18
私がここにきて三日がたった。
アイリーンは私に薬を渡してくれた。塗り薬と錠剤。その用法を守れば、治るはずだという。
私はアイリーンに頭を下げ、謝意を伝えた。アイリーンは笑ってそれを制する。
「別にかまわないよ、それに、シルクにも会えたしね」
「・・・・・・・・・・」
初日を除いて、ローザはアイリーンと会っていない。アイリーンは話したいこともあるだろう。だが、ローザの意思を尊重していた。
「いいの、このままで」
私が聞くと、アイリーンは笑う。
「私のこと、聞いた?」
「ええ」
「そっか」
アイリーンは静かに笑う。
「別にこの思いを受け入れてもらえなくてもいい、ただ、シルクが幸せなら、それだけでよかった。それだけなのに。肝心な時に、私はいなかった。おかげでシルクは未だに、仮面をかぶり続けている」
そう言い、アイリーンは悲しげに目を伏せた。
「ローザは別に、あなたを責めてはいない」
私は言う。このまま、何も伝えずに立ち去ることは私にはできない。
言葉は伝えなければ伝わらない。心のうちに秘めておく、なんて、あまりにも悲しすぎる。
「ローザはあなたを愛している。だから、あなたから争いを遠ざけた。『VENGEANCE』という役目にあなたを縛りたくなかったから」
「そんなこと・・・・・・私は気にしなかった」
アイリーンは呆然と言った。美しい琥珀の瞳が煌めいた。
「私は・・・・・・・・・・・・!!」
「ローザは今日、夕方には帰ると言っていた。アイリーン、このままでいいの?」
私の言葉に、彼女は沈黙した。
私はアイリーンの家を出ると、ローザの下へ向かう。
「ローザ」
「ヴェンティ、薬はもらえたか?」
街の入り口に立つローザは私を見ていった。私は頷く。
「さて、馬車は夕方だ。それまでは、好きにしていていいよ」
「ローザはどうするの?」
「私はここにいるさ」
ローザはそう答えた。私の言いたいことなど、わかっているはずなのに。
「ローザ」
「ヴェンティ、余計な言葉は互いを傷つけるだけだ」
「それでも、ローザ。あなたは彼女と話すべき」
「ヴェンティ」
子どもに言い聞かせる語調のローザを、私は強く見る。
「ローザ、私の知っているローザは、逃げないよ」
「・・・・・・・」
「自分からも、他人からも」
「・・・・・・・・私は、君が思うほど、強い人間じゃあないよ」
「それでも、私の前では、強い女であってほしい」
そう言って、私は彼女を見上げた。
美しい真紅の髪。いつも何かを宿らせる瞳。妖艶な女性。私の見てきたローザ・ヴェラスコス。
私の愛する「母親」の姿。勝手かもしれない、だが、彼女にはいつまでもその姿のままでいてほしい。
「母さん」
私はローザを見る。彼女の目が私を見る。彼女はフッと息をついた。
「まさか、君に説教されるとはな。・・・・・・私も、まだまだだな」
そう言うと、ローザは街の中へと向かって歩き出す。夕日までは、まだ時間がある。
「アイリーンも、ローザを待っている。私はここで待ってる。だから」
「わかっているよ、ヴェンティ」
そして、背を向けた彼女の足が止まった。
「ありがとう」
そして、再び足は動き出す。迷いなく、ただまっすぐに。
その後ろ姿は、正に私の知る彼女だ。
もう、心配はないだろう。二人なら、分かり合えるはずだ。
思いは、同じはずなのだから。
きっと、これでよかったのだ。
『遅すぎることなんてない。生きている限り、ね』
いつか聞いた言葉。記憶の底に埋まっていた言葉が、意識の表層に浮かんできた。
空の雲をつかむことはできない。けれど、手を伸ばせば、届く。恐れることさえしなければ。
街を去る際、ローザと私の見送りに来ていたアイリーンの顔は、晴れ晴れとしていた。初めて会った時のような空元気ではない、本当に心の底から浮かべる笑み。それは、彼女の魅力を引き出していた。
ローザの顔も、いつもの様子であった。
アイリーンはまたいつか会おうと、私たちに言った。
離れる馬車に向かって、彼女は何時までも手を振り続けた。




