より伸びる糸を断ち切る。
「くそ」
「舐めないことね」
刀で彼のナイフを防いで、私は足を払う。彼はバランスを崩すが、すぐに立て直し、カウンターの攻撃をする。斬撃が私の頭すれすれを通り過ぎる。
「君のために、俺は、ここまでやってきたんだ」
「なら、私の邪魔をしないで!」
「何故だ?なぜ、その力を我らのために使おうとしない?」
不審な顔の彼。私は碇を込めて刀を振るう。その力が予想以上のものだったらしく、彼は驚き、片手のナイフを落とす。
「奴らが、私のすべてを奪ったからよ!」
「すべて?奪った?勘違いしているよ、君は。その力も、何もかも、全てはヒュドラーとアンドラス様に頂いたものだというのに?」
「アンドラス?笑わせないで、あいつが私に与えたものがあるとすれば、それは・・・・・・・・」
私の振り上げた刀。力の限り振られたそれを受け止めるナイフの刃。だが、刃は断ち切られる。
少年は使い物にならなくなったナイフを放り捨てると、私から距離を取った。
「この胸を焦がすような『復讐』の思いのみ!」
少年は、にやりと笑う。
「そうか、君は知らないんだな」
「何を?」
少年に迫り、刀を突きつける。私はすぐにでも少年の命を奪えるにもかかわらず、彼は不敵に笑い続ける。
「君という存在は、アンドラス様失くしては生まれなかった、ということを、だよ」
「アンドラスがいなくとも、私は私だ」
「だから、違うんだよ」
少年は歪んだ笑みを浮かべて、悪魔の声で囁いた。
「君の父親はアンドラス様なんだよ。君はあの方の娘なんだよ!」
少年の言葉は、私の心を揺るがせるには十分すぎるほどだった。私の腕から力が抜けたとみると、少年は私の刀から首をそらして、刀を持つ右腕を手刀で打つ。骨が折れる音がして、私は刀を取り落す。すかさず、少年はそれをキャッチして、私の首に向ける。
「嘘だ、奴が父親なんて・・・・・・・・・・!!」
「本当だよ。君は、アンドラス様の瞳の色を知っているだろう?」
アンドラスの瞳。忘れるものか。血のように真紅で、無慈悲で、悪魔のようなあの目を、忘れようものか。
「君の目の色、あの方に瓜二つの色をしているのに、気づいたことはなかったかい?」
「そんなわけが・・・・・・・・・・」
ふと、刀に映る私の顔が見えた。私ははっきりと私の顔を見た。
そこに映った私の瞳の色は、真紅。血のような瞳の色。それは、紛れもない、アンドラスの瞳の色。
「嘘だ」
私の呆然とした呟きに、彼はおかしそうに顔を歪めた。
「本当さ。嘘をつくなら、ましな嘘をつく。それに、彼が君を殺さないのは、君ができそこないでも、娘だからなんだよ」
今思えば、不審なことはあった。
どうして私は殺されなかった?砂漠に放り出されるだけで済んだ?ほかのもののように、なぜ、殺されなかった?
なぜ私を見つけた時、アンドラスはすぐに私を殺さなかった?
「本来ならば、君はアンドラス様の跡を継ぐ存在になるはずだった。なのに、君はその運命から逃げた。そして、愚かにも組織にたてついた」
少年は私を見る。
「今からでも遅くない。一緒に帰ろう。アンドラス様も許してくれる。一緒に、真の世界を見に行こう」
名もない少年は、刀を持たない左手を差し出す。
帰る場所。約束。アンドラス。父親。母親。言葉が駆け巡る。
『ヴェンティ』
名前をくれた人がいる。居場所をくれた人がいる。生きる意味をくれた人がいる。
私を想ってくれる友人がいる。待ってくれる忠実な仔犬。帰るべき場所。
「私は」
私は少年を睨む。決して、ヒュドラーに、アンドラスに屈するつもりはない。
「私は、ヴェンティ。復讐者だ!」
私は懐から取り出いた苦無を両手に持って、少年に向かう。
「お前がかつて、私とともに過ごした友だとしても!」
私の斬撃を彼は防ぐ。だが、その顔に余裕は見られない。不可解さと、焦りが見える。
「私の敵ならば、切り捨てる!私の復讐を止めようとするならば、容赦はしない」
私の全力を受けて、彼の手の中の刀は激しい音とともに弾き飛ばされた。
彼は咄嗟に地に落ちている苦無を掴もうとしたが、私はそれよりも早く、手の中の苦無を一閃させた。
「ぐぅあぁあぁあああぁあ・・・・・・・・・・・っ!!?」
少年の右手が宙を舞う。ボトリ、と音がして何かが落ち、少年の右腕から紅い霧が噴き出した。
「くぅ、ああああ」
「これで、終わりよ」
そして、私は止めの一撃を繰り出す。だが、青年の心臓をつくはずだった一撃は、少年の右腕に阻まれた。
少年は左手に苦無を持つと、自身の右肘から先を切り落とした。
そして、私に向かって噴き出す血しぶきを吹きかけると、素早く私の後ろに回り込み、脚をかける。
私が転倒したすきに、少年は背後の逃げ道を駆ける。
「今日は、俺の負けのようだ。だが、いつかわかる。君は決して、アンドラス様から、ヒュドラーから逃れられないと」
そして、過去から来た少年は、遠くへと行ってしまった。
幼き日の私の友達。彼が敵になるというのなら、それでも別にかまわない。
私は、今の私の友達と家族を奪う敵を、かつての友達を奪った敵を討つだけだ。
「アンドラス、私は負けない」
決して。
折れた右腕を庇いながら、私は還るべき家へと向かう。
胸元のペンダントを握りしめる。大丈夫、私はここにいる。たとえ、アンドラスが私の父親であろうとも、私は私だ。私は人形じゃない。
否定なんてさせない。私は、私の意思でここにいる。
私の名前はヴェンティだ。




