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朝日が昇ってから、私は再びあの洞窟へと向かった。

内部に残されたもんから、何か手がかりがないかと思ったのだ。

ローザは私の報告に対して何も言わなかった。この周囲にヒュドラーやその手のものが来ている、という情報は掴めていないという。ここに私たちがいることは知れているから、来てもおかしくはないが、ヒュドラーが来ることはないようだ。

ヒュドラーとて、下手にローザを刺激することは避けたいのかもしれない。いかにヒュドラーが強力とはいっても、人手は限られている。少数精鋭の組織なのだから。

内部を見て回るが、武器などは徹底的に回収されているらしい。

そもそもなぜ、ヒュドラ-がたかが盗賊のところにいたのだろう。

何かヒュドラーにとって大事なものを、盗賊たちが持っていたのか?

答えが出るはずはない。私はため息をついて、洞窟を後にした。

ふと、洞窟を出たところで視線を感じた気がした。だが、それは一瞬、それもわずかなものであった。

動物か、気のせいか。いや、昨夜の相手かもしれない。

警戒をしながら、私は歩き出す。

気配は感じられなかった。



私はラウシルンの街へと入る。

ラウシルンの貧民街。そこは日中でも犯罪が多発する。小さないざこざなら、私が介入する必要はない。気づかれないように手を差し伸べるだけでいい。

だが、子どもの売春を強制するもの、レイプ魔などの救いがたいクズもいる。おそらく、同じことを繰り返し、その手を血に染めたことのある者たち。そう言う者たちは、私がこの手で裁く。

そうして街の屋根の上を走る私の耳に、悲鳴が聞こえる。複数の男の声。

獣たちの荒い息。私はその方向へと向かう。


私がたどりついた時、男たちは息絶えていた。

女性は床に寝そべり、血に塗れたら体を震わせていた。女性が男たちを殺したわけではないようだった。

まるで、私が来ることを知って、先に仕留めたかのように思える。

一体何の目的があって?

