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私の右腕の傷の手当てをしながら、ローザは語り始めた。優しく彼女の手は私の傷口に薬を塗り、美しい唇は彼女の物語を紡ぎだす。



ヴェンティ、あなたも気づいているでしょうが、私の本来生まれた国はこの国や周辺ではなく、もっと遠い、西方の異国。現国名はラ・ヴィリエ共和国。旧名はラヴィアン王国。私はその国に生まれ、ある一地方の領主の娘として育てられていた。

緑あふれる土地で、領主の両親は非常に人道的な人たちであったから、領民たちも私に優しく接してくれた。私はそんな彼らとともに育った。自由に、あらゆるものに興味を持って、野原を駆けた。花を見て、農業の手伝いや工業の見学など、毎日が発見の連続だった。

私はいずれはこの領地で、夫を取って領地経営をするものと信じて疑わなかった。

しかし、十六歳の成人の日、私の領地の人々は私を残して皆死んだ。七人の男たちによってね。

平和な領地で、しかも、領主の娘の誕生日で浮かれていたために、領民は逃げる間もなかった。私は屋敷に戻り、父母に知らせようとした。

でも、その時には賊の手が回っていた。

父は四肢を切り落とされ、母は私の前で賊に犯されていた。そして、彼らは母と父を殺した。

私も彼らに純潔を奪われた。そして、悪夢のような辱めを受けた。

私が意識を取り戻した時、屋敷は燃え、賊の姿はなくなっていた。

私は私のすべてであった領地を抜け出し、近くを通りがかった商人に助けを求めた。

思えばその時には、純粋な十六歳の娘であった『私』は死に、『VENGEANCE』となっていたのかもしれない。私の胸の中で囁く復讐の声が、私に生きる目的を与えた。

私は王都の高級娼館に身を置いた。運がいいことにそこで私は仇の一人を見つけた。そして、この手で殺した。今でも覚えている、あの感触を。ナイフを握った手に降りかかる、あの血を。血が噴き出す喉笛を。

それから私は、夜な夜な街に繰り出しては、仇の情報を求め、そして、流された血の代償を贖わせる復讐者へとなっていた。王都の犯罪者は私を畏れた。復讐の女神として。


そんな私にも多くの出会いがあった。

親友や理解者、師、そして、愛する人。彼との生活は彼自身の病気のせいで長くはなかったけれど、私のすさんだ心は癒された。人との交流が私を獣ではなく、人間として保たせてくれた。

娼館を解体して、商会を立ち上げるなど、いろいろと私もしたものだった。王国内での女性の地位は低かったから、それを引き上げたかった。心の底からそう思っていた。

あの頃の私は、不可能なんて何もない、という風に、様々な理不尽に向かって戦っていた。

でも、あるとき限界を悟った。

王国を支配する宰相やその他のものがいる限り、王国の発展はありえない、と。

ちょうどそのころ、私は私の家族と領民を襲った事件の真相を知った。

全ては私の本当の出自故だった。

私は王家の血を引いており、それが宰相やそのバックにいた大公には邪魔であった。私の存在を知った彼らは私の排除のために、ならず者たちをけしかけた。それが、真相。

はっきり言ってそれだけの理由。それだけの理由で多くの命と、人生が奪われた。そして、彼らがいる限り、それはまだ続くのだ。理不尽な死、不幸。それを赦すわけにはいかなかった。

私の本当の両親や仲間たちもその理不尽に立ち向かい、夢破れた。私がやらずにだれがやる?


私は隣国の支援や、本当の父や有力貴族の力を借りて、宰相と大公を捕まえ、処刑した。

そして私自身は女王として、国の在り方を改革した。貴族性の廃止、奴隷制の撤廃。人が人として暮らせる国造りを進めた。

私は私の仕事が終わったことを悟ると、親友たちに後を任せて故国を去った。

私の中の声は未だに私に訴えていた。『復讐』を。私がいることは、平和なこの国にふさわしくないし、女王という支配者がいては、身分を平等にした意味がない。

私には二人の子どもがいたけれど、私とともにいることは彼らのためにならない。母親の勝手に、彼らを巻き込むことはできない。



私は故国を去ると、各地を彷徨った。あらゆる国を。

西方諸国の争いの下であったある問題に介入したし、一時はある王国の宮廷につかえたこともあった。

そうして、私は『VENGEANCE』が必要とされる地に赴き、流された血の代償を贖わせた。

私がこの国のある中部地帯に来たのは、今から数年前。すでに故国を出て十数年が経っていた。

私がこの地に来たのは大きな目的があった。

西方において、ある組織が陰で動いていたことを私は偶然知った。そして、その組織は私の故国で宰相や大公に協力していて、かつて起こった戦争などにも関与していたことを知った。西方諸国を巻き込んだ大戦。