私は真紅のフードの奥から視線を彷徨わせる。時折感じる視線。それをかすかに感じる。

「出て来い、私を見ていることはわかっている」

私はそう言い、部屋の中を見る。ふと、窓に影が差し、外へ向かって動く。

私は袖口から出した苦無を投げつける。苦無は影を掠った。

私は女性に近くにあった布をかぶせると、影を追い始める。

影は素早く屋根を伝っていく。人並み外れた脚力、俊敏性。それは、私たちヒュドラーの使う薬によって得られたものだろう。

人に見られないよう、敵と私は移動する。敵との距離は変わらない。私は苦無を投げようとするが、距離的に無理だと悟る。

しかし、私はニヤリと笑う。どうやら、地形は私の方が把握しているらしい。

敵はうまく、人気の少ない行き止まりの方へと進んでいる。貧民街は入り組んでいて、ふとしたところに行き止まりがあるのだ。さすがに、敵はこれを知らないようだった。

敵は思惑通りに、そちらに向かった。

屋根を飛び降り、敵はようやく気付いたようだった。自分がまんまと誘われた、ということに。

敵は横道に逃れようとするが、屋根から飛び降りた私がその前に立ちふさがると、退路を断たれる。

「観念しろ、ヒュドラーの暗殺者」

私はそう言い、腰の刀を引き抜く。

敵は黒いフードで顔を隠している。身長はそれほど高くない。大人、というには背が低い。

敵は黒い衣の奥に刀とそれ以外の武器を隠し持っていた。敵は衣に手を入れようとする。

そこに、私の放った苦無が足元に突き刺さる。

「この間のように、糸でからめようとしても無駄」

そう言うと、敵は観念したように両手を上げる。

私は敵に近づき、刀を突きつけ、敵の武装を解除する。油断は一切ない。隙を見せたら、また敵は逃げるだろうから。

私は敵の武器をすべて奪ったところで、その黒いフードを刀の先で下す。

その下から現れたのは、紺色の髪の少年の顔であった。

温度を感じぬ、無表情。瞳は深海を思わせる色。

年齢的にも、私と同じほど。だが、私は彼を知らない。

「お前は誰だ、なぜ、私を見張っていた?」

「・・・・・・・・・・」

少年は沈黙を貫く。目先に刀を突きつけられても、動じない。

「応える気はない、か。ならば」

私が刀を振り上げようとした瞬間、彼は言った。

「俺は君の敵じゃない」

私の刀が、彼の首のすんでのところで止まる。

「敵じゃない?」

「そうだ」

「お前はヒュドラーの人間だろう?」

少年はこくりとうなずく。

「ならば、私の敵だ」

「忘れたのか、俺のことを」

「・・・・・・・・!?」

「あの日の、約束のことも」

あの日の約束?何を言っている。私は混乱した。私は彼を知らない。だが、彼は私を知っている。

「私を殺しに来たのではないか?」

「君が生きていることを、俺は知らなかった。俺の任務は、あるものを賊から取り戻すこと」

「お前は、誰だ?」

そう言うと、彼は静かに笑った。その時、初めて感情が見えた。哀しい瞳であった。

深海のような瞳を、いつか見たことがあった気がした。

いつか、そう、身近にいたのだ。遠い昔、まだ、私たちが子どもだったころに。

記憶の中を、辿る。


『独りじゃないよ』

黒髪の彼女がいう。違う、それよりも前に、私は彼と会っている。

紺色に近い黒髪が、目に映る。

昔から、私の隣には彼女がいたと、私は思っていた。いや、違う。

最初に私の隣にいたのは、彼女ではない。

彼だったのだ。


『遅すぎるなんてことはない。生きている限り、ね』

彼は、別れ際にそう言った。

一人、その才能を認められ、アンドラスらに特殊な訓練を受けさせられるために、引き離されることになった少年は。

私は泣いていた。大人たちに見つからないように、二人だけの秘密の場所で。

彼が好きで、ずっと追いかけてきた。もっと、一緒にいたかった。自分の気持ちに気づいた時には、もう遅すぎた。

自由のない私たちは、過酷な運命を受け入れるしかない。幼いながらに、私たちは理解していたのだ。

泣きじゃくる私の言葉を聞いて、彼は言ったのだ。

『じゃあ約束しよう。いつか、きっと迎えに来る。強くなって、君を。だから、その時は一緒に行こう』

そう言って、彼は笑った。

『外の世界へ』

泣きやんだ私は、彼の瞳を覗き込む。

『約束・・・・・・・・・』

『ああ、約束だ』


「・・・・・・・・!!」

「思い出してくれたかい?」

彼はそう言い、私を見る。だが、私は刀を構え、彼を牽制する。

「来ないで!」

「何故?」

彼の問いに、私は返す。

「あなたはヒュドラーにいる!あなたは、敵だ!」

「なぜ、ヒュドラーを嫌うんだ?君だって、組織の一員だろうに。何の任務かは知らないけど、こうしてまた会えたんだ。なぜ・・・・・・・・・・・?」

困惑した少年。私は彼を見る。

彼の中には、組織に対する疑問など、何もないのだ。私や、死んだ仲間たちとは違う『教育』を受けたエリートなのだ。彼には、組織への疑問などない。ただ、組織のために戦うだけなのだ。

「私は、ヒュドラーじゃない。私の名前は、『VENGEANCE』だ」

そう言った私に、彼は目を細める。

「我らに仇名す敵の名前か」

彼はそう言うと、私に手を差し伸べる。

「なあ、君だってわかっているはずだ。ヒュドラーには、誰も、神でさえ敵わぬことは。悪いことは言わない。僕とともに戻るんだ。アンドラス様も許してくれる。一緒に、外の世界を見ることだってできるんだ」

彼はそう言った。

彼の目は、狂信的な光を放っていた。ヒュドラ-の、絶対的な教育。

私を助けるような真似も、私を見ていたのも、すべては幼いころの「約束」故なのだろう。

彼はその約束さえなければ、私に手を差し伸べはしないだろう。

異常だ。私は組織の異常さを改めて実感する。

遠い昔、隣にいた優しい少年の姿は、そこにない。

「お前なんて、知らない」

話し合うことは不可能。私と彼には、闘う以外の道はない。

刀を構え、敵意を隠さない私を見て、彼は言う。

「そうか、君がそのつもりなら、無理やりにでも連れて行くよ」

そう言うと、彼は刀を持った私の身体に接近する。急激な動きに、反応できない私。そんな私の懐に手を入れる。そして、私の繰り出した剣戟を回避し、後退する。

二本のナイフを手に、彼は私を見る。

「私は、戻らない。ヒュドラ-は、帰るべき場所じゃない!」

「いいさ、わからないなら教えてやる。ヒュドラーの偉大さを、もう一度」

どちらともなく、走り出す。互いの武器が交差する。

斬撃が火花を散らした。

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