私はその組織を追った。

組織は長い歴史を持ち、いくつもの名を持ち、パイプがあった。だがその全貌は掴むことはできなかった。


私はある国で一人の男性と親しくなっていた。夫と死別して以来、恋なんかしないと思っていたのに、不思議なことに、私は彼に魅かれた。彼も私を愛してくれた。

私の中の『復讐』の声がある時止んだ。私は組織のことを忘れて、一人の女としての生活を望むようになっていた。私は彼との間に逢瀬を重ねて、結婚を誓い合った。

けれど、運命は私に『復讐』の道以外を許さなかった。

ある時、私たちの住む街で暴動が発生した。それは、例の組織が起こしたものだった。奴隷を得るため、その町を地図から消すように依頼されたために。

私以外のすべてがいなくなった。彼も、彼の愛した街も、すべてが。

私は再び『VENGEANCE』となった。



私は組織を追い、ついにその真の名を知った。ヒュドラー。伝説の不死の生物、竜の名を冠する組織を。

私はそこに潜り込み、組織のことを探った。

子どもたちを暗殺の道具に仕立て上げ、国々を操り、神のようにふるまう彼らの姿。それに私は憤りを隠し切れなかった。

私は組織の中心である男に近づいた。アンドラス・マケドニアス。年齢不詳の銀髪の男。百年以上前から同名の銀髪の男がいて、旧い記述にもその名があることから、『幽鬼』として知られる人物。

私はその男を殺すために、ある日襲い掛かった。

だけど、私は負けた。銀髪の男は異様な力を有し、私を圧倒した。

私は重傷を負った。そして、命からがらヒュドラーから脱出を図ったが、アンドラスの私兵が私の行く手を遮った。

私は命を諦めた。そんな時、一人の女性が手を差し伸べた。

彼女の名をサライと言った。

彼女は秘密の抜け穴から私を逃がしてくれた。

私はなぜ彼女にここにいるのかを聞いた。その気になれば逃げられる。なのに、なぜ、ここにいるのか、と。

彼女は笑って言った。

「娘と、夫がここにいます。愛はありませんが、それでも、彼は夫。私は離れるわけにはいきません。そして、名前も知らない娘。彼女は組織による訓練を受けています。彼女を救うことはできませんが、せめて、同じ大地のもとで、祈ってあげるくらいはできます」

そう言い、彼女は灰色の髪を揺らした。美しい、強い瞳。そして、愛。

私が理由をつけて捨てた「母親」の姿がそこにあった。私は彼女やその子供のような人々を解放するために、必ず、ヒュドラーを倒すと誓った。

彼女は最後に言った。

「私は恐らく、もう長くないでしょう。私の子どもに逢えずに」

私は彼女に同情を禁じ得なかった。私は彼女を無理やりにでも連れて行きたかったが、彼女の意志は固いようだった。

彼女は私に一凜の花を渡した。その花を胸に、私はその地から去った。

『復讐』を胸に秘めて。



それから数年。私は情報や金を集めた。いつか訪れる機会のために。

ある日、アンドラスの居所を得た私は、砂漠を超えようとした。

そして、その砂漠で倒れ込む一人の少女を見つけた。

そう、ヴェンティ、君だ。

私は君を見捨てることはしないつもりだったが、こうやって屋敷でともに過ごそうとは思わなかった。

君のその顔を見る、その時までは。

私を見る君の顔に私は驚いた。

君の顔は、あの時あったサライに瓜二つ。やや彼女を幼くしたようであったし、同じ灰色の髪だった。

そして、君の目は、燃えるような真紅であった。その目に浮かぶ、復讐の色。それは、私が長く身を寄せてきたものであった。

私も、いつまでも『VENGEANCE』であり続けられるわけではない。後継者を欲していた。

そして、私を救った彼女の娘であろう君を、どうしてそのまま見捨てられるか。

母親の愛も知らずに育った少女。彼女の代わりとはいかないまでも、私にできることはしたかった。娘を捨てた私が言えることではない。娘たちに対する贖罪もあった。

それでも、私は君を愛し、導くと誓った。たとえ、君が私と同じ道を歩もうと、そうでなかろうと。



ローザは話を終えると、私を見る。

「ヴェンティ、という名は、君の母上からもらった花の名だ。君の母上がどんな名をつけたかったかはわからないが、それが、彼女の意思のように私は感じた」

そう言い、私の右腕に包帯を巻いて立ち上がる。

「ローザ!」

私はローザに声をかける。だが、言葉は浮かばない。

だけど、彼女は私に話してくれた。彼女の過去を。

彼女は私を娘の代わり、と言ったが、そんなこと気にしてなんかいない。ローザは彼女が何と言おうと、私の「母親」なのだ。

そう言う思いを口にしようとしたが、思いはまとまらない。けれど、私は彼女に伝えたかった。

「ありがとう」

「!!」

ローザは私の言葉に驚き、こちらを肩口に振り返る。そして、静かに言った。

「ありがとう、ヴェンティ・・・・・・・・・こんな私を、母と呼んでくれて」

そう言った彼女の目に、光る何かを見た気がした。

「ねえ、いつか、ローザの子どもに逢いに行こう。すべてが終わったら、きっと・・・・・・・・・・」

その言葉にローザは言葉を返さなかったが、小さく頷いたような気がした。

そして彼女は扉を閉めて出ていった。


私は、ローザ、そして本当の母の愛を知り、そしてアンドラスに対する憎しみを募らせた。

必ず倒す。

決意は固く、私を強くする。胸の内の声はより強くなっていく。鼓動が私を鼓舞する。



『復讐を!』

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